With all my heart.

With all my heart.

2011.11.01
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無愛想で冷たい子だと、昔からよく言われた。

あまり良い評価じゃないのは幼心にも分かったから、必死に「愛想の良い優しい子」になろうとした。

高校生の時に相手によって態度が変わるのはその時々に応じてペルソナ(仮面)をかぶっているからだと学んだが、その時私は、自分は常に二重のペルソナをかぶっているのだろうかとぼんやり考えていた。

1枚目(1番表)はもちろん相手に合わせたペルソナ(あまり合わせていないけれど)。
その下にあるペルソナは「愛想の良い優しい子」。
じゃあ全てのペルソナを取り去ったら、残った私は…やはり、無愛想で冷たい人間なんだろう。
いや、もしかしたら無愛想で冷たいのもペルソナかもしれない。じゃあ本当の自分って、何?

君は優しいねと言ってくれる人はいる。「無愛想で冷たい子」と容赦なく言ってくる人もいる。

私は“我”を他人の評価の中に見出そうとしているのだろうか。


しかし三つ子の魂百までを地でいくように、その姿勢は幼い頃から自分にこびりついている。

自分もそうだが他人は(程度の差はあれ)みんな気分屋だ。
昨日信じていた人を今日けなし、明日またその人と談笑する。

そんな気分屋な自他に“我”を決められるのはいやだ。
かと言って、他に何の“我”を決められる術(すべ)があるのか。


いっそ、もう何も考えないのが一番良いのかもしれない。
言いたい人には言わせておいて、適当な相槌をうって聞き流す。

これが私に出来るなら、こんな早朝にぶつぶつ言うこともなく、暖かい布団の中で微睡んでいるはずなんだけれど。






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Last updated  2011.11.01 06:04:03
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