
photo;clareyuko
6月の青空禅フォーラムに一郎パパ( 中村光也君
のパパ)とふたりで参加した。
今回は新しい人が多くて、ドクターである伊東先生の、医学から、そして量子力学から見た、
私たちの身体の実体についてのお話をわかりやすく解説してくださった。
この時代はすべてが固体から液体へそして空間へとシフトして行っているという観点から、
抵抗の医学から共生の医学へ移り変わりつつあるというお話だった。
ココロも肉体も昔は外と分断された固体として分析されていたが、
実は開かれた、自由自在のものなので、
たとえば、肉体はONとOFFが繰り返し点滅し、生きているものだと捉えると、
OFFの状態で奇跡の書き換えが起こり、不治の病が治ったりする。
またココロも、喜びの種を育てれば、
不安や怖れは消そうとしなくても逃げて消えていくということ。
そして、以前にも紹介したことがある、 肉体とは空間であるというお話
である。
肉体は液体であるけれど、原子レベルで見ると99.9999%は空間であるという事実についてである。
そしてこの0,00001、10万分の1の原子の実体も、実は回転するエネルギーであるという。
古代インドでは宇宙はリーラ(神の戯れ、遊び)だと言われた。
ひとつひとつの回転が速すぎて、互いにぶつかると固体と勘違いして、分離感が生まれた。
つまり、遊びすぎて空間であることを忘れ、固体であると思い込んでしまった、というわけだ。
だから、私という実体は実はない。
そして考えや気分はもちろん、私ではない。
反応として生まれる単なる一時的思考である。
そのことに気づけば、2次的思考から3次的思考、と無限に続くマインドの罠から解放される。
無でありたいというマインドの罠にひっかることはない。
自分自身が青空という純粋意識であることに気がつけば、
生まれては消える雲を静かに感じているだけ。
どんなに雲が流れていようとその向こうにはいつも美しい青空がある。
そしてさらに遥か向こうには美しい宇宙がある。
肉体の目という高性能レンズを通して世界を眺めているのは私ではない、誰かであることを
常に問いかけて生きよう。
伊東先生への質問メールにお返事をいただいた。
パターンも感情も終わりはありません。実体もありません。
それを失くそうとか、止めようとか思って見ること自体、すでに囚われているので、
よけいに苦しくなってしまいますよ。
ですから、どのようなパターンも思考も感情も 私ではないと
はっきりと気付くことがなにより早道です。(略)
人生は神秘ですよ。解くべき問題など一つもありません。
神秘は解けないから 神秘というのです。
気楽に生きましょうよ。
苦しんでいるパターンや感情ですら 神我が生み出しているのですから。
何も問題はありません。
同じ道を行く兄弟として、愛をこめて
リーラ。。。。そう、なにも深刻になることはないのかもしれない。
先生のお話を聴いて、今日も私のココロに青空が広がっている。
生まれては消える雲の向こうで
青空のココロの天使がにっこり微笑みかけてきた。
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