わたしは価値を創る

わたしは価値を創る

March 18, 2007
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カテゴリ: 映画の話
■昨日、テレビで「アカデミー賞監督マーティン・スコセッシが今村昌平を語る」という番組をやっていた。

そうそう、スコセッシはアカデミー監督賞をとったのである。もう大監督なのに今更と思わなくもないが、冠ができるのは喜ばしいことなんだろう。

■それにしても「ディパーテッド」である。確かに面白い映画である。

冒頭、ローリング・ストーンズの曲をバックにギャングのボス役のジャック・ニコルソンのアップが映る。それだけですごい迫力である。ニコルソンは、飲食店からみかじめ料をせしめ、それを店員や客に配り始める。ニコルソン久々の怪演!ファンならたまらんだろう。

物語は、警察とギャングがそれぞれにスパイを紛れ込ませ、騙しあうスリルを見せていく。香港映画(←面白い)のリメイクであるが、ハリウッド版はスパイにならざるを得なかった主人公の悲哀など省いて、ひたすら即物的に展開する。しかも登場人物が豪華である。スパイ役にレオナルド・ディカプリオとマット・デイモン。その他、マーティン・シーンやマーク・ウォールバーグが出ている。彼らが派手に殺しあう。

スコセッシに言わせるとモラルをなくした人間を描くことで、9・11以降の不安や混沌を提示したかったんだとか。

■昨日の番組で、スコセッシは今村から多大な影響を受けたと語っていた。なーるほど!と得心。今村は、小津安二郎らの形式主義に反発して、生々しい人間の情動を描こうとした作家である。小津から「いつまで虫けら(のような人間)を描いてるんだ」と揶揄され、「一生虫けらを描いていやる」と決心したそうである。

今村の選ぶ題材とスコセッシの題材は似ている。スコセッシもまさに虫けらのように愚かな人物群像を好んで描く。

今村は、劇映画では飽き足らなく、ドキュメンタリーを撮り、その経験が、名作「復讐するは我にあり」で結実する。この映画では、実際の連続殺人事件に対する綿密な取材を元に、再現フィルムを見せるような即物的な描写と、悪夢のようなシュールな映像を混在させて、実に恐ろしい映像体験を迫る。スコセッシによると9・11以降の気分とこの映画の恐ろしさが完全にマッチするそうである。



■一方、今村のキャリアは「楢山節考」でピークを迎える。(カンヌ映画祭パルムドール)

この映画で、今村は、人間を“虫けらと同じぐらい神々しい存在”として描くことに成功している。逆説的であるが(現代的な)倫理を超越した人間存在を描くことで、神話的な世界観を提示しているのだ。見下ろしていたはずの連中が、実は崇高な存在だったというパラダイムシフトである。

さすがにスコセッシもこの域には達していないだろう。

■アカデミー賞監督となったことだから、今後は、今村のような成熟を目指すのだろうか。それとも、相変らず即物的な面白い映画をとり続けるのだろうか。どちらにしろ期待しております。





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Last updated  March 18, 2007 11:20:26 AM
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