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今日は気になるこの記事の転載です。
はじめ。
まだ引きずっている。
「お水の件」である。
我ながら呆れる。
ワタシは「引きずり大魔王」かっ!!
でも、仕方がないではないか、事実なのだから。
こうなったら最後の一人になるまで引きずるか!?(爆)
今回の「お水の騒動」は、驚くほど広がった。何人かが指摘するように、当人方の初期の対応によっては、これほどの騒動にはならず人知れず終わっていたの だろう。でも、騒動になった。それで普段からおつきあいのあったブロガーも自ら巻き込まれていくことになる。ところが「騒動」にならなければ聞かれないよ うな「言葉」を聞くことができた。それぞれが、深く、あるいは苦悩して思索して絞り出した言葉だと思う。これは凄いことだ。不謹慎きわまりないが、騒動に 感謝である。こうした仲間とのおつきあいがさらに深いものになることを確信する。また久しぶりの再開もあり、新たな親交の予感もある。ほんと感謝である (笑)。
では、なぜまだ引きずっているのか?
「言葉」そのものに引っかかっているからである。
この騒動のなかで、jabber師は、「言葉の国の住人」といい、gege師匠は「言葉を用いた表現」で語った。bluesの兄貴は「(言葉を)語る以 上は、性根を据えて語るべきだろう」と言い、姫は「…丁寧にことばにして共有していくことによって…」という。でもね、ごん師範代の「人間は何のために (言葉を)語り始めたんでしょうね」で、アレ?と思ってしまったからである。
人間が言葉を語り始めたのではなく、「言葉を語って人間になった」のではなかったんだったっけ? と、この辺は、有名な本も出されている古い学者が言っ てたことかもしれないが、ワタシはそんな本は読んでいない。読んでも絶対解らないに決まっている。キルケゴールとかいう人の「死に至る病」の本編の最初の 頁を読み切らぬうちに頭が真っ白になって投げ出して以来、その手の本は絶対読むもんか、と深く決心したのだ。
それにしても「言葉を得て人間になった」という言葉をどこかで聞いた、気がする。
それを考えていると何かがみえてくる。
以下稚拙な記憶と思索である。
人間が動物ではなく、人間である根拠は「言葉」を持つからだな、と考える。
ただのコミュニケーションとしての道具ではない。コミュニケーションとしての道具であれば、他の動物ももっているものもあるだろう。昆虫だって持っているようだ。
伝達の道具としての言葉依然に、思考、思索するのも言葉によってしているのだ。論理も言葉で組み立てていく。感情さえ、言葉で置き換えてはじめて私のも のになる。音楽や絵画の音や光の刺激も言葉によって反映し私のものになるのだ。「言葉にあらわせない感覚」ってのも「言葉にあらわせない」という言葉で表 している。デカルトの全てを疑ってもそれを考えている自分がいる、っていう例のやつも言葉をつかい考え、言葉で表現した。言葉がなければその「疑っている 自分」さえなかったのではないか。
人間が人間である理由は言葉なのだ。言葉が全てではないのか?
人間=言葉。言葉=人間。
街では言葉が服をきて歩いているのだ。
あなたが喋る言葉、それはあなたそのものなのだ。
ワタシが書く言葉、それはワタシ自身なのだ。
兄貴が「ロケンロール!!」と叫べば、それは兄貴が叫んだ「ロケンロール!!」という響きではない。服を着て立っている「ロケンロール!!」は兄貴そのものなのだ。
言葉に責任を持てないというのは、自分自身という人間に責任がもてないということであり、適当に言葉を紡ぐ人は適当な人なのである。
そうだ。jabber師やgege師匠が「言葉の国の住人」というのは、言葉=人間の自覚であり、兄貴のいう「語る以上は性根を据えて」というのも人間 =言葉の決意だったのだろう。姫の「…丁寧にことばにして共有していくことによって…」もことばを共有していく、というのは人間そのものを共有していくこ とだな。そうだ、ごん師範代の紡ぐ詩は人間の魂そのものではないか。凄い。これに気づいたワタシは今、初めて言葉を得たヘレンケラーのように「うぉ~、 うぉ~」と叫びたい気分である。
思えばブログというのは、凄いツールである。
ブロガーの背格好、容姿、髪型、服、装飾品、化粧、何に誤摩化されることなく、何もみえないところで言葉だけが綴られる。裸のワタシそのものである。裸 のあなた自身である。言葉=人間そのものである。感じたことを言葉で熟成し、言葉をくみたてて考える、それをまた言葉で綴る。全て言葉である。表現された のはワタシの言葉、つまりワタシそのものなのだ。
言葉だけの繋がりというのは、純粋に人間としての繋がりである。
思えば、恐ろしい世界だな。絞りだされる言葉で自分自身を知らしめる恐ろしさかもしれないな。でも、ワタシが人間であることを確認する空間でもある。」
以上です。
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