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行って来たーっ!!タイムズスクエアでのカウントダウン!!コマネチが来た!!イアン・ソープが来た!!コリン・パウエルも来た!!1トンの紙吹雪に感動!!なんかカウントダウンがみんなあんまり合ってなかったような気がするけど、そんなの気にしない!!混雑を極めたタイムズスクエアで、もちろん屋外で、人にもまれながら、動かず、飲まず、座らず、トイレにも行かず、午後4時から年明けまでの8時間、ただひたすら待ち続けた私達は勝ち組だーっ!!(←本当かい)そんなわけで2005年です。酉年です。年女です。今年もよろしくお願いいたします。たった今タイムズスクエアから帰宅した管理人@午前2時
2004年12月31日
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ニューヨークの地下鉄には、様々な人がいる。恵みを乞うホームレスの人もいれば、メロディオンやギター等の楽器を持ち込んで、車両内で演奏しながら歌う(しかもスペイン語で)グループもいる。ニューヨークに住んで約1年、さすがにホームレスや楽器演奏者は見慣れたけれど・・・。今夜。ついに見た!!ついに出た!!ついに来た!!割と空いていた車両にCDラジカセ持参で乗り込んで、発車と同時に音楽をかけ始めて、ブレイクダンスを踊りだす奴らが!!ってか、あぶないってばさ!!目の前でバック転したりとか、くるくる回ったりとかするんだけど、まあ中学生くらいの男の子の方はいいとして、180センチは軽く超えているデカイ大人が狭い地下鉄車両内で踊るなああああ!!目の前を足が通過したときはさすがにちょっと身の危険を感じました。ああ・・。大好き、ニューヨーク。
2004年12月29日
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2004年の始まりとともに、私はネバダ州の大学生からマンハッタンの大学院生になった。地理的な変化も大きいけれど、この学生身分の変化も結構大きかった。まず、「人」が違う。大学院だからなのか、ニューヨークだからなのか、多分両方だと思うけど、実際に働いている人の多いこと!!ビジネスや社会福祉の分野では、ある程度の実務経験を積んでから大学院で学んでキャリアアップ!!っていうのがアメリカの通例なんだろうなあ。そんなわけで、健康教育学専攻の私のクラスには、病院や保健センターのプログラムコーディネーターから、日本で言うところの厚生省のディレクターさんまで、色んな「社会人」がいらっしゃった。そんな、「現場」で働く彼らの実経験にもとづく話は、教科書に書いてあることなんかよりもずっと興味深くて、ためになる。大学時代から専攻を変更した私にとっては、健康教育学を学び始める段階からこうやって「現場」の話をどんどん聞けるという環境は、とても貴重だったと思う。教科書に書いてあることだけが頭の中で固定化されてしまわないようにね。あと、授業で求められるものが違う。大学の時の提出課題っていうのは、まあ教科書に書いてあることをまとめてこいとか、感想を書けとか、与えられたお題に対して自分の意見を述べろとか、そんなんだった。私は教育学部にいたから、レッスンプランを書けというのもあったし、実際に子供達を観察してその言動を分析しろ、というのもたくさんあった。で、大学院では何をやっていたかというと、健康行動学の理論を学び、研究論文を読み、「現場」を観察した上で、実際にプログラムを作れ、ときた。それは、こうこうこういうプログラムがいいのでは?っていう簡単な提案だけではなくて、まず具体的にこうして、このテストをこうやって使って実情をチェックして、この理論の考えを応用してここでこうして、この場合にはこれをして、その場合には・・・と、一から十まで作り上げるのだ。そこで使われるテストも作るし、グラフも作るし、様々な状況変化への対応策も考える。そりゃー、実務経験のない私なんかは、学期末1週間徹夜続きだったのも仕方ないですわ。でも、おもしろかった。大学院に通わせてくれた親と、大学院で学ぶことの基礎になる大学での勉強をしっかりやっていた昔の自分に感謝!!
2004年12月28日
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2004年も残すところあと5日。というわけで、個人的な2004年の総まとめをしようと思うわけでございます。思い起こせば、2004年はワシントン州シアトルで迎えました。その後、1月6日にネバダ州リノに戻ってきて、同じ日本人留学生達とモーニング娘。の「恋愛レボリューション21」を完コピし、なんとそれをカジノホテルのステージでアメリカ人の皆様に披露し、大歓声を浴びるわけです。そしてその夜、私はリノ発の夜行バスに一人乗り込み、未明にカリフォルニア州サンフランシスコを経由し、早朝のサンホセへ。サンホセ空港から飛行機で成田へ飛び、そのまま新幹線で福島へ。そこで数日滞在した後、東京都西部まで戻り、さらに数日後には成田から目指したのはニューヨーク。マンハッタンのホテルに一泊し、翌日からは大学院の寮での生活が始まったのでした。夏は、5月中旬にはシアトルへ飛び、7月下旬にはアメリカの首都・ワシントンDCへバスで赴き、8月上旬にはアムトラック鉄道でカナダへ。8月中旬にはニューヨークからシカゴ経由で大阪へ飛び、そこから札幌へ向かい、札幌で数日過ごした後に実家へ戻り、更にそこで数日過ごした後に札幌へ戻り、数日を過ごす。9月上旬には札幌から大阪に飛んで、そこで一泊。翌朝大阪からサンフランシスコ経由でニュージャージー州へ。そこからまたモノレール・電車・地下鉄を乗り継いで、やっと戻ってきたマンハッタン。更に更に、10月には所用で数日間マサチューセッツ州のボストンへ。・・・。うーん・・・。なんというか・・・。あっちこっち動きすぎました。2004年。
2004年12月27日
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こんなことを聞いたことがある。つらいことがあるのは、あなたにはそれを乗り越えられる強さがあるから。あなたはきっとそれを乗り越えて、前に進める。そのために、天から与えられた試練なんだよ。とかなんとか。そんなことあるもんか。と思う。似た感じで、こんなことを言う人もいる。越えられないハードルなんてない。努力すれば、きっと越えられる。何て視界が狭いんだ。と思う。越えられないハードルはないって言う人は、大体始めから「競技場」の中にいて、その「ハードル走」の「スタートライン」に立たせてもらっている人だ。そして、その「競技場」の外を見たことがない人だ。どんなに頑張ったって、越えられないハードルはある。乗り越えられない壁もある。「スタートライン」に立てる人間なんて、本当に一握りなんだよなあ。
2004年12月26日
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初めましての方もお久しぶりの方も、こんにちは!MARIAです。ま、挨拶はこれくらいにしておいて、いや~、ついにマンハッタンでのクリスマスを迎えました。何をしていたのかと言いますと、午後1時まで寝ていて、そのあともごろごろしていて、気がついたらパジャマのままで夜11時ですよ。まったく、だらしなさ全開です。ツリーもリースも部屋にない、もちろんケーキも冷蔵庫にない、そんなもんですクリスマス。しかーしね。昨夜は、クリスマスムード満点のヘラルドスクエアでショッピングをして、ロックフェラーセンターのクリスマスツリーの前でロード&タイラーの星空ウィンドー・ショーを見て、ケーキの代わりにおいしいシュークリームを食べて、とりあえずニューヨークのクリスマスイブを満喫して、それでもう満足なんですよ!!さて。今日一日中ごろごろして体力温存したし、明日からは気合入れてクリスマス後の一大セールを目当てに街を駆け巡るぞ~っ!・・・って、私、すっかりおばさん化してる??
2004年12月25日
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