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2005年10月14日
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茶禅一味も良く分からずいたのですが、やっと理解し始めました。

4年ほど前にとあるセミナーに出席したことがあります。それが私に、自分の生きる心構えを変える、とっても良いきっかけでした。しかしそれはまるで宗教と一緒だなと思っていたのです。それがこの般若心経を読んでいて、その私の発想は間違いでなかったと思いました。

決して新興宗教ではありませんので悪しからず。そんな意味合いではありません。このセミナーは○○の習慣というベストセラーになった本のセミナーでした。

この作者は、きっと悟りを開くというのに近い発見があったのかと思うのですが、いかがでしょうか。今、般若心経を読んでいると似たようなことを言っている気がします。

今日は脈絡なく話が飛びますが、ケ・セラ・セラはスペイン語ですが、これを禅語で訳すと任運騰騰(にんぬんとうとう)らしいです。・・・・ほっとする禅語より 二玄社・・・・ひと言で言えば今を精一杯生きよ。

日々の生活の中でかなり心が荒んでいたつい先ごろ、このほっとする禅語を本屋の茶道のコーナーで発見。その荒んでいたその時にふっと唱えたくなった禅語が”真玉泥中異(しんぎょくでいちゅうにいなり)。意味はあなたの輝きもその才能も本物なら、泥にまみれたって曇らないから、染まることなど心配しない、ってこと。

般若心経を読んでいて今唱えたい言葉は、色即是空。

仏教はなぜこんなに日本人の心から離れていったのでしょう。お寺離れもひどい。もっと身近にあって良いもののはず。そしてもっと人の苦しみを軽くしてもらえる場所であるはずです。正直私もお寺、仏教、般若心経と言えば線香臭いなんだか、辛気くさいもののように感じていました。

近いうちに今の家の近所の観音様の所に行って来ようと思います。

私が小学校のころお寺でのそろばん塾に通っていました。そこは尼寺で、尼さんがそろばんの先生に抹茶を振舞っていたのですが、その時はまさか私が茶人になろうなどと思ってもみませんでしたから、なぜお抹茶なのかと少し不思議に思っていました。今になって思えば当然のことだったのですね。





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最終更新日  2005年10月14日 22時05分20秒
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