2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
全6件 (6件中 1-6件目)
1
外科の六人部屋に入院していた時の事を書きます。三人が乳癌治療中の患者、二人が大腸癌で一人が痔・・・という構成でした。女性ばかりですが年齢はまちまち、かなりのおばあさんもいれば若々しいヒトもいて、で、なんだかすごく仲良くなってしまいました。抗癌剤や毎日のツライ検査や治療も、部屋に戻れば愚痴言い放題で、お互い慰めあって。 「痔のヒト」が近く退院するという話になった晩でした。話が盛り上がってしまい、一応消灯時間とされている9時を過ぎても話し続けてしまったのです。すると・・・婦長さんがやって来て、こっぴどく叱られてしまいました。ひええ・・・ま、私たちが悪かったので、謝って静かに休みました。次の日。部屋の担当看護士さんが、「患者さん同士仲良くしてお話されるのは治療の上からも大変いい事なので、気にしなくていいですよ。昨日は夜でしたし隣の部屋の男性がウルサイと文句を言って来たので婦長も仕方なく御注意したんです。」と言って来ました。そういえば数日前から隣の部屋のおじいさんが「あんたら声がうるさい。人の痛みのわからん女ばかりじゃ」と文句を言っては、私たちの部屋のドアをわざわざ閉めに来ていたのです。で全員で「あのくそジジイ、婦長にチクリやがッたなアああ───!」その日から、隣の部屋の前を通るたびに、わざわざ大きい声で「あっイタイイタイ!」「うーー、ツライ・・・」と、アピールする作戦に。別に何がどうって事はないけど(イヤ十分まわりには迷惑か)、何か楽しいミッションで、おじいさんも呆れて黙認してくれるようになりました。その時仲良くなった人とは、今でも連絡を取り合って食事に行ったりしています。えへ。
2005/03/30
コメント(0)
手が痛い。。。イタイイタイイタイ痛くて他の事が考えられません。これ、左の肩近くに出来た癌が手の神経を侵したせいなんです。癌自体の治療は終わったんだけど、神経はすっかりやられてしまってて、ここのところずっと、強い鎮痛剤のお世話になっています。でも今日のようにグズグズした天気の日は特に痛くなって、薬もあまり効きません。日記を少しさぼってしまったから書きたかったけど、こんなで情けないなあ・・・
2005/03/28
コメント(0)
『ねこめ』じゃないですよ『ねこもく』です。毎日病気の事ばかり書いていてもなんなので、今日は私のヒミツを明かしちゃいます。ぢつは表題の通り、またプロフィール写真の通り、ワタクシただの人間ではないのです。きっとずいぶん昔にご先祖様が猫をいぢめたかなんかして、祟られてしまったのだと思います。ハイになったり、ぐだぐだになったり、気分の移り変わりが激しいのもありますが、とにかく激しく昼寝が好きという呪いが一番困るんですよね。マトモな人間生活、おくれやしない。何よりお刺身が好き、熱いものが食べられない、同族とはすぐに馴染んでしまう。今ウチには純粋なヒト(主人)が一人、主人と私の間の混血が♂♀一匹、純粋な猫の♂が一匹いるのですが、純粋猫と一番わかりあえる気がする。なんか、話が通じるんです。人間系生物が家の中にいない時、彼(ガブといいます)と私は完全にわかりあって、一緒に食事をし一緒に遊び、一緒に団子になって眠りにつきます。目覚めると二人でそれぞれのトイレに行き、大きなあくびとのびをして、もう一度寝ようか、起きて遊ぼうか目を見交わして決めます。ガブと私の仲に、言葉は不要なのです。誰かが帰ってくれば、純粋猫君と疑似人間に戻って、それぞれ日常を送る。私は今療養中なのでずっとこんな生活ですが、いずれ仕事に復帰する事になればお昼寝もお預けだニャアーーー。。。病気はツライけどガブといる時間が長くなったからそこだけちょぴッと幸せ。
2005/03/26
コメント(2)
on 05.3.24 10:21 AM, at wrote:ええと、昨日の日記には倒れた顛末を書きましたが、こんな話書いてもなー何か愚痴ってるだけかなー、なんて思う自分もいます。でもま、かなり記憶も薄れて来ているので、このへんでちゃんと書いておかないと。今はのんきに笑えますが、倒れた後、意識が戻らないと危険だと言われていたようでで、主人は相当ビビっていたそうです。入院後しばらく脳圧を上げる点滴をし、開頭手術をして腫瘍を取り除く事になりました。三角巾を持って、病院内の理髪屋さんに行くよういわれました。髪は少し伸ばしていたので肩くらいまではあったかな。当然、丸坊主にはされるんだろうと思いましたが、おばちゃんでも女だし、最初はハサミで少しカットしてからバリカンかなあ、なんて覚悟してたらとんでもない!いきなり来ましたよーおでこの中心にバリカンがぁぁぁ。。。終わるまで、ちょっと正面の鏡、見れなかった。涙、出ました。病気って、いきなり襲って来て卑怯だ。これから私は、いろんなものを諦めていかなきゃならないんだ。剃刀も入れられて、すっかり出家する尼さんのような姿になった私。さて、主人の反応は。この人は、常に私の想像を良くも悪くも裏切る人ですが、この時も裏切られましたね。一緒になって泣いてくれると思いきや、人のアタマを見るなり「ぷッ」ですよ、吹き出したんですよ!「お前のアタマの形、弟そっくりだな!」ってアンタ、傷付いている嫁に大して他に言う事ないんかい!おかげさまで時に深刻な事態になりかかっても、主人の思いやりの無さに逆に救われたかもですね。一緒になって泣かれたら、出口無しだし。友達にこの話をすると、「そりゃ思いやりでわざと笑ったんでしょ」と言ってくれますが、どうでしょうねえ?あの時は本気で笑ってたと思いますけどねえ、私は。今日はここまでに。
2005/03/24
コメント(0)
on 05.3.23 10:27 AM, at wrote: 今日はリハビリの日だったのでいつものように病院に行きました。 パラフィン・パックと赤外線で手を温ため、そのあと理学療法の先生にマッサージを していただきました。 ここの病院の先生、特に生活療法の先生は未婚の女性でしかも色白細身の美人さん。 私は女ですから手を握られても何とも思いませんが、男性の患者さんは極楽なんでしょ うね、先生のコトを「姫様」と呼ぶ始末。 くすくす。 私は6年前までは風邪とちょっとした怪我、あとは2度の出産くらいでしか病院に行っ たことはなかったのですが、6年前からは病院と縁が切れなくなってしまいました。 癌ですからねー、仕方ないですよねー。 こう言うと、たいていの人が私の丸まるツヤツヤのほっぺを見て「そんな健康そうな 癌患者、いるわけがない」とか「入院して太ったでしょう」とか言います。 失礼しちゃうわ。 そう言えば、2年程前に高校の同級会に出た時も、「一人だけ何の苦労もないような 顔をしている」と言われて、ムッとしたことがあったです。 でも、その方がいいと思ってはいるんです。 ツライからって、ツライ顔ばかりしていたら皺が増えちゃうし。 思い起こせば6年前の、ちょうど今くらいの季節でした。 子供もそこそこ手が離れて、印刷会社で働いていた私は、その日も普通にお仕事をし、 夕食の支度をして家族で食事をし、寝る前にメールを入力していました。 主人はいなくて、子供二人は隣の部屋。 で? で、気が付いた時はどこかに寝かされていて、パシパシ頬をたたかれていました。 後から聞いたところではこの時主人は「てんかん発作でしょう」と言われ、「TVで ポケモン見てたんじゃないですかあ?」などと救急の医師に暢気な事を言われていた そうです。 私の方は何が起こったかわからないけどとにかく眠くて、寝かせて~ッて感じなのに、 しつこく「あなたお名前は?」「ここどこかわかりますか?」「ご自分の住所、言っ て下さい!」 ああ───もう、ホンッとうるさいな! まわらない口で名前を言うと、「先生、患者さん意識戻られました!」 そうです私は突然意識不明になり、救急車で病院入りしていたのです。 イヤーびっくりしたなあ。 勿論家族はじめ親戚友人知人一同びっくりしてましたが、一番驚いたのは私ですよ。 私がなんで なんで私が ????? え、それでこれは一体どういう状況? とは思ったものの、いろいろ秩序だてて考えられるようになったのはずっとあとのコ トで、その時はアタマの中がもやッとボールだらけで、考える力もなかったでした。 最終的に下された診断は『脳腫瘍』 ふう・・・ ちょっと書くのに疲れました。 その後も病院にお世話になり続ける私の病歴はまた明日以降に書いてみます。 やっと冷静に振り返れるようになったから、この機会にがんばって書き留めてみます。
2005/03/23
コメント(0)
滅多に連休のとれない主人が、久しぶりに三連休だというので、おねだりしてドライブに連れていってもらいました。行き先は浜松市の館山寺オルゴールミュージアム。私は、ビーズが大好きですがオルゴールも好きなのです。主人は面倒くさがりの出無精なのでなかなか外に連れていってくれませんが、幸いオルゴールがわりと好きなので、私がネットや本でオルゴールミュージアムを見つけ、道順まできちんと調べておけば比較的あっさりと連れていってくれます。これまでにも諏訪湖近くと清里のオルゴールミュージアムに行きました。さて今回のミュージアムは浜名湖を眼下に望む大草山の上。温泉で名高い館山寺からロープウェイで行けるのですが、私たちは車で行きました。あちこちで梅、コブシ、水仙、沈丁花、桃、菜の花が満開。私はお花が大好きなので、そういう所では少し車を止めて欲しいと思うのですが、運転手さんのご機嫌をそこねると目的地に着かないどころか身も知らぬ土地で置き去りにされる危険性もあるので大人しく助手席に座っていました。大草山はほとんどの方が湖上を渡るロープウェイを利用されるらしく、細くて見晴しの悪い急勾配の道をくねくねと登っていかなければなりませんでしたが、頂上近くの国民宿舎に着くと一気に視界が開け、眼下に美しいブルーの浜名湖が。お天気が良かった事もあり、湖面を渡って吹きあがってくる風が爽やかでした。オルゴールミュージアムはロープウェイ乗り場と屋根続きになっていて、1Fがショップ、2Fがコンサートホール、3Fが展示場となっていました。一時間に一度、係りの方がオルゴールの説明をひと通りして下さって、演奏を聞かせてくれます。全部で三十分程ですが、きれいな音にうっとり。でも、最後に聞かせてくれた一番大きなオルゴールは、昔は屋外で人寄せに使われていた物という事で、2キロ先まで聞こえたという説明の通りとても大きな音で、おとなしくしていた子供さんが驚いて泣き出すほどでした。私が一番いいなと思ったのは空気の力でバンジョーやタンバリン、ウインドチャイム、木琴、トライアングルなどの合奏を聞かせてくれるオルゴール。以前ほかのミュージアムでもバイオリンを複数奏でるオルゴールがありましたが、ディスク型(金属の円盤の突起で音を出す)よりも好きだなあ。キラキラした音の流れに身を任せて、ひととき夢心地(居眠りした訳じゃ無いですよぉ)演奏を聴き、展示物を一通り見て、ショップでお土産を買いました。五線譜の模様が可愛いメモとサックスの鉛筆削り、ステンドグラスのふくろうのウインドチャイム。あと、例のヨン様にハマっている実家の母のために、冬ソナのテーマ曲のオルゴールを。
2005/03/22
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1


