ギターを愛するミュージシャン・或いはプレイヤーに詳しいリスナーであれば、日本を代表するギタリストとしてまず名をあげるのが高中正義でしょう。ギターに触れたことが無かったり、プレイヤーにそれほど詳しくない人でも、彼の奏でるフレーズには馴染みが深いはずです。なぜなら、彼の数え切れないほどの作品がバラエティー番組の効果音、BGMなどに使用されているからです。その実力は世代を問わず多くのプレイヤーにリスペクトされ続けています。 高中正義は1953年3月27日生。ビートルズの影響を受け、12才の頃よりギターを弾き始めました。そして18歳にしてフライドエッグのベーシストとしてデビュー。1971年、ギター:成毛茂、ドラム:角田ヒロ(現つのだ☆ひろ)、ベース:高中正義で結成。1972年 ドクター・シーゲルのフライドエッグマシーン、1972年 Good Bye FRIED EGGの2枚のアルバムを発表して、1973年解散。1997年の「虹伝説IIライブ」で、ほぼ四半世紀ぶりに3人揃っての演奏が行われました。
1973年にサディスティック・ミカ・バンド結成。Vo&G:加藤和彦、Vo:加藤ミカ(加藤和彦氏の妻)、G:高中正義、B:小原礼、Dr:高橋幸宏、Key:今井裕で結成。1975年、ベースの小原礼に代わり後藤次利が参加。日本のポップスを代表する名曲となった「タイムマシンにお願い」を含むSadistic Mika Band、黒船、Hot! Menu、Mika Band Live in London、Best! Menuの5枚のアルバムを残して1976年解散。1989年、オリジナルメンバーの加藤和彦・高中正義・小原礼・高橋幸宏に、ボーカルに桐島かれんを向かえて再結成。アルバム 天晴 & ライブアルバム 晴天 を発表。こちらでもギタリストして参加。
サディスティック ミカバンドが解散した後、G:高中正義、B:後藤次利、Dr:高橋幸宏、Key:今井裕でサディスティックス結成。1976年の高中氏のソロデビューや、高橋氏のYMOへの参加等、各メンバー個人の活動が忙しく、バンドとしての活動は少なく自然消滅のような形で解散してしまいました。Sadistics、We Are Just Talking Off、Live Show、Last Show、Bestをリリース。
今から4半世紀前となる1976年、キティレコードより1stアルバムSeychellsで遂にソロデビュー。そして1977年にTakanaka、Insatiable High、1978年にBrasilian Skies、オン・ギター、1979年に Cha Cha Me、All Of Me、Jolly Jive、1980年にライヴ盤 Super Takanaka Live!、T-Wave、Finger Dancin'と年間2~3枚のハイペースで作品をリリース。
高中氏の作品の中で最も注目すべきは、1981年作の 虹伝説でしょう。イタリアの画家ウル・デ・リコ氏の絵本をモチーフにしたこちらの作品は、インストアルバムとしては異例の30万枚を売上げ、1981年の日本レコード大賞企画賞を受賞しています。そのサウンドは今もなお色褪せず輝きを放っています。1982年にはOcean Breeze、Saudade、1983年にはCan I Sing?、1984年には 夏・全・開を発表。
東芝EMIに移籍後もペースは衰えることなく新作がリリースされます。1985年 Traumatic 極東探偵団、1986年にはJungle Jane、Santa-Claus Is Coming To Townをリリース。1987年には Rendez-vouz、Sweet Noiz Magic、1988年には Hot Pepper、1989年にはGaps!、1990年には Nail The Pocket、O'Holy Night、1991年には Ballade、1992年には Fade To Blue、The Lover、1993年にはAquaplanet、Richarad Meet Takanaka、1994年にはWoodchopper's Ball、1995年にはColors、シングルベスト盤 Singles、1996年には Guitar Wonder、リミックスアルバム TAKANAKA Remix The Best、そして1997年には16年振りの第2弾となる 虹伝説 2が登場!同年のライブではフライドエッグのメンバーと共演。ライヴ盤 虹伝説 2 Live At Bdokan 過去へのタイムマシンもリリース。