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ホームのテレビの右下のバナーなのですが言葉が入ってないのを選んじゃったから知ってる人しか知らないような感じですがクリック募金に飛びます。自分が時間がある時にクリックしようと思って付けました。私にお金が入るとかではないので時間がある時に覗いて見てくださいね
2007年07月31日
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ブログを始めたら、自分が作ったへぼいものやうちの犬猫達を載せてまったりした感じにしたいなって思ってましたが、ブログを製作&初日記書いた日がうちの1匹の猫の命日になりました。病気をわずらっていて頑張って生きていたので、ブログを作ったら闘病生活も載せたいなって考えてもいたのですが、初日記を書いて数時間後の出来事でした。闘病生活はすでに過去の事になってしまってますが自分が今覚えてることを書いておいて、日がたってからも自分で読み返したりしたいので、過去の日付の更新を自分の為にしようかなって思います。とうぶんは暗い内容もあるかもしれないので、そういう内容が好きじゃない方は見ないほうがいいかもです。ある程度書いたら、過去の出来事でないことを書こうと思うので、また来てくださいね。(なんか今、日記書いて気づいたのですが、夜中に書くとその前日の日付の日記になるんですね。26日(夜中)に書いた日記も25日になってる…。普通は1日の終わりに書くであろうから、まぁ当然といったら当然ですね。なるほど…けど、書いた日に日付を変更しようとしたけど、やり方がわかりませんでした。)
2007年07月28日
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いらっしゃいませ初めてのブログに四苦八苦のむーです。作った物とうちの小さい家族(達)が主の予定です。更新などは不定期になると思いますが、また来てくださいね。
2007年07月25日
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このカテゴリ&ここから前の日付の日記はこのブログをはじめる前の話です。凄く長い文章でみーちゃんのこと(出会いからお別れまでの闘病日記)を自分の為に書いたので、けっこう感情的で暗く、文才も無いものですのでつまらぬ文章だと思います。ご理解をいただける方、FIP(猫伝染性腹膜炎)に関心のある方以外はお引き帰し頂いた方がいいと思われます(>_<;一応、ご忠告まで(+_+)
2007年07月07日
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過去の話で、自分の覚え書きのように書いてるだけで、長い文章なのでスルーしてくださいませ(^^;亡くなった日の深夜(27日)もみーちゃんといた階段下(玄関脇)に1匹ゴロゴロ。。この時はみーちゃんは部屋に弟といました。昨日、みーちゃんが寝ていた玄関のたたき…クンクンと犬みたいに匂いを嗅いでます。みーちゃん帰ってこない…よくみーちゃんが居た場所の匂いを嗅いで…みーちゃんいないな…と探しているかのようでした。おはぎは帰ってこないみーちゃんが恋しいのか夜中にみーちゃんのことを玄関に確認しにいったりしているようでした。それまではたまにしか私のところにこなかったおはぎは、みーちゃんがいなくなって寂しいのか私のとこに来る回数が増えました。なでると喉もグルグル鳴らすようになりました。今までみーちゃんっこだったのが、今はお父さんっこになりました。1階にお父さんのパソコンがあり、1階にいる時間が父が家族で1番長いからだと思います。みーちゃんが亡くなって1ヶ月たちましたが、夜はおはぎはけっこう玄関や玄関のたたきや廊下で寝ています。みーちゃんにが恋しくて会いたくて、というよりは慣れて居心地がいいのかもしれません。おはぎはみーちゃんの事は忘れてないだろうし、どちらなのかはわかりませんが。けれど、みーちゃんと一緒にいつも居たおはぎが1匹で寝ているのを見るのが悲しく思います。2匹でいたのを思い出すからです。もし、ひょっこりみーちゃんが帰って来たら、またみーちゃんの後をついて歩いたりいつもなんとなく近くに居たり、顔を舐めたりすると思います。亡くなって最初の頃はおはぎがさびしそうだから、もう1匹猫をもらってくるか家族の話に出た事があります。犬もいるのでおとなしい子でないと2階にあげれないし、けっこう難しいです。幸い、おはぎは誰に対しても怒るという事をしないので犬といても大丈夫ですが。みーちゃんを拾ってきてから約3年半。我が家に来て短い期間でしたが、もともとの驚くぐらいの誰にでもの人なつっこさ甘えん坊で、抱っこや膝の上が好きでおトイレもきちんとトイレでできてて、壁紙やカーテンで爪とぎをすることもなく爪とぎを用意すると爪とぎと知っていたかのように爪とぎで爪を研いで(たまに取り外し可のマットで;)掃除機の音や来客があっても物おじすることなく落ち着いていて病院に行くにも、注射を打つ時も、爪切りをする時もおとなしくておりこうでした。猫じゃらしとかをすると野生の血が騒ぐのか本気で遊び、魚の匂いやカリカリが大好きで食欲旺盛で、おはぎの面倒みもいい優しい子でした。小さな欠点という欠点でも思い出せないです。病気にかかってからは家から出る事もなくなりましたが(人の出入りの時にドアの隙間から)悪化をしてからも先生から数日中がヤマと2回言われましたが、すごく生命力が強く頑張っててそれも乗り越え、先生もみーちゃんのことをすごいと言っていて、ヤマという言葉を聞かなくなりました。一生懸命生きていたので、ほんとうにFIPが発病したことが悔しいし、これから他の猫さんや飼い主様達が同じ苦しみや悲しみを経験しないように、こうしている今も、病気と闘って苦しんでいる子達の為にも一刻も早く治療薬やワクチンが開発される事を祈る思いです。野良猫が外でお産をして、猫世界の中で育つと人にはなつかない(なつきにくい)と聞きますがみーちゃんはすごく人好きでしたので、過去に人間と生活していた時期があると思われます。とすると、どんな理由があるにせよ、こんなにいい子のみーちゃんを捨てたのでしたら過去の飼い主にたいしても憎い思いがしました。私はもともと凄い猫が大好き!!という人だったわけではなく(犬好き)、瀕死の状態の時に病院に連れて行ったのはみーちゃん死んで欲しくない!と思い、みーちゃんだったからですが、その前にみーちゃんに去勢手術をした子を見ていたから行動にうつせたのかもしれません。当時、自腹で野良猫を病院に連れて行く行動が私にとって衝撃的だったから。いろいろあって我が家の子になりましたが、みーちゃんと出会えてよかったです。みーちゃんとおはぎが大好きです。(もちろん犬も)今はみーちゃんは飼い主だったおばあちゃんとおばあちゃんが大好きだったおじいちゃんとみんなで仲良く天国にいる事と思っています。なお、ダラダラと自分の為に書いた闘病日記なのでもし読んでくれた方がいたら、長分&文才がなくてすみませんでしたm(_ _)m■悪化してからの1ヶ月ちょっとの間に私が見ていたHPです。もし、同じ病気で闘っている子&飼い主様がいましたら覗いてみてください。私のただ、だらだらと書いた闘病日記よりも勉強や励ましになることが載っています。FIP/Feline Iinfectious Peritonitis 猫伝染性腹膜炎http://www.tomato.gr.jp/bcat/uchineko/ROOM_MA/mariadiary/mariadiary.htmlFIP(猫伝染性腹膜炎)のおはなしhttp://www.milkpudding.com/コロナウイルスとFIP(猫伝染性腹膜炎)について ネコ腸コロナウイルスとFIP(猫伝染性腹膜炎)とFIP抗体価検査についてhttp://www.herbykatz.comFIPについてhttp://wwwa.ncv.ne.jp/~hkatoint/最初に頃のみーちゃんのことの日記には書いてませんでしたが、3年半前に瀕死のみーちゃんを拾って病院に連れて行く前に以前、うちの犬でかかった事のある動物病院に3箇所に問い合わせの電話をしました。野良猫ですが治療してくれるか、すごく具合が悪いので入院は可能か、入院の1日の料金は、などのいくつかの質問を3箇所に電話したところ、2箇所は治療は可能だけど入院は不可とのことでした。初診のところでは野良猫を入院させたいというと、汚いからとか飼い猫じゃないからお迎えに来ないなどの不安があり断られると思いうちの犬の診察券もあり通ったことがある病院に電話したのに、2箇所は入院はいやそうな返事でした。しょうがないか…という気もありましたが、1箇所だけは「大丈夫だから、そんなに悪いなら早く連れておいで!」と言っていただいた病院が亡くなるまでずっとみーちゃんがお世話になった病院です。治療していただいた先生方、みーちゃんに優しくしてくれた看護士さん、励ましてくれた受付の方、最初の野良猫時代の治療やFIPの最後の頃の治療の時の料金を値引きしてくれたお気持ち、お悔やみのはがきなどいろいろな事に感謝しています。この日記はお知らせしていないので、見る事はないかもしれないですが(^^;関係ない話ですが…なんの因果か偶然か私の思い込みかわかりませんが、飼い主であったおばあちゃんとみーちゃんの最後はいくつか似ていたように思いました。おばあちゃんは2週間で退院できると聞いていた、入院&手術でしたが術後の経過がよくなくて腹膜炎をおこしてしまいました。その後、いろいろな合併症をひきおこし、ICUでの治療期間があり、結果1ヶ月ちょっとの壮絶な治療期間を経て、最終的に肺に水が溜まってきて呼吸停止いたしました。みーちゃんはおばあちゃんが亡くなって半年後位にFIP(猫伝染性腹膜炎)と診断され2年弱後におばあちゃんの腹膜炎とはまた違いますが、腹膜炎で肺に水が溜まりだしてからおばあちゃんと同じく1ヶ月ちょっとの危険な状態が続いた闘病生活があり、おばあちゃんの月命日の26日に亡くなりました。お盆後でしたが、ちょっと遅れておばあちゃんがみーちゃんにもう頑張らなくていいよ。もう苦しむ日々は終わりだよ。またいっしょにいよう。とお迎えに来た感じがしました。まぁ、勝手な思い込みです(^^;以前はみーちゃんを見てるとおばあちゃんを思い出し、さみしく思いましたが今はおはぎを見てるとみーちゃんを思い出しさみしく思います。
2007年07月06日
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過去の話で、自分の覚え書きのように書いてるだけで、長い文章なのでスルーしてくださいませ(^^;7月13日7月15日階段を登る…。毎朝来ていた2階のお風呂場が恋しいのか。肺に水が溜まりだしてからは、柵は飛び越せなくなりました。が、この日だけ飛び越してさらに洗面台の飛び乗り、水を飲みました。(その6に記入)以前は1階の部屋でいつも2匹いたのが、みーちゃんの体調が悪化して肺に水が溜まりだした頃から、みーちゃんは玄関にいるようになりました。みーちゃん好きのおはぎも玄関にいるようになりました。水を抜いてから数日たつとみーちゃんの呼吸が荒くなってきて、そろそろ水を抜く前日などの危険な状態の時は私も1階や玄関のろうかで寝てました。7月19日なにかお気に召す物があったら、ぜひ食べてくださいませ状態でしたが…迷惑?!7月25日は具合が悪く夜中は心配だったので、玄関にパソコンを持っていって一晩中みーちゃんのそばでパソコンを触ってました。ブログを作ろうと思って、登録した日でした。25日水を飲む事もくるしそうでした。後ろの水入れがもともとみーちゃんが使っていた物。肺に水がたまって、玄関にいるようになってから、母が飲みやすいように小さい水入れも置いてました。みーちゃんは深夜は玄関のたたきで横になっていました。たたきで寝るの今までで初です。今回、体調が悪化してからは、部屋から廊下→玄関→たたきと居場所が外に近づいてます。おはぎがみーちゃんの側を通る時に時折、おはぎがみーちゃんの顔を舐めたりしてました。おはぎはみーちゃんが大好きなので、いつもわりとみーちゃんのそばにいました。夜中25日の深夜(明けて26日)に初めてブログの日記を書き込みました。設定をイロイロいじってから、明け方に私も玄関で寝ました。深夜朝、病院が始まった時間の少し後につくように、家をでました。みーちゃんはぐったりして呼吸も荒いままでしたので、早く早く病院について!!と思って運転していると、病院に着く少し前に籠の中で起き上がってはよろけるように狭い籠の中でバタバタ少ししていました。病院に着くと、待っているのももどかしく、受付の人にもうもたないかもしれない…と伝えたらすぐに呼ばれました。診察台の上でも起き上がろうとしてはバタッと倒れる感じで呼吸もすごく苦しそうで舌を出していたので、覚悟を決めてました。先生は身体を冷やして少し安定させ呼吸が落ち着いたら肺の水を抜くので夕方にお迎えに来てくださいといいました。私はもう無理かもしれないと思っていたので、心配なので安定するまで外の車の中にいますのでもし容態が変わったら知らせてくださいと言って外に出ました。その後、10分しないうちに私を呼びに看護士さんが来ました。中に入ると先生が状態が急変して今、呼吸と心臓が止まりました。治療の注射を打ってじきだったみたいで、最後はあまり苦しまずに逝けたような説明を受けました。最後のもがくような苦しみの時間が短かっただけで救いでした。わたしも泣いてしまいましたが、ずっと前からお顔を拝見している受付の女性も泣いていてわたしの車が見えなくなるまで、1人で外で見送ってくださってました。みーちゃんが頑張った1ヶ月ちょっとの闘病生活は終わりました。私もずっと気を張っていて、小さなことで一喜一憂したり落ち込んだりしていたので、なにか肩の力が抜けるような、そしてふぬけになった感じでした。発病がわかってからは2年弱です。先生はみーちゃんは頑張って長生きした方ですと言っていました。家に帰るといつもみーちゃんのお出迎えにくるおはぎは動かないみーちゃんの匂いを嗅いで少し舐めていました。その後もずっと動かない事が不思議だったのか、じっと見つめていて何度も匂いを嗅ぐものの、舐めなくなっていました。でも、みーちゃんの脇でゴロゴロ転がっていました。その夜に弟が帰ってきて、みーちゃんとおはぎと1階で寝ていました。次の日、母が仕事をお昼であがってくれたので、母の職場に迎えに行き一緒に火葬に行きました。家を出るときにポストを見たら、病院の先生からお悔やみのはがきが届いていました。みーちゃんを拾った時から約3年半大変お世話になりました。火葬はかなり時間にピシピシ厳しくて、火葬直前もお別れの時間さえあまりくれずあっというまに事が運んでみーちゃんはちっちゃい遺骨になりました。
2007年07月05日
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過去の話で、自分の覚え書きのように書いてるだけで、長い文章なのでスルーしてくださいませ(^^;2007年7月11日肺に水が溜まりだしてから、みーちゃんは玄関にいるようになりました。それまでは普段は1階の部屋にいました。おはぎはみーちゃんの側が好き。みーちゃん落ちそう(^^;7月12日早朝、まだ薄暗い頃14日まで徐々に食欲も少なくなってきて元気がなかったのに、15日は階段をあがってきて2階の洗面台で水を飲んだりしたみたいです。食欲も出てきて、水が溜まりだす前と同じくらいの量を食べるようになってきました。先生もおどろいていて、人間が同じ状態だったら食べる事はできず点滴のみであろうくらい体調が悪いとのことでした。そのまま食欲は落ちませんでしたが、18日の夜から呼吸が荒くなったので19日の治療では水抜き200cc位とのことでした。7月12日夜おはぎはみーちゃん好き肺に水が溜まりだしてから、うんちは大きいのは出なくてベンピがちの小さいのをたまにする位でしたが、おしっこだけは1日に何回もこまめにしてました。水もよく飲んでました。体調が崩れるとリンパの流れが悪くなるみたいで目が腫れてしまう子だったけど、今回はリンパ液も肺にもれてしまっていたからか、治療中の1ヶ月ちょっとの間に目が腫れる事はありませんでした。7月12日夜。母の膝の上母が1階の椅子に座るとみーちゃんが飛びのり(!!)おはぎも飛び乗り…2匹ともお母さんが大好きです。みーちゃんは体調がいいのか、膝の上でおはぎの毛づくろいをはじめるとおはぎもみーちゃんの顔のまわりなどの毛づくろいをしあってました。みーちゃんは何度もお産をしていて、面倒見がいいのか、以前から体調がいい時はおはぎの毛づくろいをまめにしてあげていて、そういう時のおはぎはピカピカ毛が光ってました。4日後の23日(月)に水抜きをしました。250cc位とのことでした。水の溜りが早くなってきていて、その水(体液)にまたリンパ液がけっこう入っているので良くない。そして、心臓内部にイボができていて大きくなってきているので、非常によろしくないとのことでした。痩せてきて、呼吸も荒いけれど、24日まで食欲は落ちずにきていました。7月25日(水)朝ごはんは母があげ、小さい魚を1本食べたとの事でした。ですが、水抜きをしてからまだ2日なのに、すでに呼吸は荒くいつも以上にぐったりしていました。病院に連れて行くと、水が限界まで溜まっているとの事ですが、明日水を抜こうという事になりました。みーちゃんの体重は2.5kgにもみたない位になっていて、その体から200cc前後の体液を抜くということなので日にちをおかないと身体にきついからという説明でした。いつもどおり注射を2本打って帰りました。夕方、呼吸は苦しそうでぐったりしていたのに、母が鳥のササミを茹でたので持って行くと起き上がり、呼吸は苦しそうながらいつもどおりのおいしそうな食べっぷりを見せてくれました。1本とちょっと食べました。が、後はぐったり横たわっていて、水を飲む為に身体を動かすと呼吸が荒くなるので水を飲むまでの呼吸をととのえる時間が長くかかり苦しそうでした。でも、トイレには歩いて行ってました。
2007年07月04日
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過去の話で、自分の覚え書きのように書いてるだけで、長い文章なのでスルーしてくださいませ(^^;2007年6月28日(木)病院に注射を打ちに行きました。最近はご飯とトイレ以外は玄関にひたすら寝ていたのに、少し元気になったようで朝は階段をのぼってきたりしました。私がろうかで横になると腕枕をしたりしました。夜は弟と玄関で寝ていました。6月29日みーちゃんのそばでご飯を食べるおはぎ30日(土)昨日、病院に行く時の車の中でニャー2なかなかったので体調が悪いんだなと思っていました。病院に行くと限界まで水がたまっているので、このままだといつ心臓が止まってもおかしくないというので、数日前に先生にもう水抜きはしないです。と言ったのですが、いざこのままだと危険と言われると…少し考えてから肺の水抜きをお願いしました。200CCくらい抜けたみたいです。この間抜いた時よりも調子が良さそうで、下痢はせずご飯も食べ、人に甘えてお腹の上に乗ってきたりしました。6月30日顔を洗うみーちゃんといつもそばにいるおはぎ7月2日(月)週末からも食欲がおちず、病院に行くと呼吸音が安定していて土曜日と同じ位って言われました。水のたまりが遅くなったようで、先生もすごい!普通は苦しくないようにしてあげる治療しかできないのに、みーちゃんは期待が出来るかもしれないって言っていたし、うれしかったです。病院から戻ったみーちゃん。階段登ってます…(>_
2007年07月03日
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過去の話で、自分の覚え書きのように書いてるだけで、長い文章なのでスルーしてくださいませ(^^;2006年11月23日冬は2匹いつもいっしょに寝てた。最後の冬です。2007年5月26日お母さんにご飯をもらう2匹去年退社して無職になった私は部屋探し&引越し&習いもの&旅行など仕事&残業が忙しくて出来なかった事をいろいろとやり、失業保険の期間も切れて数ヵ月後に、そろそろ仕事を探そうかと思っていた頃にみーちゃんの体調が変わりました。2007の春頃から毎朝、2階にある風呂場のフタの上に来るのが日課だったのが6月の14日(木曜)を最後に1階から2階にあがってこなくなり、次の日から食欲が落ちてきました。体調が崩れると顔のまわりのリンパ液の流れが滞りやすくなってしまうみたいで毎回、目が腫れました。目が腫れだすと具合が悪くなっているとわかりやすい体質でした。16日(土曜)からいつものお魚をあげても食べなくなり、目が腫れてきたので、週明けの18日(月曜)に病院に行きました。結果はFIP(猫伝染性腹膜炎)の症状が悪化したらしく、貧血がひどく肺に水が溜まっていて、心不全をおこしているので、肺の水を抜く治療をするけれど、たぶん今週末がヤマということでした。夕方にお迎えに行った時はみーちゃんの腕には針の無い点滴(黄色いテープのとこ)が入っており、目の腫れはおさまっていました。最近は体調が悪くならず、10ヶ月以上病院に通う事はなかったので、いきなりのことですごくショックでした。弟にメールで状態を伝えたら、実家に帰ってきてみーちゃんと寝てました。弟と↑ 私→病院で先生が言った病名をメモして帰り、夜ネットで検索しました。悪化後の症状と治った子がいないのか、知りたかったのです。絶望的な内容が多く、私が見た中では治った子はHITしなかったです。いろいろと傷つくような内容のHPもありましたが、そういうのは見ないようにして、辛いのはあたしたちだけじゃない、頑張っていこうと前向きに思えるHPを見てました。治療の最中に拝見していたHPを、みーちゃんの闘病日記の最後にURLを載せます。次の日から毎日注射に通いました。免疫を高める薬と抗生物質の小さい注射と太く大きい栄養補給のような注射の2本を毎日打ちました。みーちゃんは少しづつ食欲もでてきて呼吸が荒くなりながらも週末をのりきりました。6月19日18日に水を抜いた次の日に階段を登ってしまいました(@△@;) 翌週明けの25日(月曜日)に病院に行ったら、また水が溜まっていて肺の水を抜かないと危険、だけど現在は治療方法や治療薬はなく対処療法のみということでした。たぶん、今週末がヤマとの事をつげられました。その日も水を抜いて、飲み薬を処方されて帰りました。元気はなく食欲もなく、夜に今までないような水みたいな下痢をしました><26日(火)食欲がなく、薬を餌にまぜる事ができない感じでした。でも、ホメオパシー療法の薬が処方されていたので飲ませようとするとすごくいやがり、ハァハァ呼吸が苦しそうになりました。FIPと診断された2年前から体調を崩すごとに病院では注射とホメオパシーの薬を処方されていてご飯にまぜて飲ませたりしてましたが、今は食欲がなくご飯を食べないから混ぜられないし、もう先は永くない子に劇的な効果も望めない薬をむりやり飲ませようとして呼吸を荒くなり苦しませることに憂鬱になりました。6月27日27日(水)食欲が出てきて、朝はいわしの餌を食べました。病院に行くと、肺の水のたまりが早くなっているとのことでした。リンパ液ももれだしてきていて、ニュウビ(?)とかいう他の病気も出てきたとのことでした。薬の件は先生に説明し、永くないならできるだけ苦しめるような事をしたくないことを伝え水抜きも苦しいのでは?と思いいろいろと質問し&伝え、注射での治療のみを希望しました。夜はみーちゃんは玄関のろうかで寝ているので、弟が帰ってきてろうかでいっしょに寝ていました。
2007年07月02日
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過去の話で、自分の覚え書きのように書いてるだけで、長い文章なのでスルーしてくださいませ(^^;2004年7月28日1度目の引越し後におばあちゃんと暮らしていた頃2004年の4月の中旬から下旬にかけてカイセンも治療できてきて狭いケージの生活も終わりました。(カイセンは人や犬などにも寄生する為、完治するまでケージ生活でした)それからはみーちゃんはおばあちゃんと生活しました。といっても玄関トイレお風呂いっしょの二世帯なので実家に帰ると顔はあわせてましたvvその数ヵ月後に家族全員での2度のお引越しがあり、2004年の暮れ頃に新しい家に落ち着き、みーちゃんも元気におばあちゃんの部屋で飛びまわったりなどもしておりました。2005年の年明けにおばあちゃんが入院しました。1度目は3週間くらいの検査入院の後に家に戻り、1ヶ月位みーちゃんや家族や友達とすごし2度目の入院でイロイロあり帰らぬ人となってしまいました。3月26日の事です。おばあちゃんがうちの子にさせてくれたけど、おばあちゃんとみーちゃんは10ヶ月くらいしか一緒にすごせませんでした。けど、おばあちゃんの膝の上に寝てたみーちゃんの思い出が大きいです。2005年7月13日2005年7月28日おばあちゃんが亡くなって落ち着くまで、みーちゃんは1ヶ月近くあたしの部屋ですごしました。おばあちゃんはみーちゃんといっしょに寝てなかったし、布団の上をも歩かないようしつけてあったのに、わたしが布団にのぼっちゃだめ!と言っても一緒に寝たそうでした。けど、朝起きるとみいちゃんはあたしの頭と枕の間で寝ていて、あたしはみいちゃんを枕にして寝ていました。いくら枕が羽毛枕で沈み込むっていっても苦しくないのか不思議でしょうがなかったです。おばあちゃんがしつけたのがあったのか、たしかに布団にはあがってなかったです(^^;その後はおばあちゃんの部屋がみーちゃんの部屋になりました。おばあちゃんがいた頃からみーちゃんは拾った時の病気の後遺症で風邪をひきやすく&歯槽膿漏などで口が痛くてご飯を食べれない時があり、そういう時にたまに病院にもいってました。みーちゃんは体調が悪くなると顔のまわりのリンパの流れが悪くなるみたいで、すぐに目が腫れました。だから、いつも目が腫れると病院に行ってました。2005年10月20日ちっちゃいのはおはぎ2006年2月9日おばあちゃんが亡くなって数ヵ月後にも何度も口(歯槽膿漏)と風邪で病院に行ってました。そして、歯槽膿漏で口の中が痛いので2005年9月に抜けそうなゆれてる歯を抜歯しました。その時の血液検査で死亡の原因の病気が発見されました。(日にちは覚えていませんでしたが、先生がカルテを見て教えてくれました)FIP(猫伝染性腹膜炎)です。まだなにも症状はありませんでした。その時、家に帰ってからネットで病気の事を調べたのですが、病名をメモして帰ってきてはなく検索の時に少し打ち間違えていたようで、あまりヒットせずどのような病気かよくわかりませんでした。どのような症状なのかどれくらい危険なのか、あまりわかってなかったです。先生が治療薬はなく急変すると危険といったような事を言っていたのは覚えています。が、その後もいつもどおりに元気で少し体調が悪くなり顔が腫れると病院に行って、注射すると治るので、急変すると非常にな病気だ、という事が薄れていきました。この病気で体調をくずしやすいけれど、その時は病院に行けば回復するのでずっとこうしてこの病気と付き合っていくんだ、と間違えで考えてました。治らない病気だけど、病院通いがある子で、死に直結しないと思えていたのです。それは、普通に元気だったから。2005年の終わりか2006年の始め、寒い頃にみーちゃんの食欲がなく少し目が腫れだしたからということで母さんがいつもの餌ではない別の魚みたいな餌を買ってきたら、すごく食欲がでて顔の腫れもひいていきました。みーちゃんが食欲が落ちた時はいつもその餌に変えると、食欲がでて体調がよくなり元気になりました。その餌のおかげでみーちゃんの体調も安定していて病院に行く回数が減り、お母さんに感謝してます。2006年6月10日
2007年07月01日
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