・ 『マッキンゼー 金融業の競争戦略2030』は、平野聡久とマッキンゼー金融研究グループが、日本の金融業が2030年に向けてどこで、どのように競争すべきかを論じた戦略書だ。2026年6月刊行。本書の出発点は、日本の金融機関では「戦略」という言葉が頻繁に使われながら、現実の変化につながっていないという問題意識にある。本書は、これからの金融業の競争を考えるうえで、従来の「商品」「価格」「広告」「店舗網」といった競争軸だけでは不十分だと考える。そこで著者らは、金融業の新しい競争軸として RIFT という枠組みを提示し、顧客接点、チャネル統合、Embedded Finance、与信、決済、人的アドバイザリー、AIを活用した業務運営、ITレジリエンス、マーケティングなどを横断的に捉え直していく。しかし、本書は「新しいトレンドを知る」だけでは終わらない。
戦略を、
- どこで戦うかを決める ポジショニング
- それを実現する ケイパビリティ
- 組織の内外に意味を伝える ビジョン/ナラティブ
- 実行と修正を続ける 計画とガバナンス
という複数の要素として捉え、それらをつなげることの重要性を説く。後半では、組織運営、テクノロジー、人材、戦略の実装へと議論を進めていく。
・戦略とは「何をするか」ではなく、「どこで勝つか」を決めること
多くの企業の戦略は、いつの間にか施策のリストになる。DXをする。AIを導入する。アプリを刷新する。店舗を再編する。しかし、それらは戦略そのものではない。本書が問い直すのは、より根本的な問題だ。 自社は、どの競争軸で、誰に対して、どんな価値を提供する存在になるのか。 テクノロジーは急速に変わる。しかし、すべての技術を追いかけることはできない。だから重要なのは、「何を取り入れるか」よりも、 何を自社の強みにするか だ。これは金融業だけの話ではない。30代、40代のビジネスパーソンにも同じ問いが返ってくる。新しいスキルを増やすことと、自分の市場価値を高めることは同じではない。重要なのは、 自分はどこで戦い、何によって選ばれるのか。 というポジショニングである。
・AI時代には、「人間が不要になる」のではない
本書が扱う人的アドバイザリーでは、AIによって標準化できる領域と、人間が担うべき領域の再定義が重要なテーマとなる。AIは情報を処理する。比較する。予測する。定型的な判断を支援する。しかし、人間にしか担えないものも残る。相手の不安を理解すること。複雑な事情を受け止めること。そして、最終的に「この人に任せたい」と思わせる信頼をつくることだ。つまり、AI時代の人間の価値は、AIに勝つことではない。 AIが得意なことをAIに委ね、人間にしかつくれない関係性へ移動すること にある。これは金融の営業担当者だけでなく、管理職、コンサルタント、営業職、専門職にも共通する変化だろう。
・優れた戦略より、「実行できる組織」のほうが希少である
本書の後半で扱われるのは、オペレーティングモデル、テクノロジー基盤、人材・スキル、ナラティブ、そして戦略の運用とガバナンスだ。ここに本書の実務的な価値がある。戦略は、会議室では完成しない。現場で実行されて初めて意味を持つ。
しかし多くの組織では、 戦略をつくる人と、実行する人が分かれている。 経営は未来を語る。現場は今日の業務に追われる。IT部門はシステムを守る。人事は人材施策を考える。それぞれが正しい仕事をしていても、全体としては変わらない。
本書は、この「分断」こそが変革を止める問題として捉えている。戦略とは静的な計画書ではなく、実行し、学び、修正し続けるものだという考え方が、その根底にある。
・本書の最大の価値は、「2030年にはこうなる」という未来予測そのものではない。
本当に重要なのは、 未来を待つのではなく、変化を前提として競争の仕組みを組み替えよ というメッセージだ。金融業界では、金利、決済、AI、Embedded Finance、顧客接点など、複数の変化が同時に起きている。このとき危険なのは、流行している技術を一つずつ導入することだ。AIも導入する。アプリもつくる。データも活用する。しかし、それぞれがバラバラなら競争力にはならない。 戦略とは、個々の施策を足し算することではなく、それらを一つの勝ち筋として結びつけることだ。 この点に、本書の最も普遍的な価値がある。
・『マッキンゼー 金融業の競争戦略2030』は、AIとデジタル化で金融業の競争条件が変わる時代に、「何を導入するか」ではなく、「どこで勝ち、どんな組織能力で勝つか」を問い直す戦略書だ。 そして30代、40代の読者に残る問いも、企業への問いとよく似ている。 変化に対応するだけでは、未来の競争には勝てない。自分はどこで戦い、何を強みにして、どんな価値を生み出すのか。 戦略とは、その問いから逃げずに、自分なりの答えを実行し続けることなのだ。
マッキンゼー 金融業の競争戦略2030 [ 平野 聡久 ]
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