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文芸部の次期部長が決まりました。Rです。実は、前々から文芸部に入りたいなぁ、と言っていたRでしたが、まだ入部してはいません。何故、彼女が部長かと言えば、他の人が都合が悪すぎるからです。Kさん→パソコン部部長Sさん→コーラス部副部長Yくん→成績問題のため、家では、文芸部は一応「休部中」ということなので…名前が出るとマズイ。Yさん→弓道部(兼部禁止)に入部希望のため、おおっぴらには活動できない。史緒→退部の可能性が(汗)。活動ができないと言うよりも、名前が出るとマズイという…。まるで隠れキリシタンです。でも、Rは名目上の部長を引き受けてくれたので、よかったです。今日は…昨日の日記に書いたことについて、メールをもらって、それでずっと考えていました。私は「自分に価値が無い」と思っています。それは本当です。それでも生きているのは、「未来の自分」をある意味信じているから、そしてこの世界にはまだ、大好きなものや綺麗なものがたくさんあるから。でも、「自分には価値が無い」という言葉は、「俺って頭悪いから」と同じようなものですね。つまり、逃げだと。それはそうかもしれません。と言うか、そう思います。どの言葉も、お気に入りになって、何度も言い続けていると、例えそれが最初は自分を励ます言葉だったとしても、どこかに逃げが混じってくるものです。そう、例えばかけがえのない友人。だからって、逃げていいわけじゃない。逃げちゃいけない。いつも、どこかに逃げが混ざって…言ってしまえば嫌です。今日の授業は、全部学年最後の授業でした。明日が終業式なので。数学の先生がおっしゃいました。「あなたたちは、問題に取り組む意欲と言うものが無いね。1月の実力テスト、お前たちはなんであんなに悪いんだ?プリントを処理することだけしか考えて無いんじゃないか?問題に込められた意味をきちんと理解すれば、半分は取れたはずだ。」1月の実力テストとは、私が24点を記録したあのテストです。不覚にも、涙が止まりませんでした。先生が話されている最中なのに…言っても仕方ないことが、抑えても抑えても、喉まで出かかりました。きっと、まだまだ全然勉強が足りないんでしょう。自分はやってると思っているのに…これ以上無いほどの努力をしていると思います。なのに…自分が不甲斐ないです。そんなことで、メールアドレスを変えました。それが、今日、私の中で様々なことを考えた結果でした。何か一部でも、新しい自分になりたくて。そうなれるといいなぁ…せめて、少しはプラス思考に。
2005年03月17日
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今日は、絶対顔を合わせまいと思っていた人に3回も会いました。そのうち2回は、向こうから来てくれたのですが…。何故会いたくなかったかというと、それは私がその人を傷付けそうだったからです。昨日の日記で、あまり大きくは取り上げませんでしたが、「部活の全員が文化祭の話し合いに参加してたわけではない」と書きました。そのことが理由です。謝ってくれても許せない。そんな自分はもっと許せません。何故許せないんだろう…こんなにきちんと謝ってくれてるのに。おそらく、私は他の人に、自分に無いものを求めすぎたんだと思います。私も、やらなければいけないことを放り出すことは多々あります。と言うか、言ってしまえばもっと酷い状態のときも、ざらにあります。そんな自分なのに、他の人にはそうでないことを求めて…。自分に無いから求めるのですが、相手にしてみればいい迷惑ですよね。いつの間にか、その人にも頼りすぎて、多くを求めていたみたいです。「自分のことは自分で」幼稚園のときから言われてきた言葉です。私は中学校まで、自分は1人で生きていると思っていました。全て自分の努力でどうにかなると思い上がって、事実中学校でのこと程度なら、どうにかごまかせないこともありませんでした。でも、高校に入って、自分の無力さと幼稚さを思い知って。それと同時に、「人とともに生きる」ということを知りました。「互いに補い合って生きる」ということ。それは本当に素晴らしいと思いました。今まで誰にも受け入れられることのなかった自分でも、ここでならそんな風に生きていけるかも…そうも感じました。でも、きっとそれは勘違いだったんですね。やっぱり1人で頑張っていかないと。今回のことで、それを思い知らされました。「補って生きる」という素晴らしさを一度知ってしまった私には、それは非常に辛く思われます。けれど、学校というサンクチュアリにいるからこそ、私のような者にもこの生き方をする可能性が残されているのだと思います。どうせ社会に出れば、私はまた中学校時代のように、誰からも距離を置かれて1人で生きざるを得なくなるのです。ただ、それが早まっただけのこと…。今日、謝ってもらったことで少し覚悟ができた気がします。人に助けてもらうことはあるかもしれない、でも、助けを求めるようなことはしない。誰かと組んでいても、その人が失敗したとき、裏切ったときを常に考えて行動する。そういう、生き方の覚悟が。正直、そんな生き方は辛いです。もっと人を信じて、支えて、支えられて、バランスを取って生きていきたい。素直でいたいです。そして、謝ってくれた人を許せないことが、もっと、その100倍以上も辛いです。絶対、自分の手で傷付けることはしたくなかったのに…。でも、それも私の甘い考え、弱い考えゆえの、当然の報いなのでしょうね。
2005年03月16日
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最近、実は掃除をさぼっています。毎日です。委員長、相方さん、クラスの一部の真面目なみんな、ごめんなさい。しかも、今日はRが掃除しているのを、ただぼーっと見てました。気力が無いんです。何においても。授業を真面目に聞いたり、ノートを取ったりすること。日直の仕事で、毎時間黒板をきれいにすること。机の回りのゴミを拾うこと。「おはよう」と声をかけてくれた知り合いに、挨拶を返すこと。こんな当たり前のことなのに、それができない。最近では、Rと話すのさえ、気が進まなくなってきています。Rに限らず、友達と話すのが億劫です。ノリの良いときは話すのですが、話した後で何故かものすごい虚しさに襲われます。今、力を注いでいるのは数学です。朝、学校に行ってから補習が始まるまでの間も、春課題をしています。2時間目の休み時間にお弁当を食べてしまって、一昼(40分休み)と二昼(20分休み)にも、いや10分休みにさえも、数学をしています。「気力が無い」と書きましたが、言ってしまえば数学にとり憑かれているようですね…。今日、HOUで文化祭に向けての話し合いをしました。私とRは遅れてしまったのですが、集合場所の物理実験室に行くと、遮光カーテンが全部閉めてあって、なかでは物理の若い先生が、明日2年生に見せる実験の予行練習をしていらっしゃいました。その練習を、たまたま居合わせた私たちに見せてくださったんです。いくつかの実験を見せていただいて、先生が次の実験の準備をしていらっしゃる間、私たちはその辺りで雑談をしていました。それを見た、別の物理のT先生が「先生の準備してあるところで雑談するなら帰れ!」とおっしゃいました。そりゃそうなんでしょう。正論です。ただでさえ、そのT先生には、HOUは良い印象をもたれていないんです。そんな私たちがいかにも暇そうにしていたから、当然のことです。私個人としては、その先生は好きなのですが…。とにもかくにも、話し合いに入りました。そして出された文化祭の案。・望遠鏡の展示。・SSC成果発表会でつかった模造紙(望遠鏡の仕組みの説明と天体写真)の転用。・去年の先輩方の模造紙の転用…真面目に言ってる?望遠鏡の展示は王道としても。SSC発表会の模造紙は、「天体写真」などと偉そうに書いてはいますが、今年のHOUは不運が続いたのもあって、ほとんど写真を撮れていないんです。したがって、その写真は卒業した先輩方の撮ったもの。去年の文化祭の模造紙は、同じく卒業した先輩方が書かれた、ケプラーの定理に関する説明と、それを利用した火星の軌道の計算の模造紙です。私たちは理解できてもいないんですよ。だいたい、前に作ったものを完全に使い回すなんて、恥ずかしいとか少しでも思わないんでしょうか。ましてや、先輩の作ったものを。その案を出した人に私はキレかけたんですが、彼は「俺はSSC発表会で使ったやつ、って意味で言った」と言い張ったので、それ以上何もしませんでした。でも、私は確かに聞いたと思っています。「去年の使えばいいやん?」という言葉を。と言うか、それ以前の問題で、ただでさえ少ない部員が、全員話し合いに参加していたわけではないというところがあります。既に問題外です。もともと無気力なところに、どうしようもない虚脱感が広がりました。当分戻らないと思います。あぁ…回りの人に迷惑かけてるな。でも、それを正す気力も無いんです。
2005年03月15日
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数学の日です。円周率の上の3桁、3,14からとったらしいです。冗談はさておき、ホワイトデーですね。ええ…美味しかったですよ?量は多かったけど。学校でもらった食べ物を、学校で消費しきれなかったのは初めてでした。まぁ、帰り際にお菓子をたくさんもらって、その場で消費しきる人はいないと思いますが。今日配ったクッキーも好評でした!そう言えば、電子回路のクラブに所属する某Kくんは、昨日の22時から今日の2時まで、ホワイトデー用のクッキーを作ったそうです。上手いんですよ。小さい頃から作っていたそうで。「お返し」の必要に迫られていたんですね(笑)。でも、中学までは12,3個もらっていたのに、今年は2,3個だったので、作り終わったときに「今年はこんなにたくさん要らないんだ。」と気付いて、非常に寂しかったそうです。お菓子が美味しい…幸せですね(単純)。今日は日記が短いです。
2005年03月14日
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厄日です。朝から、台所の掃除中に小棚を引き倒して、魔法瓶と急須を割りました。魔法瓶の中の硝子が粉々になって、掃除が大変でした。この間は、お湯飲みと別の急須とお皿を割ったし…不器用って、嫌ですね。午後はクッキーを作りました。バレンタインデーに友達にチョコを配ったのですが、その日は期末の直前で、そんなもの作ってるのは私だけでした。なので、後日たくさんもらった分をお返ししないといけないんです。今日は、普通の(バニラ)クッキーとココアクッキーを作りました。型抜きです。…小麦粉の分量を間違えました。200gくらい。最初のバニラクッキーの生地を作り終わって、ラップに包んで冷蔵庫に入れた後で、「なんかベタベタしてるなぁ…」と本を見たら、200gくらい足りなかったんです!そりゃあべたつきますよ、バターが多いってことになるんですから…。慌てて冷蔵庫から出して、粉を混ぜたんですけど…大丈夫でした(笑)。前述のように型抜きクッキーなのですが。うちのクッキー方のレパートリーはちょっと変わってます。ハート型は普通なのですが、あとは小菊・桔梗・梅・紅葉・銀杏…要するに野菜の抜き型です。とにもかくにも、変な型で変な生地を抜いて、つつがなくクッキー作りを終えました。今日は、いつもあまり上手くできないココア生地が、きちんとできました。嬉しかったんですが…。今日の厄の引き換えってことでしょうかね。手に入れるために捨てるんだそれにしては少ない気がするんですが…。こんなところに引用していい歌詞では無い気がするし。追記。そうそう、今日いきなり、あるお店を思い出しました。学校の近くの商店街にある「月とうさぎ」という居酒屋さんなのですが、ここのお昼が美味しい!定食なのですが、ご飯とお漬物以外のおかずを3品、色んなメニューから選べるんです。鯖の煮つけとか、ほうれん草のおひたしとか、他にも色々。700円くらいだったと思いますが、選びようによって野菜もきちんと取れるので、いいと思いました。誰か一緒に行こうよ(笑)。
2005年03月13日
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久しぶりに、土曜日の登校がありました。2年生が総合的な学習の時間に、自分の興味のある分野について研究していたことを、今日発表するということだったのですが。…うーん、特にどうと言うこともなかったかな。いやいや、とても興味深かったですよ。研究内容もかなり深くて、大学に言ったら日常的にやるようなことなんでしょうが、楽しかったです。ただ、もっと楽しいことがあった、というだけのことで。今日は、友達2人からお菓子をもらいました。多分、バレンタインのお返しです。ひよこの形のクッキーとマーマレードジャムを塗ったケーキと、黄桃入りのパウンドケーキでした。学食でお昼を食べた後で、緑茶と一緒にいただきました。美味しかったなぁ…私も作っていかないと。というわけで、明日は多分お菓子を作ります。今日は全体的に平穏な日でした。追記。学年主任のK先生と同じ電車に乗り合わせて、喋った…人がいるそうですね。羨ましいです。私も電車なのですが、方向が真逆なので。登下校中は仲間がいないんで。まぁ、その孤独な時間を望んで電車通学にしたんですがね。しかし…K先生とは一度話してみたいです。朝は会うんですが…。
2005年03月12日
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学年集会です。私が末席に名を連ねている有志団体、「学年会」が主催しました。内容は、討議形式で語ること。テーマは「先輩となるに当たって」。テーマ対話と自由対話の2部構成で、前半は上記のテーマに沿った発言、後半は自由に意見を言うという…まぁ、そのままですね。テーマ対話は、私が頼み込みまくったRの発言で始まりました。好調です。5人ほどいた発言者のうち、Rを除いた残りの中でも4人は、わりとよく発言するほうの人たちでしたが、あと1人は今まで前に出ることの無かった人で、色々考えてくれてる人がここにいるんだなぁ、と嬉しかったです。そして自由発言。発言希望者の列がとても長くなったのにびっくりしました。なかなかみんな考えてくれてるんですね…。これも私(ともう1人)が頼み込みまくった化学部のSくんが、「こんなにいるなら、俺出らんでもいいっちゃない?」と言うほどでした。ちなみに、彼が発言の際に敬語を使っていたので、びっくりでした。彼も敬語が使えたのか…(酷)。しかし…やっぱり、意見が偏ってるんですよ。いや、異色な意見は色々と出ましたよ。かなり、視野が広がったと思います。ただ、発言した人たちは多かれ少なかれ、「学校の自治」とか「自由な校風」とかに一定の価値を見出していて、それが自分たちの利益になるから守ろう、と基本的には思っている人たちです。話し合いなどを積極的にもとうという感じではなくても、話し合いが開かれていれば参加しないでもない人たちです。もっと根本的なところ、すなわち「自治とかどうでもいい」「話し合いなんか意味が無い」と考えて、ほとんど動こうとしないことで結果として集団の動きを止めている人たちの発言は、1つもありませんでした。反対意見があるのはいいんです。むしろ、あってほしいんです。実際、今のままだと意見が偏りすぎているので。「自治に意味が無い」と思うのなら、そう言って欲しいんです、みんなの前で。でも、そういう人たちは、こんなときには前に出てこない、学年会の話し合いのときに何か言いに来ることもしない、学年会メンバーに直接「どうなんよ?」って言いに来ることもしない。そのくせ、陰口だけは言うだけ言うんですよね。私も、陰口叩いたことが無いとは言いません。でも、陰口を言われた数のほうが圧倒的に多い自信はあります。まぁ…身から出た錆ですが。でも、最近それが目に付いて、「こんなときに何をやってるんだ」といらだつことが多くなってきました。だから、今日の自由発言で、意図的に私は最後に並びました。そしてキレました。いや、正確に言えば本当にキレたらあんなもんじゃないんですけどね。「陰口やめようよ!」って叫んで、陰口を叩いてる人たちを挑発するようなことをまくし立てて。それだけです。本当にキレて、そんなもんで済むはず無いじゃないですか(笑)。ただ…席に戻ってみたら、友達が泣いてたんで焦りました。かなり計算外だったんで。訳を聞くと、「そんな、一生懸命やってる人に馬鹿にするようなこと言うなんて、そんなこと聞いてて悲しくなった。」ということでした。一応…共感してもらえたんだと思うんですが(汗)。でも、今日で敵が増えた自覚はあります。うちのクラスのとある女子と、そのグループ、グループ構成員の友達(他のクラスにも広がってる)、それからそこに追従する男子には、確実に嫌われました。まぁ…そんな人たちはこっちから願い下げですが(笑)。私にはもっと素敵な人たちがいるんだい!(何)見捨てられたら辛いですがね…(汗)。2年の先輩の中にも、1年から早くも話を聞いたのか、それともこのHPを見て(特に昨日のあたり)個人を特定したのか知りませんが、学食に行ったときに敵意に満ちた視線を複数感じました。私は、今は人前では穏当な語り口で話すことが多いですが、本来はまくし立てるタイプです。いやぁ…久々にやりましたね。中学のあの、悪夢の生徒総会以来、ちょっとしたトラウマでやってなかったんですが、やっぱりこの爽快感は病み付きになります(コラ)。Sくん曰く、「ってか、あれが表やろ?」だそうですが(笑)。とりあえず、私は今日、少しだけど種をまいたつもりでいます。半ば強制的に、アメリカの農業のごとく種を空中散布しました。その種がどう育っていくのか。あるいは、今までになかった新しい芽が出て、今の時点では想像できないような綺麗な花が開くかもしれない。あるいは、陰口や陰湿な視線をたっぷり肥料として与えられて、いつか棘のある毒の花になって、私の元に返ってくるかもしれない。明日どうなるかさえ、誰も分からない。だからこそ、人の集団に種をまくのは面白い。ギャンブラーなんですかね。他人が、もっともな根拠があって躊躇するようなことに飛び込むのは、自分の役目と自負しているところもあります。だって…みんなを引っ張るリーダーが、そんなギャンブルで潰れたらつまらないじゃないですか。私は所詮、リーダーの器じゃありません。でも、精一杯リーダーを支えたい。私ならば嫌われても、もう慣れているから大丈夫。だから、人望と引き換えになるような発言も、言わなきゃならないならする。そういう人になりたいと思っています。まだ、たまに躊躇することもあって、みっともないとは思っていますが。でも、自分の心底惚れこんだ「トップ」ですら支えられないようなら、私はもう終わり。そう思っています。彼女を潰すことは、今の時点では私自身の希望の象徴を潰すことですから。まぁ、彼女に自分が必要とか、自分にとって彼女が希望の象徴であるだけの存在だとか、そんなことはさらさら考えていませんが、ね(笑)。自分の大切な人(色んな意味で)を支えること。それは、自分自身が生きることと同等に、大切で、困難で、でも手放せないことだと思いました。
2005年03月11日
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応援歌が、伝承されました(ぇ)。うちの学校には、本当に有り得ないくらい、たくさんの応援歌があるんです。十数曲くらい。そのうち、校歌(正確には違いますが)と、あと2つくらいは4月の応援歌指導というイベントで、先輩方から伝承されます。が、今日はOBの先輩方が来られて、教えられなかったものを歌ってくださいました。そのOBの方々、最年少で昭和21年卒!70歳くらいの方です。いちばん年配の方は、昭和2年卒の95歳の先輩でした。ちなみに、旧制中学校の頃の先輩方なので、女性はいらっしゃいませんでした。先輩方の歌声…すごかったです。あんなに張りのある、朗々とした声が出るなんて…下手をしたら私たちですら無理です。本当に、青春をともにした歌を歌っているんだと、そう感じました。私たちも歌ったんですが、やはりかないませんでした。実はこのイベント、毎年行われているのですが、うちの学校以外で行われているところはないそうです。他校でも「やってみよう」という話が出たことがあるそうですが、OBの方々が集まらなかったそうです。ちょっと…寂しいですね。とにかく、今日の応援歌伝承会は、感動するところが大きかったです。ただ…またかよ、という感があります。OBの方々や、一緒に指導をしてくれる応援部の人たちのことでは、勿論ありません。伝承されている、私たち1,2年生の一部のことです。先輩方の歌われている最中に携帯をいじったり、そっぽをむいて人と喋ったり…。最後に校歌を斉唱して伝承会を締めくくるときも、ほとんど声を出さず、口も開けずに、突っ立って歌っている人。(参考までに、うちの学校の校歌は、腰の後ろに手を組んで大きく背を反らして歌います。と言うか、がなります。)1年生も、自分の学年としていたたまれない気分です。が、2年生!もう…それで2年生!?それでも「先輩」!?いや、それ以上に…それで、来年度の「最上級生」を名乗るの!?冗談もいい加減にして欲しかったですよ。…すみません、黒くなってしまいました(笑)。ただ、2年生にこんな態度をとっている人がいるだけなら、まだマシなんです。全然ダメですが、落ちるところまで落ちたわけではないんです。何が問題かというと、こんな2年生から運動会の「大幹」が出るということです。「大幹」とは、各ブロックごとに決まった人数だけいる、ブロックの幹部です。「陸上」や「競技」「バック」などの部署があり、そこのリーダーを務めます。いわば、ブロックの方向を決め、引っ張っていく立役者です。運営委員が普段の業務ではひたすら冷静に対応していくのに対し、大幹はブロックの盛り上げ役でもあります。いつも明るく、フレンドリーに振舞って、ブロックの一体感を高めます。非常に大変な仕事です。尊敬に値する仕事だと思います。ただ…最近「大幹の質が変わってきている」と言われるのは、この盛り上げ役としての「目立つ」一面のためなのです。人気が出るから、目立ちたいから…本当の志望理由が、それになっている人すらいるようです。平たく言えば、美味しいところだけ持っていって、責任感がともなわない人が多いということです。私は今日、2年生の嫌な一面を見てしまいました。勿論、尊敬すべき素敵な先輩もいます。でも、今日のような場で真面目に取り組むということすらできない人が、成功不成功は抜きにしても努力すらできない人が、来年の夏、みんなの前に「リーダー」として立つのです。憂鬱になりますね…。何かイベントがあると、感動しつつも、そんな出来事があって憂鬱になることが多い気がします。せめて、次の1年生は純粋に感動する瞬間をもてるように…私の夢です。
2005年03月10日
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宣言どおり、春休みの漢文の課題、終了しました。って言っても、プリントに印刷してある白文に訓点を付けるところはやってないんですけどね(ぇ)。一応、白文を見て、書き下し文で音読できるようにならなければいけないそうなので。できるようになるまで訓点は付けない予定です。この課題をしていると、当然のことながらたくさんの漢文に出会います。出典が論語だったり、十八史略だったり、戦国策だったりするので、なかなかいい言葉がたくさんあります。課題を仕上げながら感動してました。例えば…今雖死乎此、比吾郷隣之死、則已後矣。今此に死すと雖も、吾が郷隣の死せるものに比すれば、則ち已に後れたり。(例えこのために死んだとしても、私の村の隣人たちで死んだものに比べると、すでに長生きしている。)これって、私たちのとるべき行動の指針なんじゃないかと思いました。自分の故郷の人たちではないけれど、同じ地球上で、私たちと同じ年どころか、もっと幼い子供たちが毎日死んでいきます。それは、言ってしまえば私たちのあずかり知らないところかもしれない。でも、だからと言って何もしないで、のほほんと暮らしていていいわけじゃない。何もできないなら、せめて何かをやる前に――大きなことじゃなくてもいい、たいしたことじゃなくていい。だけど、心構えとして、上の漢文のような気持ちをもってやるべきだと思いました。勿論、そのために命を無駄にしろとは言いませんが。生きているということは、それだけで感謝すべきことで、それは大きな権利であると同時に、問答無用の義務でもあるということですよね。私の学校では、「権利=義務」という言葉は聞き飽きるほど聞くんですが(多分標準以上に)、その意味を色んなところに適用していくと、面白いです。寧為鶏口、無為牛後。寧ろ鶏口と為るも、牛後と為る無かれ。(いっそ鶏の口になっても、牛の尻にはなるな。 →小さな集団の頭になっても、大きな集団の後ろにはつくな。)実はこの言葉、志望校を決めかねていたときに父から言われた言葉でした。課題をやっていて思い出しました。そのとき、私はブランドだけに惹かれて、様子も知らない、見たこともない、そこでやりたいことがあるわけでもない有名私学に志望転向しようとしていました。そのときに「自分が、ここに通えたらいちばん楽しいと思えるところがいいよ」と言われて、結局今の高校にしたんです。その選択は、はっきり言ってベストだったと思っています。最高です。あのとき別の学校に決めていたら…いや、その学校が悪いというのではないですが、私にとっては良くはなかったと思います。今思うと、父の使ったこの文は…何か、と言うか全然違う気もしますが、その助言で今の私があって、今の世界があるわけですから。十有三春秋 逝者已如水天地無始終人生有生死安得類古人千載列青史これは、テキストの問題の方に載っていた漢詩です。テキストの答えが配られてないので、どこからが題名かも分かりませんし、書き下し方も訳も正確には分かりません。でも、とりあえず意訳してみます。↓いくつもの季節が過ぎ死んで消えていくものたちは 水の流れのようだ天地には始まりも終わりもなく人には生と死があるせめて どうにかして昔の偉大な人々のように千年の時を経てなお歴史の中に生きていたい多分、酷い訳なんだろうなぁ(汗)。でも、この詩、感動しました。漢文の時間に色んな漢詩を習いましたが、その中でもやはり、自然の営みの悠久さと人間の行為の儚さを対比した詩が多かったことを覚えています。でも、だから「どうにかして、永遠に生きる手立てを…」って話はあんまり出てこなかったように思います。この詩は、無常感漂うことには変わりないけれど、何となく前向きな気がします。人の記憶に残る人、それが私の目標なので、ちょっと共感する部分もありました。「他人や世界に何かを残すことが、人の生きる意味」という言葉を聞いてからですが。それを言った本人は、些細なことでも誰かの考えが変わって、その考えがまた別の人に伝われば、自分が死んでも世界は少し変わってて、それが生きる意味だと言っていた(んだと思う)んですが、私は…そこまで悟れてないです(笑)。やっぱりある程度の、例えば自分の属する集団(学校とか)が少し良い方向に行くとか、活発になるとか、そういうものを残していきたいです。あと、些少なことですが「逝者已如水」という表現が美しいと思いました。漢文の課題を仕上げただけなのに、人生の指針をたくさん得た日でした。そうそう、このページには、同じ学校の同級生たちも数人来るので、書いておきます。ホント、漢文の課題やったほうがいいよ。色んな意味で…。伝わっていると良いですけど。追記。今日は、公立高校の入試でした。だから休みなんですが。夕刊には、うちの学校の入試風景が写っていました。RKBラジオのリポーターさんは、うちの学校に試験が始まる前にインタビューをしていました。うちの学校って…有名?(今更)とりあえず、今年の一般入試の倍率は2倍らしいです。定員400名に797人。今年はJ中からは何人受かることやら…。入学してみると、私の母校のJ中と、友達の多いM浜中が人数を競っているようでした。
2005年03月09日
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花粉症なんです…。本当は、先週の土曜日に病院に行こうと思っていたのですが、卒業式でつい、先延ばしにしてしまいました。そうしたら、今朝から何だか症状が酷くて。今日は公立高校入試の前日で、学校から追い出されてしまったので、耳鼻科に行って薬をもらうことができました。よかったぁ…。体育の時間は、持久走なのに花粉症が出て辛かったです。今日はRの提案で、1週3分のペースで走った…つもりが、いつの間にか2分になっていました。20分間で8週半。全然息が上がらないので、多分遅いうちにはいると思います。次は1週1分半くらいのペースで行ってみようかなぁ。明日は自宅学習です。入試なので。春休みの課題をもう1つクリアするのを、目標にしようかと思っています。漢文の課題なので、訓点を付けて訳をすれば終了なのですが、実際は白文だけでも書き下し文にできるようにならなければいけません。だから、どちらにしろ早く終わらせるに越したことはないのです。それから、中学校の近くのスポーツ店に行かないといけません。Rのバドミントンラケットのガットを切ったので…(汗)。種目選択の授業で借りてたんですけどね。修理代、高かったなぁ(泣)。そう言えば、全然関係ないですが。学校で使っている教科書や参考書の売ってある、天神の金文堂という書店があるのですが、そこにあるクラスメイトが昨日行ったそうです。古文単語帳でもなくしたかと思ったら、なんと彼女、英語の副読本の全訳を買うつもりだったらしいです。勿論、ダメといわれたそうですが…。世の中色んな人がいますね。
2005年03月08日
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うちのクラスもいよいよ、体育の授業が持久走に入りました。実は、うちのクラスを含む3クラスが、最後だそうです。そう言えば、他のクラスはとっくの昔に始まっていた気がします。今日は、20分間ひたすら走りました。本当はグラウンドを何周したか数えておかないといけないんですが、そんな余裕はなかったです。私の出身中学では、バドミントン部が非常に厳しい練習をしていて、走りこみなんかもきちんとやっていました。だから、クラス対抗駅伝マラソン大会では、「バド部の駅伝走者」と言えば、勝利の代名詞のようなものでした。そんな、元・J中女バドのエースが目の前に!(隣のクラスなので)つい、そのペースについて走ってしまって…死にました。勿論、最後の2分あたりで引き離されてしまったんですけどね。足は動かないし、肺の辺りがズキズキするし、喉の奥から血の味がするし、視界は回るし、視野が狭くなって景色が明滅するし…。走っていた私を見ていたクラスメイトは「史緒速いじゃん、すごい!」と言ってくれました。が、しかし!実は私、こんなことでは全然ダメなのです。その理由は、うちの学校の2大行事の1つ、大運動会にあります。私は、来年度の運動会では「会場」という部署を担当する運営幹部に立候補したいと思っています。会場の仕事は、主にライン引きとテント張りです。(他にもあるのにいいのか…)(いいんです)特にライン引き、これがかっこいい!グラウンドの一番長い直線部分を、真っ赤なラインカーを携えて一気に走りぬける!後に真っ直ぐな1本の、鮮やかな白線を残して…。入学する前に見た去年の運動会での、ある先輩の姿です。そういうわけで、合格したときから「運動会で会場委員をやる!」と決めていたんです。でも、今の私では決定的な問題があります。体力です。ただでさえ文科系でほとんど運動をしないのに、最近地下鉄通学にかえてから、ますます運動不足です。でも、会場委員は上記のように、ものすごい体力を必要とするのです。私は、会場運幹だけは誰にも譲りたくないと思っています。そうでなくても、2年生ともなれば後輩に無様な姿は見せられません。加えて、会場委員に志願するような1年生は、やる気がすごいです。辛い仕事だと言うことは知れ渡っているからです。そんな彼らを失望させるわけには、私のプライド以外にも、学年としてのプライドをかけて、絶対行かないんです。持久走の時間は、合計で5時間あるそうです。この時間内でそう簡単に体力がつくとは、勿論思っていません。でも、1時間ずつを、上に書いたことを胸に、精一杯頑張っていきたいと思っています。
2005年03月07日
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今日は…英語の副読本の全訳を終わらせました。しかも1日で!この副読本、2年の最初の実力テストで出るのですが、いつもは開かれる質問教室がない!…と思っていたら、終業式の日の放課後にあるかも、という情報が入り、至急仕上げる羽目になりました。あぁ…肩凝ったなぁ。でも、今日だけ、この件だけは、自分頑張ったと思います。今朝は、雪が屋根に積もってました。綺麗だったけど…休みの日でよかったなぁ。な何か今日は日記が短いです。
2005年03月06日
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今日は卒業式でした。私たちは出ないんですけどね。2年生全員と、1年生の暮らす代表各2名が、式には出席してました。私とRは12:00頃に学校に行って、昨日作ったクッキーを袋詰めしてました。うちのクラスでやってたんですが、そこは男子バレー部の待機場所だったので、ちょっと居心地が悪かったです。エレキギターをかき鳴らしてる人もいたし…。3年生のHRは、なんだか感動でした。あんまり中は見えないんですが、ひとりひとりのスピーチの内容とかが聞こえてきて。あぁ、2年後は私もRも、あの人もあの人も、みんな卒業するんだな…。そう思いました。私は後輩に何か残せるんだろうか。今日、送り出したHOUの先輩は、私に本当に色んなものを残してくださいました。でも、今の私は、来年度入学してくる新入生に何を伝えられるだろう…。自分のことすらきちんとできない、なのに後輩に何かを伝える権利があるんだろうか。明日を生きる子供に 何を与えりゃいい? 僕にできるだろうか?今日、考えたことでした。付け加えです。先輩たちにクッキーを渡した後で、ご飯を食べに行こうということになりました。先輩たちと。なので、今日は学校に来ているけれど、山岳部のほうに行っていたメンバー2人を召還しました。2人ともすぐ来てくれたんですが、1人はすぐ帰ってしまいました。「ボーリングかカラオケ行くと?行かんなら、帰る」と言って。部長は、学校にすら来ていませんでした。山岳部メンバーが来ないからって言って。2人にも、本当はきちんとした事情があるのかもしれません。でも、もし実際もそういう理由だったとしたら…。自由意志だから、咎めることはできないです。でも、すごく悲しいです。これって、自己中心的な考えなんでしょうか。先輩たちが受験に入ってからは、確かにほとんど会えてないです。だから、色々教えていただいたのは数ヶ月です。でも、だからって決してお世話になってないわけじゃないのに…。それはそれ、これはこれ。そう割り切っているんでしょうか。確かに、そういう気持ちの切り替えは大事なんでしょう。でも、学生時代からそんな風にすごさないといけないんでしょうか。いえ、学生時代だからこそ、社会に出れば通らないであろう正しい理屈を、曲げずに通していきたい。そう思うのは私だけでしょうか。楽しかった反面、憂鬱な気分にもなりました。
2005年03月05日
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明日は卒業式です。今日、大掃除をしながらふと思いました。文芸部には、なんだかんだ言って1年生が多い。演劇部では、もう先輩方に色紙を書いたらしい(私は幽霊部員なので知られてない)囲碁同好会(?)には先輩なんていない。…HOUは?他のSSCでは、追い出し会を企画したり、花束や色紙を贈ったりしているところもあるようでしたが、HOUはまったく何もやっていなかったんです。そんな話が出たことすらなかった…。というわけで、私は急遽クッキーを焼いて、明日持って行くことに決めました。さて他のHOUメンバーはどうするつもりなんだろう?と訊いてみると、R→「え?あたしも作る!史緒の家行っていい?」山岳部のNくん→「え、明日俺、部活あるから(→この時点で、もう1人の山岳部メンバーが消えました)」部長→「山岳の2人は来んっちゃろ?なら行かん」(コラ)明日のお別れは、Rと一緒に行くことに決まってしまいました。まぁ、1人じゃなかったから良かったかな。1人じゃない喜び 何はなくとも それでよしとしようかともかく、Rを家まで連れてきてクッキーを焼いたんですが…。料理って本当に実験ですねココア生地にベーキングパウダーを入れ忘れたりバターを溶かそうとして金属ボウルを電子レンジに入れようとしたり固まらなかった生地に卵をもう1つ加えてみたりそして極めつけにオーブントースターが故障。しかも、生地をあらかた作ってしまって、型を抜き終わったのもたくさんあるときに。なんか…その上、後で焼いたら直ってたし。本当に大丈夫かなぁ?なんやかんやで、8時から塾があったRは帰って、私が後を引き継ぎました。いまいち固まらなかったココア生地は、丸めて平たくして、丸いかもしれない形にしました。今、最後のココアクッキーが焼けたんですが…一部致命的に焦げてます。試食。……「焦げ」が癌のもとになるというのは、本当かもしれない。実感です。明日は、3年生のHRが終わる1時間前くらいに、うちのクラスに集合(Rと私だけ)して、先輩方用のできのいいクッキーを選別して渡す、ということになってます。そして、余ったのは偶然行き会った1年生にあげます。…せめて、表面が炭化したのだけでも除いておこう。現在、前代未聞レベルにクッキーがたくさん家にあります…。
2005年03月04日
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今日は楽しいひな祭り~♪母が散らし寿司を作ってくれました。永○園のちらしずしの素をご飯に混ぜて、上から薄焼き卵の千切りと刻み海苔をかぶせたものです。こんなシンプルな散らし寿司って、外で食べようと思ったらかえって食べられませんよね。美味しかったです。母曰く、上には錦糸玉子をかぶせようと思ったそうですが、薄焼き卵を焼く火加減が難しくて上手くできなかったらしいです。同じく母の作ってくれた苺ムースも、ところどころゼラチンが固まってました。美味しかったですけど。やっぱり、行事のときにしか作らないようなものは、なかなか難しいですよね。今日は、明後日の卒業式に向けて校内の清掃チェックをしました。チェック自体は全然疲れなかったのですが、その後に委員長と討議をして、非常に疲れました。なんだか、根本的な考えに少しずれがある気がする…。ずれてるのは大いに結構なんですが、どこがずれてるか分からないので、すりあわせのしようも無いです。ずっと「これは変えなきゃ」とか思っていて、言おうと思っていたことがあったんですが、その半分も言えなかったのが辛かったです。結局自分は何がしたいんだろう…。それが今日思ったことでした。私は、中学校時代の生徒総会で、生徒会役員にもかかわらず、発言することを禁止された(しかも全員)という経験があります。そのときに、今の高校が私の中で「志望校」「憧れの高校」から、「私の生きていけるであろう唯一の場所」になりました。結局、その生徒総会のときに提出された案は、ほとんど討議されることも無く、流されるように決まってしまいました。でも、それは現場に立っている各委員長たちからすれば、理不尽といえるものでした。その年の生徒総会は9月、まだまだ時間はあったはずなのに、何も動けないままに卒業してしまって…。そんな自分が情けなくて、もうあんな思いはしたくなくて。それだけで、今私は動いています。まるで、泳ぐのをやめたら死んでしまうという、鮫のようだと思います。理想も理念も無く、ただ生きるために、自分の気休めのためだけに、走り続ける。本当にこれでいいんでしょうか。でも、明日も私は走ると思います。悩んでも、疑っても、もう既にそれ無しでは生きていけない。この間、少し休んでいた学年会の集まりに、久しぶりに復帰して、そう実感しました。来れる所まで来てしまったのかと、思わないこともありませんでした。私はどうなっていくんだろう…。でも、例え自分が身から出た錆で破滅に向かっても、一番大切な人は傷付けたくない。何故かそれだけを、強く思いました。
2005年03月03日
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今日の6限目の理科は、生徒実験でした。冬休みの課題で、今までに習った内容(主に化学変化の量的関係)を使って、実験計画を立てるというものがあったのですが、その中でも特によかったものを、既に先生がいくつか選ばれていて、その中から好きな実験を選んで、班を組んで実験をしたんです。実験は全部で8個だったので、だいたい1班につき5人くらいがバランスが良かったのですが、私の班は…3人!割と手のかからない実験だったので、困ることはありませんでしたが。クラスで一番人気者の女の子がいる班には、男子が集まる集まる(笑)。可愛いなぁと思いましたよ。まだまだ子供だってことですけどね。せっかくの良い機会なのに、自分のしたい実験も見つけられないなんてねぇ!ただ…この件、可愛いで済めばよかったんですが、そのせいで結果的に、かなり手のかかる実験をするRの班も3人、という事態に陥ってしまったんです。どうにか他の班から女の子を連れてきて、6人の班にできたのでよかったですが。1つの行動が、他にも思わぬ結果を生むんだなぁと実感しましたよ。さて、肝心の実験ですが。私の班は、シュウ酸水溶液を過マンガン酸カリウム水溶液で滴定して…それだけ!という実験でした。中和滴定は、濃度が分かっている酸性(orアルカリ性)の水溶液Aを、濃度の分からないアルカリ性(or酸性)の水溶液Bで滴定して、ちょうど中和したときにBがどれだけ減っているかを見ることで、化学式と照らし合わせて(or中和の公式を使って)Bの濃度を求めることができる、というものです。しかし、私たちのした実験は、中和ではなく酸化還元の滴定でした。だから、濃度を求めるなどといった目的のあるものではなく、化学反応式に表れる、化学反応の量的関係を確かめる、という感じの実験だったんです。でも、とても楽しい実験でした。過マンガン酸カリウム水溶液は、濃い赤紫色なんです。それをシュウ酸水溶液に滴下すると、しばらくは赤紫色のままですが、70度以下のお湯の中で振り混ぜていると、だんだん濃いピンク色に変わってきて、あるとき鮮やかな赤になって、それから色があっという間に薄れて、薄橙色、薄黄色、無色…と変化します。その色の変化が本当に綺麗でした!写真を付けてみます↓ ただ1つ問題が…。実験の手順も、冬休みの課題を提出した生徒本人が清書したものなのですが。そこには「…過マンガン酸カリウム水溶液を滴下し、赤紫色が消えてなくなるまで…」と書いてあったのですが、本当は「消えなくなるまで」だったんです!最初、それを信じて実験した私たちは、当然のごとく最初から「赤紫色が消えてなくなる」ので、かなり途方に暮れていました。困って先生に尋ねたので間違いが発覚したのですが…。前に実験をしたクラスでは、この実験をする班には提案者本人がいたので、何も問題が起こらなかったそうです。少しの間違いでも大きな違い…日本語って難しいですね。ただ、放課後にリベンジを図っていた、私ともう1人の友達(あと1人はブラスバンドで消えました)に向かって、化学部のS君(クラス違うし!)は「いや、常識やろ?」とのたまいましたが。こっちは一般ピープルなんですよ!民間人なの!色々とトラブルはあったけれど、やっぱり実験をすると、授業だけでは分からないことがたくさん分かりますね。例えば、過マンガン酸カリウム水溶液の滴定量が、予測値(化学反応式より導く)よりも多いことで、過マンガン酸カリウムが光によって分解されることを知って、色つきの瓶に保管されている理由を納得したり。今は理科離れとか言うけれど、実験は好きっていう人は、中学時代から多かったです。うちの学校は、幸い実験器具などの環境にものすごく恵まれていて、他では考えられないような実験をできるときもあります。でも、そんな設備が無くても、実験はとても楽しいし、自分たちで計画を立てて、記録・考察までやれば、学習内容も絶対忘れないと思います。もっと実験をすればいいのに…。指導できる先生も少ないんでしょうが、将来の日本のことを考えれば、やっぱりやるべきだと思うんです。
2005年03月02日
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もう、あと2週間と少しで1年生も終わりです。春休みが明けたら先輩になるんだなぁ…あまり実感がないです。多分、中学のときに後輩との付き合いがそこまでなかったからでしょうね。中学のときは帰宅部だったけれど、高校では部活に入っているので、そろそろ勧誘の計画を練らないといけないんですよ。HOUでは、オリオン大星雲の写真など、載せてみようかと思っています。中学生の体験入学のときに、「受かったら絶対HOUに入ります!」っていってくれた子がいるんですよ。それも2人も!まだ名前も覚えてます(笑)。もうすぐ公立高校入試…祈・合格!ですね。さて…自分は本当にこのまま先輩になっていいんだろうか?と考えてみました。今度、学年会主催の学年集会で、上記のテーマで討議をするのですが…。私は、高校に入って初めて、心から先輩を尊敬することを知りました。先輩からたくさんの影響を受けて、ずいぶんと人間が変わったと思います。でも、多分今の私では足りないです。正直言って。うちの学校に入ってくるような人は、頭がいいです。小学校、中学校とずっとトップで、自分を良い意味でも悪い意味でも、信じている人が多いです。でも、それだけでは人は生きていけない。謙虚な姿勢がかけている人、というのは、とても損をすると思います。私がそうでした。先輩に会わなかったら、私は一体どうなっていたんだろう…。考えると、かなり恐ろしくなります。「尊敬できる先輩」という存在は、何かを声高に叫ぶようなことをしなくても、その人が存在するというだけでとても重要なものです。先輩からもらったものを、後輩に伝えることで、恩返しができると私は思っています。今、友達に「このこと考えてみようよ!」ってメールしまくってます。私は、友達には「尊敬できる先輩」であってほしい。後輩にとっての、うちの学校そのものという存在になってほしいんです。勿論、後輩から見て皆がそう見えるわけではないでしょう。でも、1人1人がそういう意識を持つことは大事だと思います。百歩譲っても、後輩の口から友達の悪口なんて聞きたくない。そう思います。
2005年03月01日
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