の~んびり遠州日記

の~んびり遠州日記

2005年08月15日
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戦後生まれの私にその記憶はないが 特集番組などが企画され
戦争を風化させない動きがみられる その中から自分なりにこの戦争が
何だったのか考えてみたい

1.日本が焦土に

太平洋戦争も終りに近づくと戦場は日本の国土に移った

1945年(昭和20年)3月10日未明 B29は最初に東京を爆撃した
この空襲で東京は焼け野原になり10万人以上の尊い命が奪われた

焼けただれた遺体 黒焦げになった死体が散乱
投下された焼夷弾は破壊するより焼き尽くす目的で油が多く注入されていた


5月29日には横浜と次々大都市を襲った

一方海からの艦砲射撃も激しさを増し釜石 室蘭 日立 浜松 清水
など主要な港湾や都市がその的になって行った

人々は乏しい食料を別け合い 焼け野原に肉親を捜し求めたという


また アメリカ軍は沖縄に上陸 一般市民を巻き込んだ攻防は
三ヶ月に及び市民の犠牲者は10万人を超えた


そして 広島 長崎への原爆投下・・・




2.人の命

戦前には徴兵令という法律があり20歳になると男子は全員徴兵検査
を受けた
私の父も例外なく徴兵検査を受け「甲種合格」だったらしい
その言動を今おもえば誇りにしていたふしがある


それとも虚勢だったのかは判らないが・・・

戦争が激化するにつれ兵隊は不足し徴兵検査を受けた人に
次々と 召集令状(赤紙) が届くようになった

これが届けばもう逃げる事は出来ない



召集令状を受け取った妻や母親は 千人針を縫ってその無事を祈った
なかには死線(四銭)を超える 苦戦(九銭)を超えるという
縁起を担ぎ五銭や十銭硬貨をむすびつけたものもあった

こうして出征兵士は日の丸の小旗をバンザイに見送られ戦場へ向かった
母や妻たちはこの光景を見ることが出来ず物陰で涙をぬぐって
いた人も多い

爆撃機は燃料不足のため片道分しかない
敵を発見した兵士は 母さんいって参ります などと
言葉を残して敵機に突っ込んだ

いわゆる特攻隊である
こうして若く尊い命が戦場に消えていった・・・














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最終更新日  2005年08月15日 08時35分02秒
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