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2009.06.03
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カテゴリ: 音楽
音楽評論家の黒田恭一さんが亡くなったとの知らせを眼にしました。


僕が、クラシック音楽を聴き始めて、最初に買ったLPレコードは、
カルロ・マリア・ジュリーニがシカゴ交響楽団を指揮した
ドボルザークの交響曲第9番「新世界より」でした。

「新世界より」は、生まれて初めて行ったプロのオケのコンサートで聴いて、
すっかり、「クラシック」、それも「ナマのクラシック」に夢中になった曲だったので、
ぜひとも、「レコード」なるものを買いたい、、と思ったのでした。

そのころ、我が家では、「暮らしの手帖」を購読していて、その中に、
音楽評論というか、まあ、レコードの商品テストよろしく、始まった欄が、

という紹介記事がありました。

その主にクラシック(のみでなかったですが)を担当していたのが、
黒田恭一さんだったのでした。


クラシックというものを聴くようになるまでは、
「暮らしの手帖」のそうした記事などは、存在も気にしたことがなかったのに、
聴くようになったら、「親が読む商品テストと料理の雑誌」やったものが、
急に「音楽の紹介のある雑誌」になったのでした。
今にしておもえば、ごく限られた情報ではありましたが。

そうしてみた記事にあったのが、ジュリーニの新世界よりでした。
その記事になんて書いてあったのか、、、は思い出せません。
が、とにかくオススメしていたのでした。


しばらくして、買ったLPレコードをみると、
その解説(ライナーノート)を書いていたのが、黒田恭一氏でした。
このLPは今も手元にあります。
暮らしの手帖の記事を覚えていないのは、おそらくこのLPの文章が上書きされたからかもしれません。

氏の解説は、芸術という感覚的なものを、なるべく、理詰めで、かといって「理論的」ではなく、説明していく、、というものでした。 導き出される結論は必ずしも、論理的必然ではなく、結局は、ある程度、あらかじめ「感性」が読み取った「結論」があって、そこへいたるまでの「説明」である、、、という感もありましたが。。。


なんとか、良さ、特徴を伝えよう、、、そして、それをできるだけ、きっちりと説明しよう、、
という姿勢が、黒田恭一さんの文章にはいつもあったように思います。

ジュリーニの演奏の解説には、耳に親しくつい口ずさみたくなる"新世界より"としてではなく、優れた交響曲作曲家であるドボルザークの交響曲第9番としての性格を示した演奏であること、や、たとえば、「家路」の主題も、「家路」という歌ではなく、第2楽章の第1主題としての「毅然たる表情」をみせている。。。。(当時の僕は「きぜん」という読み方を知らずに「こくぜん」と読んでいて、「ああ、チェコ民族楽派やから、穀物に喩えてるんや、、、」とか思ってました。) というようなことを書いておられました。

また、ジュリーニが、「イタリア人指揮者」ではあるけれども、「アルフレート・カゼルラに学んだ、アンチ・ヴェリズモオペラの指揮者」であることを思い出したほうがよい、、、、、、
というような表現も印象に残っています。
ヴェリズモオペラはともかく、アルフレート・カゼルラは今だにその音楽や音楽的特徴を僕は知らないまま、とても印象的な名前として見て記憶して、もう30年になります、、、、
つまりは、「イタリア人=情念的で歌謡的で情緒的」というような(まあいえばプッチーニ)「おきまり」のイメージとは異なる性格の演奏ですよ、、、
ということをおっしゃっていたようでした。

たしかに、ジュリーニのこの演奏は「勢い任せ」ではなく、また、シカゴ交響楽団の特性や、当時のドイチュ・グラモフォンのアメリカ録音の特徴(近接マイクでの直接音がハッキリ入った録音)のせいもあるのでしょうが、すべてのパート・音が明確に聴こえてくる「歯切れのよい」しかしながら、テンポの安定した、かつ重たくはない演奏、、、でした。
晩年のジュリーニのような超スローテンポということはなく、すべての「音符」の音価を正確に鳴らし、また旋律の単位をきれいにフレーズとしてきっちり最後まで納めながら、
それらをあいまいにせずに組み合わせていく、、、
なので、機械的な正確さ、、とはまた異なる、、でもやはり「隙の無い」演奏は、スローテンポではないものの、ジュリーニ晩年の様式に通じるものでもあったかもしれません。
そうした特徴を、黒田恭一さんは、独特のアプローチから解説していたのでした。
もっとも、
この文章は、一般の紹介記事ではなく、いざレコードを手にとって、買おうかどうか、、と考えている音楽愛好家、、または、すでに買って、レコードプレイヤーのターンテーブルに載せた聴き手に向けられた「加減の無い」文章なのかもしれません。
そして、「ライナーノート」それ自身が、当時で2600円したLPレコードとしてのそれなりの風格と品格を構成する一要素である、、、ということも意識した文章だったかもしれません。
氏の文章の組み立ての特徴は、そのライナーノートにもよくあらわれているものの、その後接した黒田恭一さんの数々の文章の中でも、もっともペダンティックな文章であった、、と今思い返して、思います。

このジュリーニの「新世界より」、、、
初めて聴いたときは、装置が貧弱だったこともあり、当時としては珍しかった、第一楽章のリピートに度肝を抜かれたことと、また、名物トランペッター、ハーゼスのトランペットの音が、突如、飛び出す場面、、、などに気をとられたものでしたが。
で、演奏の特徴、、、がどうというより、「新世界より」をステレオで聴く、、、ために、本当に、「毎日のように」このレコードをかけてばかりいました。
第2楽章のところが傷ついて、ノイズが入る場所まで、今でも記憶に刷り込まれているほどです、、、

1978年当時、、でした。
まだ、その頃は、FMやTVに頻繁に登場するようになる直前くらいの時期だったと思います。
その頃のFMのメインは、藁科雅美、大木正興、門馬直美、丸山圭介、そして「若手」で金子建志といった面々でした。

が、ほどなく、
黒田恭一さんは、FMのライブ音源の番組にもよく登場するようになりました。
当時、なぜか日本の音楽評論家の多くは、カラヤンをけなしまくる人が多かったなかで、
黒田恭一さんは、マジメに、カラヤンの演奏の面白さ、魅力をあちこちで書いておられましたが、当時は、それが「かなり特異」に見えるほど、日本の音楽評論家のカラヤンけなし、、、は、当時の「主流」でした。
黒田恭一さんが、後に苦笑まじりにおっしゃってたのは、当時、ある人に、「あなたはとてもいい人なのに、なぜカラヤンの演奏をホメるのか?」と真顔でたずねられた、、、とのことです。
決して、「あたりさわりのない」人ではないのですが、
その演奏の聴きどころ、、、特長、、、を汲み取って伝えよう、、という姿勢が基本にあって、
美点があまたあるカラヤンの演奏を、風潮でケナして終わらせる、、、というような姿勢にはまったく同調できなかったし、またする必要もなかったのでしょう。

ですから、明らかな欠点のある演奏や、美点がみつけにくい演奏については、ケナすということをせず、ただ、とくにコメントもしていかない、、という方であった気がします。

そして、放送では、
独特の穏やかな口調、丁寧なことばづかい、判断の最後は聴き手にゆだねようとする姿勢(もちろん実際には自分の色が出ていますが)、そしてなにより「演奏の魅力を感じとって、それに触れる喜びを聴き手に味わって欲しい」という思いは、本当に強い人だったと思います。

NHKではその後も重用され、レギュラー番組として担当されたのが、ちょうど20世紀が終わろうとしかけていたころにはじまった「20世紀の名演奏」でした。
これは、メジャーな演奏家から、少々、名前が売れそこなったが魅力的な演奏家までに焦点をあてて、「録音というものによって、音楽を楽しむことができるようになった20世紀」の演奏を紹介してくれるものでした。
権威からの物言いをせず、また、博識であることをひけらかしもせず、狭く偏った好みにとじこもらず、広くさまざまな音楽・演奏を聴き、それらの特徴・魅力を感じとってきた氏の積み重ねと、「自らが感じとったもの」を正直にさらけだす氏の誠実な姿勢が、十全に活かされた番組だったと思います。

FMで聴く声もだんだんとしんどうそうになってきたな、、、とは思いながら、
また、先日、TVでみかけた姿がとてもしんどそうで、「会話」も、相手の話をききとって文脈を整えながら話を展開する、、、ということが負担になっておられるような、急に老け込んだ様子だったのですが、まだ71歳、、、かなり重いご病気だったのですね、、、、

仕方のないことではあるのですが、若い頃、、というか、ほぼ幼い頃から慣れ親しんできた方の死は、とてもさびしいです。

氏が書いた紹介記事で思い出されるのは、たとえば、カラヤン=ベルリンフィルの、ハイドンのロンドンと、シューベルトの未完成をカップリングしたレコードです。
氏を偲ぶには、カラヤン、、がいいのでしょうが、
僕がはじめて氏の文章に出会った、ジュリーニの新世界よりの、LPはかけられなくなっているので、少し音質が違ってますが、CDを今から、聞きたい、、、と思います。

合掌





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Last updated  2009.06.03 22:48:31
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