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2006.11.15
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カテゴリ: 江戸日記
江戸の上水井戸


「手前、生国と発しますは江戸でござんす。

 水道の水で産湯を使い....」

と、江戸っ子ならこうなる。


えーっ!?

江戸には、ちゃんと上水道が通っていたんですな。

水道は、家康が江戸を作った時から計画され
江戸の町の隅々まで巡らされました。


よく、時代劇で井戸から水をくみ上げるシーンを見る。

あれは、井戸でなく水道。




水道の主要幹線を石樋

その他を木樋(もくひ)とし

屈曲点や分岐点には升を設けて、水を通した。


水道の木樋は、道路中央に埋没され

そこから町屋敷内への枝管には
木樋だけでなく竹樋(たけとい)も使っていた。

枝管から導かれた水は、上水井戸に溜まり
桶で汲み出して長屋の住民が
共同で使った。


では、その水はいずこから???

ご存じ、神田上水、玉川上水からだ。




お茶の水掛樋(かけひ)で神田川を渡り

京橋から北の日本橋、神田方面に水を供給した。


玉川上水は、多摩川の水を羽村(羽村市)で取水し

四谷大木戸を経て、江戸城や大名屋敷

さらに京橋以南の町人地に供給された。




神田上水の元になる小石川水道が出来たのは、天正18年(1590)。

神田上水が完成したのは、寛永6年(1629)。

承応3年(1654)に40数キロの玉川上水を
たった八ヶ月で完成させた。


しかも、神田上水、玉川上水は、明治34年(1901)、
千川上水は明治40年(1907)の20世紀まで
利用されましたとさ。


さて、最後に、その水質は、...

けっして、良いものじゃない。

竹樋などを通ってくるから
アクがついて、赤っ茶けた色の水なんです。

しょうがないから、

一旦、濾過し、また沸かして
湯冷まして飲んだそうな。


だから、水道水だけでなく
きれいな水を、水売りから買って
カメにためて、大事に使ったそうです。

一荷(いっか=天秤棒で担ぐ桶2個分)4文したんですな。

*画像は、深川江戸資料館にある上水井戸





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最終更新日  2006.11.15 21:28:05
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