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2026.06.20
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血圧175/100という現実|50代の身体は、もう言い訳を聞いてくれない
EX-FAX-CEです。
昨日は健康診断を受けてきた。
採血もかなりした。
ほかにもいろいろ検査を受けた。
この年齢になると、健康診断というものは、ただの年中行事ではなくなってくる。
若い頃なら、多少数値が悪くても「まあそのうち何とかなるだろう」で済ませていた。
しかし50代になると、そういう逃げ方がだんだん通用しなくなる。
身体のほうが、こちらの都合を聞いてくれない。
そして今回、やはり来た。
血圧である。
測定された数字は、175/100。
一回しか測っていないので、それだけですべてを決めつけるつもりはない。病院で測ると高く出ることもあるし、緊張もあったと思う。
それでも、175/100はさすがに笑えない。
数字を見た瞬間、どこかで「来たか」と思った。
驚いたというより、薄々わかっていたものを、とうとう目の前に置かれた感じだった。
介護が始まる前の自分
介護が始まる前、私は毎日血圧を測っていた。
ウォーキングもしていたし、筋トレもしていた。
食事もそれなりに気をつけていた。
体重も一年かけて10キロ落とした。
短期間で無理に落としたのではない。毎日少しずつ動き、食べる量を見直し、じっくり落とした10キロだった。その後も60キロ代前半をキープ。
その頃は血圧も130台まで下がっていた。
あの時の私は、わりと真面目に自分の身体と向き合っていたと思う。朝に血圧計を巻き、数字を見て、記録する。歩く。少し筋トレをする。派手なことは何もしていないが、続けていた。
続けていれば、身体はそれなりに返してくる。
それは一度、自分で経験している。
だから今回の数字は、余計にこたえた。
やれば下がることを知っている。
やらなければ戻ることも、今日よくわかった。
この2年で変わったもの
この2年で、生活は大きく変わった。
父の介護があり、母の認知症があり、家の中の段取りが増えた。病院、薬、食事、見守り、風呂、トイレ、家族の予定、仕事。気づけば一日が終わっている。
介護は、ただ手を貸すだけではない。
常に頭のどこかを持っていかれる。
父の状態はどうか。
母の機嫌は荒れていないか。
薬は大丈夫か。
今日は誰がどこまで動けるか。
明日の予定は崩れないか。
そんなことを毎日考えていると、自分の身体は後回しになる。
いや、後回しになったのではない。
後回しにしていたのだと思う。
介護があるから仕方ない。
疲れているから仕方ない。
今は自分のことまで手が回らない。
そう言えば、一応もっともらしく聞こえる。実際、介護が大変なのは間違いない。きれいごとでは回らないし、正論だけで済むものでもない。
しかし、血圧はその言い訳を聞いてくれなかった。
175/100。
数字というのは、情け容赦がない。
こちらの事情を少しもくんでくれない。
画像
ぽっくり、などと考えてしまう時点で疲れている
正直に言えば、一瞬だけ思った。
いっそ、ぽっくり逝けるなら楽なのかもしれない、と。
こういうことを書くと、少し重く見えるかもしれない。
だが、介護が続き、家のことが続き、自分の身体まで怪しくなってくると、人間は時々ろくでもない考えをしてしまう。
ただ、すぐに思い直した。
今、私が倒れるわけにはいかない。
父がいる、母がいる、妻がいる、娘がいる。
仕事もある。
毎日書いているnoteもある。
ぽっくりなどという言葉は軽いが、現実はそんなに都合よくできていない。倒れ方を自分で選べるわけではないし、残された家族にさらに重い荷物を背負わせることもある。
だから、ここで自分の身体を放っておくわけにはいかない。
これは格好いい決意表明ではない。
かなり現実的な危機管理である。
やる時間がない、を一度しまう
「やる時間がない」
この言葉を、しばらく使うのをやめようと思う。
血圧を測る時間はある。
少し歩く時間も、探せばある。
筋トレも、完璧なメニューでなくていいならできる。
できない理由を探せば、いくらでも出てくる。介護がある。疲れている。予定が読めない。まとまった時間がない。全部本当だ。
だが、本当だからといって、そのまま何もしなくていい理由にはならない。
CEをしていた頃も、完璧な条件で仕事ができたことなど、ほとんどなかった。急ぎの現場、初めて見る機種、足りない情報、焦っているお客さん。そういう中で、手を動かしながら何とかしてきた。
自分の身体にも、同じことをするしかない。
全部整ってから始めるのでは遅い。
今ある条件の中で、できることをやる。
まずは家で血圧を測る。
記録する、歩く、筋トレを戻す。
食べるものを見る。
必要なら医師にも相談する。
書いてしまえば当たり前のことばかりだが、この当たり前が崩れていた。
疲労を言い訳にしないが、無視もしない
最近の私は、どこかで「疲れているから仕方ない」に逃げていたのだと思う。
ただ、ここで間違えてはいけないのは、疲労そのものをなかったことにする必要はないということだ。
疲労はある、介護もある。
50代の身体の重さもある。
そこを「気のせい」で片づけると、結局また無理をして壊れる。
だから、疲れていてもできる形に落とし込む。長く歩けない日は短く歩く。筋トレがきつい日は回数を減らす。血圧だけは測る。記録だけはする。
昔のように一気に戻そうとすると、たぶん続かない。
続かないものは、今の私には意味がない。
大事なのは、立派な健康法ではなく、生活の中に戻せる健康管理だ。
食べ物に関しては野菜中心の生活を数か月前からしている。
やはり問題は運動量とお酒だろうとは推測できる。
来週は胃カメラと大腸カメラ
来週は、6月健康月間の締めくくりとして、胃カメラと大腸カメラが控えている。
正直、気が重い。
好き好んで受けたい検査ではない。
できれば避けたい。
だが、今年は避けないことにした。
知らなければ安心、という年齢ではもうない。
血圧もそうだ、体重もそうだ、胃も腸もそうだ。
目も歯も腰も膝も、50代になるとそれぞれが勝手に主張を始める。
若い頃のように、気合いだけで押し切るには無理がある。
だから測る、調べる。
結果を見る。
まずいものはまずいと認める。
面倒くさい。
本当に面倒くさい。
だが、面倒くさいからといって放っておける時期は、もう過ぎたのだと思う。
今年の夏は、立て直す
今回の健康診断で、かなりはっきりした。
私はこの2年、介護を言い訳にして、
自分の身体を見ることから少し逃げていた。
もちろん、介護が大変なのは事実だ。
その事実まで否定するつもりはない。
だが、自分の身体を壊してまで介護を続けることはできない。私が倒れれば、家がさらに大変になる。妻にも娘にも負担がかかる。父と母の生活にも影響する。
自分の健康管理は、もう自分だけの問題ではない。
だから、今年の夏は全力で立て直す。
無茶をするという意味ではない。
倒れるまでやるという意味でもない。
毎日測る、歩く、筋トレをする。
食事は今の野菜中心生活の継続、
お酒の量を減らす。
検査を受ける。
数字から逃げない。
それだけだ。
しかし、その「それだけ」が一番難しい。
175/100。
今日のこの数字は、嫌な数字だった。
だが、見なかったことにするよりはずっといい。
まだ間に合ううちに、身体が知らせてくれたのだと思うことにする。
50代の身体は、もう言い訳を聞いてくれない。
ならば、こちらも言い訳を減らすしかない。
ゆるぎなく、まっすぐに。
この言葉は、こういう時にも使うものだと思う。
今年の夏は、身体を立て直す夏にする。
介護のためにも、家族のためにも、そして何より、まだ自分の人生を続けるために。
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最終更新日  2026.06.20 06:17:05 コメントを書く


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