曲目 1 What's Goin' On 2 Little Ghetto Boy 3 "Love, Love, Love" 4 Someday We'll All Be Free 5 Sack Full Of Dreams 6 The Ghetto 7 Hey Girl
9 Flying Easy 10 Nu-Po 11 Little Ghetto Boy 12 The Ghetto 13 Voices Inside(Everything Is Everything) 14 Magnificent Sanctuary Band 15 This Christmas 16 You've Got A Friend
やがてダニーは大学に通いながらリック・ポウェルというドラマーが率いていたジャズ・トリオのピアニスト/オルガニストとしてワシントンDCのクラブで演奏するようになり、この時始めて教会以外で歌うを事を経験する。大学中退後、彼は妻と後にシンガーとなる一人娘レイラを連れて故郷のシカゴに戻り、カーティス・メイフィールドのカートム・レーベルで働き始め、主にアレンジャーとして活動をしていたが、’66年にリロイ・ハトソンがリード・シンガーを努めていたメイフィールド・シンガーズの一員としてシングル「I've Been Tryin' If」を録音。また、’69年にはジューン&ダニー名義(ジューン・コンクェストという女性シンガー)のシングル「I Thank You Baby」を発表する一方、プロヂューサー/ライターとしてアレサ・フランクリンやジェリー・バトラー、ステイプル・シンガーズ、カーラ・トーマス等を手掛け、インプレッションズのバンド・ディレクターも努めた。
その後、カートムを離れ、スタックスやオン・トップ・レーベルなどでも裏方として活動を続けていたダニーは、やがてキング・カーティスと出会い、彼の後押しを受けて’70年、アトランティック・レコードと契約を結んだ。こうして発表された記念すべきデビュー・アルバムが「Everything Is Everything/新しきソウルの光と道」である。まさしく彼の原点とも言うべき本作はアメリカ社会の厳しい現実や、黒人の苦悩や誇り、そして神への感謝と純粋な愛を歌い綴ったソウル史に残る傑作であり、と同時に故キング牧師の意志を受け継ぐその姿勢に多くの同胞の共感を得る事になった。ここからは初のシングル「The Ghetto」がR&Bチャート23位を獲得、”ニュー・ソウル”の旗手として一躍脚光を浴びた。
しかし、そうした彼の理念とあまりにも矛盾した現実とのギャップに悩み苦しんだダニーはうつ病の為、入退院を繰り返すようになり、音楽活動にも大きな影響を与える結果となってしまった。’77年、未発表ライヴ・テイクを集めた「In Performance」を経て、本格的な復帰作となる(筈だった)ロバー・フラックとの再共演アルバムのレコーディングを開始。シングルのみのリリースとなった、かの名曲「The Close I Get To You」は久々の大ヒットとなった。しかし、ダニーはアルバム録音中の’79年1月13日、N.Y.のアパートの15階から飛び降り自殺を遂げ、33歳というあまりにも短い生涯に自ら終止符を打ってしまう事になる。