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何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。(1ヨハ5:14,15) いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。(1テサ5:16-18)すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。(エペ6:18)
2006年03月31日
わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。(詩42:11) 主よ。あなたは貧しい者の願いを聞いてくださいました。あなたは彼らの心を強くしてくださいます。(詩10:17) 主よ。まことにあなたはいつくしみ深く、赦しに富み、あなたを呼び求めるすべての者に、恵み豊かであられます。(詩86:5)苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。あなたはわたしをあがめよう。(詩50:15)
2006年03月31日
いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方が、こう仰せられる。「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。」(イザ57:15) 神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。(詩51:17) まことに、主は高くあられるが、低い者を顧みてくださいます。しかし、高ぶる者を遠くから見抜かれます。(詩138:6) あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。(1ペテ5:6) (聖書は)こう言っています。「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」ですから、神に従いなさい。(ヤコ4:67) 主よ。まことにあなたはいつくしみ深く、赦しに富み、あなたを呼び求めるすべての者に、恵み豊かであられます。主よ。私の祈りを耳に入れ、私の願いの声を心に留めてください。私は苦難の日にあなたを呼び求めます。あなたが答えてくださるからです。(詩86:5-7)
2006年03月30日
(主は)永久に死を滅ぼされる。神である主はすべての顔から涙をぬぐい、ご自分の民へのそしりを全地の上から除かれる。主が語られたのだ。(イザ25:8) 朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」死のとげは罪であり、罪の力は律法です。しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。(1コリ15:54-57)神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。(2テモ1:7) たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。(詩23:4)
2006年03月29日
われらの力であられる神に喜び歌え。ヤコブの神に喜び叫べ。声高らかにほめ歌を歌え。(詩81:1) 主に向かって新しい歌を歌え。(イザ42:10)強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。(ヨシ1:9) 主を喜ぶことは、あなたがたの力です。(ネヘ8:10 別訳) あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行ないなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。(ロマ13:11,14)
2006年03月28日
わたしがあなたの傷を直し、あなたの打ち傷をいやすからだ。──主の御告げ。(エレ30:17)──わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやしてくださった。(詩103:2,3) 主は病の床で彼をささえられる。病むときにどうか彼を全くいやしてくださるように。(詩41:3) 私は死ぬことなく、かえって生き、そして主のみわざを語り告げよう。主は私をきびしく懲らしめられた。しかし、私を死に渡されなかった。(詩118:17,18)
2006年03月27日
初穂であるキリスト。(1コリ15:23) 今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。(1コリ15:20) わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。(ヨハ11:25)もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるのです。(ロマ6:5) 主イエス・キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。(ピリ3:20,21)死者の中から最初に生まれた方。(コロ1:18) もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。(ロマ8:11)
2006年03月26日
だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。(ルカ9:23) あなたがたはだれでも、自分の財産全部を捨てないでは、わたしの弟子になることはできません。(ルカ14:33) 私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。(ロマ13:12)兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。(ピリ3:13,14) 私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。(ヘブ12:1,2)
2006年03月25日
もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。(ヨハ4:10) あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。(ルカ11:13) まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によってそれをあなたがたにお与えになります。あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。(ヨハ16:23,24)
2006年03月24日
あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従ってはいけません。あなたがたはこのことを知らないのですか。あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷です。(ロマ6:12,16)それを行なっているのは、もはや私ではなく、私のうちに住みついている罪なのです。私は、私のうち(すなわち、私の肉のうち)に善が住んでいないのを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。私は、自分でしたいと思う善を行なわないで、かえって、したくない悪を行なっています。私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。(ロマ7:17-19,24,25) こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。(ロマ8:1-2) 主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。(2コリ3:17) しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。(ガラ5:1)
2006年03月24日
神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。(2コリ7:10) すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。(ヘブ12:11)苦しみに会う前には、私はあやまちを犯しました。しかし今は、あなたのことばを守ります。(詩119:67) 私たちの悪い行ないと、大きな罪過のために、これらすべてのことが私たちの上に起こって後、──事実、私たちの神、あなたは、私たちの咎の受けるべき刑罰よりも軽く罰し、このようにのがれた者を私たちに残してくださいました。(エズ9:13)彼はいたんだ葦を折ることもない。(イザ42:3) 私の敵。私のことで喜ぶな。私は倒れても起き上がり、やみの中にすわっていても、主が私の光であるからだ。…主は私を光に連れ出し、私はその義を見ることができる。(ミカ7:8,9)
2006年03月23日
人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。(箴14:12) わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。(詩32:8)自分の心に頼る者は愚かな者。(箴28:26) 人としての行ないについては、あなたのくちびるのことばによりました。私は無法な者の道を避けました。(詩17:4)あなたがたのうちに預言者または夢見る者が現われ、…「さあ、あなたが知らなかったほかの神々に従い、これに仕えよう。」と言っても、その預言者のことばに従ってはならない。あなたがたの神、主は、あなたがたが心を尽くし、精神を尽くして、ほんとうに、あなたがたの神、主を愛するかどうかを知るために、あなたがたを試みておられるからである。あなたがたの神、主に従って歩み、主を恐れなければならない。主の命令を守り、御声に聞き従い、主に仕え、主にすがらなければならない。(申13:1-4)
2006年03月22日
私たちも以前は、愚かな者であり、不従順で、迷った者であり、いろいろな欲情と快楽の奴隷になり、悪意とねたみの中に生活し、憎まれ者であり、互いに憎み合う者でした。(テト3:3) ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。(エペ2:3)ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました。(詩51:5) (神は)このダビデについてあかしして、こう言われました。「わたしはエッサイの子ダビデを見いだした。彼はわたしの心にかなった者で、わたしのこころを余すところなく実行する。」(使13:22)私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。それでも、…あわれみを受けたのです。(1テモ1:13)肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。(ヨハ3:6)
2006年03月21日
私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。というのは、律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。(ヨハ1:14,16,17) またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられたのです。(ロマ5:2) あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。(2コリ8:9)
2006年03月20日
あなたがたは、世にあっては患難があります。(ヨハ16:33) あなたがたは世のものではなく、かえってわたしが世からあなたがたを選び出したのです。それで世はあなたがたを憎むのです。(ヨハ15:19)私は同情者を待ち望みましたが、ひとりもいません。(詩69:20) 私の最初の弁明の際には、私を支持する者はだれもなく、みな私を見捨ててしまいました。(2テモ4:16)狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません。(マタ8:20) 私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのです。(ヘブ13:14)
2006年03月19日
主であるわたしは変わることがない。ヤコブの子らよ。あなたがたは、滅ぼし尽くされない。(マラ3:6) (キリストは)きのうもきょうも、いつまでも、同じです。(ヘブ13:8)すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。(ヤコ1:17) 神の賜物と召命とは変わることがありません。(ロマ11:29)キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。(ヘブ7:24,25)
2006年03月18日
私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。(ヘブ4:15) 主よ。あなたは、あわれみ深く、情け深い神。怒るのにおそく、恵みとまことに富んでおられます。私に御顔を向け、私をあわれんでください。あなたのしもべに御力を与え、あなたのはしための子をお救いください。(詩86:15,16)イエスは戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「シモン。眠っているのか。一時間でも目を覚ましていることができなかったのか。誘惑に陥らないように、目を覚まして、祈り続けなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」(マル14:37,38) 彼は、…無知な迷っている人々を思いやることができるのです。(ヘブ5:2) イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。(ヘブ13:8)
2006年03月17日
まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って、口づけした。父親は、言った。「この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだ。」(ルカ15:20,22,24) しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。(2ペテ3:8) 主を待ち望みなさい。勇気を出しなさい。そうすれば神があなたの心を強くしてくださるのです。(詩27:14私訳)
2006年03月16日
間もなくあなたに会いたいと思います。そして顔を合わせて話し合いましょう。(3ヨハ14)鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。(詩42:1,2) 私の愛する方よ。急いでください。香料の山々の上のかもしかや、若い鹿のようになってください。(雅8:14)私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。(ピリ3:20)
2006年03月15日
ヤコブよ。なぜ言うのか。イスラエルよ。なぜ言い張るのか。「私の道は主に隠れ、私の正しい訴えは、私の神に見過ごしにされている。」と。(イザ40:27) シオンは言った。「主は私を見捨てた。主は私を忘れた。」と。「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。」(イザ49:14,15)「怒りがあふれて、ほんのしばらく、わたしの顔をあなたから隠したが、永遠に変わらぬ愛をもって、あなたをあわれむ。」とあなたを贖う主は仰せられる。(イザ54:8)わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。(詩43:5) 私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。(2コリ4:8,9)
2006年03月14日
今でもなお、私たちはすべてのものが人間に従わせられているのを見てはいません。(ヘブ2:8)私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜明けとなって、明けの明星があなたがたの心の中に上るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。(2ペテ1:19) あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。(詩119:105)愛する人々よ。私たちの主イエス・キリストの使徒たちが、前もって語ったことばを思い起こしてください。彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、自分の不敬虔な欲望のままにふるまう、あざける者どもが現われる。」(ユダ17、18) 御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。(1テモ4:1)
2006年03月13日
父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。主は、私たちの成り立ちを知り、私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる。(詩103:13,14) あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。(マタ6:32) あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。(1ペテ5:7)あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。(詩37:5) あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴3:6) あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め。」と言うことばを聞く。(イザ30:21)
2006年03月12日
鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。(詩42:1,2) 神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。(詩63:1)多くの者は言っています。「だれかわれわれに良い目を見せてくれないものか。」主よ。どうか、あなたの御顔の光を、私たちの上に照らしてください。あなたは私の心に喜びを下さいました。それは穀物と新しいぶどう酒が豊かにあるときにもまさっています。(詩4:6,7)「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」「主よ。いつもそのパンを私たちにお与えください。」(ヨハ6:35,34)
2006年03月11日
私が若かったときも、また年老いた今も、正しい者が見捨てられたり、その子孫が食べ物を請うのを見たことがない。(詩37:25) まことに、主は公義を愛し、ご自身の聖徒を見捨てられない。彼らは永遠に保たれるが、悪者どもの子孫は断ち切られる。(詩37:28) まことに主は、ご自分の偉大な御名のために、ご自分の民を捨て去らない。主はあえて、あなたがたをご自分の民とされるからだ。(1サム12:22) 神は、これほどの大きな死の危険から、私たちを救い出してくださいました。また将来も救い出してくださいます。なおも救い出してくださるという望みを、私たちはこの神に置いているのです。(2コリ1:10)いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」(ヘブ13:5,6)
2006年03月10日
わたしのとりでにたよりたければ、わたしと和を結ぶがよい。和をわたしと結ぶがよい。(イザ27:5) さあ、あなたは神と和らぎ、平和を得よ。(ヨブ22:21)「さあ、来たれ。論じ合おう。」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。」(イザ1:18)モーセの律法によっては解放されることのできなかったすべての点について、信じる者はみな、この方(イエス)によって、解放されるのです。(使13:38,39)信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。(ロマ5:1) 人は律法の行ないによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行ないによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるのです。(ガラ2:16) 律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないのです。(ロマ3:20)
2006年03月09日
私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜明けとなって、明けの明星があなたがたの心の中に上るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。(2ペテ1:19) あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。(詩119:105)愛する人々よ。私たちの主イエス・キリストの使徒たちが、前もって語ったことばを思い起こしてください。彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、自分の不敬虔な欲望のままにふるまう、あざける者どもが現われる。」(ユダ17、18) 御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。(1テモ4:1)小さい者たちよ。今は終わりの時です。(1ヨハ2:18) 夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。(ロマ13:12)
2006年03月09日
悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。(マタ5:4-12) 幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです。(ルカ11:28)
2006年03月08日
鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。(詩42:1,2) 神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。(詩63:1)「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」「主よ。いつもそのパンを私たちにお与えください。」(ヨハ6:35,34) マリヤが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。(ルカ10:39) 私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。(詩27:4)
2006年03月07日
神はこう言われました。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。」(2コリ6:16) 私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。(1ヨハ1:3) キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現われるときにも、喜びおどる者となるためです。(1ペテ4:13)キリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。(エペ3:17-19)
2006年03月06日
実に、日の下で骨折ったいっさいの労苦と思い煩いは、人に何になろう。その一生は悲しみであり、その仕事には悩みがあり、その心は夜も休まらない。(伝2:22,23) 多くの者は言っています。「だれかわれわれに良い目を見せてくれないものか。」(詩4:6) すべては空しく、風を追うようなものだ。(伝2:17) わたしの民は…湧き水の泉であるわたしを捨てて、多くの水ためを、水をためることのできない、こわれた水ためを、自分たちのために掘った。(エレ2:13)わたしは潤いのない地に水を注ごう。(イザ44:3) 悩んでいる者や貧しい者が水を求めても水はなく、その舌は渇きで干からびるが、わたし、主は、彼らに答える。(イザ41:17)義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。(マタ5:6)神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。(詩63:1)
2006年03月05日
キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。(ヘブ10:14) (キリストは)ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。(ヘブ7:25) 私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているのです。(2テモ1:12)神の賜物と召命とは変わることがありません。(ロマ11:29) 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。(ロマ8:35) 御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。(黙7:17) 私たちは、いつまでも主とともにいることになります。こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。(1テサ4:17,18)
2006年03月04日
私たちが神の子どもと呼ばれるために、…御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。(1ヨハ3:1)愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。(エペ5:1) もし子どもであるなら、相続人でもあります。…神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。(ロマ8:17)御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われです。(ヘブ1:3) あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。(マタ5:16)信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍ばれました。(ヘブ12:2)
2006年03月03日
悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。…わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。(マタ5:4-12) 幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです。(ルカ11:28)自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都にはいれるようになる者は、幸いである。(黙22:14)
2006年03月02日
「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。」(マタ18:21,22) 神は、そのようなあなたがたを、キリストとともに生かしてくださいました。それは、私たちのすべての罪を赦し、いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。(コロ2:13,14) 私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。(マタ6:12)主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。(コロ3:13)
2006年03月01日
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