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・4、2、火
明治時代の小説を読んでいると、尋常科や中学でも必ず生徒は教育勅語を朗読するか、暗記させられるかするようである。
学内の式典でも、常に校長は生徒、町の有力者、市議会議員の前で暗記した教育勅語をすらすら空で言う。
ある小説では一人の校長が天長節の式典で教育勅語を暗記で朗読中、途中で三行ほど飛ばして言ってしまい、その重い罪のため免職になる話が出て来る。
参列者は生徒も含めて皆教育勅語を暗記しているし、校長が言い間違ってもすぐ気付くということだ。
その理由は「教育勅語は明治天皇勅令の教えである」という有難くも厳粛なるものであるという扱いがあったようだ。
修身の授業では必ずこの教育勅語について訓戒があり、お談義があったようで、生徒にすれば毎回毎回退屈な時間であったことだろうと思う。
その後日露戦争に突入することで教育勅語は軍事教育に大きく利用されるようになって行き、特に「もし非常事態となったなら、公のため勇敢に仕える」という部分が強調された。
これもまた天皇陛下からの尊い命令であった訳だ。

教育勅語が軍事教育に利用されたのが明治天皇の意思であったのか、政府と軍が天皇勅令を利用したのかは分からない。
このような発令は政府や役所が出しても、おそらく誰も重要には取り扱わない。
天皇陛下が発令するから庶民にとって重要だったのだ。
だから王というものが正しく存在すれば、国全体を速やかに素晴らしい倫理と道徳と行動の国に作り上げることができる。
しかし宗教と一般で一旦国に危機が訪れると、簡単に誰かがそれを危ない方向に利用し始める。
でも結局戦争のような非常事態がなければ、皆常識的な筋の通った素晴らしい考えを持っているということだ。
国でも夫婦でも恋愛でも友情でも、我々の頭の上に危機、もしくは欲望が訪れた時に初めて人間関係の本質が問われるのだろう。
平和な時代には誰にでも悪の追放を唱えることはできる。
今は良くも悪くも国民に対するこのようなマインドコントロールは不可能だ。
それをやりたいと国が思えば、天皇の代わりに金がいる。

ーーーーーーーー

「taibatsu_tyokugotdyno.104-(9:32).mp3」をダウンロード
「教育勅語」と聞くと多くの人が身を引きます。先日、ある女性にいる席で教育勅語
を読み始めましたら、厳しい顔をされたので、読み終わった後、お聞きしたら「教育
勅語って、そんなものなのですか!」とビックリされていました。
やはり「教育勅語には触れてはいけない」と思っておられたようでした。これも戦後

らい教育勅語から離れることができるか」が問われるようになりました。その教育勅
語はどのようなことが書いてあるのでしょうか? 
教育勅語は1890年、今から122年前の日清戦争の前に発布されています。その現代語
訳を以下に示します。
「父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は調和よく協力しあい、友人は互いに信じ合い
、慎み深く行動し、皆に博愛の手を広げ、学問を学び手に職を付け、知能を啓発し徳
と才能を磨き上げ、世のため人のため進んで尽くし、いつも憲法を重んじ法律に従い
(教育勅語そのままの口語訳)
父母、兄弟、友人との関係は「正しく」書かれていると思います。特に今から122年
前でまだ家父長制や男女が平等で無かったと言われた頃、「妻は夫に従い」などとい
うのではなく、「夫婦は調和良く協力し合い」とあることを多くの人は知らないと思
います。夫婦は対等で協力するものとされていて、実に先進的です。
「慎み、博愛、学問、知能、徳」、「世のため人のため、法律を重んじ、非常事態に
備える」ということも素晴らしいことに思います。表現の方法としては「法律に従い
」を「法律を守り」、「勇敢に仕える」を「勇敢に行動する」ぐらいに修正すればま
ったく立派な教育方針と言わなければなりません。
この教育勅語が批判され、悪の権化と言われた結果、父母、兄弟、夫婦、友人との関
係は崩れて離婚の多い夫婦、家庭内暴力を振るう子ども、兄弟のいがみ合いが増えて
きました。また「慎みの無い日本人」が多く出現したことも合意されるでしょう。
そして、人間は社会的動物であり、社会が安定し国家が存在するのに恩恵を受けてい
るのに、自分だけが得をする、権利だけを主張する人を育てました。
・・・・・・・・・
今、社会や教育、家族の現状に問題点を感じている人で、この「教育勅語」の文章と
それに基づく教育が不適切だと感じる人は少ないと思います。でも、それが現代の日
本では「教育勅語」という言葉さえ発するのを憚られる(はばかられる)という状態
なのです。ここにさまざまな問題が発生する理由の一つがあります。
なにが「正しいか」というのはもちろん「形式的」なものではなく、「その人に言っ
ていること、そこに書かれていること」の内容が「正しいかどうか」を決めることは
当然です。
でも、野蛮な状態では「殿様が言ったから正しい」とか、「偉い人に従う」というこ
とが主力で、その人が何を言おうと中身は問わないということでもあります。それに
対して文明とは「自分自分が判断力を持ち、何が正しいかを判断する」という状態で
もあります。
「あいつは魔女だ」というのは野蛮で、「もし魔女らしければ裁判に訴える」という
のが文明ということです。その意味で、これからの教育を考える時私たちは「教育勅
語というものに書いてあるから排斥」というのではなく、真に子どもたちのために「
現代の日本では何が正しいとできるのか?」について考え直してみなければならない
でしょう。
(平成25年3月20日)
武田邦彦





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最終更新日  2013.04.02 22:39:23
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