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2018.09.20
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テーマ: ニュース(97046)
カテゴリ: ニュース
「9/18(火) 9:39配信 デイリースポーツ」
志らくさんのおっしゃる通りですね。



でも、その辺りのことをしっかり分けない言説が、
どうにも、今の日本には多いです。




『ネットなどでも非難が沸き起こり、
タレントのクリス松村もブログで「哀しみを覚えました」などと嘆きをつづっていた。』




先日取り上げた、尾木さんも
こっちの部類ですかね。



これに対し、志らくさんは
「女子中学生が被害者を助けに行かずそのまま駅に行ってしまった事を
非難したり嘆いたりしている人がいるが私は本当にはねられなくて良かったと思う」
「ああいう時は手助けするんだよという事は親が教えればいい」
と言っているそうです。




「困っている人がいたら助ける」
というのは、決して間違っていません。
自分の子供には、そう教えます。




でも、社会として「困っている人がいたら助けなければならない」とか
そこ迄言わなくても
「困っている人がいたら、助けた方がいい」と提示することは出来ないと思うのです。



尾木さんがどの程度ご存じなのか知りませんが、
惻隠の情は「義務」に迄は出来ない部分にしか存在しない筈です。



勿論、発言した人の中に、
個人としての感情と、社会としての論理を混同している人もいると思います。





あくまでも、例えば家族内の言葉であれば、
「困っている人がいたら助ける」と言うのは、正しいんですよ。
その方がいいに決まっている。



「社会として、それが当然だ」という色彩を帯びてしまう。
そんなつもりはなくても、そうなってしまう可能性がある訳ですね。



難しい所ですが
この辺りは大切な部分なので、
しっかりと分けて考えなければならない。
惻隠の情とか、マナーと言ったものは、
自分の属する部分社会の中でのみ口にしていいことで、
公の場で口にするものではない
まさに、「親が教えればいい」類いの話です。



そんな風に、私は考えています。





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最終更新日  2018.09.20 11:10:07
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