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2008.12.24
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カテゴリ: 音楽
昨日観た、ベルリン・フィルの映画。3年前のアジアツアーに取材したものです。(記憶をもとにしているので詳細は不正確かもしれませんがご容赦)

映像は、初めに、「Berliner Philharmoniker」とだけ出て、
オーディションの風景が写ります。
客席には、おなじみの団員の面々、、、舞台上には、オーディションの受験者。
パーカッション奏者の演奏の音から、空港の風景、、、そして、音と映像がラップしていって、
Trip to Asia
そして、、
The Quest for harmony

真っ青な空を、飛行機が横切り、白い飛行雲が一筋、、、


邦題では、まあそれほど意訳でもなく「最高のハーモニーを求めて」とされ、
「世界最高のオーケストラ ベルリンフィルが、最高の音楽を探求して切磋琢磨する様子」をイメージされる訳がほどこされています。
まあ、それも、違いはないのですが、

この映画のスゴいのは、そういった「特別な人の特別な様」を強調しようとするのではなく、
 (もちろん「特別な」緊張や努力や試練の中に居るのですが、、、)

「自と他」、「個と集団」、「私生活と職業」、「劣等感と誇り」、「ヨーロッパ文化と異国の文化」、「伝統の継承と成長」、「母親と女性奏者」、「ヨーロッパ人とアジア系移民」、「審美眼(耳)と肉体・精神的限界」、「極限のプレッシャーと達成の歓喜」、「世代」、

そういった、様々な矛盾や軋轢や齟齬をきたしかねない様々な要素、、、、
しかし、矛盾や痛みを伴うからといって、廃することのできない、どれもが「必要」な要素、、、

そして、そういったあらゆる要素のなかに、「調和」「折り合い」を見つけていく、、、
そして、よりよい「調和」、よりよい「折り合い」を見出そうと努力する、、、

そういった「人としての営み」そして「人が集まり、共に動くことで果たそうとする営み」、

過酷で多忙な「楽旅」と、
そして、philharmoniker未満の存在である「試用期間の"候補生"」たち、中心となる首席ソロ奏者やコンサートマスター等の中核奏者、そして、定年・引退直前のphilharmonikerの共時的な姿による「人生の旅」
そんな、「harmony」を探し求める「旅」を描いた映画といえるでしょう。

なので、まあ、興行的には仕方ないとはいえ、
「最高のハーモニーを探して」という、やや「音楽オタク」的な題名は、



もちろん、音楽的にも、興味深いところだらけですし、
「音楽マニア」には、もうすっかりBSとかで顔も名前も知ってる!!という奏者達が、自分のl言葉で、自分の心象や人生について語る(ああ、、、ドイツ語がわかれば!!!!)のですから、たまりません。

ただ、「音楽」そして「音楽すること」を描いた映画であるにもかかわらず、
「音楽映画」にとどまらないのは、主題が上に書いたようなものを軸にしているからです。


僕自身は、もちろん、ベルリンフィルどころか、まったく、比べ物ならないアマチュアオケのなかのしかも「劣等生」で必死で、オケでホルンを吹いていた、、、というだけなのですが、
それでも、もし、僕が、オケをやっていなかったら、
どんなに他のことをしていても、絶対に経験できなかったような体験をしてきて、
(音楽の演奏の機会、というだけでなく、人生として、また「個」のあり方や、「立場」「自我」の「危機的状況」への晒され方と処し方、恐るべき難題への懸命の努力、といった面も含めて)
それは、実際、人生のほかの場面で、生かされてもいる、、と思うことは多いのですが、
この映画をみて、その面では、通じるところが多かったことも、とてもうれしかったです。
(音楽の能力の会得とか、才能という意味では、全く、共通するところが無いほど、彼我の差は絶望的ですけども。)
また、もちろん、「プロとしての仕事の突き詰める厳しさ」と「その目標設定・目的意識」、「自己への厳しい評価」、「達成意欲」「使命感」といった面も、
「職業人」としては、とても通じる面がありました。

「厳しいつらいことをのりこえるからこそ、自分が(以後続けていけるだけ)強くなれる」
という言葉、
新人時代に非常にシゴかれたこと、厳しいプロの世界に入っての初めの数年間のことを述懐している言葉が印象的でした。
あの、スタイリッシュで、繊細にしながらも、自在の強靭な柔軟さを持つオーボエ奏者、アルブレヒト・マイヤーですら、
「入って3年ほどは、彼ら(先輩達)は、私を徹底的にシゴいてプレッシャーを与えた。もう自分はやっていけない、、と本当に思った。しかし、彼らは、私が一緒にやっていけるかどうか冷静に試していたんだ。」
と語っていたことも、驚きでした。もちろん、成長する一流のプロは、どの仕事でも、「これでいい、、」と思って安心したりはしないものですが。
だれかが、
「もし、自分の出来に満足したら、もうそれで終わりだ。向上は無い。」
というようなことも言っていました。
マイヤーはまた、
「世界中に、音楽の才能に溢れた人は無数に居る。」といいます。
「が、しかし、努力や意思や自己犠牲をいとわない決意が無いならば、その才能は無に等しい。」とも、、、

一見、世界最高の名をほしいままにする「天才」とも目されそうな人たちの言葉は、
僕らが普通に普段仕事に取り組んでいるときの姿勢と、余りにも共通する、「おんなじ、プロ」としての言葉に溢れていました。



もちろん、あまりにも過酷な個へのプレッシャーと多忙から来る疲労への対処、
職業の負担と、私生活のバランスのとりかたについての工夫や苦心や苦悩も描かれます。
女性ヴァイオリン奏者だったでしょうか、
「楽団を離れても、音楽のことで頭はいっぱい。練習を詰めて行い、さあ、気分転換に、、と散歩にでかけても、つい音楽のことが頭にうかぶ、、、そして、”ママ、保育園に迎えに来て”という電話でハッと我に還る。 その瞬間からは、私は母親として完全に切り替わらないといけない、、、でも、そうはいかないこともある。」
やはり、そういうものなのだな、、と、つい先日、当のベルリンフィルをナマで聞きながらも、時折、「仕事」のことが頭に浮かんできてしまった自分を思い出してました。
また、楽旅のあいまのわずかな「オフ」の様子でも、
各々の個性が描かれます。
名ティンパニスト、ゼーガースが、蝶の観察を趣味にしている(採集ではなさそう)のも面白かったです。ティンパニも、常に最高の緊張を強いられる特別なパートですからね。。。
いわく「ベルリンでは140種類しか蝶が居ないが、中国では500種類もいるんだ」とか、、
また、
ホテルまで輪行用の自転車を送っておいて、二人で長距離サイクリングにでかける奏者もいます。「平均3時間睡眠しかずっととってないのに、なぜか、走れるんだ。」
おもしろかったのは、
他の奏者で、「もうたくさん。オフは音楽から開放されるの!」とかいって、
地元のアマチュアと、合奏して「楽しんで」いる様子があったり、、、


また「組織」として「職場」としてのベルリンフィル、という見方もできます。
能力のある人たちが集まり、共通の目的のために、都度都度の出来事に対処し、よりよい仕事を達成しようとしていく、そのための「方向付け」(ディレクション)を行うために、優れた指揮者を迎え、その指揮者にも妥協なく、ぶつかっていく。指揮者も「抑え付け」るのではなく、自らの能力を高め、具体的に仕事の目標と目的を提示し、かつ、出来事に応じて、修正していく、、、、そして、常に、見直していく、、、(「英雄の生涯」を、あれほど真剣に何度もリハーサルをして修正していってるとは、驚きでした。)

「職場」とは本来そういうものですし、
「僕らの職場」というのは、まさに、philharmoniker達にとっての「ベルリンフィル」と全く同じことなのです。でないと、実際、達成できない仕事、、が、僕らのとりくんでる仕事でもヤマほどあるのです。決して「たやすい」「誰がやっても同じ」仕事ではない(本当の意味で、そんな仕事は無い、、と僕は思います。そんなレベルにとどまる、、、ことは頻繁にみられますが、、)。

奏者達の、個人的な劣等感やトラウマを赤裸々に語るシーンも、ちょっとほかでは見られないものでした。それはなにも「楽屋裏」の興味本位ではなく、人間ならだれでもあるそうしたものを彼らも当然ながらもっていて、それを、それぞれのやり方で「乗り越える」または「対処している」ということなのでした。

また、「オーケストラは、ソリストになって目立ちたい、、という人間は要らない。ウチのオーケストラも以前はそうしたタイプの人間が居た。しかし今は違う。」といいつつ、一方で「強い人間はきっと他から認められなくてもやっていけるだろう。しかし、私は弱い人間なので、他から認められたい。だから、オーケストラの外でのソロ活動もしていきたい。」と語るのは、さきほどのマイヤー。
また古参のベテランコントラバス奏者クラウス・シュトールは「オーケストラ奏者は、創造的芸術家ではない。再現的芸術家だ。」 で、ちょっと微笑んで、「でも、ときどき、そう認めたくなくなるときもあるんだ。」
こうした、「個」の追求と、「共」の追求の葛藤も、フランクな言葉で綴られています。

また、職業、プロフェッショナルとしての、追求についても、
やはり、同じやなあ、、、と思う言葉、、、
「初めは、同じ曲を120回もやれば、あとは楽勝だろう、、と思っていた。しかし、実際は違った。やればやるほど、課題が出てくる。できないこともみつかってくる。あとになるほど、どんどん大変になっていく。」

こうしたプロの世界での感覚も、
オケならずとも、僕らにとっては、とても親しい感覚ですよね。
どんどん、次にやるべきこと、、、ぜひやりたいこと、
やっておくべきこと、、、は、
出てきます。
そして、次の対処も、、、

この反対の例としては、ある仕事が、「傍目」にはカンタンに見えたり(たとえば隣の係、、ていどでも)、また、安易に仕事に取り組んでいる者ほど、本当に「カンタン」に思ってしまって、レベルが低いままでも満足してしまう、、、また、自や他への「関心」「観察」「洞察力」を欠いてしまい、結局は、自や他への敬意の念を欠く、、、ということになっている例を見つけるのは、そう難しいことではありません。
よく高校生くらいの「バイト」だけしたことがある子が、「あんな仕事」と言い放ったり、社内でも、「あんな部署」と断じてしまっていることも、そんなに珍しいことではありませんよね。

まったく、音楽に興味が無い人、、には、ムリにオススメしても仕方ないかもしれませんが、ちょっとくらい興味がある人、、、そして、なにより、マジで仕事に取り組んでる人。
否、
「なにか」に、マジで取り組んでる人、、、には、
必見の映画と思います。

ちなみに、「映像」と「音」も、カッコいいです。
あと、
専門的なことはわかりませんが、
非常に多彩な取材した映像、、つまり、リハーサル風景や楽屋、またホテルなどの様子はもちろん、それぞれの奏者へのふんだんなインタビュー、、そして、街の様子に、風景、、など、
それらを、「編集」して、「組み合わせて」、、「作品」としていく、
そのセンスと手腕は、ものすごいものだと思います。





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Last updated  2008.12.25 00:38:09
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