「踊るお父さん」の「踊る情報局!」

「踊るお父さん」の「踊る情報局!」

PR

×

Profile

踊るお父さん

踊るお父さん

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

阿吽、ハマりました!就職して先輩に誘われて、、、@ Re:記憶に残る「ショー」、ショーパブ・・BEST・5(09/06) 懐かしい〜もう35年以上前? beeさん、コ…
ぱたろう@ あうん もう30年前になりますか、私が日本橋でOL…
背番号のないエース0829 @ 近藤真彦 「青春タイトルマッチ ~ 明日に向かって…
ショーボート5i 物本 DJ あがり、@ Re:記憶に残る「ショー」、ショーパブ・・BEST・5(09/06) このお店で、リアで、DJをしていた者で…
田中 秀樹@ Re:記憶に残る「ショー」、ショーパブ・・BEST・5(09/06) 冗談画報でショーパブKONの皆様踊りま…
2008.05.15
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
何故ショーダンサーになったのか?


17歳の時「ダンサー」になりたいと思っていた・・。

高校生の分際で・・毎日のように新宿・渋谷・六本木のディスコに通い・・

朝まで踊っていた・・。


満たされない・・気持ち・・

「何か」を求めて・・

夜な夜な・・ディスコで踊る事でエネルギーを発散していた。

当時はナンパや、お酒・・

そんな事よりも・・



その、ステージの上で、熱く踊る事に生きがいを感じていた・・。



そんなある日・・

何年か前に送ったオーディションの通知が届いた・・

裏を見ると・・

「ジャニーズ事務所」

と書かれていた・・。






*オーディションの経緯については・・

「一通の手紙~初めてのオーディション 」

を御参照下さい。





運よく・・ジャニーズ事務所に入る事が出来た。


当時、憧れていたのは、田原俊彦こと「俊ちゃん」のバックダンサー

「ジャパニーズ」だった。




その後ろで踊っている、プロのダンサーに憧れていた。


毎週日曜日・・六本木にあるテレビ朝日(現在の六本木ヒルズ)に通い・・

1時から4時まで・・50人近くのジュニアと呼ばれる仲間達?と

ダンスのレッスンに汗を流した・・。


2ヶ月もすると・・



ジャニーズジュニアとして、少年隊、シブガキ隊、近藤真彦等の

タレントのバックダンサーとして、テレビで踊るようになった・・。


翌年・日本武道館近藤真彦コンサートでは1万人の前で踊り・・

田原俊彦・宝塚劇場や、少年隊芝郵便貯金ホールなどのコンサートでも

何千人の前で踊った・・。


面白かったのは、日本武道館では・・

楽屋から、ステージまでは50m・・。

ステージに上がって、上手から、下手に移動するのにも・・

何十メートルもあって・・


1曲終わるたびに、楽屋に行って、衣装を着替えて・・

又ステージに戻るだけで・・運動会以上に走っていたっけ・・。

今だったら、ステージに上がる前に疲れてしまいそうだ・・。



憧れのダンサーになったような気にもなったが・・

ジャニーズはジャニーズ・・ダンサーではない・・。



20歳までにデビューが出来なかった事と・・

ある日・・車の中で・・

社長のジャニー喜多川さんから・・

ジャニーさん:「ユー・もうすぐ20歳だっけ?」

若き日の俺 :「はい、来年の1月で20歳です。」

ジャニーさん:「ユーは・車の免許持ってるんだっけ?」

若き日の俺 :「はい!18歳になって、すぐ取りましたから」

ジャニーさん:「ユー・は真面目だし、歳も取ってるし、タレントよりもマネージャーやらない・・?」

若き日の俺 :「・・えっ・・あっ・ははは・・はぁ・・」




って言われた事にショックを受けて・・ジャニーズを辞めた。




今、思えば・・あの時、マネージャーになっていれば・・

今は、仕事も、生活も・・どんなに楽だったんだろうか・・

出世しなくても部長・・出世すれば取締役だったろうに・・(笑)




でも、あの時は、まだタレントになりたい。

踊りたいと言う気持ちも強く・・

マネージャーになると言っても、多分当時の大沢幹夫・内海幸二(光GENJI)

・中村成幸・・良くて、少年隊のマネージャーだったんだろうなぁ・・。

一緒に踊っていた仲間のマネージャー何て多分辛くて出来なかったであろう・・。

当時のマネージャーには使い走りと言う印象しかなかった・・。



ジャニーズを辞めて・・ミュージカルの世界に進んだ・・。

勿論、そう簡単ではなく、飲食店でアルバイトをしながら・・・

ジャズダンスに加え、バレエのレッスンにも通い・・

オーディション等を受けてプロダクションに入り・・

ミュージカルダンサーになったものの・・

いわゆる・・「アンサンブル」としての出演・・・・


最初は中野サンプラザ・・

そして日生劇場で3公演連続出演・。

西城秀樹・鳳欄・大地真央・勝野洋・野田秀樹・・有名な俳優女優・演出家の作品に出るものの

2時間・・のステージで、舞台で踊っている時間はホンの僅か・・

通行人の役や、芝居仕立てのダンスを踊るのに・・抵抗を感じた・・。


中には・・ダンサーとは程遠い・・組体操に御輿担ぎ・・

舞台転換の補助役、のみ・・衣装は白装束一組。

何て作品もあった・・。


金銭面の苦労もあり・・一人暮らしを始めた事もあり・・

又、怪我等もあって・・いつしか、ミュージカルの世界からは足が遠のいた・・。



そんな折・・

通っていたスタジオの先生から・・

「たけちゃん、夜の世界で踊ってみない?」

と言われ・・向かった先は・・

新宿ヒルトンホテルにあった・・「ショーボート5i」と言う

ショークラブであった・・。


一度ショーを見てごらん・・と言う事で・・

その先生と見に行く事になった。


ミュージカル劇場以上に豪華な店内・・

ショーが始まる前・・ボーイがヘッドセットを付けて・・客席を仕切る。

と・何とステージが舞台の前から伸びて、花道が出来上がって行く・・。

この時・・すでに「格好いい・・」と痺れていた・・。


当時まだ珍しかった・・レーザー光線のオーバーチェアが始まり店内が暗くなる・・

煌びやかな、ミラーボールにレーザー光線が反射し、豪華な雰囲気・・

「ショーボート」とレーザー光線で浮かび上がる・・そして

3段仕掛けの、思い幕が上がると・・


あたかもラスベガス?を彷彿とさせる、ステージ、豪華なオープニング・・。

スパンコールのダルマや、ツンブラの女性ダンサー・・

白い燕尾を着た男性ダンサーが華やかに踊る・・。


約小一時間・・セクシーなダンス・・アクロバット的なダンス・・

タップダンス・コミック、キュートなダンス・・ボーイズダンス・・

全員で踊る豪華なフィナーレ・・

いわゆる・・・「レビューショー」を始めて、目の当たりにした・・。




「このショーに出たい!」



ショーを見終え、興奮冷めやらぬまま・・

先生にその主旨を告げる。



舞台監督に挨拶に行くと言う事で、一緒に挨拶をさせて貰う・・。



と・・その週の日曜日に「オーディション」がある


と聞いた。


そのオーディションを受ける事が決まった。










多分・・続く。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008.05.15 14:42:23
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: