わたしは価値を創る

わたしは価値を創る

December 16, 2006
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■理由あって、戦国時代の合戦や武将に関する資料を読んでいます。

もともと嫌いな分野ではないのですが、腰を入れてまとめて読むのは初めてです。

面白いもんですねぇ。いろいろ発見があります。認識が変わりました。

■当たり前のことかも知れませんが、名のある戦国武将は実に合理的に行動しています。気を抜いたら寝首をかかれる時代だから必死ですよね。そのあたり、第二次世界大戦における日本軍と相当違います。

まず、安易に戦争しない。戦争すると損だという孫子の原則を皆が忠実に守っています。だからほとんどの場合、謀略や調略で決着がついています。(調略をあまり使わなかったのは、戦闘能力が突出していた上杉謙信ぐらいです)

戦争するときも、数を頼みにする。数が多いと有利のなのは当然です。だから、数を集められるかどうかが勝負の分かれ目です。(数が集められなければ講和の道を探る)

ということは、数を動員できる経済力が結局決め手になるわけです。最終的に、織田信長が勝利したのは、商業発展に努めるなど、経済運営に成功したからだと言えます。

■それにしても、織田信長の天才性はすばらしいですね。もともと信長の兵は弱かったって知ってました?弱いからこそ、武器を集めたり、機動性を高めたり、工夫したわけです。

戦国時代の組織は、地侍と言われる武装農民の集合体でした。戦国大名といっても、中央集権的な力があったわけではなく、共和国のリーダー格という存在です。自分の食い扶持は自分で稼いでいる連中ですから、それぞれが意思決定権を持っていました。だから機動的な動員は困難でした。



ただし、不労所得層を維持させるためには、経済力が必要になります。信長は、商業振興や堺との提携により大きな経済力を持っていたので、そんな大掛かりな改革が可能になったわけです。

経済力が最終的な決め手になったのは確かですが、それを活かした信長の先見性もすばらしいですね。





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Last updated  December 17, 2006 11:02:12 AM
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勉強になります。  
あっきー さん
へぇ。勉強になります。兵農分離とよく聞きますが、こういった意味があったのですね。 (December 18, 2006 09:59:29 AM)

Re:勉強になります。(12/16)  
あっきーさん

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