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2017、8、5
プロレタリアート文学と言われている短編は、労働組合が警察に弾圧を受けたり、北海道開発でのトンネル工事での恐ろしい労働の実態などが描かれていたが、すべて事実かどうかは疑わしい。
それは13日の金曜日やジェイソンよりも恐ろしいオカルトである。
すべて事実をありのままに描いているとしたら、封印されて来た隔離された場所での事実の重要な記録であり、人間がどこまで他人に対して残酷になれるかを目の当たりにすることができ、それは今の我々の中にも潜在する人間という動物の正体だし、もしそれらの話が労働者の悲惨さを強調したいがために脚色を持って大袈裟に描かれているとしたら、もうこれ以上関わるべきものではないし、それはドキュメント小説としても、記録文章としても価値の全くないものであろう。
ただ言えることは、大正、昭和初期の労働者の待遇は悲惨なもので、死ぬほど働いても家族がその日を食べていくことすらできなかったということだ。
雇用する側から見て、会社の利益のためには他の人間の人格、尊厳をどこまで無視して、生きている他人をどこまで物として扱えるか、他人の苦しみをどこまで感じえず対応できるか、という証明でもある。
現在でも動物や植物に対してそのように接しても罪とは見られない。
でも僕の定義では動物や植物に愛情を注げない者は、法律、倫理や監視者がない状況の中では、必ず他人に対してもそれをやるだろう。
それは人間の中で今正体を潜めているだけのことなのだ。
とにかくこれらの小説を読んで思ったことは、これは小説と呼んでは差し支えるものかもしれないということである。

その後僕の読書は谷崎潤一郎へと移り、初めてこの作家に触れることとなった。





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最終更新日  2017.08.07 01:02:59
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