『英雄の書』を著すにあたり、作者宮部みゆきは、 ファンタジー
の形を選んでいます。
(この物語は、毎日新聞の夕刊に連載されたものです/2007.1.4~2008.3.31)
私たちが見知っている4次元世界 (3次元+時間軸)
を超え、もっと高次の要素を考えねばならない挑戦の故に、
ファンタジーでしか描けない・・・そんなテーマでした。
私は、読直後、畏れ多くも宮部さんを“わが心の同志”と呼びたく思いました。
***
引用から始めてみましょう。
―― 邪悪は、何と巧みに人の心の隙に付け入るものなのだろうか。嫉妬。怒り。罪悪感。取り返しのつかないことへの後悔。悲嘆。哀れみ。すべて、それ単体では害のないものだ。人が誰でも心に抱くものだ。…略…
が、ひとたびそこに 邪悪 が棲み着くと、すべてが変貌してしまう。邪悪は (それらに) 形を与える。それを表出するエネルギーを与える。
エネルギーは常に「敵」を求める。「的」を欲する。
私がいつも感ずるのは、邪悪は、《 大人の顏をした未熟 》とセットで存在するということです。
未熟の中身は、良心なるルールを守ることができないハンパさと甘えでしょうか。
分かりやすい例でいえば、ダダッ子が悪さをして重要他者(親 など
)の気を引こうとする、
愛に餓えた強烈な欲求・・・そんなものの
延長線にあります。
それは、もはや‘子ども’と名指せないので邪悪と呼ばれます。
(発達途上にある子どもなら、大目に見てもられるのですが・・)
激しくも充たされない不満心のまま無理に大人となると、そこに邪悪が付け入るのです。
強いエネルギーを、隠し、押さえつけることは、確かに不可能でしょう。
英語で邪悪はイービル= evil でしたね。 これは、 live =命,生きる の逆さ読みでした。
つまり、生きるエネルギーを流れさせる方向を間違えている・・・・・・・。
ただ、それだけなのだから、実はチョン !
と向きを変えるだけでよいはずです。
(親鸞上人も いわんや悪人をや
と説いていますね)
ところが、この一事が、なかなか伝わらない・・・
振る舞いの変容につながっていかない・・・
紙一重であるがために、分かりにくく、難しい・・・・
そして、もうひとつ。
組織に頼ったり、徒党を組むことなく、おのが命を生きることが光明であります。
これこそが、本書のキーワードが “狼” であることの大きな意味だと。。
それと気づいたとき、
ラストのラストで、涙が、流れ落ちました。
私も、いつも いつも、傷つけられ、悲しみ、死にそうになります。
そんな自分にとって、ああ、盟友はいるはずだと思わせてくれた物語だったのです。
※ 仲間に頼らない仲間を盟友と呼んでいます
(つまり、依存せずに助け合う関係です)
***
ネットの読後感想だと、イマイチという方も多かったので、
援軍…にはならなくとも、非力ながら感想をしたためてみました。
なお沢山のことが心のスクリーンには明滅しますが、
未読の方の興をそぐわけにはいきませんので、この辺りでお終いにしておきます。
お付き合い、大変ありがとうございました。(拝)
にほんブログ村
ポチありがとうございます
『英雄の書』の主人公の名前の響きにちなんでユリの花の写真を入れました
一世を風靡したカサブランカという大輪の白ユリです
T A O chap.1 ☆ 大背黒鴎 2011.12.05 コメント(14)
『今こそ、エネルギーシフト』 2011.09.14 コメント(9)