世界整復への一歩

2004.01.17
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テーマ: 震災(15)
カテゴリ: カテゴリ未分類
9年前の今日の早朝、いつもより早く目が覚め、何だか海鳴りのような音が聞こえるなと思った瞬間、今までに味わったことのない大きな縦揺れ。

かなりの時間揺れていた気がするが、揺れがほぼ収まったときに暗いので、電気をつけようとしたら、点かない。
停電であった。
尋常でない地震だということは分かっていたので、とりあえず暗がりの中、起きてベッドから降りて、服を上から着て、懐中電灯を探し出し、1階に降りて、両親の無事を確認した。
幸いなことに家は、そんなに大きな被害はなく(と言っても、2階の座敷のローボードの上に置いてあったかなり重量のあるはずの人形ケースは落ちていたり、食器も割れていたりしてたが)、家族も怪我もなかった。
思ったほど大した地震じゃなかったのかも、と思いながら、自分の部屋に戻って、雨戸を開けたとたん、やはり尋常でないことが判明した。
ベランダに、屋根瓦のかけらが落ちていた。
しかも我が家の屋根瓦とはまるっきり色が違う。

つまり、上から落ちたのではなく、お隣の一階建ての屋根瓦が、我が家のベランダまではがれて飛んできたのだ。
電気だけでなく、当然ガスも止まっていて、水道は何とか出たので、寒いのでストーブを点け、カセットコンロでお湯を沸かし、電池式のラジオで情報を聞いていたら、神戸のほうはもっとひどいらしいという情報が入ってきた。
そのうち電気が回復したので、テレビをつけて見ていると、神戸の中心街の悲惨な映像や、火災が発生の映像が飛び込んできた。
当然電車も止まっており、道路も寸断されていたりして、仕事にいける状態でない。
電話も全くつながらないので、自己判断で自宅待機。
とりあえず、親戚の無事を確認しようと電話しても、全くつながらない。
ただ無事であることを祈るしかない。
その後も何度か大きい余震があったので、心配であったが、数日後には親戚も無事が確認され、身内では死傷者がいなかったのでホッとした。
しかし、多くの犠牲者がいることがテレビやラジオで報道されていたので、連絡が取れるまでは、気が気じゃなかった。
あれから9年、多くの犠牲者を出した、阪神淡路大震災。
毎年、この前後には当時の被災地では、追悼の催しが各地で開催されている。





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最終更新日  2005.01.14 21:19:47


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