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2026.04.28
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ロスジェネ脱線学 #30 玄関の鍵がすぐに見つからない夜
帰る場所はあるのに、すぐには入れない
私は1974年生まれだ。
人生のたいていは、ぎりぎりで辻褄を合わせながら帰ってきた気がする。
そして今夜も、家の前で立ち止まっている。
買い物袋は少し重い。
肩も少し重い。
気持ちまで軽い日は、最近あまり多くない。
ようやく玄関までたどり着いた。
あとは鍵を出して、靴を脱いで、ひと息つくだけ。
そのはずなのに、ここで手が止まる。
鍵がない。
いや、ないわけではない。
持ってきている。
朝、たしかに入れた。
財布とスマホと鍵。
この三つは確認した。
したはずなのだ。
なのに、出てこない。
ポケットを探る。
ない。
反対側も探る。
ない。
エコバッグの外ポケット。
ない。
内ポケット。
飴。
よくわからない紙片。
でも鍵はない。
家の前で、入れないまま、少しずつ焦っていく。
この感じは、妙にこたえる。
遠くにいるわけではない。
目的地には着いている。
なのに最後の最後で中に入れない。
ロスジェネの人生に、少し似ていると思う。
若い頃、鍵はもっと単純なものだった。
金属の感触があって、ポケットに入れればそれでよかった。
家に帰るという行為も、今よりずっと軽かった気がする。
明日のことは曖昧でも、とりあえずドアは開いた。
今は違う。
鍵そのものも増えた。
家の鍵。
自転車の鍵。
時にはロッカーの鍵。
そして目に見えない鍵も増えた。
ログインID。
暗証番号。
認証コード。
入るためには、いちいち正しさを求められる。
家に入るだけでなく、社会に入るにも、会話に入るにも、何かしらの鍵が要る時代だ。
しかも、その鍵は年々見つけにくくなる。
若い頃は、勢いで開いた。
多少乱暴でも、多少無理でも、扉の向こうへ行けた。
だが50代になると、そうはいかない。
体力も記憶も指先の感覚も、どこか一発では決まらなくなる。
それは大きな衰えではない。
小さな遅れだ。
ほんの数秒。
ほんのひと手間。
だが、その数秒が積み重なると、人はじわじわ疲れる。
私は玄関灯の下で、もう一度バッグの底を探った。
底のほうに沈んだレジ袋が出てくる。
その下に、ハンカチ。
その下に、読みかけのメモ。
そして、ようやく鍵があった。
あった瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
たったこれだけのことなのに、妙に安心する。
誰にも褒められない。
拍手もない。
だが、今日いちばんほっとしたのは、その瞬間かもしれない。
鍵穴に差し込む。
回す。
カチャ、という音がする。
私はあの音が好きだ。
派手ではない。
感動的でもない。
それでも、「今日も戻ってこられた」と思わせる力がある。
ロスジェネの脱線学は、こういう音の積み重ねでできているのかもしれない。
劇的な勝利ではない。
すべてが解決する朝でもない。
ただ、つまずきながらも最後には自分の鍵を見つけて、ちゃんと中に入る。
その繰り返しだ。
社会の扉は、ずっと重かった。
景気も雇用も未来も、簡単には開かなかった。
それでも私たちは、別の入口を探したり、少し待ったり、遠回りしたりしながら、なんとかここまで来た。
家の前で鍵が見つからない夜。
そんな小さな不便に、人生はよく似る。
すぐには開かない。
思った通りには進まない。
少し焦る。
少し情けない。
それでも最後には、ちゃんと帰る。
玄関のドアが閉まり、外の気配が遠くなる。
ようやく私は、自分の一日を内側に戻した。
それだけで今夜は、もう十分だと思った。





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最終更新日  2026.04.28 05:41:25 コメントを書く


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