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2009.04.13
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テーマ: 徒然日記(25409)
カテゴリ: いろいろ
ETV特集で鶴見俊輔氏の特集番組を観ていた。
お元気そうでなにより。鶴見和子・俊輔姉弟は、著作はあまり読んでないのになぜか昔から縁がある。

学生時代は鶴見和子先生の講義を受けていた。その頃はまだ自分は歴史から出られなくて、比較社会学は蚊帳の外だったが、熊楠や柳田國男は和子先生の本で学んだ。
鶴見俊輔氏は『思想の科学』をやっていた頃、たまたま友人がここの編集者をしていたので、この良心的な雑誌の晩年の時期(もう愛しすぎて擬人化)、映画の特集のときに2、3度原稿を書かせてもらったことがあった。発起人が鶴見姉弟、丸山眞男、都留重人、久野収と、今考えるとものすごいメンバーだったが、プラグマティズムのプの字も理解しない私には、「名前だけは知っているお偉い学者さんたち」でしかなかった。
しかし後年、都留さんや丸山さんが亡くなった時に、ジャーナリズムに身を置く友人たちがショックを隠せない様子だったので、まじめに勉強してきた人々にとっては大きな存在だったのだと知る。あいにく私は政治学にも経済学にも興味がなかったので、彼らの偉大さが実感としてわからないのが残念だ。読めるうちに著作を読んでおくんだった。今の脳みそではもう理解できないだろう。

俊輔氏は一代で伯爵にまで成り上がった後藤新平の外孫に当たる。後藤家で書生をしていた鶴見祐輔が新平の娘の愛子さんと結婚したことで、祐輔は代議士として立つための大きな後ろ盾を得る。でも後藤家には別に血縁だった椎名家をバックアップしていたから、鶴見家はその後学者の一族として名を成していく。なんかうちも遠縁に当たるというのを昔、祖母から聞いたことがあるが、婿養子の父は知らないようだからガセかもしれない。どうせ新平の生家が近かったので交流があったぐらいなのではないか。それにしても実家には昔から鶴見一族の著作がたくさんあった。誰も読んでないみたいだったが(笑)。

そういえば、星製薬の創業者は後藤新平の薫陶を受け、なにかとバックアップしてもらったらしく、その後、SF作家となった息子の新一さんはよく新平の話をしていた。たびたび郷里に講演に来てくれ、我が家に食事に訪れた時にサインももらったが、当時すでにショートショートのファンだった小学生の私に何度か手紙(はがき)をくれたことがあった。後藤家とはずっと血縁なのかと思っていたけど、そうではないらしい。

鶴見姉弟の母は聡明すぎてストイックだったから、名家に生まれたことを堕落と捉えていたようだ。旧家のボンボンが共産主義に走る米原万里さんのお父さんを思い出した。こういう生き方にはちょっと憧れていて、G・オーウェルも幾分似ていると思う。

「思想の科学」の頃は、すでに好々爺然としていた俊輔氏だったから、戦前のハーバードですんごい秀才だったことを知ってびっくりした。ハーバード行く前は、親を困らせるために万引きして警察につかまったりと、結構やんちゃだったらしいが。結局は恵まれすぎていることに対する反発で、母親がやりたかったことを具現化させていたのかもしれない。昭和初期に海外留学できること自体選民であったわけだが、その後、自ら下の階層に降りてきて、権力に抵抗することを自らの使命とした。


ベ平連の人寄せパンダに小田実を指名したのが俊輔氏だったことも、この番組で初めて知った。

番組の対話のなかで、87歳の今でも普通に英語の慣用句が口をついて出てくるのがすごい。学者はやっぱり一生勉強なんだな。和子先生の思い出を語るときに、最晩年の美しい写真が大写しになって泣きそうになった。和子先生が倒れられてからは、私は多田富雄さんとの往復書簡を読んでいた。そして「病に貴賎なし」を恨めしく思った。私なんかは病気になってすぐに死んでも全然かまわないが、優れた頭脳が思考する妨げになるから、こういう人たちには病気はとりつかないでほしい。

俊輔氏、見た目はあんまり鋭そうな感じは受けないんだが、これは育ちのいい人たちに共通の雰囲気だな。自ら市民運動に降りてきちゃったから、丸山真男氏のような盲目的な信者はいないのかもしれないけれど、昭和の記憶として私たちは彼の仕事を覚えておく必要があるのかもしれない。


著作は多すぎて、どれから手をつけていいのかわからない。高野長英の評伝を書いていたのは意外だった。新平の大叔父とかに当たるはずだ。つまり血縁ってことだね。
番組に登場していた直販オンリーの『悼詞』を手に入れて読みたくなった。





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Last updated  2009.04.13 08:12:16
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