わたしは価値を創る

わたしは価値を創る

February 21, 2012
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カテゴリ: 小説の話
■これもiPhoneで読了。

ご存知、夏目漱石の名作です。

■これも高校生の時に読みました。映画も観ました。松田勇作でしたね。

しかし、今回、再読して、驚きました。まさか、これほど面白い話だったとは!!!

■物語そのものは凡庸です。

親の金を当てにしてブラブラしている男がいます。生活のために働くのは嫌だ。純粋に働きたい時にだけ働く…などと偉そうなことを言っています。

親友はそういうわけにはいきません。生活のために働いて、辞めて、また再就職します。

その親友の妻を男は奪うことになります。

面目を潰された親友が親に訴えたため、男は勘当されて、生活のために働かなければならない羽目になります。



1.浮世離れした男が、現実に堕ちる話。(生活のために働く)

2.社会的ルールに縛られていた男が、原初的な欲求を貫く話。(親友の妻を奪う)

という2つのストーリーが皮肉な形で交差します。

人が死ぬわけではないし、殴られるわけでもない。どちらかというと感情を露わにしない登場人物が、常識的な反応を示すのみです。

それでもこの小説は抜群に面白い。

■この小説における漱石の筆力は半端なものではありません。

波が押したり引いたりしながら徐々に満ちてくるように、物語がゆっくり盛り上がっていき、最後、一気に破局に至る様は見事というほかありません。

■一種、心理小説といってもいいぐらい主人公の心理の襞が丁寧に描かれています。

やや特殊なのは、主人公の心理を表すのに、やたら暗喩表現を連ねているところです。今の作家は、こういう書き方はせずに、もっとうまい比喩を使うはずです。

ただし、この小説の魅力のひとつは、その抽象的な言葉を操るところでもあります。

もし馬鈴薯(ポテトー)が金剛石(ダイヤモンド)より大切になつたら、人間はもう駄目であると、代助は平生から考へてゐた。向後父の怒りに触れて、万一金銭上の関係が絶えるとすれば、彼は厭でも金剛石(ダイヤモンド)を放り出して、馬鈴薯(ポテトー)に噛り付かなければならない。さうして其償ひには自然の愛が残る丈である。其愛の対象は他人の細君であつた。

物語のスピード感を考えたら、こういう文章はあまり挟まないのでしょうが、この小説では、こういう部分が延々と続きます。その他、抽象的な文章がやたら多い。



これはなかなか真似できませんよね。

■謎めいた女性の姿も印象的です。形の上では、あくまで男同士で道具のように引き回されるヒロインですが、決して意思のない人物ではありません。


「貴方に是から先何したら好いと云ふ希望はありませんか」と聞いた。
「希望なんか無いわ。何でも貴方の云ふ通りになるわ」
「漂泊――」
「漂泊でも好いわ。死ねと仰しやれば死ぬわ」
 代助は又ぞっとした。
「此儘では」
「此儘でも構はないわ」
「平岡君は全く気が付いてゐない様ですか」
「気が付いてゐるかも知れません。けれども私もう度胸を据ゑてゐるから大丈夫なのよ。だつて何時殺されたつて好いんですもの」


もうこれは、完全に主人公を追い詰めてコントロールしています^^ある意味、この女性が一番怖い人かも知れません。

■要するに、この小説の面白さは、人間が通常の生活をしている際に出会う悩みや葛藤をエキセントリックな設定なしに、丁寧かつ迫真性を持って描ききっているところにあります。



さすが日本を代表する文豪の作品ですよ。

それから





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Last updated  February 24, 2012 04:59:42 PM
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