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-----それはおまえ次第だよ。どっちへ行きたいか分からなければ、どっちの道へ行ったって大した違いはないさ。-----『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル今日はわしの話になるなあ。わしは今は東京に就職という進路が決まっているけれど、2年の最初の頃は自分で文章を考えて、その文章を世間に出せるような職業に就きたかった。だから国文科がある短大に入りたいと思っていた。けれどお金がなかった。そのために就職にした。始めはすげえ国文系を勉強したくてたまらなかったけれど、就職が決まった今、これでもやっていけるかなと思った。もし短大に進学出来ていたら自分はどうなっていたかねえ。どっちにしろ楽しい道を歩んでいただろうなと思う。それから恋愛の話。わしは明日、好きな子へ告白するつもりなんだけど、以前は「絶対に告白しないで卒業するだろうな」と思っていた。けれど自分が思っていたよりも好きになりすぎてこのままじゃいられないと思った。だから告白すると決めた。告白してからじゃないとわからないことかもしれないけど、たぶん「告白する」と決意してなかったら卒業した後は後悔でいっぱいの心になっているだろうなと思った。わしが進んできた道にいまだに失敗などはしていない。やっぱり「進む道」って大切なんだなあと思ったし、「どっちにしようか」って考えることはいいことだと思った。進みたい道を信じて進んで生きたいなあと思った今日この頃。
2004年11月30日
-----どうして君は他人の報告を信じるばかりで自分の眼で観察したり見たりしなかったのですか。-----【天文対話】『ガリレオ・ガリレイ』噂。これは恐いモノだ。他人の悪い噂を聞いてその人を嫌いになる人を学校でよく見る。わしは噂で人を嫌いになったりはしない。これは確実に言える。自分で見たことは信じるけれど、人から聞いた悪い噂は信じない人間だから。前に友だちに言われた。「壱は誰かが誰かを嫌いって言っても、そんなこと気にせずにその嫌われている人と一緒にいるから、そういうところがいいな」って。うん、自分でもそういう心はこれからも持っていたいと思う。仲の良い友だちが誰かを嫌いだとどれだけ騒いでいても、わしはその嫌われている人と普通に話す。悪い噂はうのみにしない方が絶対にいいと思うな。
2004年11月29日
-----会えなくても気持ちは繋がっている心はいつも傍にいるよ-----好きな子からもらった画像の言葉。好きな子から待受画像が送られてきて、見てみたらこんな言葉が書かれてあった。この言葉は恋愛・家族・友だち、どの関係でもありえる。今のわしからしたら恋愛・家族・友だち全部だ。好きな子はもちろん、母親と妹とは一緒に住んでいないし、1番の心友とも最近距離を置いている。だからわしにとって大切な人全ての人に送りたい言葉だと思った。母と妹に最近会ってないなあ。元気にしているかなあ。もうすぐ母の誕生日&クリスマスだから母と妹にプレゼントあげたいな。何よりも嬉しかったのは、この言葉の画像を好きな子がくれたこと。
2004年11月28日
-----私は恋とも何とも名をつけずに自分でも恋しているとは知らずにあの人を愛していたいと思う。とりわけあの人に知られずに、愛していたいと思う。-----『ジッド』「とりわけあの人に知られずに、愛していたいと思う。」こんなふうに思えるってすげえよなあ・・。わしはやっぱり好きな人がいれば見える形として愛したいと思ってしまう。これって「見返り」というモノを自分が求めている証拠かねえ。その人から「自分も愛してもらいたい」という欲のようなモノが出ているのか。相手に知られずに愛したい・愛することが出来たら、それって本物の愛なんじゃないかなあと思った今日この頃。もしかしたらわしに知られずに愛してくれている人がいなくもないかも知れない(笑)なんかそれって不思議だな。
2004年11月27日
-----人として人に出会い 人として人に迷い 人として人に傷つき 人として人と別れて それでも人しか愛せない -----【人として】『海援隊:武田鉄也』わしは人間。わしが好きになるのは人間。わしが嫌いになるのも人間。わしが話をするのは人間。わしが困らせているのも人間。人間、人間、人間・・すべて人間。全ての人間が人の間に立っているんだ。この世の人間は全員が輪になっていて、外に出ている人がいなければ、中に入っている人もいない。全員で輪を作っている。だから「人間」は「人の間」と書くのかねえ。輪のどこかで言い争いとか、喧嘩とか、戦争とか、そういうことが起きていれば輪が少し乱れる。輪のどこかで誰かが誰かに優しくしていたら、そこでは「和」が出来上がる。「輪」っていいな。「和」っていいな。人を深く、強く愛したい。
2004年11月26日
-----不思議なものは数あるうちに、人間以上の不思議はない。-----【アンティゴネー】『ソポクレース』「人間」が1番不思議だよなあ。毎日生きてて本当にそう思う。人間以上の不思議ってないよなあ・・。なんで自分はここにいるんだろうとか思うし(笑)ってそれは違うか!?乗り物とか、料理とか、でっかく言ったら機械とか、そういうモノは全部人間が作ったんだからなあ。でも人間って自業自得だよなと思うこともある。何かを開発して、何かを失って。それは個人の人生にもつき物だけど(笑)「何かを失ってまでも開発したいモノがあるんだ!!」とは思う。周りの人やモノを犠牲にしてまでも新しい開発はしてほしくはない。
2004年11月25日
-----今日という日には、誰もが素人だ。-----【あなたへの囁き】『三浦綾子』朝起きたとき、今日のことは何もわからない。これは誰にでも共通したこと。予知能力があったとしても・・?(笑)まあ、それはいいとして。どんなに長く生きたって、今日のことは誰もわからないんだよなあ。それに人それぞれの生活があるからその人の生活を知っているわけでもない。今日の自分の出来事は自分がこれから知っていく。だからちっちゃくなって生きてなくていいかもな(^―^)何が起こるかわからない毎日だから、胸はって生活していきたいな。
2004年11月24日
-----テロでは、5000人が死んだわけだけど、それを数だけで語ることは怖いこと。その一人一人に家族があるわけで、5000回のドラマがあるということを考えなきゃいけないんだ。 -----NYテロ事件に際して【スポーツ報知】『ビートたけし』テロが起こって、5000人が亡くなった。亡くなった人の数を語るだけだったら怖いだけ。本当にそうだなあと思った。この5000人の人たちはただ亡くなっていったわけではない。亡くなった人は最後の最後まで、自分を大切にしてくれている人から愛されていたはず。亡くなった人を愛していた人は必死にその人を探したはず。今年の9月、NYテロの内容を交えたドラマがやっていた。そのドラマは実話を元に作ったものだった。ドラマの中にもやはり愛する夫の行方を捜すため、NYまで行って必死に情報を探している妻の姿があった。こんなに残酷なことが起こる中で、大きな愛が見えるのはなんでなんだろうって、「愛」は矛盾しているような気がして悲しくなった。日々過ごしている中で、愛に気がついていないだけなんだろうか。
2004年11月23日
-----とにかく、新しい毎日なんだ -----【老人と海】『ヘミングウェイ』の言葉。あることに対してわしはイライラしていた。けれど今日はイライラしなかった。これが「新しい毎日」なのかねえとわしは思った。「新しい毎日」をどうとらえるかは人それぞれだけど(;;・∀・;;)わしはそうとらえた。昨日イライラしていたことを今日なんとも思わなかった自分が少し誇らしく思えた(笑)「なんか成長したなあ」とかひとりで思ってしまった。そう思えることってすげえいいことで、気持ちのよいことなんだなあと新しい発見!!!「新しい毎日」と共に「新しい発見」なんか嬉しい1日だった(*゚▽゚*)
2004年11月22日
-----怒りには、死ぬまで、年老いることがない。-----【ソポクレス コロノスのオイディプス】『ソポクレス』の言葉。そうだなあ。「怒り」が年老いることはない。年から年中、怒ることは何度もあるし、怒らなくなることもないんだろうなあと思う。怒ることってイケナイことなんかねえ。σ( ̄、 ̄*)んー、イケナイことではないと思うけど、怒りを抑えなければいけないときというのもあるとは思う。場を考えて・・そして出来るだけイライラしないように、過ごしていきたいなあ。心が広い人間でいれますように。
2004年11月21日
-----美しいものを見つける為に私たちは世界中を旅行するが、自らも美しいものを携えて行かねば、それは見つからないだろう-----『思想家 エマーソン』の言葉。よく聞く言葉に似ている。「自分の心が美しくないと 美しいものがあっても気づかない」って。友だちも似たようなことを言ってたなあ。「心が美しくないと 良い言葉は見つからない」って。生活していて、良い言葉を言ってくれる先生とか、クラスの人(あえて友だちとは言わない)とかいるけれど、普段の行いが悪い人が良い言葉を言っていたらそれはもう悔しい。「お前になんでそんなこと言えるんだ」って。自分だけがこう思ってるんだろうけど、「そんな良い言葉を言えるんだったら、自分の普段やってること考えてみろ」って思う。心の綺麗な人はたくさんいるけれど、逆に綺麗じゃない人(綺麗なふりしてる人とか・・)もたくさん見てきたから、どうにか言葉の力で心が綺麗にならないもんかねえ。世の中にはたくさん良い言葉が溢れかえっているのにさ。
2004年11月20日
-----飛ぶことに疲れたら、翼休めてもいいよ。十分頑張った君を、僕らは知ってる。-----引用元不明。今日のわしはなんか疲れてた。いつも授業中は隣の子としゃべったりしてるのに、しゃべる気力もなくて、偏頭痛して、腹が痛くなって、吐き気して。たくさんの友だちが心配してくれたんだけど、元気取り戻すことが出来なかった。で、放課後友だち3人と一緒にいたらなんとか元気取り戻した(;´・`)>今日は好きな番組あるからそれ見て即寝るか。明日からは何事もなかったかのように元気に学校行けたらいいな。たぶん体調が悪くなったのは精神的なモノだと思うから。ゆっくり休もう。それしか解決策が見つからん。今日心配してくれた友だち、ごめん。そしてありがとう。
2004年11月18日
-----なぜ機械のいうことなど聞いたのだ!なぜ人間が自分の頭で判断しなかった-----【火の鳥(2)未来編】『手塚治虫』より。最近の日本は見ての通りほとんどのことを機械に任せている。わしが普段任せてること・・学校への行き帰りは車。こうして文字を打っているモノ(パソコン)も機械。携帯電話だって持っている。これってわし等、人間が機械を動かしているというよりも、機械に動かされているって考えても変じゃないと思う。学校から帰ると、まずパソコンとコンポをつける。わしの生活の全ての始まりが機械からなされているんじゃないかと思ったら、少し恐くなった。卒業して社会に出たら、益々機械に頼ってしまって、文字を書かなくなったり、本を読まなくなったりしてしまうんかねえ。そんなことにならないように、時間を見つけて誰かに手紙を書いたり、本を読んだりしていよう。でも手紙とか本とか好きだから大丈夫だと思うけど。そんなことよりも、もっと「自分でやろう!」っていう気持ちを強く持って生きたいなあ。機械なしじゃどうすることも出来ないということがあるかも知れないけどな。
2004年11月17日
-----ホンマにおもろい人っていうのは、吉本なんかに入ってへんかも。どっかの職場で「ボソッ」とおもろいこと言うて、笑いをとってるのかも知れませんね -----【お笑いコンビ・メッセンジャー あるテレビ番組より】『黒田保』の言葉。それもそうだなあと思う。お笑いを見ていなくても普段生活していて面白い人はたくさんいる。友だちとか、先生とか、兄弟とか、親とか?まあ、この言葉はそんなことを言っているんじゃないということはわかってる。ただ「笑い」にたとえているだけで、この言葉は「力を持っている人は人前に出ている人意外にもたくさんいる」ってことを言おうとしているのではないかとわしは思った。それから「仕事」としてやっているよりも、「趣味」とか「お遊び」でやっている方が本当の力を出せているってことも。そんなことは探してみればたくさんあるのかもなあ。わしは文章を書いたりするのが好きだけれど、授業で「作文書きなさい」って言われるといい作文出来ないけど、友だち同士の手紙とかだったらいい言葉書けたりする。余計なプレッシャーとかがないからなんかねえ。
2004年11月16日
-----死と同じく 生も避けられない-----映画【 ライムライト】『チャップリン』の言葉。最近なんか短い名言しか選んでないなあ(笑)なんでだろう?σ( ̄、 ̄*)わしは恥ずかしながら「死にたい」と思ったこともあるし、「生まれてこなきゃよかった」とも思ったことがある。これほど親不孝なことはないだろうなあと思った。それにしても、「死」は避けられないモノだとはいつも思うけれど、「生」が避けられないというのはあまり考えたことがないなあ。そういう話はしたことがあると思うけれど。たぶん「もう生まれてしまったのだから」という気持ちがあるんじゃないかと思う。いくら「生まれてこなきゃよかった」と思っても生まれてしまったのだからしょうがない。それと比べて「死にたい」とは生きている限り思える(最近は全然思わなくなったけど)。そして「死にたくない」と思っている人も数多くいるだろうと思う。けれど悲しいことに(?)それは避けられない。この世の全ての人間に共通することは、「生まれること」と「死ぬこと」なのだからねえ。いずれ死ぬのだから、今は自分のやりたいこと見つけて精一杯生きたい。そう思った。ああ、なんかしんみり(笑)暗い日記になったなあ。
2004年11月15日
-----笑えるときに笑え、いずれ泣くときがくる -----【運を育てる】米長邦雄著 『升田幸三』の言葉。この言葉を知って、心友を思い出した。最近心友とメールをしていて「自分は面白くなくても笑うし、面白くても大笑いが出来ない」って言っていた。『愛想笑い』をしてるかも、っても言っていた。『愛想笑い』は相手にとって嬉しいモノなのか、悲しいモノなのか、と考えた。わしだったら・・よくわからん。「あ、愛想笑いをしているな」って、わかってしまったときはすごく悲しいんだけど、それに気づかないでいるときは「あ、笑ってくれている」って、嬉しくなる。しかもわしだって面白くないのに笑うことがある。それも『愛想笑い』なんだろうけど。「笑ってあげなきゃ!」って、思ってしまっているんじゃないかなと思う。そんな必要はないのだと思うけど。逆に面白いのに大笑い出来ないってことはそんなにないかねえ。心友は何かに悩んでいるんじゃないかなと思う。心友の話を聞いてあげよう。
2004年11月14日
-----「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ-----【サラダ記念日】『俵万智』の言葉。この言葉は昔(と言っても確か中学生だった頃w)、国語の教科書に載っていた記憶がある。わしはいつからこういう言葉というものを好きになったのかはわからないけれど、この言葉を知った瞬間はすごく心が落ち着いた感じがした。わしは「言葉」というものがいつから好きになったんだろう。そろそろ冬になってきた。「寒いね」って今年は誰に何回くらいわしは言うだろう。それとも、言われるかねえ。もし「寒いね」と言われたら「寒いね」って言いたい。ん~でも、寒くないのに「寒いね」って言ってたら嘘つくことになるから、寒くないときは「わしは寒くないよ」って言おう(笑)でも好きな子に「寒いね」って言われたら、嘘でも「寒いね」って言ってあげたくなるかもな(;´・`)>
2004年11月13日
-----隠れて、生きよ。-----【エピクロス】より。この言葉は短いからわかりやすそうだと思ったのに、全然意味がわからない(爆)何が言いたいのだろうと考えたけど・・。でしゃばらずに生きていろと言っているんだろうか。わしはそうとしか思いつかなかった(;´.`)>でも、でしゃばりすぎてもうまくは生きれないだろうなあ、とは思った。でしゃばりすぎて他の人の話は聞かず。そんな生活だったら面白い人生にはならないのかも。
2004年11月11日
-----あなたを見ていると幸せだ。あなたのことを考えていると一日中幸せだ。-----『チャールズ・ディッケンズ』の言葉。今日、好きな子と2人きりで遊んだんだ。と、言っても地域の小学生たちが描いた絵がたくさん展示されている前のイスに座って、ずっと話をしていた。すごく幸せで、このままどうなってもいいなあってさえ思えた。2人で並んで自分たちの前を歩いている人たちのことを気にかけながら(なぜかw)、わしは2人だけの世界に入り込んだと思っていた。「自分のために話をしてくれている」「自分のために話を聞いてくれている」「自分のために笑ってくれている」「自分のために・・」「自分のために・・」「自分のために・・」「自分のために・・」で、いっぱいだった。悩みも聞いた。自分なりに助けれるような言葉を言ったら、「ありがとう」と言って笑ってくれた。そしてずっと話をしていたらあるとき好きな子が、「おばあちゃん夜ご飯作ってるんじゃない?」って言った。「おお!そうかもなあ。」ってわしが言って、帰ることにした。好きな子は自分のことよりもわしのことを気遣ってくれた、最後まで。「ばいばい」とわしが言おうとしたとき、好きな子が先に「ありがとう」と言ってくれた。本当に幸せなひと時で・・。こういうときこそ時間が早く進んでいるように感じてしまうのは、なぜなんだろうと思った。幸せすぎて、幸せすぎて。好きな子がぼそっと「私、結婚しない」って言ってた。わしはかなりびっくりしたけれど、正直言って嬉しかったんだよなあ。でも本当に結婚しない気なのか!?ちょっと一生の疑問が出来た。たぶん今度2人きりになったら告白だな。今日一緒に遊んで「自分は出来る」って思えた。うん、出来る!頑張ろう!
2004年11月10日
-----私は根っこが無い。だから自由だし、世界中が根だともいえる。-----【朝日新聞】『オノ・ヨーコ』の言葉。人間の、あるいは自分の根っことはなんだろう。オノ・ヨーコのように根っこはないんだろうか。わしは『根っこ』はある人とない人がいると思う。ん~でも、ないとちょっと寂しいんじゃないかねえ。そもそも根っこってどんなことをわし等にしてくれているんだろう。「根(こん)」1 物事に飽きずに耐えうる力。気力。根気。2 作用を起こす力。生命活動や感覚の原動力。3 方程式を成立させる未知数の値。ある数を何乗かした数に対するもとの数。この言葉の場合は・・2になるんかな。生命活動や感覚の原動力。わしの場合は「自分の将来の夢」とか、「周りの人々」とか、「好きな人」とかなんじゃないかって思う。でもだから自由じゃないわけでもない。「原動力の根」わしはないよりはやっぱりあった方が生きやすいんじゃないか、って思う。オノ・ヨーコは「世界中」が根だと言っている。世界中に生かされている(た)人なんだなあと思った。
2004年11月09日
-----絶望のとなりにだれかがそっと腰かけた絶望はとなりのひとに聞いた「あなたはいったい誰ですか」となりのひとはほほえんだ「私の名前は希望です」-----【人間なんてさびしいね】『やなせたかし』の言葉。友だちにやなせたかしの絵本を借りた。この本は【人間なんてさびしいね】という題名で、見たからに心が沈んでしまいそうな本だったんだけれど、たぶん悲しんでいるときとかに読んだらいいのかなと思う。今のところわしは心が沈んでいるわけでもないから、この絵本を読んだときには少し悲しくなってしまったんだけれど、でもいい言葉がたくさんあって気に入った。友だちにはちょっと悪いんだけれど、絵はあまり気に入らなかったかねえ・・(笑)この言葉はすごく意味深だなと思った。絶望のとなりに腰かけたのが自分だったらいいなとか思った。絶望を吹き飛ばしてしまうほどの希望になりたいなとか・・(笑)直感的にそう思ったのだけれど、他の人がどう捉えるのかはわからない。友だちはこの言葉を「いい!!」としか言ってなかったなあ。ん~と、まあ、絶望のとなりに腰かけられるほどに冷静でいられたらいいな、と思ったりもした。
2004年11月08日
-----無いんです。心構えとしては、初対面と思わない事じゃないですかねぇ。この人はよく知っているんだ、仲良しだと思う事です-----【初対面の人と上手くトークを弾ませる秘訣を聞かれて】『タモリ』の言葉。普段初対面の人とどう接しているかを考えてみた。たぶんあまり人見知りしないと思うから(自分ではw)、仲良く出来ていると思う。と言うよりも、「仲良くしたいなあ」っていう気持ちが大きい。あまり深くない関わりって好きじゃないんだけど、「近づくな」とか「仲良くしたくない」とかは思わないなあ。初対面と思わないことって必要だと思う。お互いに相手のことを知らないわけだから、あまり緊張しなくてもいいんじゃないかなあ。これから卒業して社会に出たときには当然初対面の人ばかりだと思うから。
2004年11月07日
-----死んだ人間を思うて人を殺しとったら 次から次へみんな死んでしまうがネ 生きとる人間でなんとかせにゃ しょうがないですろう-----坂本龍馬【猛き黄金の国 岩崎弥太郎編】『本宮ひろ志』サンの言葉。愛する人が殺されたときに、愛する人の『仇(カタキ)』と言って殺した相手を殺す。こんなこと馬鹿らしいと思う、わしは。愛する人は「自分を殺した人間を殺してくれ」と、思っているんだろうか。死んでしまった人の想いはわからないけれど、そんなことしても嬉しく思わないんじゃないかと思う。「愛する人が殺されて、殺した人を殺す」なんて、現実にはなさそうだけど・・(笑)殺すよりだったら、愛する人の分まで自分が精一杯生きればいいんじゃないかと思う。自分が殺人犯してたらなんも意味ないんじゃないかって思う。「怒り・悲しみ・悔しみ」とかは相当なモノだと思うけど・・。これってわしが愛する人を殺された経験がないから、こういうこと言えるのかねえ。どうなんだろう。
2004年11月06日
-----主よ あなたの平和をもたらす道具として私をお使いください-----『マザー・テレサ』の言葉。すげえ勇気のいる言葉だ。そして優しい言葉だ。わしはこんな言葉を口にすることは出来ないし、口にしたところで何が出来るかって思う。飢餓などで苦しんでいる人たちの前以外でも。でも心のどこかでいいから誰かのために生きていたいなあって思う。自分のためにも精一杯生きたいけれど。わしの場合、周りに見える人助けとかはすげえ格好つけてしまうと思うから、誰にも見えないところでコソコソと人のために生きたいなあ。それって結構わしにとっては、いい生きがいになるのかもしれない。
2004年11月05日
-----よく、『なにをしたいのかわからない』という悩みを聞くんだけど、僕はそう思ったことがないの。いろんな人に出会って、いろんなものを見て、泣いたり笑ったりしていたら、自然と生き方は決まってくると思うんだけどな。-----【NET ViVi エンターテインメントインタビュー 2003.11】『及川光博』サンの言葉。「なにをしたらよいかわからない」と思うのであれば、無理に何かをしようとしなくてもいいんじゃないかと思う。「○○しなきゃいけない」なんてことはこの世にひとつもないと思うから。何かやりたいなあと思ったらやるのが1番いいと思う。わしも無理に何かをやろうとしないし、やることを見つけたとしても本当にやりたいことじゃなかったら、続かないと思う・・。「やること」が出てくるまで、立ち止まってもいいんじゃないかねえ(゜▽゜*)
2004年11月04日
-----お前はお前でちょうどよい顔も体も名前も性も、お前はそれは丁度よい。貧も食も親も子も息子の嫁もその孫も、それはお前に丁度よい。幸も不幸も喜びも、悲しみさえも丁度よい。歩いたお前の人生は悪くもなければ良くもない。お前にとって丁度よい。地獄へいこうと極楽へいこうといったところが丁度よい。うぬぼれる要もなく卑下する要もなく上もなければ下もない。死ぬ日月さえも丁度よい。お前はそれは 丁度よい-----【丁度よい】『良寛』サンの言葉。この言葉を知って、泣きそうになった。今のままでいいんだって、初めて思えたんだと思う。
2004年11月03日
-----負けるのが恥ずかしいとは思っていません -----【週刊プレイボーイ2001.10.09】『高橋尚子』サンの言葉。負けることが恥ずかしいと思っていれば、勝負なんてとてもじゃないけど出来るはずがない。わしも今までいろいろなところで、いろいろなスポーツをやってきて、負けて「悔しい」と思ったことは何度もあったけれど「恥ずかしい」なんて思ったことはない。だからわしは勝負が出来るのだと思う。特に「どうしても勝ちたい!!!」と思う勝負こそ負けたときに「恥ずかしい」と思うことが全然ないのだ。『負けて恥ずかしい』と思うことが1番恥ずかしいんじゃないかなあ。それってきっと自分にうぬぼれているってことになってるんじゃないかと思う。自分に負けの姿は似合わないとか、そんなこと死んでも思いたくないと思う。そういうふうに思う人はいない・・かな?(笑)負けて悔しいと思ってなんぼだなんぼ(*゚▽゚*)でも自分で「勝ち」を諦めたりはしたくないなあと思う。前のわしがそうだったから。
2004年11月02日
-----この年になると、いやでも本気のことを言っちまいますよ。嘘をつくなんて、とてもめんどうくさくて。-----『ペスト』の言葉。こんな言葉を言ってみたいなあと思った。なぜなら、わしは生きている限りたくさんの人に嘘をつくことになるからだ。そして嘘をつくことが「めんどう」だなんて思ったことは1度もない。だって嘘をつかなければわしには友だちもなにもいなくなってしまうと思うから。わしは現実的には周りの男の人(特に同年代の人)がすごく苦手で、道を歩いていて前から同年代の男の人が歩いてくるとすぐ避けるし、おまけにまともに顔も見れない。こんなんなのに友だちから恋愛話を持ちかけられると男の人を好きになる人間のフリをする。「体は女で心が男だ」って言っても見た目では男っぽい女にしか見えてないと思うから。周りの人に「そういう人間なのだ」という勇気さえもない。自分で自分を苦しめる生き方をしているのだ。同じような人をネットでよく見かけるけれど、そういう人たちはみんな自分の生きたいように生きている。「あぁ、自分もこうなりたいなあ」と思うだけだ。自分も嘘をつくのがめんどうくさくなりたいもんだなあ。と、言うよりも自分のことを恐がらずに言える人間になりたいもんだ。
2004年11月01日
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