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2009.01.12
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カテゴリ: 音楽
後半は、お目当ての、シューベルトの八重奏曲です。
一見「サロン・ミュージック」そのもので、
事実、口ずさめるようなメロディに溢れ、寛いだ楽しい雰囲気に満ちているのに、陰影に冨み、ドラマティックな場面転換や、壮大ともいえるような構成が
両立している、という曲。

シューベルトの天才と、作曲にかける執念と集中力を思い知りますし、
「大家」へ着実に歩んでいたことを実感できる曲でもあります。

ベルリンフィル八重奏団は、15年前にザ・シンフォニーホールで、この曲の「元歌」とも目されている、ベートーヴェンの七重奏曲の、隙のなく、堂々とした、克明な演奏を聴いたのですが、このシューベルトはどのような演奏をしてくれるのか?


ここで、先にラトルで聴いたベルリン・フィルが、これまでの僕の中の「オーケストラ」の定義を塗り替えるほどの衝撃を与えてくれたことを思い出すべきかもしれません。
あのときの演奏は、オケの運動性や、個々全ての奏者の表現意欲、そして、同時に、相互の奏者の表現への感受性と反応、、、そうしたものが、究極まで行っていて、かつ、その彼らの「限界」を目指そうとして、リスクをあえて採る姿勢、、その上で、ありとあらゆる「表現のパレット」から、自在に選択して提示する、、という性格で、際立ったものだったのですが、


それが、カラヤン時代との大きな違いだった、、、
とも思ったのでした。

「楽譜に書いてあり、作曲家が思い浮かべて、提示してくれた”可能性”を、"今"どのような形で活かすか??」
ということに対する、「毎回のtrial」である、、
それが、今のラトルと共同作業を行っているベルリン・フィルであるようでした。
映画でみたとおり、だから、「毎回、リハーサルを入念にやる」のだとも思いました。
「ミスのチェック」なのではなく、「また、別の表現を、questするため」のリハーサル。


本体のオーケストラが、それほどの変貌をみせているわけですから、
考えてみれば、
そのトップ奏者を中心としたアンサンブルが変貌していないわけがなかったのです。。。
ましてや曲が、シューベルト。

その前に、モーツァルトの見直しがありましたが。

さて、曲の開始、、
トゥッティの和音で始まり、アダージョで、各楽器が、動機を奏していくところ。
懐かしく、あったかな、それでいて、ほのぐらい、、そんな音楽が鳴り響くところです。
しかし、

アンダンテといってもいいくらいのテンポです。
速い。
そして、ほぼ、そのままのテンポで、主部のアレグロへ突入しました。
(実際には、序奏よりは、相当速くなってるはずなのですが、印象として。)

遅い序奏に、速い主部、、、のイメージが覆った例としては、
同じシューベルトといえば、大ハ長調交響曲(ザ・グレート・・以前は第9番、今では第8番の交響曲)を思い出します。
あの場合は、元々、序奏部(実は第一主題提示)と主部でのテンポ変化は記譜されていなかったらしいのですが、序奏が4分の4拍子、主部に入って2分の2拍子、、とされていて、四分音符1個=二分音符1個となるので倍速!!みたいなこととされていたようです。
以前の議論では、突然速くなるのはイマイチなのとロマン的盛り上げの演出の面から「序奏」から主部にかけて、アッチェレランドをかける、、という演奏の是非(楽譜に書いてないのに、、という)および、ソナタ形式なのに、第一主題の再現部で余りにもテンポが違った再現しかなされない!!ということが言われていましたが、
近年、「実は、序奏部(第一主題)も、2分の2拍子だった!!」ということがわかり、
旧来比で、倍速となる「序奏部」の演奏がなされるようになった、、、というものです。
こちらは、慣れると、「倍速」のほうが新鮮で、旧来の「ワーグナー?」みたいな悠揚迫らざるテンポの序奏は、大げさに聴こえるから、慣れとは恐ろしいものです。。。

話をもどして、、、
この日のシューベルトは、ちょうど、そんな感じ。。
この八重奏曲は、序奏部も主部も4分の4拍子で、テンポ変化の表示があるので、事情は全く違うのですが、イメージとしては、「主部は、2分の2拍子でした」という感じの快速で、「前へ前へ」という「2拍子系」に聴こえる演奏でした。

スゴいのは、このテンポで入って、あとで加速しても、ちゃんとヤレる、、というところです。

そして、ここで、再び、オーケストラ本体のことを思い出すべきかもしれませんが、
続く、演奏は、まさに、
「リスクを恐れず、やってみよう」というようなテンポの選択を行った演奏でした。



その結果、
隙の無い、安定した演奏ではなく、
刻みのパートのテンポと、旋律のテンポがせめぎあったり、
ヴァイオリンがテンポをあおったら、それを、管楽器がその「キラーパス」を受け止める、、
といった風でした。

第一ヴァイオリンは、かなり、キツめの発音で、随所で、やや音程を犠牲にしても、
音楽にムチ打ちます。
この「飛び出し」方は、やや、ウィーンフィルのキュッヒルに似たところがあるようにも思いました。彼の場合は、フル・オーケストラで飛び出すから、大分、意味は違いますが。
ヴィオラのベテラン、シュトレーレは、映画での「満足という島の住人になったら、もう進歩は望めない」との発言どおり、古参ながらも、アグレッシブな内声の存在感がバリバリです。
刻みをやや強調して全体のテンポを挑発しながら、受け渡してみたり、
リズムの角を立てて、他のパートの反応をみたり、、、
カラヤン時代からの名手の彼もまた、「今」を生きています。
とはいえ、彼のこのアグレッシヴさは、カラヤン時代のベルリンフィルにも通じる、楷書のアグレッシヴさかもしれません。


クラリネットのフックスは、本来、この曲の「主役」のはずですが、
あえて、表現を抑制気味で、むしろ、
「そちらが、バリバリ出るのなら、こちらは、あえて、whisperで行こうか?」
みたいなところもありました。
それでも、もちろん、しっかり聴こえるし、音は美しい限りです。
ただし、たとえば、オケで聴く彼や、また昔のライスターやブランドホーファのような、骨太の音でアンサンブル全体の骨格として楔を打ち込む、、という立場になることをむしろ、慎重に回避したキャラクター設定を、この日の演奏はしてたように思います。

ホルンのバボラクは、二十歳そこそこの頃、ミュンヘンフィルの首席になったばかりのときの来日ソロコンサートや、ホルン・クリニックで聴いたときの「天才的に上手なひと」とは、当然ながら、別人の感があります。
完全に音楽家。
アンサンブルの要として、文字通り、八方から飛んでくる音を、受け止めて、とても、自然な形で返します。そして、八つの音の「まとめ役」として響きをつくっていきます。
あのアフラートゥス五重奏団のときにも感服したのですが、この「若い頃から破格の天才ホルン奏者」は、しかし、ベルリンフィルに入って、まだなお、一皮も二皮も剥けた、、ようです。
というか、それほど、恐るべき研鑽と努力を積み重ねてきたのですね。。。

ファゴットは、ホルンやヴィオラ、チェロと、きれいに自在につけていました。

コントラバスも、ヴィオラと並んで、以前のベルリンフィルのアグレッシヴさを感じる、
あざとくなく、限りなく安定して、和音を支えるとともに、
全く、「重苦しさ」の無い、運動能力抜群のリズムを、「苦も無く」(←のように聴こえる)
繰り出します。
ツェペリッツを思い出させる、、、ベルリンフィルらしい、決然としたコントラバス、、でした。


そんな特色の演奏でしたが、
攻撃的で、ある意味「前衛」的な性格をところどころでみせながらも、
まぎれもない、きれいで、楽しく、懐かしく、さびしく、夢みるようなシューベルトの音楽をたっぷりと聞かせてくれました。

第1楽章に続いて、クラリネットの「語りかけ」から始まり、素朴で美しく静かな、旋律的な音楽のようでいて、結構、和音がゆらめいて、音楽全体の表情が変化していく第2楽章。
(ところどころ、「サロン・ミュージック」の枠をはみ出て、弦楽四重奏曲の「死と乙女」あたりの世界を垣間見るような瞬間や、「ブルックナー休止」のような「間」があったり。。。
実は、タダ者ではない、フランツ・シューベルト、漲る意欲と才能は、やはり抑えてもあふれ出てくるのですね。)

続く、軽快そのものの第3楽章。スケルツォでもあり、舞曲風でもあり、、、

交響曲第2番の第2楽章にやや似た、牧歌的であたたかいながらも、どこかさびしげなクラリネットの主題から始まる変奏曲の第4楽章

メヌエットのクセに、メヌエットとは全く思えない、形式だけいえば、ロンド形式かもしれないけど、そうとも思えない、自在な、変化に富む第5楽章。

そして、それまでの流れからは予想もしない、激しいトレモロから開始されて、
突如、霧が晴れたかのように、「前進的」な主部を展開して行き、
最後にコーダを壮大につくりあげて、全体を締めくくる第6楽章。


この曲、楽器の響きの特性を本当によく活かしています。
また、ホルンの立場からいえば、当時はナチュラルホルンやったから当然かのかもしれませんが、倍音列を、自然に活かすキャラクター設定を旋律的にもしながらも、
全体の響きをつくりあげる役割も見事にあたえていますし、
クラリネットの魅力はもちろん、ファゴットも、ホルンとのコンビネーションも美しいです。
また、
この組み合わせだと、えてして、硬質に聴こえる第1ヴァイオリンと、木管群(ホルン含む)の音色の対比が、また、とても、面白く、美しく、変化に富むものになっています。
(その意味では、この日の、1stヴァイオリンは、とくに、硬質な音色のうえ、かなり、硬めのイントネーションで弾いていたので、この性格は際立ちました。
バボラクのホルンがまた、音色の幅に富んだものだっただけに余計!!!)


歌曲で「世界」をつくる、、という、ジャンルそのものを産み出したシューベルト、、、
壮大で、形式そのものを拡大しかのような中に、夢や憧れとともに恐るべき影や孤独や迷いそのもの、、を音楽にしたかのようなたくさんのピアノソナタ、
やはり、ものによっては、死も感じさせるほど、多彩な弦楽四重奏曲。
本当に多くの作品を残しながら、
オーケストラについては、その演奏機会、、という意味で、
とても、恵まれた状態とはいえなかったシューベルト。

自分の交響曲は、確認されているだけで、8曲あるけども、ほとんどの交響曲を公開の演奏会で音になったのを聴くことがなく、ともすれば、大半の曲を「習作」よばわりすることすらあるシューベルト、、

彼が、オーケストレーション(楽器法)の名手、、とよばれることはまず聞いたことがありません。
しかし、この八重奏曲を聴くと、その音色感覚のセンスの良さと、使いこなすだけの熟達にいたっています。
そして、各々の楽器のことが「好き!!」であることが、ひしひしと伝わってきます。
180年も前に亡くなった人のことを、どうのこうの言っても仕方のないことですが、彼がせめてもう10年生きていれば、音楽史は変わっていたのではないか???
そんな気もします。

シューベルトもまた、生きている間、ずっと、成長し、変貌しつづけていたのかもしれません。
(この八重奏曲だけを聴いて、この感想で終わるのは変ですが、、、、)

この八重奏団、ぜひ、また来日して、今度は、フルプログラムで、落ち着いて聴かせてもらいたいです。
とはいえ、本当に、神戸まで行ってよかった、、、コンサートでした。
(あ、でも、次は、ぜひ、ザ・シンフォニーホールで、、、)





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Last updated  2009.01.17 12:48:40
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