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2006年09月03日
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カテゴリ: テレビその他
次の大河ドラマ(正確には次の次)は、「篤姫」(主演:純情きらりの宮さきあおい)らしい。
なんともマイナーどころで平和な江戸時代の話の模様。
主人公は、島津家出身の天璋院篤姫(1835~1883)であるそうな。
徳川13代将軍家定に嫁ぐも約1年半で23歳の未亡人になり、大奥から徳川家が滅びないように江戸時代~明治に掛けてのどたばたの時代を生き抜いた女性の物語。
篤姫の生きた時代の正史を少し、みていく。

徳川将軍家は、15代慶喜までで終わっている。
14代征夷大将軍は、家茂で徳川紀州大納言家(御三家)からの養子である。
15代の慶喜は、水戸中納言家(御三家)から一橋家(御三卿、8代将軍吉宗の系統の分家)に養子に来て将軍家に養子に来た。
御三家も御三卿も将軍が絶えたときの予備血脈で皇位継承順位と似たようなもので将軍(特に家康)に血脈が近い人を重視する。

家定は病弱ながらペリー艦隊と日米和親条約を結んだりした。
その後、後継争いが起こり、14代を指名するとすぐ35歳で亡くなったようだ。

島津家からきた篤姫は、実は本家の斉彬(幕末の名君と呼ばれる)の養女。
実際は、分家で指宿にある今和泉家の忠剛の娘だったらしい。
幼名一子(かつこ)。18歳で斉彬の実子として幕府に届けられる。

当時は、どこもかしこも養子養女で古い血脈は、近親相姦なのかうまく子孫が残せなくなっていたようだ。
非常に難しい時代に生きた女、しかも若いということで戦争をはさんだ世界を描いた純情きらり主役の宮さきあおいが抜擢されたと思われる。
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次の大河ドラマの話はこれぐらいで功名が辻第35回北条攻めの感想

一豊は、針売りになった副田(そえだ)甚兵衛を見て「声を掛けないのが武士の情けだ」と千代に言う。
だが千代は、旭姫から口頭で(字が書けないので)手紙を預かったと手紙を見せ、無理やり2人を会わせた。

甚兵衛は、死ぬつもりはなかったのか?

山内対馬守(やまうちつしまのかみ)御内室というのが、千代の正式な場での呼び名らしい。

一豊は、北条攻めが始まると功名の機会到来と喜ぶ。
だが、掛川5万石にしか増えなかった。
上司の羽柴秀次は、100万石に。


駿府は駿河国の府中でかつて今川義元が住んでいたところ。
かなりの重要拠点で関東に直接接する場所である。
もちろん旧家康領。
浜松は、遠江(とうとうみ)国の府中でかつての家康の拠点である。
重要拠点で家康がおさめていたところを家康色からぬりかえるのは、大変である。
遠州(遠江のこと)掛川は、三河のすぐとなりで同じ旧家康領だが、一豊で無ければいけないというほどの重要拠点ではないのかな?

秀吉のまわりでは、勢力図が大きく変わろうとしていた。
関白になるまで支えてきた弟の秀長や鶴松(秀吉の子)が死んでしまう。
三成は、淀の方に重く用いられる。
子を産んでくれたと信じている秀吉は、淀が大事にする三成を大事にしていく。
黒田軍師殿も戦がなくなると引退してしまい、淀派(近江派閥、浅井家臣派、旧織田家一族派)と北政所派(尾張・美濃派閥)と羽柴秀次派に分裂して派閥争いがひどくなる。
北政所派と羽柴秀次派を一緒にする場合もある。

千代は、尾張も美濃も近江もちがいはないという。
淀は、近江出身の千代を近江派にとりこみたいらしい(千代は、羽柴秀次の宿老の1人で尾張派の旦那を持ち、かつこのドラマでは、お市(淀の母)に気に入られていた)

一方家康は、「急(せ)いては、増えるものも増えなくなる」と旧領をあっさり、あきらめ、関東に閉じ込められた振りをした。
関東をもらって東海を手放したことが逆に天下をとるきっかけをもたらした。
よりにもよって江戸に本拠を構えさせてしまったのだ。
千代にも「英雄を座敷牢に閉じ込めた。座敷牢の主は、次の天下様かもしれないので冷たくしてはいけない」とこの段階で言わせている。
秀吉も将来を見とおすことができなかったということか
またドラマ中で「籠の鳥を殺すようなことをしては、いけない。天下を取るためには天運と人運が必要だ」とも言わせている。

一方三成は、北条攻めで致命的な失敗(城攻め失敗)をしたはずなのに描写されていない。

一方康豊は、「兄上もお年ゆえ無理をなさいますな」とかいっておった。

信雄は、北条攻めの最中に家康と秀吉を攻めよう(信雄は、信雄がTOPの政権を夢見たが、家康にそんな気は無かった)としていたが、戦後尾張・伊勢からの転封をことわって秀吉の機嫌を損なって島流しにされた。

一方一豊は、「人の世は運じゃ」とマイペースでいいと思っているらしい(実際、中村家も堀尾家も江戸時代のはじめにつぶれた)
「目出度き時には、自分のことだけ喜んでおればいい」とマイペースで納得しようとしている。








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最終更新日  2006年11月23日 09時40分18秒
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