それでもあたしは生きていく

それでもあたしは生きていく

2009.09.05
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カテゴリ: 本・ほん・ホン



 20世紀少年を買うつもりで入った本屋。
 22巻が売り切れのため、気分転換に立ち寄った文庫コーナー。
 重い本を読むつもりはなかった。推理小説か、軽いエッセーでも買うつもりだった。
 その日、そのとき、その場所で
 あたしは、出会ってしまったのだ。


 加工していたのは高速実験炉「常陽」の燃料。一般の原子力発電所で使われる核燃料は濃縮度が5%以下だが、このとき扱っていた燃料は18.8%という高濃度のものだった。

 高濃度のウランという、高度で正確な取り扱いが求められる原料と加工工程にも関わらず、国に提出している方法とはまるで違う器具や方法が採られていた。
 ウランが入れられていたのはステンレス製のバケツ。溶液を作るのに使われていたのは、お寺の手洗い場にあるようなひしゃくだった。

 現場では職員が直接漏斗を使ってバケツから沈殿槽へウラン溶液を注いでいた。(臨界事故が起きたときはバケツ7杯分を入れていた)これらの作業について、作業員にはその危険性も、臨界事故があった際の対処方法も、何も知らされていなかった。
 1999年9月30日まで臨界事故が起こらなかったこと自体が奇跡としかいいようがない状態だった。

 「安く、早く、楽に」ウラン加工を行っていた住友子会社のJOCへ、神の審判が下った。
 1999年9月30日、日本初の臨界事故が起きる。何も知らずに作業をしていた2人がチェレンコフの光を浴びた。
 チェレンコフの光・・・神の下した罰は、想像を絶する残酷なものであった。

 「朽ちていった命 ~被曝治療83日間の記録~」は、最も被曝量の多かった大内さんへの医療行為記録だ。NHK特集で放映され、モンテカルロ国際テレビ祭で最優秀賞にあたるゴールドニンフ賞を受賞した「東海村臨界事故 ~被曝治療83日間の記録~」を文章にまとめたものである。
 あまりにも壮絶な内容なので、読み始めた翌日ネットで調べたところ、この本の原版である「東海村臨界事故 ~被曝治療83日間の記録~」は出版後すぐに絶版にされたらしい。絶版というよりは「発禁」だったのだろう。それくらい、被曝した人間の「末路」がリアルに綴られている。

 「東海村臨界事故 ~被曝治療83日間の記録~」は絶版されたが、日本にもジャーナリズムの良心は残っていた。


 モナコで行われたゴールドニンフ賞の受賞式で、番組記者であり本書の著者である岩本裕氏はこうスピーチしている。

 「取材を重ねるなかで、この番組を最高のものにしたいと考え続けました。その気持ちの源泉となったのは、極秘とされている1枚の写真でした。(中略)
 放射線がDNAを破壊し、体を内側から溶かしていく怖さを感じました。私は大内さんがその怖さを多くの人に伝えて欲しいと訴えていると思いました。(中略)
 この番組は私たちが作ったのではなく、大内さんが私たちに作らせてくれたのだと思っています。この賞は、むしろ大内さん自身が受け取るべきものだと思います。」


 そして、あたしはこの本に「出会って」しまったのだ。

 83日間の医療行為記録では、人間が内側から壊れていく様が刻々と綴られている。
 真面目で、几帳面で、思いやりがあって、陽気で、スポーツマンで、妻と家族を愛する「茨城弁をしゃべる、茨城の田舎のおじちゃん」。快闊で明るい性格、35歳という若さ、ラグビーで鍛えた健康体が、日を追うごとに壊れていく。

 あたしは

 広島へは何度も足を運んだ
 被爆者の話はたくさん聞いてきた わずかだが交流もある
 被爆2世の友人もいる
 第5福竜丸の内部にも入った
 裸足のゲンを始めとして、原爆や第五福竜丸に関する書籍を何冊も読んだ

 つもりだった・・・。知ってるつもり、だった・・・。

 あたしは 甘かった。

 短時間で大量に被曝した人間が死に至るまで・・・正直、ここまで残酷だとは思っていなかった。
 大内さんが受けた放射線の量はおよそ18シーベルと言われる。7シーベルト以上の放射線を浴びた人間は100%死に至る。大内さんの被曝量はほぼ核分裂の中心地点の放射線量と同じだとどこかのサイトで読んだ。これだけの放射線を浴びた人間は、2週間以内には亡くなると言われている。

 短時間で致死量の放射線を浴びた人間を身近な言葉で当てはめると・・・「生きながらにして溶けていく」というのが一番ぴったりかもしれない。
 日本人は原爆のイメージが強いので、被曝=すぐに大やけどというイメージがすぐに浮かぶ。
 しかし、被曝はすぐには症状が現れない。
 DNAが破壊されることにより体の細胞が破壊される。今存在している細胞は次々に死んでいく。死んだ細胞の後は再生がされず、破壊されてしまった細胞の残骸が次第に取れていく。水ぶくれが起こり、皮がはがれ、粘膜がはがれ、垢のようにはがれ落ちていく細胞の残骸。やがて破壊された細胞の成分が血液や体液、尿などにまざり、体外に出されていく。
 皮膚がなくなった体からは血液と体液が、腸からは大量の出血と緑色の下痢が出た。その量は次第に増えていき、体液と血液だけで1日2リットルにもなった。体全体では最大で1日10リットルにもなったという。

 体を守っていたものが次々に溶けていき、激痛が体を襲う。
 体が溶けていく中、脳は常に正常に機能しており、意識ははっきりしている。溶けた細胞に替わって、激痛、不安、恐怖が体を、脳を覆っていく。

 妹さんの細胞を元に作った造血幹細胞は、大内さんの体にしっかりと根付いた。みんなの願いが大内さんの体の放射線障害を打ち負かしたかのようだった。
 しかし、この造血幹細胞のDNAもあえなく破壊される。破壊したのは、放射線に犯されたことにより体の中で新たに作られた放射性物質によって、さらに汚染された大内さんの細胞が作り出した活性酸素ではないかとのことだったが、本当の原因は解明されていない。

 「ここにいる人は何なんだろう。だれなんだろうではなく、何なんだろう。体がある、それもきれいな体ではなくて、ボロボロになった体がある。その体のまわりに機械がついているだけ。(中略)
 大内さんを思い出しながらでないと、自分のやっていることの意味が見いだせないような、そんな毎日でした。」
 看護師の中には、未だに大内さんに問いかけ続ける人もいる。

 治療、分析、原因究明、何もかもが手探りの負け戦だった。
 溶けていく被曝者と、すり減っていく医療従事者・・・それぞれが限界を超えていた。
 それでも、闘いは続いた。

 被曝59日目、大内さんの心臓が止まる。その間トータルで49分。
 ラグビーで鍛えた大内さんの心臓は再び脈打つが、脳の反応はなくなった模様。
 数え切れないほどの種類と量の薬が、この後24日間、大内さんを生かし続ける。

 被曝83日目
 体に全く抵抗力がないため、想像を絶する量の抗生物質と抗真菌剤が投与されていたが、昇圧剤によって薬が行き渡らなくなった体にはカビが生え始めていた。
 顔の皮膚がなくなって以来、ずっと顔を見ていなかった家族が、素顔を見た。これまでずっと涙を見せなかった妻が、わずかに泣いた。

 12月21日23時21分。
 心拍数を示すモニターの線が、真っ直ぐになっていた。
 血圧は上が90、下が40あったが、突然、落ちた。
 医学の常識、蓄積、技術をあざ笑うかのように猛威をふるった放射線障害は、死まで前例のない形をとった。
 感情を解き放たれた妻が、10歳の息子に抱きついて泣き崩れた。

 触れてはいけない領域に踏み込んだ人間に対する神の怒りが、終わった。


 大内さんはどこにでもいる茨城訛りのお父ちゃんだった。
 交通違反くらいはしたかもしれない。でも、世間を騒がすような犯罪を犯したこともなかった。

 そんな大内さんが犯した罪があるとすれば、それはたったひとつ「知ろうとしなかったこと、自分の頭で考えなかったこと」だ。

 原子力発電所推進派は「日本の技術は高いので海外のような問題はない」と言う。
 本当にそうなのか?

 技術が高いなら、何故大内さんのような最前線で働く労働者に正しい放射能の知識を与えないのか?何故事故の可能性や対処の方法を教えないのか?
 問題がないのなら、何故そういう自分が最前線でバケツでウランの濃縮液を作り、漏斗で注入する作業を行わないのか?
 なぜこの本の原本が発禁にされたのか?

 答えは簡単「日本の原子力技術が高いから問題はない、なんていうのはウソだから」だ。

 では、何故ここまでして日本は電力を原子力に頼るのか?

 これも答えは簡単「儲かるから」だ。

 原子力発電所だけ見たらお金がかかっているように見える。
 しかし、今回本を読んで感じたが、原子力発電所の燃料はおそらくものすごく安い。
 だって、放射線が入っている物質を水で溶かして混ぜているだけだもん。核兵器はコストが安いという話は聞いたことがあったが、この本を読んで納得した。バケツとひしゃくを使い、放射性物質を水で溶かすだけなら家でもできる。いくらで売っているのか知らないけれど、こんなタダ同然のものを数万円以上で売ったら、マルチ商法以上にボロい儲けになる。
 この事件が起きたJOCは住友金属の子会社だった。タダ同然の原料を使い、人件費を削減し、少人数でも作業できるよう手抜きに手抜きを重ねたずさんな作業工程が、親会社である住友金属を、住友グループをどれだけ潤わせたことか。
 原子力発電は「安全なエネルギー源」ではなく「安定した金ヅル」なのだ。

 成功するかわからない上に現段階では取れるエネルギー量の少ない太陽光発電なんかに巨額の研究費を充てるなんてバカらしくてもったいない。原料が安くててっとり早い原子力発電に走った方が儲かる・・・これが、日本に原発が多い理由だ。 

 大内さんは、「原子力ってやばいでしょ」と考えることなく、JOCに就職した。「安全だ」という会社の言い分を疑ってみなかった。
 結果、自分の朽ちていく姿をマスコミにさらすことで、身をもって知った原子力の恐怖を社会に訴えることとなった。
 大内さんは無関心の代償として、「人間であること」を奪われた。


 「自虐史観」という言葉を使う奴らがいる。
 自分の先祖がやった罪を認めて償うことの、どこが自虐なのだろうか?

 金を持つ者にへつらい、言い分を鵜呑みにして、自国を放射能の危険に晒して金儲けに荷担する。
 「アメリカ様が守ってくれる」として、首都圏にチェルノブイリと同じ原子炉規模を持つ原子力空母に血税の思いやり予算を払って「母港として使っていただく」、「北朝鮮が攻めてくる」とマスコミに踊らされては軍事費を増やして喜び、「国際貢献」と言って自国の軍隊を海外に派兵して喜ぶ。
 海外旅行に行って、見てくるのは観光地とホテルのクラスと料理とおみやげだけ。お笑いやドラマやアイドルにうつつを抜かし、現実には目を背ける。
 今の日本人労働者の生き方が「自虐的」だ。

 「朽ちていく命」を読んで、あたしは改めて腹が立った。
 JOCではなく、日本人の無関心に対して、だ。
 どこまでバカにされながら生き続けるのか、どこまで人間の尊厳を奪われてヘラヘラ生きるのか。本当の意味でのプライドを持たねば、と心に誓った。

 あなたの「人間」を奪われないために、是非、読んでみて欲しい1冊だ。



静かな表紙です.jpg





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