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ラマダンとシェケル・バイラムの解説日記をもうちょっと書こうとしたんですが、団子屋さんから「料理日記ぷり~ず」とのリクエストがありましたので(笑)、今日はトルコの激うまチキンピラフのご紹介なんぞをしてみようかと思います。トルコに行っておいしいなあ~と思ったのは、やっぱり米料理のピラフです。色んな種類があるんですね。シンプルなものから、羊肉を炊き込んだもの、ムール貝やアンチョビのピラフなんかもあります。トルコ人にとって主食はパンなので、ピラフはおかず?と思ったけど、色々複雑らしい。やれシンプルなピラフはおかずの添え物だとか、今日紹介するチキンピラフは果物のシロップ漬けと一緒に食べるんだとか、羊肉のは料理として扱うんだとか・・・。結構こだわりがある。だいたいなんでチキンピラフは、果物のシロップ漬けと一緒に食べるんだろう・・。謎はつきない。パイナップルが入ってる酢豚が許せない私としては、味覚の点からツッコミを入れたくなる。パイナップルは酵素が強いので消化吸収を助ける働きがあるらしいけど、チキンピラフとシロップ漬けの栄養学的なウンチクは何かあるのだろうか。トルコ人を家に長く置いておくと、困るのがこのパン食問題だ。日本人が米を食べないと何となく腹が落ち着かないのと同様、トルコ人もパンを食べないと腹が一杯にならないらしい。トルコ人は一人一食一本のバゲットを食べるので、パンが案外高い日本では結構エンゲル係数に負担がかかるのだ。ああ・・・また話がそれた・・。なんとかならんだろうか、この話の散らかりっぷり・・。まあ、米食中心の日本人にはチキンピラフはおいしい一品だ。ボリュームもあるので、これとサラダだけでもお腹一杯。トルコで注文する時は「タウクル・ピラウ」と注文しましょう。この場合「ウ」と書かれている所は「ヴ」の口の形で「ウ」。ちなみに「サラダ」は「サラタ」なり。 チキンピラフ〈準備するもの〉6人分チキン 1/2羽(←謎。骨付きで色んな部位が欲しいと思われる。 手羽、胸、もも一本ずつとか?)米 500gバター 50gチキンストック 750g塩・コショウ 適宜〈作り方〉1) 米は塩を入れた熱湯に漬けてフタをし、冷めてからきれいに研いで水をきる。2) チキンを洗い、塩を入れたたっぷりの水でボイルする。3) 肉が柔らかくなったら骨から離し、食べやすい大きさに裂いておく。4) チキンの茹で汁を3カップ別の鍋にとり、チキン、塩、コショウ、バターを加えて煮立たせる。5) 4)に米を入れ強火で5分間、しだいに火を小さくして水気がなくなるまでふっくらと炊き上げる。6) 上にチキンをのせていただきます。バター50gって多いかも知れません。いや、多い。鶏から脂出るし。作り方、のっけから謎ですね。米を熱湯に漬ける・・・。これがトルコの米の炊き方なんです。銀シャリで食べるならこれはNGですが、ピラフにする分にはおいしいのですよ。トルコ初心者だった頃、トルコの友達の家で「日本人だからピラフ作れるでしょう?作って」と言われ、「作ったことない」と言うと「信じられないわ!キタノウミ!・・・(以下、家で何をしてるのかとか、そんなような文句が続く)」と、そこで日本滞在経験有りの人に「日本には米を炊く機械があるんだよ・・」と取りなしてもらったことがあります。機械(炊飯器)があっても、ピラフは作れなかったなあ。あのころは。日本のごはん炊いたら、嫌がられただろうな(笑)。彼らにとっては味がないし。トルコ人の中には日本人が米を食べる、ということは知ってる人もいるけど、味付けしてない米の甘味と香りを楽しんで食べている、ということは当然知らない。日本に来てびっくりするのも分からないでもない。「あ、味がついてねえ!!」彼らのこだわりチキンピラフ、食べてみて欲しい。シロップ漬けも忘れずに・・(果物の缶詰め可)。
2004年11月16日
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先日、削除した日記があるのですが、コメントまで削除してしまっては申し訳ないので、コンテンツにコメントとして追加しました。では又のちほど・・。
2004年11月15日
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約1ヶ月続いた、断食(ラマダン)も終り、今日から砂糖祭り(シェケル・バイラム)が始まった。私はといえば、気が弛んだのか風邪をひいてしまい、せっかくのヒマな時期にぐずぐずである。大体、死ぬ程忙しい時期は「いっそ熱でもでれば・・・(休めるのに)」と願うのだが、風邪をひいてもせいぜい働きにくくなる程度の症状にしかならず、ヒマになった瞬間にポーンと熱が出たりして、無駄に有給を消化、とかになる。人生なんてそんなもんよね・・・。そんなわけで、友達からラマダン明けの食事に誘われたが断った。ってか、関係ないのでねえ・・・。断食もしてないのに、お呼ばれされるのはちょっと気がひける。向こうは気にしないんだろうけど。数日前から、いそいそと皆で集まってお祈りをしたりしていたらしい。ラマダンはイスラム教徒にとっては、特別な行事(?)なのだ。トルコでは(多分イスラム教徒全般)、このラマダンの期間の食事は、各家庭なにやらすごい御馳走を作る。夜いったん寝て、明け方前に起きだし、ご飯を食べ水をがぶ飲みしてお祈りしてまた寝る。一日食べられないと思うせいか、皆さん結構必死に食べる。一日過ごして、夕方のラマダン明けの食事の時は、お腹がすいてるせいか、これまた結構必死に食べる。夜の間は食べられるので、その間いろんなものをつまむ。「ラマダンってやせそう♪」・・そう思ってるあなた。大きな間違いです。一日2度、ドカぐいしてみなさい。確実に太ります。何と言うか・・・禅宗の断食のようなストイックな雰囲気はあんまりないカンジである。禅宗だと、断食明けにはおかゆとおしんことかだしね・・。でもラマダン中、夜出歩くと、なんとなく神聖な空気が流れているような気がする。それは禅宗の張り詰めたような清廉さとは、また異なる陽気な空気だ。ラマダンの期間、市民はえらく食べ物を買い込む。お腹がすいた状態でお店に行くので、あれもこれも買い込むらしい。便乗値上げもあるらしい(笑)。トルコらしいお話である。その日の断食が終る時は、塩か水かオリーブの実かナツメヤシの実を最初に口にする・・と聞いたが、いろんな人に聞いてみると、特に「こうしなくてはならない」という決まりはないらしい。「いろんなやり方があるからね」と、トルコ人。イスラム教徒は言わずと知れた「コーラン」にそって生活をしているが、預言者マホメットの言行にも頼っている。お祈りの仕方やお祈りの前のみそぎの仕方など、コーランに書かれていないことは結構多い。そんな言行をまとめてあるのが「ハディース」という書物なのだが、何十種類とある上に信憑性に乏しいものもかなりあるらしい。だから、彼らはコーランに書かれていること以外は、代々受け継いで来たやり方で行う。家庭や人によって微妙に色んなことが違っているのだ。イスラムには「シェケル・バイラム」以外に「クルバン・バイラム(犠牲祭り)」というお祭りがある。シェケル・バイラムの約3ヶ月後にあるこのお祭り、牛や羊を一頭絞めて、貧しい人や孤児などの色んな人にふるまう、というお祭りだ。この日ばかりは、普段質素に暮している人達でも、思う存分肉を食べる。このお祭りは肉が主人公だが、「シェケル・バイラム」は名前に「砂糖」とついてるわりに、特に祭りの間に甘いものを食べる、という習慣はない。「シェケル・バイラム」という名前もそもそも「ラマダン・バイラム」という名前だったらしい。ラマダンが終った開放感からか、いつしか名前は変えられていた。ラマダンになると、普段から友人宅をよく訪れるトルコ人の行き来がより頻繁になる。田舎の方では、知らない人でも夕飯に招待される。近年イスタンブールやアンカラなどの都会では、ラマダンテントという夕食をふるまうテントが作られる様になってきたらしい。1,500人規模というから、すごい。元々、役所がスポンサーだったらしいが、芸能人や企業などもこぞってスポンサーになっているらしい。ラマダンにかけるトルコ人の意気込みがわかる(笑)。ラマダンの始まりの頃、トルコの友達から小包が届いた。トルコのお菓子や、彼女が作った服などが入っていた。お楽しみ箱のように、こまごまと色々なものが入っていて、その心遣いをとても嬉しく感じた。お礼にこちらからも何か送ろう。何にしようか。ずっと心に思い描いている。ちなみに今日は「バイラムおめでとう」の電話をしようとしても、電話が混んでいてつながりにくい。皆でかけまくっているのだろう。<追記>しばらく粘っているのだが、トルコへ電話がかからない・・・。トルコテレコムどうよ?!今日はあきらめて寝るか・・・。
2004年11月14日
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約1ヶ月続くラマダン(断食)も今週の土曜日で終り。その後は断食あけの祭り、シェケル・バイラムとなる。シェケル・バイラムは日本語で砂糖祭りと訳されてるけど、トルコではチョコとか甘いもんは「シェケル」と一般的に言うので「甘いもの」の方がニュアンスが近いんじゃないかと思う。「砂糖祭り」だとインパクト強いけどね。「(甘いものとおりこして)砂糖食いて~~~~!!」みたいな(笑)。近年、イスラム世界があんまりありがたくない方向に注目を浴びていて、テレビなんかでも説明してたりすることがあるので、知ってる人は多いと思うけど、なにも1ヶ月間飲まず食わずなわけではない。「日の出ている明るい間」だけである。でも日の出と共に始まる・・・というわけではない。日が出る少し前、「ちょっと明るくなり始めた頃」が断食の始まり時間である。コーランには確か「白い糸と黒い糸の区別がつく間」とか書いてあったように思う。だから、日によって断食の時刻は分刻みに変わる。結構油断がならないのだ。例えば日本の東京で言えば、10月15日のラマダン開始日の開始時刻は「4時27分」で、終る時刻は「17時11分」。それがラマダン最終日の11月13日の開始時刻は「4時52分」で、終りの時刻は「16時41分」。一ヶ月で30分近く時刻が変わるのだ。そもそも断食がいつから始まるのか、月の満ち欠けで月が変わるイスラム世界なので、我々の使っているカレンダーからは、絶対に分からない。普通のカレンダーで言うと、毎年10日くらいずつずれ込んでいる。私が数年前に断食月にトルコに行った時は、1月だった。本人達もいつからなのかはあんまり把握していないらしく、「いつから?」と聞いても「だいたい○日くらいから」と答えが帰ってくる。正式に偉い人から発表があるまでは分からないらしい。ほんとは分かってもいいはずだけど、そこはトルコ人。寸前まで分からなくってもあまり気にはしない。そう言えばサマータイムもそんなカンジだ。いろんな人に「サマータイムはいつから?」と聞いても「・・多分もうすぐ」(←こいつ働いてるくせに)みたいな返答で、テレビや新聞で「明日からサマータイムです」と報道されて初めて知るような人も多いのだ。断食中は、一切の飲食、タバコ、Hは禁止。何故そんなことをするのか、本などには「食べられない人の気持ちがわかるように」などと書かれていたが、実際の所は「自分の欲望と向き合って見つめる為」というのがあるらしい。「食べられない人の気持ちが・・」だと、食べられない人は時間が来たって食べられないわけだし、この理由は何だか偽善っぽい。この時期、観光地以外のレストランは、昼間は閑散としている。老人・病人・妊婦・旅行者・子供は断食をしなくていいので、レストランの中に囲いを作って、ひっそりと食べる空間が設けられる。断食をしている人の前で食べるのは、あまりよろしくないのだ。断食をしている人の前で食べることは、その人に「食べたい」という気持ちを起こさせて、結果、断食を失敗させてしまうかもしれない。そこはやっぱり気を使ってあげないといけない、ということだろう。がんばってる人の邪魔をしてはいけないのだ。だいたい皆「私達は慣れてるから食べていいよ」って言ってくれるけど、やっぱり気を使った方がいいと思う。断食中よくドネルケバブとか食べ歩きしてる観光客がいるけど、観光客でも外で食べるより、レストランの中で食べた方がいいんじゃないだろうか。旅行に行ったら、そこの文化にどっぷり浸かるのも楽しいと思うのだが。そこのところ、トルコ人に本音を聞いてみると「食べてもいいけど、旅行者も気を使ってくれたら嬉しいと思う」という答えが帰ってきた。自分達の文化を尊重されて嬉しくない人がいるはずがないのだ。私の周りのトルコ人は9割がた断食をしている。中には肉体労働なのにやってる人もいるので、心配になってしまうが、それも「慣れてる」と言う。トルコだと会社によっては、断食が終る1時間くらい前に会社が終るところもあるし、そうじゃなくても就業同時にそっこー家に帰るか、断食の終る時間に従業員に食事を出す会社もある。日本では勤め先によっては「休み時間以外の飲食は禁止」のところもあって、決して断食向きの国ではないが、それぞれ頑張ってるようだ。そうそう。旅行者は断食しなくっていいってのは、どの時点から旅行と判断するか。家から「約90km」離れた時。そこからが旅行らしい(笑)。日本で言えば、「東京-筑波」くらい?通勤圏やがな(笑)。どんな歴史的ないわれがあるんだろう(笑)。激しく興味がわく。しばらく、断食解説つづきます。
2004年11月07日
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いや~すっかり放置してしまいました。みなさんお元気ですか?この放置期間に何してたかと言いますと、屋久島行ってきてました。屋久島と言えば、私にとって長年のアコガレの土地。「もののけ姫」よりず~~~~~っと前から、「まぶたの母」ならぬ「まぶたの地」だったわけです。東京から屋久島までの直行便はないので、まずは鹿児島空港まで行かなきゃなりません。そこからは、飛行機かフェリーか高速船に乗り継ぎです。でもアレですね~。鹿児島市の中心部と思われる天文館という街でレストランに入ったんですが、そこでトイレを使ったんですよ。で、手を洗おうとしたら、もう水がやわらかい!!私、実はアレルギー持ちで手の平はちょっと皮膚がただれている感じなんですね。今住んでる埼玉で普通に水道で手を洗うと、しみるんです。でも、鹿児島のしかも街中で、レストランの外は大通りで車が盛んに行きかっているのに、ぜんぜん痛くない!水ってこんなに優しい感触なのね・・・。そう言えば、空港降り立った時は、「空気がおいしいな~」と思ったし・・。いいな~鹿児島の人は・・・。と、トイレで妙に感動する女・・・。アレルギー持ちの私にとって「塩素」は鬼門なんだけど、埼玉辺りはたっぷり使っている様子。お風呂に入ると、肌がぴりぴりします。通勤電車はぎゅうぎゅうだし、その割に国会議員は少ないから税金は吸い上げられるだけ吸い上げられて、地方にまわされちゃうしね~。それでも東京は、石原都知事がうるさく言って、浄水施設で塩素を使わない様になってきたらしく、東京は案外水が良くなってきたらしい。でも埼玉は・・・。ってことは埼玉が人間が生活するのに一番過酷な環境なのかもね・・。東京に戻ろうかな・・。まあ、それは置いといて。一日目は指宿に泊まりました。ここの温泉も良かったな~。一回温泉に入っただけで、炎症起こして真っ赤だった手の色が、肌色に落ち着きました。一晩泊まっただけですが、3回も温泉に入ってしまいました(笑)。貧乏性?いえいえ、これでも必死なんですよ・・・。あ、貧乏性だな・・思い起こせば・・今までのいろんな数々の出来事を・・・。で、次の日は高速船で屋久島へ。屋久島は岩で出来た島らしいのですね。その岩にしがみつく様に根付いた杉が育って、屋久杉となるらしいのですね。この屋久杉。千年の樹齢を越えないと「屋久杉」の名を名のれないそうです。百年以上千年未満の杉は「小杉」(笑)。これでも小杉か~~~~。まだまだヒヨッコねっぷってカンジですかね。屋久島にはまだ、人が入ったことがない山もあるらしく、そこに入ればまだ何か発見があるのではないかと言われているそうです。樹齢六千年の縄文杉は、残念ながら往復10時間の登山をしなければならず、連れが足を悪くしているので諦めましたが、樹齢ニ千年の紀元杉を見たり、原生林を歩くことが出来たので嬉しかったです。絶対にまた行きます!原生林は空気が清浄で、いわゆるマイナスイオンがたっぷりな(笑)環境でしたよ。皆さんにも、私が味わってきたマイナスイオンをちょっとオスソワケ・・。っつっても、パソコンの画面からはプラスイオンしか出て来ませんが(笑)。 そうそう、屋久島の温泉もかなり良かったです。硫黄泉なのでお肌がつるつるになります。イカ刺しもおいしかったな~。ホテルで食べた「カメの手」のみそ汁もおいしかった。カメの手がごろごろ入ってるんですね、これが。びっくりしたけど、いい出汁がでてるんですよ~。翌日みやげ物屋で、カメの手の冷凍が売られているのを発見。買いませんでした・・・。ついでにちょっと足をのばして、種子島なんかも行ってしまいました。種子島と言えば、種子島宇宙センターと鉄砲伝来しか知らず、他に何があるのか・・と興味津々でした。しかし・・・。種子島はどうやら夏の島らしく、今の時期はシーズンオフ。どうにも寂し気な雰囲気が漂ってました・・。でも景色はすばらしい島でしたね~。宇宙センターもすごくきれいな所にあったし。どうやら世界一、景色のいい所に作られたロケット発射台らしいです。センター内に建てられた宇宙科学館も展示のレベルが高く、充実してました。夏は海水浴がてら来たら、子供とか喜ぶんじゃないかな~。鉄砲博物館も行きました。我が国に初めて入ってきた鉄砲(笑)と、初めて日本人が作った鉄砲が展示されていたのが興味深かったですね。初めて銃を作る命を受けた刀鍛冶は、ネジの作り方がわからず、ネジの作りかたを教えてもらう為に、ポルトガル人に娘を差出したらしく、それが島の悲劇として語り継がれています。初めてヨーロッパ人に嫁いだ日本女性らしいですが、今の日本をその娘さんが知ったら、きっと話に聞かされる様に、そんなに嘆き悲しまないで済んだろうになあ・・・。でも一応ポルトガル人の手ほどきを受けたとはいえ、今まで鉄砲なぞ見たこともない離島の刀鍛冶が作れてしまうところに、当時の日本の職人のレベルの高さを感じました。しかも、どこか工芸品の様に優美なんですね。珍しかったのが台湾の高砂族という原住民(?)の持つ鉄砲。凹凸がほとんどなくて、管を曲げただけのような形なんですね。なんでもジャングルを行くので、ひっかからないように凹凸をできる限りなくした故のことらしい。モノの形には理由があるんですよね~。この高砂族、タマが手に入りにくいので無駄ダマを使うことなく、一発で獲物をしとめるのが必須とされていたそうです。あんな形の銃で、どうやって・・・と思いましたが、原住民の人ってほんとにうまいんだろうな。狩り。種子島、今度は夏に行きたいですね。大型台風直後だったんで、海岸も殺伐としてたし(笑)。帰ってきても、温泉とマイナスイオンのおかげか疲れもほとんどなく、完全リフレッシュ!!やっぱ旅って必要だなあ・・。アレルギーは帰った瞬間に悪化しましたが(笑)。
2004年11月06日
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