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2026.09.16
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note7年、連続投稿800日。私が書き続けられた理由は、文章術ではなかった|50代
noteを書き始めて、丸7年を超えた。
7年書いても、毎日の始まりはたいして変わらない
その7年間ずっと熱心に書いていたわけではない。今のように力を入れるようになったのは、ここ2年ちょっとのことだ。それでも連続投稿は800日に達した。
800日。
節目の時に毎回言っているが
自分で数字にしてみると、よく書いたものだと思う。
これだけ毎日書いていると、ときどき「よくそんなに書くことがありますね」と言われる。どうやってネタを探しているのか、どうやって毎日記事を作っているのか。そんなことを聞かれることもある。
せっかくなので、一度ちゃんと書いてみようと思った。
ただ、最初に答えを言ってしまうと、今の私は毎日の記事のアイデアを必死に考えているわけではない。
むしろ、考えてひねり出すことを以前ほどしなくなった。
そこへたどり着くまでに、7年かかった。
最初は地震のことを書いていた
私がnoteを始めた頃、今のような記事を書くとはまったく思っていなかった。
当時は地震への関心が強く、強震モニタを日常的によく見ていた。地震の揺れをリアルタイムに近い形で見られるあの画面が好きで、強震モニタのことや地震への備えを発信してみたいと思ったのが、noteを始めた最初のきっかけだった。
今から考えれば、ずいぶん違うところから始まっている。
書き方も分からない。自分が何者なのかも分からない。ただ、興味のあることを書いて公開する。
当然というべきか、ほとんど読まれなかった。
書いて、しばらく離れて、また思い出したように書く。そんな時期も長かった。
若い頃のこと。仕事のこと。自分が歩いてきた時代のこと。
この頃もフォロワーはほとんどいなかったが、少人数ながら反応をくださる方がいた。なぜか同世代の人が多かった。
そこから少しずつ、自分がロスジェネ、就職氷河期を通ってきた世代なのだという視点が文章に入るようになった。
別に最初から「50代向けに発信しよう」と戦略を立てていたわけではない。
自分のことを書いていたら、同じ時代を通ってきた人が「分かる」と言ってくれた。
たぶん、始まりはそのくらいだった。
読者を意識し始めて、あえて逆へ行った
3年ほど前から投稿する回数が増え、その後、連続投稿も始まった。
ここでようやく私は、ただ文章を書く人ではなく、「読んでくれる人がいる場所で書いている」ということをかなり意識するようになった。
どういうタイトルなら読まれるのか。どんな構成なら最後まで読みやすいのか。サムネイルはどう作れば目に留まるのか。
そういうことも考えた。
今はnoteを見れば、受け入れられやすい形はある程度分かる。
タイトルの付け方にも傾向があるし、文章の組み立て方にも定番がある。見出し画像だって、同じような雰囲気のものをよく見かける。
たぶん、それを素直にやる方が効率はいい。
ところが私は、どうもそれが苦手だった。
昔から、人と同じことをするのがあまり好きではない。
性格が少しひねくれているのかもしれない。
だから文章も、サムネイルも、自分なりの方向へ持っていくことにした。
その頃から、今では私の分身のようになった「赤マントの男」も作り始めた。
最初から今の姿だったわけではない。
何度も試して、違うなと思えば変え、少しずつ今の赤マントになった。
50代のおっさんが赤いマントを背負っている。
冷静に考えれば、なかなか妙な光景である。
でも今では、あの赤マントが立っているだけで「EX-FAX-CEだ」と分かってもらえることがある。
そういうものは、誰かの正解を借りていても、たぶん生まれなかった。
介護が始まり、書き方も変わった
連続投稿が半年を過ぎた頃から、記事は今の形にかなり近づいてきた。
その頃には介護も生活の中で大きな割合を占めていた。
毎日決まった時間に机へ座って、今日は何を書こうかとゆっくり考える。そんな暮らしではない。
父のことがある。認知症の母のこともある。仕事もある。
予定通りにいかない日の方が多い。
それでも毎日書くなら、ある程度は戻ってこられる場所を作っておいた方がいいと思った。
そこで曜日ごとに、だいたいのテーマを決めた。
月曜日は「一瞬永遠」。火曜日は「ロスジェネ脱線学」。水曜日は「笑いの臨界点」。木曜から日曜はロスジェネ氷河期的な視点を中心に書く。
当時の私にとって、この曜日分けは記事を量産するための仕組みというより、介護で頭がいっぱいになった日でも「今日はここへ戻ればいい」と思える場所だった。
重い介護の記事が続いたあと、水曜日にはくだらないことで笑ってみる。
昔のことを思い出す日があれば、何でもない一瞬を拾う日もある。
同じ人間が書いているのだから、テーマが違ってもどこかでつながる。
その頃からマガジンも増えていき、自分のことを「note執筆家」と呼ぶようになった。
大げさな肩書きなのかもしれない。
でも、毎日これだけ書いているのだから、それくらい名乗ってもいいだろうと思った。
気がつけば、題材の後ろにいつも自分がいた
介護の記事も増えた。
認知症の母のことを書く。父の病院のことを書く。自分が介護で腹を立てた日も書く。
最初は「介護について書いている」と思っていた。
でも、長く続けているうちに少し違うことに気づいた。
私が書いていたのは、介護そのものだけではなかった。
介護しているときの私だった。
FAX修理の昔話を書くときも同じだった。
17年間のCE時代を紹介したいだけではない。機械を直していた頃の自分を思い出しながら、今の自分が何を感じているのかを書いている。
ロスジェネもそうだ。
就職氷河期という時代を解説したいわけではない。その時代を通ってきた自分が、50代になった今でも何を引きずり、何に笑い、何を諦めきれないのかを書いている。
身体の衰えも、スーパーの値上げも、昔の車も、たい焼き一つで少し機嫌がよくなることも、結局は全部そこへ戻ってくる。
私自身だ。
少し前に、自分のnoteを「人生劇場」と書いた。
あれは新しい企画を思いついたわけではない。
7年書いてきたものを後ろから眺めたら、そう見えた。
介護、仕事、ロスジェネ、身体、家族、昔の記憶、しょうもない失敗。それぞれ別の棚に置いていたものが、実は全部一人の人間の中で起きていた。
ただそれだけだった。
アイデアは、考えるのをやめてから増えた
では、毎日の記事のアイデアをどう出しているのか。
今の私の答えは、かなり単純だ。
日常を見る。
それだけである。
母がまた同じことを聞いた。父が朝から機嫌が悪い。病院の待ち時間が長かった。血圧計の数字を見て少し嫌な気分になった。スーパーで値段を見て商品を戻した。昔使っていたFAXのことを急に思い出した。日曜の夜に、なぜか人生の残り時間を考えた。
一つひとつは、記事にするほどの出来事ではないのかもしれない。
昔の私なら、そう思ったはずだ。
でも今は、その「記事にするほどでもないこと」の方が面白いと思っている。
そこに、その日の自分がいるからだ。
無理にネタを考えて、「最近こういう記事が流行っているから書いてみよう」とやると、少なくとも私の場合はどこか借り物になる。
タイトルも同じだ。
検索されることだけを考えるなら、もっと効率のいい付け方はあるだろう。
もちろん、読んでもらうための工夫はする。
ただ、最後のところで「これは自分のタイトルか」と考える。
そこが違えば、やめる。
毎日書くようになって、文章が上手くなったかどうかは自分では分からない。
ただ、「これは自分の文章ではない」という違和感には、以前より気づくようになった。
800日で身についたものがあるとすれば、案外そちらなのかもしれない。
50年以上生きてきた。それだけでもう、かなりの量がある
私はもう50代だ。
同世代の人と話していると、本当にいろいろな人生があると思う。
就職氷河期の真ん中を通った人もいる。会社で何十年も踏ん張った人もいれば、途中で仕事を変えた人もいる。子育てをしてきた人、親の介護が始まった人、自分の身体に今までとは違うものを感じ始めた人もいる。
予定通りだった人ばかりではないだろう。
少なくとも私は、若い頃に考えていた52歳とはずいぶん違うところにいる。
それでも、ここまで生きてきた。
失敗したことも、恥ずかしいことも、どうにもならなかったこともかなりある。
以前なら、そんなものをわざわざ人に見せる必要はないと思っていた。
今は少し違う。
そこにこそ、同じ時代を通ってきた誰かが反応してくれることがある。
「ああ、自分だけじゃなかったのか」
私自身、誰かの文章を読んでそう思ったことが何度もある。
だから今度は、私が差し出す側になればいい。
立派な答えは持っていない。
介護だって現在進行形だし、仕事も人生後半もまだ途中だ。自分の身体ですら、最近は思うようにならない。
そんな人間が、今日も何とかやっている。
それを見てもらう。
私が今、noteでやりたいことは、たぶんそこまで来た。
明日の記事は、まだ決めていない
ここまで「私のnoteの書き方」を書いてきたのに、最後にこんなことを言うのも変だが、明日何を書くかはまだ決めていない。
何か起きるかもしれない。
何も起きないかもしれない。
でも、何も起きなかった日には、何も起きなかった52歳の一日が残る。
今の私は、それも書ける気がしている。
7年前、強震モニタのことを書こうと思って始めたnoteが、こんなところまで来るとは思わなかった。
赤マントの男もいなかった。
介護も今のようには始まっていなかった。
自分を「note執筆家」と呼ぶ日が来るとも思わなかった。
今はさらにすすみ「人生劇場」としている。
そして800日以上、毎日自分の何かを差し出すことになるとも思っていなかった。
人生は、こちらが決めたテーマどおりには進まない。
だから書くものがなくならないのかもしれない。
50年以上も生きていれば、人生のあちこちに書き残していない場面がまだ山ほどある。
これからも、そこを拾っていく。
上手にまとめられない日は、上手にまとめなくてもいい。
笑える日は笑うし、しんどい日はしんどいまま書く。
同じ時代を生きている誰かが、ときどき客席のどこかで「俺もそうだよ」と思ってくれたら、それで十分うれしい。
そして明日もたぶん、私はまたnoteを開く。
何を書くかは、そのときの私に聞くことにする。
また明日も私の人生劇場を見に来てくれたら、これ以上に嬉しいことはない。





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最終更新日  2026.09.16 05:16:34 コメントを書く


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