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January 27, 2010
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カテゴリ: カテゴリ未分類

中学時代か高校時代、宗教の時間に聖書の言葉で「7回ゆるす」「7の70倍ゆるす」と

いうような言葉が出てきた。

シスターは「7はキリスト教では永遠を意味する。」「キリスト教には“罰が当たるという概念

はない”」と説明した。「人は必ず罪を犯すものだから、その罪はゆるされる」と。

ショックだった。衝撃だった。

永遠にゆるされる?! 

そんな考え方があるのか・・・。

宗教の時間なんてまともに授業を受けたことなんてなく、聖書の矛盾点ばかり探すような

ひねくれた子どもだった。

だけど、この部分にだけは二の句が継げなかった。

なぜ、その部分にだけ(いい意味で)衝撃を受けたのか、感動すら覚えたのか、私はずっと

わからなかった。

高校を卒業して10年近くたつ最近までわからなかった。

だけど、その答えがわかった。

私はゆるされた記憶がなかった・・・

常に何かに追われ、どこまでがんばってもどこまでがんばっても「ここまででいいよ。」

「良く頑張ったね。」とゆるされた記憶がなかった。

達成すれば達成するほどに高まる期待とエスカレートする要求。

強い子でいなきゃいけない、しっかりしてなきゃいけない、父に代わって家族を支えなければ

ならない・・・、物心ついた頃から刷り込まれて課されていたこと。

そんな中にいた子ども時代の私に「ゆるされる」という概念がなかった。

だから、「永遠にゆるされる」という概念は衝撃以外の何物でもなかったのだろう。

「いつかはきっと、“ゆるされる”のだ・・・」

クリスチャンになったわけではないけれど、そして、クリスチャンになる予定もないけれど、

“私もゆるされる日が来る”、このことが私の支えになっていたのかもしれない。






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Last updated  January 27, 2010 10:04:20 PM コメントを書く


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