1

数年前にコンタックスをまんまコピーしたようなスタイルの「Yashica 35」であまりの解像力に驚愕し、そこに使われているレンズが「富岡光学製」だと知って以来、同社のレンズを使用したカメラを探していたのですが、”待てば海路の日和あり”で今回、私の手元にやって来てくれたのが、この「RICOH 500(日本国内ではリコー・ジェットで発売)」です。 この「Ricoh 500」は3群5枚の"RICOMAT 45/2.8"という銘がレンズリングに刻まれていますが、レンズのメーカーは富岡光学です。このカメラは、金属加工がとても素晴らしく、鏡胴の操作感や巻き上げのトリガーレバー、巻き戻しノブのメッキなどどれを採っても惚れ惚れするような作りのカメラです。1955年製の「Ricolet II」が私の初カメラでしたが、それから4年後の1959年に出たこの「リコー500」の品質は月と太陽ほどの差があります。 このレンズの描写は、あっさりと突き放すような少しマゾヒスティックな捉え方をします。前述の「Yashica 35」とは湿度に差があるようで、コチラの方が乾いた感じで写りましたが、解像という点では全く申し分のない写真を作ってくれました。Ricoh 500(Jet)を使ってみました今週も最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。#ricoh500#tomiokalenz
2023.10.14
閲覧総数 605
2

これは「マミヤ・スケッチ」というカメラです。マミヤ・スケッチ・・・なんて可愛い名称なんでしょう。軽やかでステキな写真がいっぱい撮れそうでしょ。主にプロやハイアマチュア用に質と実に重きを置いた重厚なカメラを作って来たマミヤとしては、ごくごく”普通の人々”に近づこうとした商品企画だったのかも知れません。 同じ様な印象の名前を持つカメラ、例えば「ミノルタ・メモ」「オリンパス・ペン」「ヤシカ・ダイヤリー」などなどありますが、どれも記録するんだゾォ~という 姿勢が優先みたいで、なにか堅い印象があるのですが「スケッチ」というと自由で奔放、ど~んなスタイルでもいいから思った通り、感じた通りに撮ってネ、みたいな気軽につきあえる印象があります。 実はこのカメラ、”欲しくて欲しくてしょうがないカメラリスト”の上から3番目くらいにランクされていた私にとっては「喉から手」のカメラだったのですが、クラカメショップではかなりの高値、ほとんど諦めていたカメラでした。なぜこんな手のひらに収まってしまうような小形カメラが高値になるかというと、製造台数が少ないせいもあると思いますが「マミヤ・スケッチ」は日本で最初、いや世界で最初かも知れない小型カメラの始祖なのです。 実際に皆さんにも手にとってご覧頂きたいのですが、どれほど小さいかというとですね、あの超大ヒットしたオリンパス・ペンよりも更に小さいんです(横幅が105ミリで幅で3ミリ、ペンより小さいんです!)。そんな超レアなカメラがある日、実にあっけなく近所のカメラ店のショウケースからポッと目の前に現れた。近頃は興味の惹かれるカメラがあっても、以前のようになりふり構わずと言う強欲な姿勢は無くなってしまい、「まぁ、縁が有ればそのうち出会えるでしょ」みたいなジジイ臭い姿勢に変わってきました。このことは未知なるカメラへの情熱が冷めたと言うことではなく、むしろ情熱は更にメラメラと燃え上がってはいるのですが、歴史を刻んで来たカメラたちも異性と同様に『縁』が無いといくら足掻いたり藻掻いたりしても、お近づきになれないということが経験上、少しづつ分かってきたからなのです。 さて、ではこの私の元に飛び込んで来てくれた「スケッチ」をじっくり見てみることにしましょう。先にも綴りましたように、なぜこのカメラが小型カメラの始祖かというとですね、1959年の5月に誕生しているんです。それ以前にはこんな小さなカメ ラは世界中に存在していませんでした。(多分?) オリンパス・ペンも1959年に初号機を出すんですが、5ヶ月遅れの10月のことだったのです。カメラのコンセプトとしては両機は正反対。ペンは操作部や部品を極力、簡略化して価格を下げ、誰にでも親しめるカメラを目指しましたが、こちらは今までの35mm距離計付き本格レンズシャッターカメラの機能をどこも間引かず、ギューッと凝縮させた仕上がりになっています。レンズにはマミヤ・セコールの35mm/f2.8(3群4枚)、コパル製のシャッターにはバルブもちろん、1秒の超低速から8段階を経て1/300秒まで切れる本格的なものが奢られていますし、極め付きはセルフタイマーまで手抜かり無く搭載されています。さらにアクセサリーシューまでは付いていないのですが、フラッシュが使えるシンクロターミナルまでシッカリと装備されています。ですから操作はまったく普通のマニュアルカメラ。この点が逆に作用して初心者や女性に嫌われてペンのようには大ヒットしなかった原因なんでしょうね。 小さいということで「ペン」との比較で話を進めてきましたが、画面サイズはハーフ判かというとそうじゃないのです、24ミリ四方(正方形)の写真が撮れるんです!このことも現在となっては面白いでしょ、この矩形画面というのはタテヨコ同じサイズですから常にカメラを水平にして使うことが出来ます。通常の35ミリ判に慣れた目には戸惑いがあるかも知れませんが、真四角の中で創る絵も新鮮な感覚を導き出します。それではフィルムを詰めてどんな絵が出来るか早速試してみましょう。しかし、きょうは朝から生憎の秋雨、仕方がない、傘を共に出掛けましょう。 このカメラは上の写真でもお判りのように、絞り環がレンズリング前面に付いています。これは操作をする側にとっては、やや面倒です。たかだか15ミリほどの出っ張りしかない鏡胴にフルレンジのシャッターを組み込んでしまったので、エンジニアリング的に仕方がないことかも知れませんが・・・。 しかし、この絞りの羽が実に立派なんです。開放での直径は13ミリほど、最小絞りのf16では直径が2ミリほどの小穴になるのですが、これがどの絞り値でも見事に真ん丸な正円!何と何と何とこんなに小さな絞り装置に12枚もの羽が仕込んであるんです、これはこれはメッチャうれしいナァ~。絞りの形状というのは、やはり丸けりゃ丸いほど上等感というか安心感がありますよね。ま~るいレンズを通って来る光を四角や六角や八角、はたまた鳥が飛んでいるような訳の分からない形の絞りって、どことなく納得がいかないんですよね。 ファインダーを覗くと、オレンジ色に輝くブライトフレームもハッキリクッキリ、二重像もハッキリクッキリ、実に気持ちの良いファインダーです。またシャッターを切ったときの音がいいですねェー。形(なり)は小さいのですが”カシャっ”と結構大きな音がします。両手でくるみ込むように構えてレリーズしますが、その手の中でも、 しっかりとしたシャッターの鼓動を感じることが出来ます。 というわけで、雨にも拘わらずサァ~ッと1本撮ってみましたが、使い勝手は上々。これで撮れた絵もスケッチするがごとくサラァ~ッと上々なら120パーセントの大満足なのですが・・・。 (24枚撮りのフィルムを使用すると、36カットは楽々行けます、私は端から端までギリギリ使いましたので、38コマも撮れてしまいました。)写真雑誌・「サンケイカメラ」1959年6月号の広告からMamiya Sketchでの作例です今回も最後のコマまでお付き合いくださり、ありがとうございました。#mamiya sketch#マミヤスケッチ
2021.09.04
閲覧総数 1881
3

生まれも育ちも関東のわたくしは、西の文化に強い関心というか憧れがあります。西と言っても西洋の西ではなく近畿圏のこと。京都・大阪・兵庫・奈良のあたりですね。何と言っても歴史の深さが関東とは断然違います、江戸が開府して420年、たかが420年です、たった400年そこそこの歴史しかないのです。そこへ行くと奈良・京都は1,000年以上!もう文化の成熟度は月とスッポンです。浅い歴史しか持たないアメリカがヨーロッパに強く憧れるのと似た心境なのですよ。 そんな私が初めて関西に行ったのは中学の修学旅行でした。「ひので」って言ったかなぁ~、いわゆる修学旅行専用列車ってやつに揺られながらワクワクして行きました。シートは近距離通勤電車用と同じ背もたれが堅くて直角のヤツでした。そんなのに乗せられて京都まで8時間以上かかって辿り着いたように記憶しています。 しかし、これは強行スケジュールと初めての喫煙と枕投げに終始して、何処の神社仏閣に行ったのかさえ朧気で訪問先についての記憶が一切無し!挙げ句にその喫煙が担任にしっかりバレて一晩中、宿の冷たい廊下に正座のお仕置き、自業自得とはいえ散々な関西行となってしまいました。 その後は学生時代から今日に至るまで何回となく彼の地を訪れましたが、それはもうちゃんとした学術(?)の旅、毎回しっかりと勉強させていただいております。行くたびに思うのですが特に浪速地区は良いですな、開放的で気取りが無く本音丸出し!関東者の私としてはかなりのカルチャーショックをその都度受けておりますが、大阪弁も耳慣れてくると大変居心地が良い、ただ皆さん何処へ行っても声が大きいのだけは未だに耳障りで慣れませんがネ。浪速のお方はなぜにあのような大声でお話になるのでしょう、そんな大きな声出さんかて聞こえるちゅ~ネン。 さて今回ご紹介するカメラは以前に私が関西方面出掛けた際に同伴してくれた「フジカGE」というカメラです。フジカのGシリーズといえば小さい体に距離計を押し込まれた「GER」が断然人気のようで、このGEの人気は今ひとつ。私はここでもよく書いていますが、目測式カメラの大ファンであります。なまじ距離計などグリグリやってピント合わせをしていると折角のシャッターチャンスを逃すことが多いでしょ、皆さんもきっとそんな経験をお持ちだと思います。前もって撮影距離を決めておき、概ねその距離まで近づいていってシャッターを切る。この潔さが何とも心地良い・・・私の目測カメラの使い方です。 フジカの初体験はこのブログを書く切っ掛けとなった「フジカAuto M」というカメラです。昔々のカメラでこんなに綺麗な解像をするものなのかと感動したのが最初で、以来ズブズブと深~い沼に填り込んで今ではのっぴきならない状態にまで至ってしまったわけです。ちょっと余計なことですが、この「のっぴきならない」の語源ってご存じですか?のっぴきは「退き引き」が転じたもの、避けることも引き返すこともならない訳ですからどうにもならない。あぁ~どうしよう、どうにもならなんて・・・今更悔やんでも取り返しが付かないので、仕方なく先へ進みましょう。 今のところフジカで一番のお気に入りの物件は何と言っても「35SE & 35EE」です。操作性・描写・スタイルとどれを採ってもエクセレント!しかし、これらは国産カメラが頂点に立った最も良い時代のコスト度外視贅沢山盛りカメラ。身軽でコンパクトな簡易カメラはズゥ~ッと後の”フラッシュフジカ”辺りしか経験がありません。このフラッシュフジカシリーズもフジカ伝統のコッテリした色ノリをしてくれる好きなカメラなのですがスタイルがどうにも野暮ったい。ですからその中間点に存在したGシリーズには大変興味がありました。 今回のカメラもやはりフジノンレンズ搭載ですのでカラーをメインに撮りましたが、どうしてどうしてモノクロが案外いけるという発見のおまけ付き試写となりました。やはり良いレンズというのはどのようなメニューでも美味しく料理してしまうのですね。こんな美味しい料理に仕立ててくれた富士写真機のレンズ開発技術者さまに感謝です、ありがとうございました。フジカGEの作例です今回も、最後までご覧下さりありがとうございました。
2021.07.10
閲覧総数 1156
4

もう、かれこれ20年近く昔の話です。いつものように週末の仕事帰り、行きつけのカメラ屋さんに明日使うフィルムを買いに寄った時のことです。常用しているフィルムを数本買い求めた後、たまには気分転換に使ったことのないフィルムも買ってみようかと陳列棚を見ていると「NEOPAN F」のパッケージを見つけました。別に特段珍しいものでも何でもなのですが、私はその箱を見たとき懐かしさでしばし立ちつくしてしまいました。 「このフィルムまだあったんだぁ・・・」私が写真の面白さに目覚めた学生の頃、もう50年以上昔のことフジフィルムから新発売されたのがこの「NEOPAN F」で、当時は判で押したように晴れたら”NEOPAN SS”、曇りや室内なら”NEOPAN SSS”とまるで定説でもあるかのごとく2種のフィルムを使い分けていました。そして元気のいいアナーキーな学生たちは”コダックのTRY-X”を効果的に使い粒子を故意に荒らした森山大道さんの写真に強く惹かれていました。このムーブメントはかなり強く、学生の間で一時は「TRY-Xでなければ写真にあらず」みたいな雰囲気すらありましたよ。私は自分が保守的だとは思っていませんが、階調を無視しハイキーな仕上がりの乾燥しきった写真がどうにも好み合わず、この流行に乗ることが出来ず終いでした。「NEOPAN F」はこれとは逆に微細な粒子で微妙な階調を上手く引き出してくれるフィルムで、やや軟調になりましたがグラデーションが綺麗に出るので、私はかなり長い間使い続けた記憶があります。こういう流行状況では圧倒的に私は不利で、友人や仲間からは「お前のは古い!」の一言で全く相手にされず疎外されていました。でも「好かんもんは好かん!」こればかりはどうしようもないです。 フィルム売場で立ち尽くしているとき、瞬時に若かりし日の思い出が蘇りました。そうだ、明日はこのフィルムで写真を撮ってみよう、とちょっぴりノスタルジックな気持ちになってネオパンFを買って帰りました。 さて、ということでその時、お世話になったカメラは「AGFA B2 SPEEDEX」です。 1950年代に作られた6×6判の簡易スプリングカメラです。「B2」というのはアグファ流のフィルム呼び名で、俗に言う120ブローニータイプを指しています。レンズは85mm/f4.5のトリプレット、フィート表示の目測式焦点合わせ、シャッターは1/2秒から1/250秒までの7段、ほかにバルブとタイムが使えます。一応ドイツ製にも関わらずこの個体はフィート表示になっているのは、アメリカ向けに輸出されたものだったんでしょう。これといって突出した特徴のない実に地味なスプリングカメラです。このカメラを含めてアグファ製のスプリングカメラを何台か使っていますが、みな一様にベローズがやられてしまっていて光線漏れをおこしてますね。どうも材質に欠点があるようで、外観はすこぶる綺麗でも折り曲げの角にピンホールが必ずあります。このカメラも入念にピンホールを塞ぐ作業を繰り返しました。 ほんの小さな光線漏れでも著しくコントラストが低下しますので面倒がらずにやるしかないです。完璧に整備された蛇腹カメラは内面反射が殆どありませんから良質な画像を得ることが出来ます。 さてこの「NEOPAN F」は、ISO32という低感度フィルムで絞り込んだ時はかなりシャッター速度が遅くなりますので、手ブレには十分に配慮しないと尖鋭な印画が得られません。また同様に曇天で光量が不足気味の時は更に条件が悪化していきます。ということでお天気は快晴時に限定して使おうと思います。これは”NEOPAN F日和”と思える好天時が来ましたのでカメラにフィルムを詰めて出かけることにしました。向かった先は相模湾奥の磯場です。しかし、逆に反射が強い海辺でここまで天気がいいとコントラストが強くなり過ぎ、このフィルムが持っている「本来の味」を上手く引き出せませんでした。ネオパンFでの試写です今回も最後までお読み下さりありがとうございました。#neopa F#ネオパンF#AGFA B2 SPEEDEX
2022.08.06
閲覧総数 1082
5

このカメラは欲しくて手に入れたわけではなく、行きつけの KTムラカメラのジャンク箱に埋もれていたのを、いわゆる”救出”したものです。箱の中には20台くらい入っていましたが何処に放置されていたのか、このカメラだけがあまりにホコリだらけだったのでついつい可哀想になり連れて帰ってきました。ひと通り点検しましたが、不具合は電池室の電極に多少緑青が出ている程度で露出計をはじめ機能は全て生きていました。汚れやホコリは外装だけに留まらずファインダー、フィルム室、レンズと全てに亘っていたので分解して清掃。こうして新品同様ピカピカに甦ったのが上のタイトル写真です。 どんなカメラでも手元の来た限りは設計者の拘りや美点を見いだしたいものですが、このカメラの設計者は過去の一連のHI-MATICシリーズと同様に金属ボディで作りたかったのではないでしょうか。このデザインはどう見ても金属プレスを想定していたような気がするんですね。しかし時代がそれを許さなっかた。フラッシュを内蔵したための感電対策でプラボディにせざるを得なかったのでしょう。唯一裏蓋を金属板プレス製にしているところに設計者の拘りを感じます。 それにしてもミノルタはなぜ、この社名ロゴデザインを1978年に変えたのだろうか。 このハイマチックSの社名ロゴはカメラボディに似合ういいデザインだと思うのですが・・・。後のロゴデザインは事務機や家電製品にはともかく、カメラのボディには全く不似合いでセンスのかけらも感じられないですよね。 カメラ店のショーウインドの中でNikon、Canonに挟まれて陳列されているMinoltaのカメラを見比べてみると、この新しいロゴデザインがいかに不格好かがよくわかるでしょ。例えば、昔の一眼レフのSRシリーズ、その次のXシリーズとデザインや意匠に関しては、他社を一歩も二歩もリードしていたメーカーなのに残念で仕方がないです。後年の一眼レフのα9やα7にしても、操作性を犠牲にしないで綺麗にまとめたよいカメラだと思うのだが額に付いている「MINOLTA」のロゴで全てがブチ壊しになってしまい、何ともかわいそうです。 さて、試写の結果ですがコンパクトでもさすがにロッコールです、実にナチュラルで柔らかく、まじめにキレイに写ります。コントラストもそれほど強くなくしっとりしたいい描写をするので、雨の日とかに使うと絶対いい雰囲気が出せると思いますね。距離計はないがファインダー内でゾーンマークを針が示してくれる親切設計で、ピントを外すことも殆どありません。同じような仕様の「KONIKA C35EF」は少しクセのあるHEXANONで、思いもよらない描写をしてくれる楽しいカメラですがこの「HI-MATIC S」はあるがままに”何も足さず、何も引かない”実にリアルな絵を写し撮ってくれます。私の好みは後者なのですが、あなたならどちらを選びますか?プラボディの軽さに起因するのか、どうも粗雑に扱ってしまうことがある可哀想なカメラ。次からはバッグに入れるにも、そぉーと入れて上げよう。 このカメラのライバル達は、おしなべて開放値がf2.8なのにこれだけがf2.7なのはどんな理由によるものなのか。この0.1の明るさの差をセールスポイントにしたかったのだろうか。使った感じでは、その差は全く解らないです。 ボディ正面の機種名を表示している黄色い「S」のシルク印刷、これは最悪。全体のデザインはキリッとしまっていて好感が持てるのに、この一文字でおもちゃカメラになってしまいました。ゾーンマークは、最短80cmから無限遠まで5分割HI-MATIC Sの主な仕様発売年度1978年レンズROKKOR 38mm f2.7 3群4枚構成(テッサータイプ) シャッターセイコー製絞り兼用2枚羽 オート時1/4から1/450最短撮影距離80cm大きさ・重さ幅130・高さ84・奥行き55mm 330g 発売時の価格31,000円(ケース付き)主な特徴フラッシュ撮影時、距離のセットに連動して絞りを自動で最適値にしてくれるフラッシュマチック機構をそなえる。Minolta Hi-matic Sを使ってみました 今回も最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。#minolta#hi-maticS#minoltahimaticS
2023.04.15
閲覧総数 1582
6

先週のこと、かれこれ半年ぶりくらいにインターネットオークションで写真機を買ってしまいました。誰もが通る道の「カメラ欲しい欲しい病」もようやく一段落してきて、さてこれからは特に気に入ったカメラのスペアーというかリペアー用に同じモノを気の向くままポツポツ揃えていけばいいかナァなんて思っていたところ、滅多にお目にかかれない大好きな単玉2焦点カメラの「フジ・テレベネ」が出品されていたものだから反射的にスイッチを押しちゃたんですね。 で、この出品されていたテレベネ、2台一括りの片割れで、それも「どうでもいいからコレも邪魔なので一緒に貰っててちょうだい!」的なオマケ扱いの品。メインの方は「キヤノン・オートボーイ・テレ」と言うカメラでね・・・そりゃぁ、誰が見たってオートボーイの方が作りは立派だし、イチリュ~メーカーのキヤノン製だし、それに手に持ったときの重さが全然違うわけですよ。 もう、カメラに関しては毎度言いますが重さが違うというのは私の場合、決定的でね、テレベネはスッカスカの170gでオートボーイの480gに比べたら1/3近い軽さ。それに作りだってテレベネは最安プラスチックのペナペナですから、誰が見たってメイン商品はオートボーイで異存のないところ。まっ、でもそんなことはどうでもいいのです。誰が何と言おうと私にとってはテレベネが手に入りさえすればネ。 それでオークションのスタート価格は、なんと1円から始まったのですよ。まぁ、その安さに引き寄せられてビッドしちゃったのが一番の理由。しかし、1円のまま終了するはずはなく、多分安くても3,000円前後での決着だろうと予想をしていたのですが終盤になっても誰一人ライバルが現れずに、あれよあれよ、なっなっ何と結局1円のまま終了してしまったのですよ。「えっ、ええぇ~・・・、こんなことってあるの?」と、私が思ったのは当然ですが出品者さまも注目度を高めるために思い切って1円スタートの設定を決めたのであろうことが、まさか1円のまま終わってしまうとは! それでもって首を傾げつつも落札金の「1円」を870円の送料と共に矛盾を感じながら送金すると、何と翌々日にはカメラが到着してしまったのですね。そして、すぐさま後を追うように出品者さまから『落札者の評価:非常に良い落札者です。ご入金・ご連絡ともに素早く、迅速にお取引を 執り行う事が出来ました。ありがとうございました。また機会がございましたら宜しくお願い致します。』なんてコメントまで頂いちゃって、別になんにも 悪いことをしている訳じゃないんだけれど、ちょっと申し訳ないというか後ろめたいというか、複雑な気持ちになる買い物をしちゃったなぁ~、せめて、キモチとして1,000円くらい送るべきだったかナァ~、などと反省までしちゃったりして。 到着したお目当てのテレベネは、埃だらけ傷だらけのボディでかなり乱暴に扱われていたようです。おまけに何年も仕舞われていたようで4箇所あるスライドノブがすべて渋く動かし辛かったのですが、シリコン油をチョイチョイで滑るように軽くなりました。肝心のレンズ(ったって1枚しか填っていないのですが)やシャッター、電池室、フラッシュ機能はすべてセーフ、5、6コマをフィルムを短く切って試写してみましたが期待通りに写っていました。これでテレベネは 2台体制完了、一生安心だなと・・・。(シャッター回りは単純なエバーセットだし、絞りも大小の穴プレートが感度ノブで上下するだけだから、何年経っても壊れようがない、プラスチックが経年劣化でパラパラに朽ちるまでは使えるはずですヨ) さて、私にとってはオマケの方だったもう一方の「キヤノン・オートボーイ・テレ」と言うカメラ、こちらは逆に別売りだった純正ケースにまで収められていてボディもピッカピカ。シャッターボタン脇に付いているちっちゃな液晶パネルには「電池残量満タン」のサインまで出ていてラッキー! しかし、スイッチをONにしてもウンともスンとも反応せずで、「ん、何、これはジャンクかと・・・」そして裏蓋に開いているフィルム確認窓を見ると、あれれっ、フィルムが入っているのが分かります。何枚か撮影済みなのかな、フィルムカウンターの液晶表示が消えているので状況が分かりません。とりあえず巻き戻して現像だけでもしてみようかしらと。途中巻き戻しのノブにボールペンの先っぽで突っつきますがやはり反応ナシ。こりゃ困ったな、開けちゃえばフィルムはパァ~になっちゃうし・・・、万が一ということもあるので一応電池の抜き差しだけでもやってみましょうかね。 ということで電池室の蓋は何処なのと探しますがこれが何処にもない!形状からすると左側グリップ部が電池室の定石場所、しかしこの回りに蓋らしいもの、ドアらしいものがまったく見あたりません。「おいおいおい、どうなってんのよこのカメラ?」オートフォーカスって書いてあるしフィルムだって巻き上げレバーが無いんだからモーター駆動でしょう、ということは間違いなく電動カメラだと思うのですがね。いや、もしかすんと裏蓋を開けると電池室に行けるのかな、おぉ~、きっとそうだ、そうなんだ、そんなカメラをどこかで見たことがあるゾ。と勝手に解釈しはじめます。しかし、いま開けちゃうと入っているフィルムが感光しちゃうなぁ、仕方なく夜まで待つことにしましょう。(私の暗室は自然と共にあるので、闇夜が来るまで暗黒が得られないのでございます) 半日待って暗闇の中、裏蓋をパクンと開けてみます。フィルムをなんとか取り出しパトローネに巻き戻してから明かりを付け、中を覗きますがやっぱり電池蓋らしきものは無いではありませんか。「うむっ、なにをぉ~~・・・!」こうなると、ニンゲンだんだん腹が立ってきますね、「クッソォ~、たかがオマケのジャンクカメラのくせしやがって!」と、思いも寄らぬ方向に憤怒のやりばを向けていったりなんかして・・・。 こうなったら考えられるのはただ一つ、まさかとは思いますが左側面のボディパネルを止めている上下2本の小さな+ネジ、コイツが怪しいゾ。しかし電池室を小ネジで固定しちゃいますかネェ?と、半信半疑で2本のネジを外すと案の定、現れました、2CR5リチウム電池が。おぉ~、キヤノンともあろうエリートエンジニアさま達は何をよかれとして電池をネジ止めにして封印してしまったのでありましょうや、この設計は納得がいきませんよ、私には!? まぁ、そのことは後日考察することとして取り敢えずターミナルの接触を回復させるべく数回抜き差しを試しますがカメラは相変わらず静かに押し黙ったまま・・・? ちょうど手持ちに新品の電池があったので試しにそれを差し込んでみたところ、一気にいろんなところがジィ~ジィ~パコパコと。「なんだよぉ、電池切れだったのか」しかし電池残量のインジケータはFULLを示しているのにヘンですネェ? さて、カメラが動き出したところで落ち着いて仔細に観察すると何ともヘンに凝ったカメラですよ、この「キヤノン・オートボーイ・テレ」というのは。 まず「TELE」と銘打っているんだから望遠レンズが装備されているんですが、これが実に凄いの。あの電気仕掛けロボットカメラ「ナショナルC-D700AF」もまっ青になるほどの仕掛けがレンズ筒に隠されています。カメラ背面の右手親指が来る位置に小さなスライドスイッチがあって、それをチョンと押し出すとレンズ筒自体がモーター力を使って凄い早さでガシャーンと飛び出してきて望遠レンズがセットされます。で、そのときに外側からでは見えないのですが、WIDE 時に3群4枚だったレンズ列が瞬時にして6群7枚に、これまた電気力でチャッチャとセットしているらしいのです。そんな細工物を詰め込んであるのでレンズ筒の右側が妙に出っ張っているんですね。別に広角から望遠に切り替えるのに手動でやってもまったく差し支えなのですが、こうゆう”与太な努力”に痛く感動しちゃうんですよね、私は。 ぜんぜん合理的でないことに拘るとか、エネルギーを注ぐというのは無駄と考える人もいるのでしょうが情緒的な豊かさというのは多くの場合が合理とは反対方向に有りますでしょ。まして実用とはいえ趣味の写真機ですから、このような技術的与太はこちらの写欲を増進してくれる良いお薬なのですよ、私の場合はね。 それともう一つ気に入ったのが広角側40ミリ・望遠側70ミリという一見中途半端と思える焦点距離です。焦点距離40ミリを広角と呼ぶには少々疑問もありますが、通常広角側はたいてい35ミリ前後にセットしちゃいますが、それをあえて避けて40ミリまで伸ばしちゃった。この設計者は何を思ってそうしたのか、そのコンセプトを今となっては知るすべがないのですが35ミリだともうかなり「広角の匂い」が絵面に漂ってきますでしょ、しかし40ミリまで引っ張ってくるとその匂いは消えてニンゲンの視野にかなり近づいてきます。すなわち無理をしていない自然な視野の写真が作れるわけですよ、こりゃ嬉しい配慮ですね。よくコンパクトカメラでも28ミリなんて極端に広いやつを有り難がる人がいますが実際に使ってみると難しいですよ、私なんか絵がパラパラになっちゃいますもんね。 そして望遠側の70ミリ、これはもうお馴染みポートレイト用ですから言うことがありません。一応80年代のカメラですからファインダースクリーンだって焦点切り替えスイッチでリニアに切り替わりますので使いにくいことはないのですがパララックスだけは自動というわけにはなっていませんでした。 ファインダー接眼レンズを挟んで右側が広望切り替えスイッチなのですが、左側にもスイッチがあってこれが便利な「フラッシュ操作スイッチ」になっています。つまりフラッシュ光を如何様にもコントロール出来るような仕組みで、強制発光・自動発光・発光停止と各モードの選択が可能に。ただ時代が時代だけにまだズームフラッシュとはなっていないようで、望遠側にしても40ミリのままの照射角で発光してしまいます。つまり光の無駄が生じるわけで、 GN10.5しかない光量ですから距離が稼げなくなるわけですね。ただ感心するのはそれを補うレンズの明るさで、40ミリ側f2.8でEV6(1/8秒)まで測光可能、70ミリ側でもf4.9(1/3秒)まで開きますから結構自然光のままでそこそこの雰囲気ある写真が気軽に撮れちゃいます。このあたりは初代のオートボーイのレンズの系譜をまだ引きずっているようで好感の持てるところでもありますよ。 さてさて、「ヘンに凝ったカメラ」の説明はこれからですよ、もう少しで終わりますからガマンして読んでくださいね。まずはねレンズ先端に40.5mmのネジが切ってあります。昔のカメラはどれも当たり前にリングネジが切ってありましたがプラカメ時代になるとデザインの関係もあるのか、どんどんそのサービスが無くなっていきましたね。しかし、これにはちゃんと切ってありますからSLだろうがUVだろうが、はたまたPLだろうがどんなフィルターだって、またフレアーが出そうなときはフードだって付けられます。この「ねじ切り」は設計した人が拘ったわがままの一つなんでしょう。でもって、もう一つ拘ったであろう箇所がカメラの両端に付いたヒモ掛け用のみみ。オートボーイは初代からヒモ掛けが片側になっちゃって使いにくかったのですが、ここへ来てまた両耳に戻してくれました。コレは小さなことかもしれませんが、やっぱり早くカメラ操作をするときは両吊りの方が断然使いやすいですよね。しかし両耳に戻ったのはこのカメラだけで以降の製品からはまた片側ストラップに変えられてしまいましたね。 さて、レンズ筒の右側にはギザギザの付いた小っちゃな半円レバーがあるのですが、これがレンズバリアーを兼ねた電源スイッチになっています。そしてこのスイッチには面白い仕掛けも隠されていて、1段下げるとバリアーが上がって電源が入ります、そしてもう一段下げると、何と何とソフトフォーカスフィルターが出てくるのでありますよ!せっかく、ポートレイト用の70ミリ付けたんだからソフトフォーカスでも撮りたいよネェ~っていう設計者のわがままがココでも出て来ましたよ、こうゆうの好きだナァ~、こうゆうの嬉しいナァ~・・・。 それに私としてもソフトフォーカスでシャシンをしたことがないので、興味津々、40代のご婦人を撮るとちゃんと目尻の小じわを消してくれるのでしょうか、うぅ~む、早く試してみたい! さらに今度はボディ正面右側にあるちっちゃなスイッチに注目してみましょう。ここには上下に長楕円形の2つの押しボタンがありますが、上の黒い方は「ME」と記されています。エムイー?ミー??・・・ミーかっ、よく女の子がやっている自撮りでもする時に押すとキレイに撮れるとか?はて何を操作するものやら・・・。押しながらレリーズしてみるとシャッターが切れる音だけがします。フィルムを巻き上げて行きません。ハッハァ~分かった、これはリコーのカメラによく装備されている「多重露光」用のスイッチなんですね。MEは”ミー” ではなくて「マルチエクスポジャー」とかいう意味なのかな。私は、多重露光で遊ぶのが結構好きなんですよ、当てが外れると意味不明の失敗写真にしか見えなくなりますが、上手く重なると訴求イメージの強い絵が出来て面白いんですよね。もし貴方が未経験でしたら、ぜひ多重露光で遊んでみてください。私なりにコツみたいな事をお話しすると、重ねる被写体の距離を極端に変えてみると割と上手くいきます。引いて全体を取り込んでから見せたいものにグゥーッと寄ってアップの絵を重ねるとかね・・・。 そして今度は下の方の赤いスイッチ。これにはお日様マークのピクトが示されています。これはカメラ業界の共通マークで「逆光補正」のことですね。多分1段半か2段くらい絞りを開けてくれるスイッチなのでしょう。 しかし、この2つのスイッチはなんでこんなに小さくしたの?オマケにボディとほぼツライチなものだから、指先で探っても所在が分かりにくくて全くもって押しにくい事この上ない。折角ここまで面白いカメラに仕立てて来たのに、このエンジニアリングでぶち壊しじゃありませんかっ! と、まぁ〜祭り上げたり、こき下ろしたりグダグダと語ってきましたが、肝心な写りはどうなのか、下の作例をとくとご覧くださいませ。Autoboy TELEでの作例です↑ 40ミリ側で・・・極々肉眼視に近い焦点距離だと思います↑ フラッシュを使ってみました GN.10.5なのでISO100のフィルムでこの程度の距離だとテカらずに自然な感じで撮れます↑ 逆光補正のボタン(お陽さまマーク)を押しながら撮ってみました、かなり効果がありますね!↑ ついでにミーボタンも・・・アカン、オモイッきり失敗だわ!↑ 同じ撮影場所から・・・40mmと70mmの二つの焦点距離の差はこのくらいです↑ ソフトフォーカスフィルターを使うと・・・若い女性ではあまり意味ないですね! ↑ ついでにカラーも一枚誕生後35年以上を経過したカメラですが、日付は2029年までセット出来ますまだまだ安心して使えますよいかがでしたでしょうか、なかなか遊び心があって面白いカメラでございましたでしょ。私は大いに気に入ってしまいました、早速、スペアー用にもう1台・・・あぁ~、また無限地獄の始まりだぁ!このカメラ、お店のジャンクワゴンをひっくり返せば必ずや1台や2台は転がっていると思います。電池のインジケータがFullを指していても電池切れになっていて、ジャンク扱いになっていることがありますの、騙されないで拾ってあげてくださいませ。今回も長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました。#canon#autoboy tele#fuji FZ-6#fuji telebene
2022.03.06
閲覧総数 1869
7

私のカメラ歴の始まりがこのカメラ。昭和34年、東京は大田区蒲田の西の外れに貧乏長屋が軒を並べて建つ一角、6畳一間に父母妹と私の一家4人で私達は暮らしていた。当時小学6年生だった私は3日後に鎌倉への修学旅行を控え、母が揃えてくれたリュックサックに担任の先生から貰ったプリントを見ながら早くも荷物の用意をしていた。日も暮れた頃、仕事から帰った父が紙包みを取り出し「これ持っていけ」と言って差し出したのがこのカメラである。 駅前の古道具屋さんで購入したらしく、茶色の革ケースに入っていたこの”リコレットII”は、昭和30年製の中古品だった。当時、裕福な家の友達が持っていた富士写真工業社が発売していた「フジペット」という簡単操作の少年用カメラが羨ましく、カメラがとても欲しかった私は夢ではないだろうかと思うほど嬉しかった。しかし、小学生の自分にこんな大人が使う本格的な写真機が使えるかどうか非常に不安になった。 カメラといえば、その友達から手にとって見せてもらった、1,2,3のレバーを押せば自動(?)で撮れるフジペットしか知らず、勿論このカメラには操作順の番号など有る訳も無く、また中古品ゆえ元箱や取説も付いていない。その上、全くの機械音痴であった父はさっぱり操作法が解らず、翌日学校の授業が終わるやいなや近所の商店街にあった写真屋さんにフィルムの装填を頼みがてら、操作法を必死に教わった記憶がある。修学旅行から帰りその写真屋さんに現像を頼み、出来上がった写真は好天も味方をしてくれたが結構しっかり良く写っていて、写真屋のおじさんも褒めてくれたが、父が非常に喜んでくれたことを今でも憶えている。 あの頃、生活に困って母がよく着物を持って質屋通いをさせていたほどの貧乏暮らしだった父が、中古とはいえ高価なカメラを息子のために買ってくれたことを思うと今でも胸が熱くなる。とうの昔に父も母も亡くなったが、あの日から60年以上経った今でも、このカメラを大切に持っている。ファインダーを覗くたびに、あのときの父が喜んでくれた笑顔が被写体とダブって見えることがあります。 このカメラ、たいしたメンテナンスもしていないのに年に2、3回使っているせいか、今もフラッシュの同調を含め全ての機能が完璧に作動する。このあたりが全金属性の機械式カメラの凄いところで、現在主流のデジタルカメラやスマホのカメラが60年後に全機能が作動しているかは、はなはだ疑問である。距離計の黄色味帯びた二重像すらいまだ鮮明で見やすいことにはいつも驚いてしまう。 カメラと機械式腕時計は使い続けることで長持ちするので、最低でも月に一度は空シャッターでけでも切っておくとよいですよ。同時に鏡胴のヘリコイドも数回前後に動かし中の空気を入れ換えてあげれば、カビの発生を防ぐこともできます。それが古いカメラの寿命を延ばしてあげるコツですね。 このカメラの操作については、シャッター速度の数値が、B,1/10,1/25/,1/50,1/100,1/200秒となっていて、この数値にはいつになっても馴染めない。レンズは、後に傑作を多数生みだした富岡光学製の3群3枚のトリプレット、45mm f3.5でモノクロ時代のレンズのせいか、強めのコントラストでアンダー部分は少しつぶれ気味な描写をします。ピントが来ているところの尖鋭度は充分高レベルだが絞りをf5.6以上開けると周辺はかなり流れ始めて危うい写りになりますね。今となっては実用機と言うより、自分史を楽しむカメラと割り切っています。 良い季節になったら、またこのカメラを首から提げて鎌倉へ行き、60年前に撮った鎌倉と同じ場所でまた写真を撮ってみたいです。縫製のしっかりした革ケース。60年間の使用で相当くたびれたが、そのおかげで中身はまだまだ綺麗。昔は、カメラって高級品だったので、大抵はこのような皮のケースに収めて大切に使っていました。Ricolet IIって、こんな写り方をします。今回も最後までご覧下さいましてありがとうございます。#Ricoh#Ricolet II
2020.09.12
閲覧総数 1831
8

20年前までは5、60万円もしてた一眼レフタイプのデジタルカメラも性能を更に数倍も上げているのにも関わらず数万円台で供給されるようになり、我々のようなアマチュア好事家も気軽にデジタルカメラが触れるようになりました。 フィルムを使う最後期のカメラでも電源スイッチを入れ、「P(プログラム)マーク」にセットしさえすれば大抵の写真はきれいに撮れちゃうわけですが、デジタルになるとその場で撮影結果が確認できるわけで、こりゃぁ便利この上ないですね。 それで何を確認するかと言えばシャッターチャンスのタイミングとかフレーミングですね。写真の二大失敗要素は露出とピントですが、これはカメラの方で全部引き受けちゃう。こうなっては誰もがみんなピントのあった綺麗な写真がホイホイ撮れちゃう訳ですから良い時代なったものです。そのうち”ピンボケ”などという言葉は死語となり、若い人には意味不明の単語になりますね。 少し前まで問題になっていたデジカメのシャッターのタイムラグだって最新のモノはものすご~く早くなり、いわゆるぎりぎりのシャッターチャンスにも十分対応できるようになってきました。こんな美味しい毒は一度注入されたが最後、一瞬にしてデジカメ毒は全身に回ってしまい、まどろっこしいフィルムカメラなど二度と手にすることは出来なくなっちゃうでしょう。 振り返ってアナタや私のような、昔から写真が好きでコツコツと失敗の山を築いてきた人達は何処へ行けばよいのでしょうねぇ。露出で失敗し、ピントで失敗し、おまけに現像で失敗することを何よりの楽しみとしていた我々はそう簡単には失敗を許してくれないデジタルカメラには爪の先ほども魅力が感じられません。 「オイ、オイ、ちゃんとした写真が誰にでも撮れるようになって何処が悪いンだ、なに文句言ってンだ、結構なことじゃねぇ~か!」 「いやね、アタシが言いたいのは、そういうことじゃないのよ、写真を撮るというのは人間だけにしか出来ないことでしょ。だから尊いことなのよ、そんな安易に扱うと記録の消費になっちゃうし、だいいちアンタ、カメラを手にしてから絵が出てくるまで何処にも思考するところが無いでしょ、それじゃぁ折角アタマのてっぺんに乗せて歩いている脳ミソだって可哀想だよって言いたいワケよ。失敗というリスクが大きいほど成功したときの感激は高まるでしょ、だからそうして苦労した写真は間違っても消費と言うことはしないんじゃないかって・・・」 まっいいや、今さらこんなこと言ってもだ~れひとり聞いてくれなくなっちゃたし、人間、楽な道を行きたいのは本能みたいなものですからネ。あたし一人が吠えたところで、どうにかなるもんじゃないし・・・。 みなさんデジタルで楽しい写真生活を送ってください。私は私で世間の白眼視にジッと耐え、失敗を甘受できる苦しく楽しい写真生活を続けますから。 と、愚痴っていてもしようがない、気を取り直して今回も失敗の可能性がかなり濃厚な写真機を引っぱり出してきましたよ。 1953年、西田光学が大衆用に向けて製作した「ウエスター・クロームシックス」です。 なぜ失敗が濃厚かというと、この写真機、同好の士の皆さんの間ではあまり評判がよろしくない。まぁ〜大衆機路線の写真機ですから材質や機構に目を見張る点がないことは認めます。しかし今までの経験でも「リコーの板金フレックス」のように素晴らしい能力を持った大衆用写真機も存在しているのですから噂を鵜呑みにするわけにはいきません。 噂と言えば、これは噂話ではありませんがよくその筋のエライ先生がクラシックカメラについての本なんかをよく出していますよね。大抵そこに取り上げてあるような写真機は古今東西の名機と呼ばれているものがほとんどで、私などには遠く縁のないお高いモノばかりが並んでいるわけですが、ごく希に国産大衆機なんかが載っていたりすることもあります。そんな場合でもインプレッションになるとあまりいいことが書いてない。それではと試してみると結構イケてる物が多いのです。ですから活字に印されているものもソックリ信用しては損をすることもありますので、そこそこに読み流しておきましょう。 私がこの写真機と最初に出会ったとき、トップカバーのファインダー処理のデザイン感覚に一目惚れ!おまけにお値段も情けなくなるほど安かった。それもそのはず、なんたって不人気カメラだったんですね。 人様がどう評価しようと好きなモノは好き!数年後、他のお店で見つけてそれもまた買ってしまいました。正直に言うと、もう買って持っていたことをすっかり忘れていたのです。で、そのお店で見たときに「うん、コレ、カッコイィ〜!」となってしまったのです。ということは、もう生理的にズズゥ~ンと来ちゃう・・・好きなんですね、このデザインが。 最近、といってもここ10年くらいですが、私、こういうことを年柄やっちゃうんです。写真機もそうなんですが本にCD、レンタルビデオなんかもそうですね。本やビデオなんか途中まで読み進まなければそのことに気が付かない。「あれぇ~、この物語、前に読んだナァ~・・・!?」で、本棚を捜すと・・・「あらら、やっぱり買ってあったのカァ~」とかね。みなさんもカンレキの頃が近くなるときっと同じことをやらかしますよ。 このウエスター・クロームシックスは1953年の誕生ですから工作や加工はそこそこ洗練されています。レンズ扉の開閉もしっかりと、それもスムースに行えますよ。スプリングカメラというのは買うと最初にやるのがレンズ扉の開閉で、これがギクシャクしていると一気に不安が膨張してきます。ですからここがメリハリ良くパチンパチンと動くと第一印象がすごく良くなるわけです。 この写真機を造った西田光学という会社はかなり規模の大きいところだったようで、シャッター部を含めた光学部品をかなりの同業他者に供給しています。もちろんこれにもフル装備(?)のシャッターが載せられていてバルブの次が1秒、以降倍数順で1/200秒まで行けますし、絞りも開放で3.5から始まり22を越えて32まで、ほぼ正円のまま絞り込むことが可能です。またファミリーカメラには必需のセルフタイマーもちゃんと付いています。それでは、WESTER 7.5cm/f3.5(トリプレット)の写り方をとくとご覧ください。評判通りか否かは、アナタの眼のご判断に委ねることといたします。Wester Chrome Sixの作例です。今回もラストの1枚までご覧下さり、誠にありがとうございました。#Wester Chrome Six#ウェスター・クロームシックス
2021.03.24
閲覧総数 214
9

フジフィルムが出していた使い捨てじゃない簡易カメラの「FZ-6(TELE BENE)」などの単レンズ(撮影レンズがたった1枚しかないカメラ)は、周辺歪曲などのクセを逆手にとって上手く利用すると想いも寄らないゲェ〜ジュツ的な写真が撮れたりして飽きないカメラなのですが、今回はそのTELE BENEの親戚ともいえるまたまた面白いカメラをご紹介いたします。それがこの、フジフィルム製「スマートショットBF」というカメラです。 して、このカメラのどこが面白いかというと、まずカメラの体裁ですね。まずは、上のタイトル写真をとくとご覧ください。なんか変でしょ、何が変って、非常にデザインのバランスが悪い!中央上部にあるファインダー窓の異様なほどの大きさに比べて、肝心の撮影レンズの何と何と小さいこと、小さいこと。 大概のカメラというのは、ド~ンとした立派な撮影レンズがあって、その添え物的な感じでファインダー窓があるのが普通ですよね。こちらはもう何十年とその様式に慣れていますから先入観としての形が頭の中で出来上がっているわけです。それがまったく逆転しているのですから、どうも落ち着かない。 そんでもって、その撮影レンズが大きいセンターサークルのデザインの中心から左下にズレたところにちょこんと付いています。これがまた、どうにも「タコの八ちゃん」を連想させて ユーモラスでございませんか。こんなカメラを構えられたら撮られる方だって、思わず吹き出しちゃうのでないでしょうか。こうなったら、いっそのこと茹でダコのごとく真っ赤かにでも塗り直しちゃおう。 そして、このカメラも前述のTELE BENEと同様に”フルプラスチックジャケット”です。それも徹底していて、ボディを組むための6本の小ビス、電池の端子と直径5ミリほどのシャッター羽以外に金属部品を見つけることが出来ません。あとはぜ~んぶプラスチック!したがって、金属カメラ症候群を罹っている方にとっては、万に一つの魅力を見い出せないのですが、たまには息抜きも必要ですよ、そんな時にはこのような肩の凝らないカメラなどいかがですか? えっ、いくら何でも凝らな過ぎるって・・・、そう言われちゃ身も蓋もないんですが、写真の好きなアナタならこのカメラにはチョット気になるレンズを与えられているんですよ。ですから、もう少し我慢して読み進んでくださいね。 さて、今度はこの異様とも思えるほどに大きいファインダーについてです。ネーミングのお尻に付いている「BF」は”ビッグファインダー”のイニシャルなのです。このカメラは、本体・電池(フラッシュ電源の単3電池1本)・フィルム(フジのヴィーナス400・24枚撮り)・ストラップが透明ケースにオールインパッケージされています。これ一つ買うと、その場ですぐ写真が撮れちゃう!便利でしょ。そのパッケージに「見やすい大きなファインダー」とキャッチコピーがあるほどですから、きっとここがウリなんですね。対物レンズもドでかけりゃ、接眼レンズも異様に大きい。眼を近づけずに腕をイッパイに伸ばしてもまだ十分に見えています。なぜにこんなビッグなファインダーが必要なのでしょうかねぇ、ちょっと理由がよく分かりませんけど、まぁ〜大きい事は良いことだと未だに信じているのかもね!? して、肝心の見え方なのですが、これがまたスゴイ!倍率は70%くらいでしょうか、コンパクトカメラのファインダー倍率は大抵のものが40%未満ですから、いかに大きいかお判りでしょう。構造は逆ガリレオ式なので明るさは抜群ですが、歪曲は相当なもので、どっぷりと樽型に歪んで見えますよ。TELE BENEと同じように裏蓋と一体成形されたフィルム押さえ条がゆる~くカーブを描いていますので、絵の四隅が撓むのは容易に想像できますが、それを早くもファインダー像でも見せてくれている親切さ。やっぱり「FUJI」は良心的な製品を作りますねぇ〜。 その他に紹介しなけりゃいけないことが無いかと、手にとって見回すのですが、なんたってスイッチ類や操作ボタンが有りませんので、説明のしようがない!しょうがないので、仕様らしきものを少し書いておきましょうか。 *レンズはフジノン2群2枚(ココがミソです)、33mm/f.8の固定焦点です、したがってピント合わせの必要なし!撮影最短距離は1.2メートルに設定されているそうですから、近づき過ぎだけには注意しましょう。 *シャッター速度は1/125秒の単速のみ。 *カメラの重さは95グラム!空気のごとく羽のごとく軽いですね、これならジャケットのポケットに入れて置いても、着崩れを心配する必要はなさそうです。 *いざというときのための安心フラッシュ。これは調光機能を持っていません(常にフル発光)ので、詰めるフィルムと距離によっては工夫が必要になりそうです。 と、まぁザッとこんなものですが、2群2枚のフジノンレンズはどのように光を料理してくれるのでしょう、では作例をご覧ください。SMART SHOT BFでの作例です今回も最後のコマまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
2021.09.12
閲覧総数 1137
10

この1980年に発売された「FUJICA AUTO-5」は、ある意味で記念すべきカメラなんです。というのは、この2年前の78年に"Flash Fujica AF"を作って出しているのにゾーンフォーカスとはいえ、またMFのカメラを出したんですね。1980年といえば競合他社は全てAFコンパクトを競って出しているので、何を今更という疑問が生じるのですが。 AFに関しては世界初のオートフォーカスカメラのジャスピンコニカが77年に誕生したばかりで、まだまだ黎明期であったわけで初期AF機の弱点であったフォーカスロックやピントの中ヌケの問題などが一部の人に嫌われたのかもしれません。そこでまたMF機が見直されたのかもしれませんね。革新的技術の直後にはよくある「揺り戻し現象」だったのかもしれません。何はともあれ、世の中AFカメラ一辺倒の中”突然現れた異端の子”、それがこの「AUTO-5」なんです。フジカとしては結局これが最後のMF機となり、このあとすぐ81年に「AUTO-7」でAFに戻り、以降はすべてAF機になってしまったわけです。 このカメラのレンズは73年発売の”FUJICA GER"などと同じ4群4枚のフジノン38mm, f:2.8という抜群にキレのよい玉が装着されています。何時も思うのですが、この38mmというのはスナップ撮りでは実に使い易いですね。準広角の35mmだといろいろな物が写り込んでくるのでちょっと気を使いますし、50mmではもう望遠という感じがすることがあります。ファミリーカメラとしては非常に煮詰められた焦点距離ではないでしょうか。 視写界深度を考慮すると約80cm位までは十分に寄れるので、ジリジリにじり寄って使ってみました。個体差だとは思うのですが、私が使ったこのカメラは露出の算出がピーキーで、やや不安定になることがありました。いわゆるスポット測光気味になることが多くありました。 ”Flash Fujica”ではそんな傾向はなかったんですがね 。 また手抜きをして、モルトを張り替えずスカスカのまま使ってしまったので、光線引きをやらかしてしまいました。何はともあれヴィンテージカメラを入手したら最低でもモルトの張り替えだけはしておかないとダメですね。反省・反省。Fujica AUTO-5 Dateの作例です今回も最後までご覧下さり、ありがとうございました。#FUJICA AUTO-5#フジカ AUTO-5
2021.12.05
閲覧総数 1251
11

えぇ~、この「写真機の話をしよう」ではことあるごとに「リコー命」「フジカ大好き」と言い続け、この2社の写真機には先入観・偏見・思い入れが強く作用した記事を書いてて、それ以外のファンの方にはさぞ顰蹙をかっているのではという懸念がないわけではありません。あくまで極々小さな一小市民の意見ですし、まして寛大にして博学な読者の方々は本気で読んでくださるわけがないので今のところ夜道も安心して歩いていられるわけです。 古いカメラの面白さに惹かれて、あれもこれもと手を出された方々の中には同じ問題が発生していると思いますが、防湿庫から溢れ出したカメラが家のあちこちに散乱していませんか?ウサギ小屋同然の我が家では、子供部屋はあっても私の部屋はナシ。ましてやカメラ達を陳列して眺め楽しむスペースなどどこを探しても見当たりませんから、引き出しや押入からはみ出してしまった可哀想なヤツがポツンポツンと出てくる、やがて1台また1台・・・だんだんと散乱し始めるわけです。こうなると"ハミダシ君”が1台増すごとに家人の目尻もピクンとしてくるわけで、その度こちらの心臓もドキン・・・そしてまたあちらもピクン、こちらもドキン。「もう敵の我慢の限界かなぁ~、これであと一台増えたら噴火するだろうなぁ~・・・」と思いつつ、やっと見つけたテレビキャビネットの奥の隙間に腰を屈めて押し込もうとしたとたん、メラメラ燃える目つきも恐ろしく無言で立ちすくむ発言権序列第一位の女帝が後で私を睨みつけているのでありました。この形相に私は腰を抜かさんばかりに驚き「いやっ、このうしろにネ、たしか△×÷○」などとアフアフしながら訳の分からないことを呟きつつ、件のカメラをシャツの下に隠しつつ、その場を這うようにして退散するのでありました。「あぁ~、ビックリしたぁ~、なんだよあの形相は・・・心臓止まるかと思ったョ」 やっぱりネ、そうなのネ・・・などと小声でつぶやきながら「あぁ~、いよいよ限界か」と、小心亭主はすごすごとカメラの整理に取りかかるのでありました。 そこでハタと気付いたのですが、やたらとミノルタ製のカメラがゴロゴロと出てくるではありませんか。自分では全く意識があるわけではなく、整理してみるとリコーやフジカより遙かに多くのミノルタカメラがあったんですね。 ありゃらぁ~、これはどうした訳でしょう。確かにロッコールの穏やかで品のいい写りは好きだったのですが、それを追いかけていたらいつの間にか随分とミノルタ製カメラが集まってしまったようです。自分の感覚では、小気味良いキレのあるリコー、油絵具で塗り込めたような色ノリをするフジカが一番多いはずと思っていただけにこれにはちょっと意外でした。もしかしたら本当は「ミノルタ命」だったのかも・・・。 だったらミノルタのカメラについても本腰を入れてルーツを辿り、いかにしてロッコールという銘玉が出来上がってきたのか、その経緯を知りたくなってきました。ミノルタ誕生のきっかけは、1929年(昭和4年)創業の「日独写真機商店」が製造した「ニフカレッテ」というスプリングカメラから始まります。日独のニ、フォトのフ、カメラのカ、それに小型を意味するletteを合成し、「ニフカレッテ」とネーミングしたそうです。これはベスト判8枚撮り(4cm×6.5cm)の小さく可愛いカメラで現存している個体が非常に少なく、あったとしても歴史的骨董価値が高く、入手は極めて困難なので諦める他はありません。 そして1933年、社名を日独写真機商店から「モルタ合資会社」と改め、いくつかの試作を重ね、1935年(昭和10年)、世に出したのが今回ご紹介のカメラ「セミミノルタ」です。市販量産カメラとしては、初めてミノルタ名を背負った記念すべきカメラで、いわゆる「ミノルタ」の歴史はここから始まります。 この写真機のプロフィールを大雑把に紹介しますと、ブローニー120タイプのフィルムを使用するセミ判カメラで、レンズはモルタオリジナルの「コロナール75mm/f4.5」、シャッターはやはり自社オリジナルの「クラウン」。私の所にある個体は後期モデルのようでレンズは「コロナール・ニッポン75mm/f3.5」というものが装着されています。敢えてニッポンと謳ったところに、きな臭いナショナリズムを感じますね。日本はアジア各地に進出し、国際的に孤立を深めていく時期に差し掛かっていた頃です。このカメラはそのように外地へ出向いていった人々に携帯され、その土地の風景や人々を撮ることにも使われたのでしょうね。全体の作りはツァイスのセミイコンタを踏俯したものなのですが、このカメラには本家を凌ぐ工夫がしてあります。それはシャッターのチャージ方法で、イコンタの場合はどのメーカーのシャッターでもチャージレバーによる操作が必要ですが、このクラウンシャッターはその必要がありません。いわゆるエバーセットなのですが、これがタダ者ではない!Bから1/200秒まで何と7速を選んで使うことが出来ます。この辺りの工夫とアイデアは並外れたセンスで後に大メーカーとして変貌する片鱗が伺えるのであります。 さて、このカメラではどんな写真が撮れるのか、早速試してみました。うぅ~ん、スタイルはセミイコンタそっくりですが、テッサーとは明らかに目指している方向が違いますね。相当に絞っても(作例2はf18まで絞り込んでいます)かなり柔らかい絵づくりで、今流に言うと眠たげな描写をします。しかし、年代を考慮すれば純国産レンズとしてはかなり優秀で画面の隅々まで手抜きのない写真になります。1952年製の「ミノルタ・セミP」と比べて見るとレトロさは一目瞭然。しかし、後のロッコールが目指したものは、このコロナールにルーツを見る想いがしますが皆様はどうお感じでしょうか。 SEMI MIMOLTAでの作例です1. Baby, it's you2. And i love her3. Left alone4. Magic touch5. 私がオバさんになっても6. 私がオバさんになっても-27. 若葉の頃 今回も最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。#minolta#semiminolta
2023.04.01
閲覧総数 479
12

今回、ご紹介するのは「リコー35S」です。リコーには「リコー35何々」とつく写真機がたくさん存在していますので、余程のリコーマニアでない限り写真を見ずにリコー35Sと言われてもピンと来る方はそう多くはないでありましょう。この写真機は、1963年に誕生したカメラで昭和で言うと38年、かれこれ60年前ですから、写真機としてはヴィンテージカテゴリーでそこそこ古いものといえます。写真機の歴史なんて、おおよそ160年くらいのものですから、60年という歳月は道2/3を過ぎた辺りか・・・ 人間の歴史をたどれば約4000年ほどになるそうですから、写真機とは実に超近代的な装置なんですね。ですからそれを相手の職業や趣味は歴史的に見ると最も最先端のことをしているとも言えるわけです。事実、写真機と言う道具にはその時代、その時代の最先端技術が投入されて今日まで発展したきたものであります。 これが例えば、器(うつわ)造りなどの陶芸を趣味にしている場合などは、縄文時代まで遡って2000年以上の歴史があるわけですから、そりゃぁ事は深いんでしょうね、蘊蓄なども半端なことではないでしょう。それに比べりゃぁ写真機なんて1/20ほどの歴史しかないものですから蘊蓄なんて言ったって大したこたぁない。人間は太古の昔から目に見えたものを記録する能力を授かったために描く、或いは彫り込むという行為でその欲求を満たしてきたわけです。その歴史は人類が誕生して以来だそうですから約4000年くらい続き、とうとう描くことをせずに実際の事象を暗箱と小穴を使って銀に焼き付けることに成功したものが写真というわけです。ですから写真の発明こそは人間にとってなんと4000年間思い続けてきた夢が叶ったものといえるのではないでしょうか。今では写真を使った表現手段を用いて芸術の分野にまで裾野が広がりましたが、写真の本分というか本道は「記録」という一点に集約されることは万人に異存のないところでありましょう。 記録と言う点が本道だとするのであれば、シャープでクリアーな画像ということが何よりも優先されるのですが、この「リコー35S」というカメラはまさにその一点「シャープでクリアー」なことに関しては今現在の高級カメラと比しても相当に高いレベルを達成しています。私が、これまでに経験した数多くのカメラの中でもシャープでクリアーな解像を得られるカメラとしてはトップクラスとして保証できます。元からして”リケノン”の4枚玉は尖鋭度の高さにおいて定評のあることは皆さまご存じの通りですが、このカメラに載せられたレンズはフレキシビリティが高いというか、良い意味で”鈍感”なのであります。どう説明したらご理解いただけるか・・・うぅ~ん、文字で説明するという作業はやはり私のような凡には、難し過ぎます。しかし、もう少し頑張ってみますね。 レンズを通過してフィルムに定着する光は、あらゆる角度から入り込んできますね、そこである角度の光は過剰に反応したり、逆に何の作用もしなかったりとレンズによっていろいろな受け止め方をするわけです。これが写真の面白いところでもあるのですが、使うレンズによって同じ光(被写体)でも、かなり違う結果が生じるわけですね。これがいわゆる「レンズのクセ」というやつです。そうして観察してみると、このリコー35Sに使われているレンズはとても寛容なのです。「いらっしゃい、いらっしゃい、どんな角度の光でも、ドォ~ンと面倒見てやんから」と、じつに寛容でとにかく頑張ってくれるのであります。これは私のように無神経にシャッターを押す人間には実に頼りになるレンズで、ここ一番という場面でもまず失敗がありません。 もう一つ分かり易い例を出すと、丁度このカメラと同じ年に小西六が出した「コニカEEマチック」、どちらが真似をしたのか、あるいは偶然がそうさせたのか、まったく瓜二つのデザインをしたカメラです。がしかし、形は似れども光の受け止め方はまるで正反対の結果を見せ付けます。 この「EEマチック」は自分好みの光しか受け付けてくれません。アンダー・オーバーの判断基準が性急で、輝度不足と決めつけたとたんにスパ~っと気持ちよく省略!したがって非常にデリケートで神経質な写り方をします。当然、写真としては面白いものがポロポロと出てくるのですが、記録という点に重きを置いたらとてもじゃないが手に負える代物ではありません。少なくとも、この手の写真機はファミリーカメラの要素が大であることは言うまでもありませんので「コニカEEマチック」のレンズ設計は如何なものなのでありましょうや。要は簡単に言ってしまえば、この「リコー35S」というカメラは誰がどのような時(低光量時・高光量時)に用いても、ちゃんと・ちゃんとの写りをしてくれますよ、ということなのです。 それと、もう一つ・・・ここ1,2年、わたくし、この種のカメラスタイルに心強く惹かれて居るんです。このスタイルというのは、レンズ周りにリング状のセレン光電池を有したカメラのことです。若い方々にはどうも敬遠されて、人気が今一つらしいのですが、私ら世代はいわゆる「キャノネットの衝撃」を経験していますでしょ。これがどうも脳裏の深層に残ってしまって、未だに後遺症のように疼くのであります。 あのレンズの周りに付いているツブツブした仕掛けには、きっとスゴイ秘密めいた特殊装置が内蔵されているんだろうなぁ~と、羨望の思いでカメラ屋さんのショーウインドーに陳列されたピッカピカのキャノネットをしきりに見つめていた少年時代を過ごしてきました。キャノネットはもちろんのこと、このリコー35S、コニカEEマチック、ヤシカミニスター-S、マミヤEE等々、どれも眺めているだけで、心は一気に50数年前の自分に戻っていけるんですね。遠い昔、カメラ屋さんのショーウインドーに顔をぴったりくっつけて「いいナァ~・・・、欲しいナァ~・・・」と時間を忘れて見つめていた自分に・・・。 さて、現在の”電気がなければ何にも出来ないカメラ”に比べれば子供のオモチャ以下の装置ですが、先にも書きましたようにこのカメラにも電気力を使って露出制御が出来る装置が内蔵されて居ます。現在の用語でいえば「シャッター速度優先AE」ということになるのでしょうか、絞りレバーを「AUTO」位置にしておき、あらかじめ1/4秒から1/300秒まで任意の速度を選んでカメラを構えます。そして、ファインダー右隅の指針を見ながら中央の適正位置に針が来るよう絞りリングを回します。選んだ速度が適正範囲を超えていると、指針は当然中央には来ず、なおかつシャッターもロックさせてしまう安全装置まで内蔵されていますよ。また絞りレバーの「AUTO」を解除して2.8から16までの絞り値を任意で選べば、フルマニュアル撮影にも応じてくれる実に親切設計のカメラでもあります。今回使った個体は、セレン光電池もまだまだしっかり反応してくれていましたので、すべてこのカメラが適正と判断した「AUTO」露出での作例を掲載いたしました。では、その素晴らしい写りをご覧ください。Ricoh 35Sでの作例ですこれ、ウィンドーの反射とかでありません。二重露光でダブルイメージを狙ったのですが・・・写真にはいろいろな遊び方があるのですが、去年からハマっているのがこのダブルイメージ。なかなかドンピシャにはまることは無いのですが、面白いんですよ、コレが・・・。みなさまもカラーを詰めたらぜひ試してみてください。モノクロでやると、余程画面を整理していないと訳の分からない絵になります。 今回も最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。#ricoh35s
2023.05.13
閲覧総数 919
13

東京は荒川区の尾久という場所にあった三浜精工が制作した「MIHAMA Rhyme Six」が今回の題材です。三浜精工というからには、本拠地は静岡辺りなのではと思うのですが会社は東京・尾久にあったんですね。最近になってこのカメラの開発者である杉江吉三さんのお孫さんからご連絡を頂き、三浜精工の沿革が大分判りました。 この「ライムシックス」は昭和20年代後半のカメラだと思いますが、単独距離計が付いています。ミハマシックスには色々とバリエーションがあるのですが、これは最終型になったS型(連動距離計付き)の一つ前の型ではないかと思われます。初期の頃の2型などと比べると工作精度や塗装など飛躍的に向上した作りが成されています。何でかなぁと思ったのですが、えぇ〜と昭和何年のことだか忘れましたが、戦後日本は一生懸命カメラを作ってはアメリカに輸出していたんですね。一方で同じ敗戦国のドイツもアメリカに向けカメラを輸出していたんです。あちらは何といっても歴史はあるし実績もあるし、ジタバタしなくても売れて当然な訳です。しかし日本の方はそうはいきません、歴史は無いは実績も無いは、アイデアに至ってはもっと無いわでドイツ製品の猿真似ばかりしていたわけですから同じ土俵ではまったく勝負になりません。 こうなっては当然価格で勝負と言うことになるわけです。ドイツの人にしてみたらジャパニーズカメラは藪蚊のごとく邪魔な存在ですよね。しかしこれが躓きの元となるわけで、当時の技術力では価格を下げつつ品質を上げるという相反した芸当など出来はずもなく、当然のこと粗製濫造品のオンパレードです。アメリカからの反応もすぐに出て「Made in JapanのCameraは安かろう悪かろう」の声が定着しかけます。これでは将来の日本は立ち行かぬと当時の通産省が主体となって「輸出品取締法」を立ち上げ、輸出品の検査を実施し始めます。この検査基準は相当厳しかったらしく、この基準に製造技術が追いつかず終焉を迎えたメーカーも数多くあったらしいです。しかし、この法律のお陰で、そこそこ力のあるメーカーは品質が改善され、それに伴って日本製品の評判は向上していったわけです。 振り返って見ると当時の社会は官も民も知恵を絞り、体を動かし一生懸命に日本を立て直そうとしていたんです。やがて整理や淘汰を経て気が付けば1980年代には、質量共に世界一のカメラ生産国になってしまったのですから・・・。 私が20代の時に仕事での関係で知り合うことが出来た英国人に「君たちは世界一のモノに囲まれて生活出来ることが羨ましいよ」と皮肉とも本気とも取れるような表情で言われたことを思い出します。彼の言葉によると、その世界一のものとはカメラ・腕時計・オートバイだそうです。確かに当時はキヤノンFTを持ち、セイコーの時計を填め、ヤマハのバイクに乗っていたのですが、外国人から見るとどれもが世界一のレベルだったのでしょうか。こちらとしては全く意外なことで、お金もなく狭いアパートでヒィーヒィーしていた私(このことは未だに脱却できていませんが)には全く的外れな話だと思っていたのですが・・・。 さて、上記の検査基準のせいかどうか判りませんが、私の所にある初期型のミハマシックスは機構部が摩滅したり小さなスプリングがサビ折れたりして機能させることが出来ませんが、この「Rhyme Six」の方はシャッター音も軽快で実にしっかり生きております。蛇腹の方も折り曲げ部に1カ所小さなピンホールがあるのみで至って簡単な修復で済んおります。トップカバー左側にある距離計ダイヤル、対米輸出主体だったのでフィート表示です。しかし数字が小さすぎます、老眼が進行した身にはツライ、ツライ。(泣) 使ってみての感じですが、大きさと重さのバランスが絶妙で大変リズムのよい撮影が出来ます。シャッターのチャージストロークやレリーズボタンの位置も極々自然で、初めて手にした人でも違和感を感じないと思います。 このカメラには先にも述べたように単独距離計が載っています。背面左側にボディからわずかに出たダイヤルを廻して操作します。二重像合致式で見えも良くスムースで使い易いのですが、そのフォーカスダイヤルに刻印されているフィート表示の数字が小さいこと小さいこと!視力に自信がある人ならいざしらず、70を過ぎた私には厳し過ぎる小ささですね。描写に関しては、f.8位からどんどんシャープになってきてコントラストもしかっりしていると思います。立体感や距離感も私のレベルでは充分です。ただこれは私の調整不足に起因していることなのですが、レンズ本体をボードにセットするとき少し下にずれてしまったか平行がずれているのか、正像画面 で下の両端の解像が極端に悪くなっています。セミ版のマスクを被せてしまえば全く問題はないのですが・・・。 MIHAMA RYOM SIXを使ってみました今回も最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。#mihamasix
2023.07.01
閲覧総数 404

![]()
![]()