Momente der Geborgenheit

Momente der Geborgenheit

2005.01.12
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NIRGENDWO IN AFRIKA(邦題『名もなきアフリカの地で』)

夫が二人を抱きしめながら言う。「僕の人生に大事なもの
全てがこのベットにある。」第二次世界大戦中にユダヤ人の
弁護士として働いていたドイツからケニアに家族と逃れて
家も仕事も妻子以外の親族も全て失った男がいう言葉である。
壮絶だ。その状況でその言葉をいうと凄みがある。この映画で
アタクシが一番好きなシーンだ。

人生で本当に大切なものなんて、小さなベットに乗り切る位


いつか誰かの腕の中に抱かれながら、または誰かを腕の中に
抱きながら、そう思える日が来るのか・・・。その誰かって
一体誰なんだろう。


そしてグナーのことを考えてみる。


苛立ちを覚える。煮え切らない状況に。今度会ったら首根っこ
をひっ捕まえて全てを白黒させてやろうと思っていた。

アタクシが仕事でくだらないミスをしまくったのも、溜息が
止まらないのも、大好きなチョコレートが美味しく感じなく
なったのも、銀行カードの暗証番号を忘れたのも、
スウェーデン語が上達しないのも、みんな(?)みんな(??)
アンタのせいなのよ。どういうつもりなのよ?



それでグナーはアワアワ口から泡を吹きながら言うのである。

「ごめんよ~。酔ってただけなんだよー。出来心ですう。
暴力反対だよう」

それでアタクシはジャイアンのテーマソングを歌いながら
グナーの肩を叩いて「それでこそ我ココロの友」と


完璧である。


完璧だけど、どこか切ない。


人生に大事なものは本当に少しだけど、

人生は切なさに満ちている。


*******************************************************


桜の日本についてずっと考えていたせいか、変な夢を見た。

ずっと会っていない連絡も取っていない友達の夢。


彼はアタクシよりも4歳年上で、彼が大学院を卒業して上京
した春に出逢った。最初は決して仲が良かったわけではない。
ある出来事起るまでは。

ある日、夕方から新宿で飲む約束をしていた。
その日の午後早くアタクシは当時の彼氏に振られた。同じく
新宿で。アタクシがヨーロッパを放浪している間に浮気を
してしまったとかで。
夕方まで時間を潰すのも辛いし、かといってこのまま家にも
帰りたくない。どうしよう。と、思って突然その友人の家に
電話をして「今から行くから駅まで迎えに来て」と言って
アタクシは山手線に乗り込んだ。

友人の家で烏龍茶をご馳走になりながらずっと愚痴っていた。
あんな男と別れて正解だったのかもしれない、とか
じゃあ俺が誰か紹介するよ、とかそういうどうでもいい話だった。

暫く話した後、一気に涙が溢れ出してきてその場で大泣きをした。
こんなに親しくもないトモダチの目の前で泣いてはいけないと
分っているのに涙が後から後から出てきてどうしようも
なかった。トモダチがハンカチを差し出してくれてアタクシが
落ち着くまでずっと静かに待っててくれた。泣いている小娘の
弱みに付け入ることもなく、何か別のことをするでもなく。
それからもう一度冷たい烏龍茶を注いでくれた。

泣きすぎて頭がボーっとしていて瞼が重かった。

飲みにいける状態じゃないから今日は帰るね、と言うと
トモダチは駅まで送ってくれた。そして彼が別れ際に言った
言葉が今でも忘れられない

「悪いとか思わなくていいよ。トモダチなんだから」

枯れ果てたはずの涙がまた出そうになった。


その日の東京も桜が満開だった。トモダチのアパートの隣の
児童公園の桜が見事だったのを今でも覚えている。

そしてアタクシはそのときのハンカチを今でも持っている。


もう何年も前の出来事なのに、ずっと思い出してなかったのに
こんな風に鮮明に思い出してしまったのは桜のせいだ。
嗚呼、やっぱり桜ってすごいなぁ。そのトモダチの夢まで
見せちゃうなんて。

そして出社してメールをチェックすると件のトモダチから
メールが来ていた。奇遇だ。ライアンなら運命だと言った
だろうか。最後に彼からメールを貰ったり書いたりしたのは
8月だったような気がする。

「今年もよろしく!今年こそドイツに行くぜ。」


それがアタクシを少しだけ幸せな気分にしてくれた。

そうえいばドイツで勉強に行き詰まっていたときに一言メール
をくれたんだ、彼。
「倒れるときは前のめりに!」
こんな一言が物凄い勇気をくれた。武士道らしいが。

やっぱり桜はいいな。
沢山の優しい思い出が溢れてくる。

やっぱりトモダチはいいな。
思い出すだけで幸せになれたり力になったりする
言葉をくれる。


やっぱり日本はいいな。
桜もあるし、トモダチもいる。


*******************************************************


最後に日本で桜を見たときアタクシはライアンと一緒だった。

3月末で桜が満開なのにみぞれが降る土曜日の夜に
千鳥ヶ渕に夜桜を観にいったんだった。ウエノのサクラが
一番綺麗、と言い張るライアンに、千鳥ヶ渕が一番綺麗と
アタクシが対抗して。

人が沢山いる絶景ポイントを離れると暗くて静かで
そして寒くて道はぬかるんでいた。

「どうして日本人はサクラが好きなの?」

とライアンがアタクシに聞いた。散り際の潔さが武士道に
通じてるからかねぇ、とアタクシはいい加減なことを言い
ライアンは「よくわからないけど、僕もサクラが大好きだ」
と言った。


どうしてキミはサクラが好きなの?

と今聞かれたら、ちゃんと答えられる。

ふるい時間が終わってあたらしい時間が始まる新年度に
咲くサクラは、毎年毎年寂しさとか期待とかそういう感情と
ともに記憶に刻み付けられるのだと思う。それを小さな頃から
繰り返してきて、日本人はサクラを見ると気持ちがハヤル
のだ。

少なくてもアタクシは。


ライアンとは感激したときにお互い抱き合ったり、
お互いの意見が一致するたびに握手をしたり、仲良しの
トモダチとしてのスキンシップはあったけれど、それ以上の
ことはなかった。
歩きづらい道などでライアンがアタクシの手を取るときも、
必要がなくなるとどちらからともなく繋いだ手を解いていた。

でもあの夜桜の散歩で、ぬかるんだ道を歩いたとき取った
アタクシの手はずっと繋がれたままだった。解きたくない、
とかそういう感情ではなく、その手を離すという考え自体が
二人になかったように。サクラが綺麗過ぎて他のことが
考えられなかったみたいに。そしてそれ以上でもそれ以下でも
なかった。その日は手を繋いだままでいるのが当たり前の
ようだった。全ては淀みなく完結していた。

ライアンとは沢山の時間を共有した。面白そうなことを
さがして、いろいろな場所に行った。でも今になってみて
思い出すことは、例えば由比ガ浜の花火大会や、九段下の
夜桜や、秋の本栖湖の湖畔や、当時面白いだろうと思っていた
ことではなくて、それに付随する本当に些細なことなのだ。
それは、暗闇の中のぬかるんだ道だったり、電車の中で
一緒に見た夕暮れだったり、向かい合って話すときに
いつも眺めていた形のいい手だったり、並んで歩いている時に
下を向くと二人三脚みたいに見える二人の足だったり。
そしてそれらは『面白いこと』を思い出すよりももっともっと
アタクシを辛くさせる。

あんなに大事な時間を共有したライアンをきっと
失ってしまう。全ての原因は、

時間と

距離と

そして

アタクシ。


やっぱりサクラは別れを感傷的に心に刻むらしい。







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最終更新日  2005.01.12 20:49:38
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