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昨夜、私は息子をお風呂に入れて、お風呂に入れたあとの後処理というのをし忘れました。夫は毎日、朝風呂に入ってから出勤するのですが、妻がし忘れた処理を責めるかのようにお風呂場を乱雑にして出勤していきました・・・。私はすごく不快になりました。そんなに妻の失敗が許せないのだろか?と。こういうことは前にも数回ありました。私だって毎日遊んでいるわけではありません。することが多いのですから、し忘れることだってあります。夫婦とは相手の非を責める存在ではないはずです。夫婦とはお互いに足りない部分を補い合う存在だと思うんです。違う言い方をすれば、相手の足りない部分を補うという思いやりがあってこそ夫婦と言えると思うんです。妻が後処理を忘れていると気づけば、自分がするというやさしさはないのでしょうか。誰がするという問題ではなく、気づいた者がする、というのが夫婦ではないでしょうか。処理に一分もかかりません。子どもをお風呂に入れるのは大変なことですから、外で働いてしんどい思いをしている夫にしてもらおうなんて考えていません。でも、し忘れた処理くらいはしても罰が当たらないのではないでしょうか。思いやりをかけたいと思えないくだらない相手なら、きれいさっぱり離婚すればいいんじゃないかしら?くだらない相手と寝食を共にするのは、お互いにとって不幸で時間の無駄遣いになると思います。私は過去の結婚で、信頼できない相手と暮らし続ける行為が、どれだけの不幸を生むかということを学びました。信頼できない相手ならさっさと別れたほうがいい。私は多忙の生活でかなり自分に余裕のない精神状態にあると思います。たかが後処理をしてくれなかったという事象を大袈裟に考えているだけかもしれません。夫には、たくさんいい部分があります。いい部分にもっと注意を向けていけたらな、と思います。
Jan 18, 2006
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今月末、息子は一歳半になる。成長が遅いとはいえ、よくここまで健康できてくれたものだ。健康なのに成長が遅いという事態に私はどう解釈していいかわからず、ただ仕事をして忙しい日々を送ることで考えないようにしてきました。一歳半検診に行けば、また引っかかるというのはわかっている。だから行かないことに決めました。他のお子様たちと比べて落ち込むのを回避するため。無駄な気苦労を回避するため。内職の手を休めてわざわざ落ち込みに行くことないですよね。理由はいろいろあるけれど、それしかないから。私にできる親としての務めは、そっと見守ること。知り合いの嫌味なおばさんが何を言おうと、聞き流すこと。外野の雑音を遮ること。この子にとって家の中が天国なら、ベストでなくとも恵まれているはず。そう信じなければ、今は駄目になってしまう。
Jan 14, 2006
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かなり前から思っていることですが、みなさんのブログを読んでいると、私は母親でないのかもしれない、と思います。みなさんのように素直に『生まれてきてくれてありがとう』と思えなかった。去年、息子の一歳の誕生日を喜びながらも、そう思えなかった。私が幼い頃、私の母は自分の子どもに障害があるということを認めませんでした。そういった重い記憶が私の底に横たわっていて、私も自分の子どもに障害があれば、子どもを愛せないのではないだろうか、という恐怖心があります。愛せないのに『生まれてきてくれてありがとう』と思うことに、つかみどころのない、それでいて重い、抵抗を感じるのです。私は、そういった暗い様々な思考を吹き飛ばすように仕事をする。内職が結構な量あり、朝から晩まで分刻みですることがあるという状態で、母親としては最低限度のことしかしていないと思います。仕事とは対価と引き換えの作業だから、仕事をしている間は、少なくとも落ち込んでいられない。目の前に人参がぶら下がっていたら、馬は走るようにできている。と言っても、仕事をする一番の理由が生活苦であることに変わりはありませんが。裕福な人間が髪の毛振り乱して働いている姿というのは想像できません。長い間、不幸な結婚をしていて、子どもが持てませんでした。けれど、子どもを持たないということにさほど抵抗感はありませんでした。夫婦としての信頼が欠損しているのに、そこに生まれてくる子どもは不幸であるとしか思えません。不幸な子どもをつくってはいけないという思いがあって、また、自分の人生もままならない私ごときの人間が人の親になってはいけないという思いがあって、一生子なしでもいいと思っていました。けれど、今の夫と巡り合うという幸運があり、もう一度しあわせになりたいという自分の中の素直な願望があって、再婚をして出産をした。子どもをかわいいと思っている。この子は、しあわせな子ども時代を送らせてあげたいと心から思っている。でも、それが『生まれてきてくれてありがとう』にはならない。私の中でまだ、人の親になるとはどういうことかという問いに対して、総括できていないからだと思います。子育てを楽しんでいないと思います。普段の私は、単なる子育て係のおばさんです。おじいちゃんかおばあちゃんが子どもを連れ出せば、家には私一人になり、私は独身者のようです。今朝、私は子どもをお風呂に入れた。その時は気づかなかったけれど、夕方、おじいちゃんが子どもを連れて戻ってきてオムツを替えようとタイツを脱がしてみると、子どもの脚の付け根から下がかさかさでした。私は馬油を脚全体に塗ってあげました。普段は全然母親らしくないのに、我ながら『母親らしいことをしているなあ』と思いました。いつもなら暴れる子がコタツの敷布団にちょこんと座って、私に塗られるままになっていた息子。私は、ああ、この子も成長したんだ、大きくなった、と思った。私が「パパいつ帰ってくるの?いつも帰ってくるの遅いね」と言うと、息子は口を尖らせて「パーパ」と言いました。私は息子の頭を思いっきり撫でてあげました。自分の子どもだからかわいいと思わなければならないという義務感とは違う、今までとは違う、はっきりと違う意味で「子どもがかわいい」と思えました。初めて思えたと思います。自分の子どもなら、たとえ子どもが植物人間になったとしてもかわいいと思います。動けなくなった我が子を前にして、いっそう不憫でかわいいと思うようになると思います。でも、子どもに言葉が通じたときの喜びが、こんなにうれしいとは。私が「パパは?」と聞くたびに息子は口を尖らせて「パーパ」と言います。やっぱり通じてるんだ・・・。私は涙がこみ上げてくるのを感じました。生まれてからずっと、私は一人で息子をお風呂に入れてきました。息子の成長をつぶさに観察することができた幸福。命への祝福。息子に障害があろうがなかろうが、成長が遅かろうが早かろうがこの子は成長している、たしかに成長している。子どもを生んでよかったと思いました。そして自身が生まれてきてよかったと思いました。障害のある私なんか、と卑下することはなかったんだ。自分が生まれてこなければ、この子に巡り合うこともなかった。人の親になることへの答えは、まだ見えませんが、一生見えないまま死ぬのかもしれませんが、生んでよかったと心から思います。子どもを生むか生まないかで迷っている人がもしいれば、どうか生んでくれるほうをお薦めします。子どもが教えてくれると思うんです。昔から言い古された言い方ですが、子育てを通して教えてくれると思うんです。自分がなぜ生まれてきたか、生きる意味、自分の価値を。
Jan 10, 2006
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新年あけましておめでとうございます。今年もみなさま方にとって福の多い年でありますように。そして、私の子ども、夫が健康でありますように。どうか、このしあわせがいつまでも続いていきますように。先月からお正月にかけて、結婚記念日、クリスマス、お正月と、忙しい中でも楽しかったです。結婚記念日には、豚しゃぶと松屋のデミ玉を食べながらワインを飲みました。生活が豊かでないから質素な結婚祝いになったわけですが、万が一豪華な祝いなどをしようものなら『個人的すぎることでこんなにお金を使って・・・』と落ち込んでいたでしょう。なんでも分相応が一番気持ちいいということでしょうか。息子へのクリスマスプレゼントはベビーザラスまで買いに行きました。遊びながらアルファベットが覚えられるおもちゃを買った。お義母さん(夫の実母)からのプレゼントはゲームボーイでした。夫からは長靴に入ったお菓子セット。私の母は、プーさんのリュックとスーツを。料理は、ケーキ屋さんに予約していたクリスマスケーキとケンタッキーのチキンセット、私が作った豚の角煮と茶碗蒸し。内職をこなしながら育児・家事に追われ、充実した一ヶ月だったと思います。数年前の私とは大違いの一ヶ月でした。数年前、私は、ある男性と結婚していて、家庭の中でしゃべってくれる人がいませんでした。主婦としての完璧を求められるだけで、聴く音楽も制限されていた。生活のすみずみに渡って、配偶者に仕切られていた。あの頃、働いているほうがよっぽど幸福に感じられた。あの頃から内職をしていますが、私にとっては内職をしている時間が一番幸福な時間でした。子どももなく、文字通り私は家事奴隷でした。それだけでした。食事を出せば何らかの文句を言われました。味噌汁が「からい」と言われた翌日には「薄い」と怒られました。ラーメンを出すと「麺が煮すぎている」、その次に出したときは「堅い」と怒られました。毎日がそんなことの連続でした。それが今では、普通にしゃべってくれる夫がいて、かわいい子どもがいて、なんて幸福なんでしょう。一度の結婚でしあわせをつかんだ人には考えられないことだと思います。普通にしゃべってくれる夫がいて、子どもがいてという生活は当たり前のことなんでしょう、きっと。二年前の雪の降る日、私は今の夫と結婚しました。結婚式を昨日のことのように思い出します。あのとき、お腹には息子がいて、誰からの祝福も得られないまま私たちは見切り発車した。それが今では普通の生活というのがある。二回目の結婚記念日を迎えることができた。長い間、仮面をつけて生きてきたように思います。今の夫に出会うまで、私は本音でものを言うということがありませんでした。本当の私は誰にも受け入れられず、相手にされず、親でさえ本当の私を否定しました。子どもの頃から私は、自分以外の人間の顔色をうかがうだけの生活だったように思います。家庭では両親、三歳年上の兄、結婚をしてからは亭主関白な配偶者。もう私は、誰かの顔色をうかがうことはないと思います。今では私を罵倒する者も暴力を振るう者もいない。支配しようとする者はいない。普通の人間としての普通の生活がある。もう卑下することはないのだ。人間としての自尊心をもって生きていってもいいんだ。どうかこのしあわせが続きますように。私が生きている間、どうか続いて。そして、誰の人生も自尊心をもって生きていけますように。私が経験した、あんな惨めな人生は、私だけにしてください。
Jan 5, 2006
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