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2026.05.23
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18歳の定期券が出てきた|二子玉川園までの小さな紙が連れてきた時間【50代】



18歳の定期券が出てきた

18歳の頃の定期券が出てきた。


たった一枚の小さな定期券なのに、見た瞬間、妙に胸の奥がざわついた。


懐かしい。


そう言ってしまえば、それだけの話かもしれない。

だが、定期券というものは不思議だ。

そこには、当時の自分の生活圏がそのまま刻まれている。


どこから乗って、どこまで行っていたのか。

どの駅名を毎日のように見ていたのか。

何でもない移動の記録なのに、そこに十八歳の自分が立っている。


当時、私は用賀に住んでいた。

しかし定期は、二子玉川園まで買っていた。


まだ駅名に「園」がついていた頃だ。


今は二子玉川駅。

東急の資料を見ても、二子玉川園駅が二子玉川駅へ改称されたのは2000年8月6日となっている。

つまり、私が18歳だった頃は、まだ確かに「二子玉川園」だった。


もう遊園地はなかった。

それでも駅名には、まだ遊園地の名残が残っていた。


この「もうないのに、名前だけ残っている」という感じが、今思うと少し切ない。


二子玉川園という名前の余韻

二子玉川園遊園地は、私が18歳になるより前に閉園していた。


だが、その跡地には、ちょうどその頃、ナムコ・ワンダーエッグができた。

1992年、二子玉川園跡地に期間限定の都市型テーマパークとして開園した場所だ。


ワンダーエッグ。


今聞いても、少し不思議な名前だ。


あの時代らしいというか、バブルの残り香と、これから何か面白いことが始まるかもしれないという空気が混ざっていたように思う。


当時の二子玉川は、今のように整然とした街ではなかった。

もちろん昔から品のある場所ではあったが、今の二子玉川ライズ周辺のような完成された感じではない。


もっと昭和の香りがあった。

少し雑で、少し空が広くて、川の匂いがしていた。


駅名に「園」が残っていたことも含めて、街全体が過渡期にあったのだと思う。


そして、その過渡期の街を、18歳の私が定期券を持って行き来していた。


教習所に通っていた頃

二子玉川には教習所にも通っていた。


17歳の頃から通い始め、誕生日を越えて免許を取った。

あの頃は、多くの人が免許を取る時代だった。


ロスジェネ氷河期第一世代。


今ならそういう言い方をするが、当時の自分たちにそんな自覚はない。

ただ、周りが取るから自分も取る。

車に乗れるようになることが、大人へ近づくことの一つのように思えていた。


それにしても、教習所は混んでいた。


予約なんてなかなか取れない。

キャンセル待ちで乗ることが多かった。


朝一番から並んで、今日は乗れるだろうかと待つ。

しかし結局、その日に乗れないこともあった。


今ならスマホで時間を潰せる。

動画も見られる。

SNSも見られる。

地図も見られる。


だが、あの頃はそうではない。


ただ待つしかなかった。


待つという行為に、今よりずっと濃い時間があった。



多摩川の土手で待っていた

教習所の目の前には、多摩川があった。


待ち時間が長くなると、よく土手へ行った。

川を眺めながら、ぼんやり待っていた。


多摩川の流れ。

土手の草。

遠くを走る車。

空の広さ。


たいした会話をしていた記憶はない。

中学時代の同級生と一緒に通っていたので、まだ気分はまぎれた。


一人だったら、もっと退屈だったかもしれない。

あるいは、もっと何かを考えていたかもしれない。


18歳というのは、今思えばとんでもなく若い。


本人はそれなりに大人のつもりでいる。

免許を取れば、いよいよ自分も大人の側へ入っていくような気がする。


だが、52歳の今から見れば、まだ何も始まっていないような年齢だ。


それでも、あの頃の自分には、未来があった。


漠然とした未来。

根拠のない期待。

自分の人生がどうにかなるだろうという、若さ特有の雑な明るさ。


それはそれで、尊いものだったのだと思う。


失われた30年など知らなかった

あの頃の私は、その後に何が待っているのか知らなかった。


バブルは崩壊していた。

だが、その影響が自分たちの人生にどれほど深く食い込んでくるのか、まだ実感していなかった。


就職氷河期。

非正規化。

賃金の停滞。

会社の解散。

再就職の難しさ。

生活の不安。

親の介護。

自分の身体の衰え。


そんなものが、未来の先にずらりと並んでいるなど、18歳の私は想像もしていない。


多摩川の土手でキャンセル待ちをしながら、そんなことを考えるはずもない。


ただ、教習車に乗れるかどうかを気にしていた。

今日は乗れたらいいな、くらいのものだ。


それでよかったのだと思う。


若い頃から、あまりに先の苦労が見えすぎていたら、人は前へ進めない。


見えないから進める。

知らないから笑える。

わかっていないから、妙に強気でいられる。


人生とは、そういうものなのかもしれない。


あっという間だった、という怖さ

52歳になった今、18歳はだいぶ昔だ。


数字で言えば、34年前である。


34年。


改めて書くと、なかなかの年月だ。

だが、感覚としては、そこまで遠くない。


いや、もちろん遠い。

身体は遠さを知っている。

老眼も、腰も、膝も、夜更かしできない体力も、全部が遠さを教えてくる。


それでも、気持ちのどこかでは、あの多摩川の土手にまだ自分がいる。


風に吹かれながら、キャンセル待ちをしている。

定期券を持って、二子玉川園の駅を使っている。

中学の同級生と、どうでもいい話をしている。


時間は確かに流れた。

だが、記憶の中では、ある瞬間だけがずっとそのまま残っている。


これが少し怖い。


人は、こんなにも簡単に歳を取るのかと思う。

もっと段階的に、もっと丁寧に、もっと実感を伴って老いていくのかと思っていた。


実際は違う。


気づいたら、52歳になっている。


そして、18歳の定期券を見て、

「あれ、ついこの前じゃなかったか」

などと思ってしまう。


いやいや、ついこの前ではない。


と、自分で自分に突っ込みたくなる。


小さな紙が連れてきたもの

定期券一枚で、ここまで記憶が戻ってくるとは思わなかった。


用賀に住んでいたこと。

二子玉川園まで定期を買っていたこと。

駅名に「園」がついていたこと。

遊園地はもうなく、ワンダーエッグができたこと。

教習所に通っていたこと。

キャンセル待ちで多摩川を眺めていたこと。


どれも、普段は忘れている。


忘れているというより、生活の奥にしまわれている。


今の私は、介護や仕事や家のことで日々を回している。

父のこと、母のこと、娘のこと、妻のこと。

やることは毎日ある。

気を抜けば、すぐに一日が終わる。


そんな生活の中で、18歳の自分を思い出す時間など、なかなかない。


だが、定期券はそれを一瞬で引き出してきた。


記憶というのは、こちらが呼びに行くものではなく、向こうから突然やってくるものなのかもしれない。


引き出しの奥から。

古い箱の中から。

色あせた紙の端から。


それでも、ここまで来た

18歳の私は、52歳の私を知らない。


まさか自分が元FAX修理CEとして17年働き、その後いろいろな道を通り、今こうしてnoteを書いているなど想像もしないだろう。


親の介護をしながら、毎日文章を書いている。

ロスジェネ氷河期第一世代として、時代の狭間で感じたことを記録している。


そんな未来を見せたら、18歳の私はどう思うだろうか。


「え、そんなに大変なのか」

と少し引くかもしれない。


でも同時に、

「なんだかんだ生きてるんだな」

とも思うかもしれない。


そうだ。


なんだかんだ、生きてきた。


うまくいったことばかりではない。

むしろ、思い通りにならなかったことのほうが多い。

失われた30年の中で、失われたものも多かった。


だが、全部が失われたわけではない。


あの頃の定期券が残っていたように、

あの頃の自分も、どこかに残っている。


多摩川の土手で待っていた時間も、

二子玉川園という駅名も、

教習所の混雑も、

未来をまだ知らなかった若さも。


全部、今の自分の中にある。


定期券は、時間の切符だった

18歳の定期券は、ただの古い紙ではなかった。


それは、時間の切符だった。


見つけた瞬間、私は少しだけあの頃へ戻った。

二子玉川園までの定期を持って、

用賀から電車に乗り、

多摩川の近くで教習を待ち、

まだ何者でもない自分のまま、未来のほうを見ていた。


52歳の今、未来への期待は昔ほど単純ではない。


だが、まったくないわけでもない。


むしろ今は、期待というより、

今日をどうにか積み重ねていく感覚に近い。


派手な夢ではない。

大きな成功でもない。


ただ、今日を生きる。

書く。

家を回す。

人に優しくありたいと思う。

できれば、少し笑う。


それで十分なのかもしれない。


あの定期券の中にいた18歳の自分に、今の私が言えることがあるとすれば、これくらいだ。


大丈夫。

思ったより大変だ。

でも、思ったより何とかなる。


そして34年後のお前は、

古い定期券一枚で、こんなにしみじみしている。


それはそれで、悪くないぞ。






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最終更新日  2026.05.23 05:54:11 コメントを書く


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