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2026.07.06
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一瞬永遠 第44幕 電話が鳴らない朝
ポケットの中のスマートフォンは
黙ったままだった
画面を見る
通知はない
それだけで
少しだけ
息が抜ける
けれど
完全には
安心できない
鳴らないことが
何もない証拠とは
限らないからだ
朝の道は
いつものように
人を運んでいる
自転車
学生の声
パン屋の匂い
曲がり角の猫
どれも
何事もない朝の顔をしている
その中を歩きながら
私は
ポケットの重さを確かめる
若い頃の電話は
仕事の呼び出しだった
故障
納品
クレーム
急ぎの現場
鳴れば
どこかへ向かわなければならなかった
今の電話は
もっと静かに重い
父のこと
母のこと
家のこと
妻の声
画面に名前が出る前から
身体の方が
少し身構える
それでも
鳴らない
信号を待つ間
向かい側で
小さな子が母親の手を握っている
昔は
守られる側だった
いつの間にか
守る側になり
気づけば
見守る側にも
なっていた
役割は
誰にも断りを入れず
静かに
入れ替わっていく
胸の奥で
小さな疲れが
ぬるい石のように
沈んでいた
投げ出したいわけではない
ただ
少しだけ
何も気にしない時間が
欲しくなる朝がある
そう思った自分を
責めそうになり
すぐにやめた
人間なのだから
疲れる
家族を思うことと
苦しくなることは
別の話ではない
同じ場所に
並んで置かれているだけだ
信号が変わる
人の列が動く
私も
少し遅れて
足を出す
ポケットの中は
まだ静かだ
その静けさを
ありがたいと思いながら
その静けさに
どこか怯えながら
今日も
外の時間へ
身体を預ける
電話は
鳴らない
だから私は
歩く
鳴ったら
戻ればいい
鳴らないなら
今は
進めばいい
一瞬は
ときどき
音のないまま
人生を試してくる
その無音の中で
私は
自分の呼吸だけを
確かめていた





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最終更新日  2026.07.06 05:51:32 コメントを書く


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