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『曼荼羅』 2000 写真ではわかりにくいと思いますが、中心の六角形と周りの円の中全てにfrottageが施されています。ひとつひとつの下地作りに多くの時間を費やしました。『曼荼羅』 2000 油彩・frottage F20
2013.01.31
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『日輪』 1999 これも銀座『あかね画廊』での個展のために描いた作品です。50号(116.7cm×91.0cm)の大作です。完成まで3ヶ月かかりました。般若心経と日輪を背景に、一人の男と二人の女・・・どのようなことを連想してもらえるのだろうか・・・。『日輪』 1999 油彩 F50
2013.01.30
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『踞る』 1999 この作品も、銀座『あかね画廊』での個展出品作です。この18cm×14cmの小さな作品で、背中が何かを訴えている・・・ということが感じられたら良いと思うのですが・・・。『踞る』 1999 油彩 F0
2013.01.29
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仮『フォーク三昧ライブ@修善寺梅林』 日時:2月3日(日)a.m.10:00~p.m.2:00 会場:修善寺梅林内・茶室『双皎山荘』前広場 入場無料 企画:ジロー 《出演者等詳細は後日》 もちろん、僕も唄いますよ~!!
2013.01.28
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『項垂れる』 1999 この年は、顔を描かずに心の中(心情)を表現する・・・そのようなことに挑戦した年でもありました。知る人の全くいない東京・銀座での個展は、何度開催しても大きなプレッシャーを感じます。地方都市と異なり、銀座の画廊には、著名な美術評論家やコレクターが訪れます。目の肥えた美術愛好家も画廊巡りをしているわけで・・・絵を描くということの難しさを再認識する機会となるのです。小さな作品で、オリジナリティーを明確に描ききる・・・未だに難しい課題です。『項垂れる』 1999 油彩 F0
2013.01.28
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『塔 tower』 1999 この作品も、銀座『あかね画廊』での個展出品作です。昨日も書きましたが、この頃のモデルさんは大変だったろうなぁ・・・と思います。かなりきついポーズを要求する僕のわがままによく付き合ってくれました。おかげさまで、多くの話題を残すことのできる個展になりました。『塔 tower』 1999 油彩 F4
2013.01.27
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『矩形』 1999 この作品も、銀座『あかね画廊』での個展出品作です。今思えば、この頃のモデルさんは大変だったろうなぁ・・・と思います。無理難題のポーズを文句も言わずにやってくれました。『矩形』 1999 油彩 F4
2013.01.26
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『家族』 1999 この作品は1991年に描いたものを、色調を変えて描き直したものです。父として、夫として、家族を守りきれなかった事への反省を込めて描きました。完成させた作品に手を加えるというのは、僕としては異例のことです。我が家の玄関の壁に掛けてあります。『家族』 1999 油彩 F20
2013.01.25
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『マザーmother』 1999 これは、銀座『あかね画廊』での個展の出品作品です。《母性》を表現するのに、このようなトルソのような裸体を描きました。東京のデパートに勤務する女性にお買い上げ頂きました。僕の作品特に裸婦作品は、女性にしか売れない・・・なぜなのでしょうか・・・。『マザーmother』 1999 油彩 F6
2013.01.24
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『慟哭ー黄色い道化』 1998 この作品も、1999年、ニュージーランド・オークランド市『Archill Gallery』での個展に出品した作品です。写真ではわかりにくいのですが、座っている太鼓のボディー部分にfrottageしています。あえて後ろ姿を描くことで、心象の表現を試みました。『慟哭ー黄色い道化』 1998 油彩・frottage P8
2013.01.23
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『老道化』 1998 木版の面白さは、どこまでシンプルに・・・余分なものをそぎ取って描けるかだと思う。それが難しさでもあると思うのだが・・・。『老道化』 1998 木版 Ed10
2013.01.22
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先ほどの、長谷川きよしとの違いを感じ取ってみてください。三拍子にアレンジした『黒の舟歌』です。♪ 黒の舟歌 / 蛇足鈍也(DONYA)
2013.01.21
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長谷川きよし東京教育大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)卒業。 緑内障のため2歳半で失明し、全盲となる。高校三年生のときシャンソン・コンクールに4位入賞。1969年、「別れのサンバ」でデビュー。発売直後はあまり反響のなかった曲ではあったが、深夜放送で流れるようになると、フォーク世代の若者から支持され、大ヒットとなった。 巧みなギター演奏と、透明度の高い声によるバラードで人気を博す。僕もこの曲を唄っています。この次にUPしますので、比較してみてください。♪ 黒の舟歌 / 長谷川きよし
2013.01.21
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『裸婦』 1998 この作品のモデルさんは、小さな劇団の女優さんだそうで・・・生活のためにモデル事務所にも登録しているとか・・・。僕が指導していた裸婦デッサン会に来てもらったのですが、翌日個人のモデルとして描かせてもらいました。珍しくモデルを目の前に油絵を描きました。前の晩には、一緒に酒を飲みながら色々な話をしましたが、そのことが描かれた表情などに現れていたようです・・・。『裸婦』 1998 油彩 F6
2013.01.21
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『裸婦』 1998 絵画のモチーフとして、裸婦が一番難しいと言われる・・・ごまかしが効かないからだ。デフォルメと称して、わけのわからない(?)いじくり方をする絵描きさんもいるようだが、デフォルメというものは正確なデッサンから生まれるもので、デッサンのできない人にデフォルメという言葉は無いと思う。チョット生意気を言ってみた・・・。『裸婦』 1998 油彩 F6
2013.01.20
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『焚き火』 1998 実際に焚き火の前にモデルさんを立たせて描いたわけではありません・・・当然ですが・・・。ロウソクやランプの灯り・・・つまり、炎には独特の表情があります。子供の頃、ボーイスカウトで経験した、キャンプファイヤーの炎・・・母の葬式で祭壇に揺れていたロウソクの灯り・・・。人の肌にそれが揺らいで、他の光では得られない表情を見ることができます。『焚き火』 1998 油彩 F6
2013.01.19
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♪ 思い出の赤いヤッケ / 高石ともや僕が高校生の時『受験生ブルース』のB面として聞いていた曲。赤倉の奥の山小屋「燕ハイランド・ロッジ」で唄われていた歌と聞いていたが、作者が判らないままにその年の暮、高石ともやがビクターでLPに収録。 その後作者が名乗り出て下さって、もと、慶応大学山岳部の方がつくったことがわかる。山の歌としては珍しく明るい曲で、後にナターシャとともに再録音した。♪ 思い出の赤いヤッケ / 高石ともや&ザ・ナターシャー・セブン
2013.01.18
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『二つの顔』 1998 こちらは、銀座『あかね画廊』での個展の出品作。作品のテーマはひょんなことから生まれることが多い・・・『二つの顔』というのは、テレビドラマかなにかのタイトルだったように思う・・・なんと安直な・・・。いつもは、顔に道化化粧をするのですが、仮面をしていた設定でその仮面をとった素顔を描いてみようと思ったのです。でも・・・その顔にも化粧が・・・。『二つの顔』 1998 油彩 SM
2013.01.18
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高石ともやとザ・ナターシャー・セブン1971年1月18日、京産大3回生だった城田じゅんじは井芹まことから高石友也を紹介される。 音楽の話に花が咲き、夕方から次の日の朝までいろんな音楽を一緒に演奏。 1月31日、大阪で新成人を祝う会のゲストとして出演する。 その時が初ステージで、呼名「高石ともやとその仲間たち」、別名『バック・ステップ・カントリー・バンド』と名付ける。 2月28日、名田庄村をもじって初めて「高石ともやとザ・ナターシャー・セブン」と名乗る。 そして1973年7月15日「祇園祭宵々山顔見世コンサート」が始まる。107song book(本)発売記念 ナターシャセブン『デキシー・ブレイクダウン』 『私に人生と言えるものがあるなら』 『街』
2013.01.17
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『静かな夜・・・』 1998 この作品も、1999年、ニュージーランド・オークランド市『Archill Gallery』での個展に出品したものです。人物をネガフィルムのように表現しようと苦労しました。僕の詩の書いてあるfrottage作品は、先に詩を創り・・・その詩のイメージで別の紙に絵を描いて、その絵を転写します。当然、絵は逆転するわけで・・・絵を描く際にはそのことを意識しながら描くのです。この作品は、それプラス陰影の逆転も意識しながら描いたので、頭の中がゴチャゴチャになっていたことを思い出します。『静かな夜・・・』 1998 frottage・墨
2013.01.17
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映画監督の大島渚さんが亡くなった。歯に衣着せぬ発言で、多くの話題を作った人だが、映画『愛のコリーダ』は当時『裸婦』を描いていた僕にとっても衝撃的な作品だった。と言っても、映画館が苦手な僕は、実際に映画を観たわけではなくスチール写真展に行ったのだが・・・。エロスを表現する・・・という意味で、絵描き仲間と物議を・・・若かったなぁと思う・・・。『愛のコリーダ』世間を震撼させた阿部定事件を題材にし、究極の愛とエロスを描き、世界を瞠目させた傑作。
2013.01.16
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『種馬』 1998 これも、1999年、ニュージーランド・オークランド市『Archill Gallery』での個展に出品した作品です。写真ではわかりにくいのですが、馬の絵の下地にアクリルを使用して毛並みを表現しました。馬の周りにはタイトルを連想させる様々なものが描かれています。『種馬』 1998 frottage・アクリル
2013.01.16
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『失意』 1998 1999年、 ニュージーランド・オークランド市『Archill Gallery』での個展のポスターになった作品です。たしか、取材に来てくれたTV曲のプロデューサーの方が買ってくださったと記憶しています。『失意』 1998 油彩・frottage M10
2013.01.15
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『偽りの静物ーボトル』 1998 昨日に引き続き『偽りの静物シリーズ』です。frottageを施す油彩画は、下地が重要なのです。転写をするためには、フラットな下地を作らなければなりませんので、キャンバスの布目は潰さなければいけません。そのため、シルバーホワイトの絵の具をペンティングナイフで塗り込んでゆく・・・まるで左官仕事のような作業が行われます。ここの出来上がり具合でfrottageの仕上がりが変わってきますので、大切な作業なのです。『偽りの静物ーボトル』 1998 油彩・frottage F15
2013.01.15
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『偽りの静物ートルソ』 1998 先程と同じく、油彩・frottageの作品です。現物を初めて見た方には不思議に思えるようで、個展ではたくさんの質問を受けます。そもそも、frottage(フロッタージュ)というのは、僕が偶然見つけた技法で、他にやっている人はいないと思うので、説明には苦労します。『偽りの静物ートルソ』 1998 油彩・frottage F10
2013.01.14
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今日は『成人の日』ですね。あいにくの天候だけど、式典はほとんどのところで昨日までに済ませているということのようなので、晴れ着が汚れることもなく済んでよかったですね。僕の成人式といえば、43年(ん?44年か??)前ですが、郷里の成人式にジーンズの上下で出席したことを思い出します。オヤジがオーダーメイドのスーツを作ってくれていたのに、突っ張っていたのでしょうか・・・。それでも、式典のあと友人たちと記念写真を撮った時には、ちゃんとスーツに着替えているのですから、僕のツッパリ加減もいい加減なものです(^0^);同級生の女の子が大人っぽく感じたことが記憶に残っています。新成人の皆さん、おめでとうございます!これからの日本、よろしくお願いします!!
2013.01.14
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『偽りの静物ーグラス』 1998 油彩作品にfrottage(転写)を施すのはとても神経を使います。溶剤が絵の具を溶かしてしまうからです。一瞬の油断が作品を台無しにしてしまいます。でも、その作業で溶けた絵の具が、独特のマチュエールを作ってくれるのも楽しみのひとつなのです。『偽りの静物ーグラス』 1998 油彩・frottage SM
2013.01.14
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『記念写真』 1998 そう・・・この年、梟を描くため、上野動物園の特別企画『夜の動物園』に参加したのでした。夜行性の動物たちの夜の生態を見る・・・というものでした。多くの人は猛獣の檻の見学を楽しんでいたようでしたが、僕は係員さんに事情を話して、ほとんどの時間をフクロウの前で・・・。普段見ることのできない『夜の動物園』楽しいものでした。殆どは子供連れのお父さんお母さんでしたが・・・。『記念写真』 1998 油彩 SM
2013.01.13
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『器(うつわ)』 1998 この作品のモデルは、画廊の常連さんでもあり僕の絵のお弟子さんでもあるYさん。かなり個性のある良い絵を描く女性です。画廊で抹茶を立ててお出しした時にデッサンさせてもらいました。手に表情があると感じたので、器を持つポーズで描かせてもらいました。『器(うつわ)』 1998 油彩 SM
2013.01.12
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『海の声が聴こえる』 1998 この作品のモデルさんは、まさに海さんです。そう、名前が海さんなのです。当時経営していた画廊によく来てくれていた、日大三島の学生さんでした。映画関係の仕事に就きたいと言っていましたが、今はどうしているのか・・・結婚してお母さんになっているのか・・・。15年経っていますから、もう30台半ばになっているんですねぇ・・・。『海の声が聴こえる』 1998 油彩 SM
2013.01.12
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『海』 1998 この作品は思い出深い作品だ。とても時間のかかった作品だからだ。魚を描くのに2ヶ月近くかかった記憶がある。今ではもう描けないだろう・・・視力が落ちているからこれほど細かい描写は無理だろうと思う。ニュージーランドのどなたかが大切にしてくれていると思うのだが・・・。『海』 1998 frottage・書 詩
2013.01.11
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『仮面舞踏会への誘い』 1998 これが梟を描いた最初の作品だと思うが、何故こんなタイトルをつけたんだろう・・・。このあとも梟は何点か描くことになるのですが、最初は擬人化を狙っていたと思うのです。2004年の個展で『山の詩シリーズ』を発表するのですが、珍しく数点が売れました。後でわかったことなのですが、梟は縁起が良いのだそうです・・・不苦労につながるとか・・・。『仮面舞踏会への誘い』 1998 油彩 F4
2013.01.10
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『ゆったりとした波は・・・』 1998 9歳で母を亡くした僕は、マザコンなのかもしれない。このあと制作した2004年の『海の詩シリーズ』では、この詩のほかも、母を詩っている。【海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。 そして母よ、仏蘭西人(フランス)の言葉では、あなたの中に海がある。】という詩を連想したからだろう・・・僕にとって、海は母の象徴なのだろう・・・。 コレは三好達治の短詩です。言うまでもなく、日本語の「海」という字の中には「母」という言葉が含まれます。そしてフランス語。[mère/メール]コレが「母」[mer/メール]これは「海」発音はどちらも同じです。ボードレールなど、フランス文学に傾倒していた三好達治は、この「郷愁」という詩の中で母をこのように描いているのです。『ゆったりとした波は・・・』 1998 書・frottage
2013.01.10
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『パンドラの壺』 1998これもまたギリシャ神話から・・・ 【パンドーラーの箱】プロメーテウスが天界から火を盗んで人類に与えた事に怒ったゼウスは、人類に災いをもたらすために「女性」というものを作るよう神々に命令したという。 ヘーシオドス『仕事と日』(47-105)によればヘーパイストスは泥から彼女の形をつくり、神々はあらゆる贈り物(=パンドーラー)を与えた。アテーナーからは機織や女のすべき仕事の能力を、アプロディーテーからは男を苦悩させる魅力を、ヘルメースからは犬のように恥知らずで狡猾な心を与えられた。そして、神々は最後に彼女に決して開けてはいけないと言い含めて箱(壺ともいわれる 詳細は後述)を持たせ、エピメーテウスの元へ送り込んだ。ヘーシオドスは『神統記』(570–615)においてもパンドーラーについて触れ、神々からつかわされた女というものがいかに男たちの災いとなっているか熱弁している。 美しいパンドーラーを見たエピメーテウスは、兄であるプロメーテウスの「ゼウスからの贈り物は受け取るな」という忠告にもかかわらず、彼女と結婚した。そして、ある日パンドーラーは好奇心に負けて箱を開いてしまう。すると、そこから様々な災い(エリスやニュクスの子供たち、疫病、悲嘆、欠乏、犯罪などなど)が飛び出した。しかし、「ἐλπίς」(エルピス)のみは縁の下に残って出て行かず、パンドーラーはその箱を閉めてしまった。こうして世界には災厄が満ち人々は苦しむことになった。ヘーシオドスは、「かくてゼウスの御心からは逃れがたし」という難解な言葉をもってこの話を締めくくる。 バブリウス『寓話』は、これとは違った物語を説く。パンドーラーは神々からの祝福が詰まった箱を与えられる。しかしエピメーテウスがこの箱を開けてしまう。祝福は飛び去ってしまったが、ただエルピスだけは残って「逃げてしまった良きものを我々に約束した」という。 この神話から、「開けてはいけないもの」、「禍いをもたらすために触れてはいけないもの」を意味する慣用句として「パンドラの箱」という言葉が生まれた。パンドーラーはその後、エピメーテウスと、娘ピュラーと、ピュラーと結婚したデウカリオーンと共に大洪水を生き残り、デウカリオーンとピュラーはギリシア人の祖といわれるヘレーンをもうけた。【箱か壺か】先述の通り、箱に関しては壷という説もある。ヘーシオドスの著書『仕事と日』の文中では、「壷(甕、ピトス)」という表記がされている。これがパンドラの箱について触れられている最古の書物だと言われる。 最初に「箱」(ピュクシス)という表記が用いられたのは、ルネサンス時代、ロッテルダムのエラスムスによる記述であり、これは誤訳により甕が箱になってしまったと言われる。『パンドラの壺』 1998 油彩 F0
2013.01.09
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『ナースキャップ』 1998 この作品のモデルはカミさんです・・・若かったなぁ・・・。30代の頃、肖像画も随分描かせてもらっていたので、久しぶりに描いてみました。『ナースキャップ』 1998 油彩 SM
2013.01.09
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『たまご』 1998 以前、この作品と同じ構図の作品を紹介しました。『道化』 1995 F10です。その作品は、黄色いボールを抱きかかえたものでしたが、こちらは大きな卵を抱いています。この卵に秘密があるのです・・・写真ではわからないと思いますが・・・。絵かきはこんな遊びも試みるのです・・・僕だけかもしれませんが・・・。『たまご』 1998 油彩 F6
2013.01.08
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『セピア色の祖国』 1998 写真ではよくわからないかもしれませんが、胸に抱いているモヤモヤした塊の中に、子供たちの写真をfrottage(転写)しています。たしか、飢餓に苦しむザンビアの子供たちの報道写真だったと記憶しています。つまり、この道化師はザンビア出身・・・という設定(かなり無理がありますが・・・)です。僕の作品で、特徴あるタイトルが付いているものの殆どは、テレビや新聞などの報道などからヒントを得たもの・・・つまり、僕の琴線に触れたものを土台に描かれています。僕の創る音楽と同じなのです。『セピア色の祖国』 1998 油彩・frottage F10
2013.01.08
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『コレクション』 1998 けっして変質的な趣味があるわけではないのですが、以前飼っていた『空ちゃん』(インコ)の鳥籠を見て、中に何を入れれば絵になるだろうと考え、女性を入れてみた。絵の世界ではどんなこともできちゃうのですから・・・。『コレクション』 1998 油彩・frottage F20
2013.01.07
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『レダ』 1998 昨日の投稿に引き続き【ギリシャ神話】から・・・ゼウスはレダを愛し、白鳥の姿に化けて彼女を誘惑した。鷹から逃れるために、白鳥の姿のゼウスはレダの腕の中に隠れた。密通によってレダは卵を産み、卵からヘレネーが生まれた。ヘレネーは後に「トローイアのヘレネー(トロイのヘレン)」として知られる美女になる。 同じ卵から、または別の卵からカストールとポリュデウケースが生まれた。2人はディオスクーロイ(ゼウスの子の意)とも呼ばれる。また、クリュタイムネーストラーが生まれた。 伝承によっては誰が誰の父親だったかは異なるが、一般的にはヘレネーとポリュデウケースはゼウスの子であり不死で、カストルとクリュタイムネーストラーはテュンダレオースの子であり死の運命があるとされる。 レダはテュンダレオースの子であるほかの娘も産んでいる。ティーマンドラー、ポイベー、ピュロノエーである。 ほかの伝承では、ネメシスがヘレネーの母であり、やはり白鳥の姿のゼウスによって孕まされたとされる。羊飼いがその卵を見つけてレダにあずけ、卵がかえるまでレダは注意深く胸に収めたという。卵がかえると、レダはヘレネーを娘として育てた。ゼウスはヘレネーの誕生を記念して、天空にはくちょう座を創造した。『レダ』 1998 油彩 F10
2013.01.07
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『イカロスの海』 1998 【ギリシャ神話・イカロス】ダイダロスはイカロスの父で、細工の名人であった。ダイダロスがミノス王のためにラビュリンス(迷宮)を造った。ダイダロスは後にミノス王から見放され、息子のイカロスと共に、ある塔に閉じ込められてしまった。その塔を抜け出すために、鳥の羽を集めて、大きな翼を造った。大きい羽は糸でとめ、小さい羽は蝋(ろう)でとめた。翼が完成した。二人は翼を背中につけた。父ダイダロスは、息子のイカロスに言う。「イカロスよ、空の中くらいの高さを飛ぶのだよ。あまり低く飛ぶと霧が翼の邪魔をするし、あまり高く飛ぶと、太陽の熱で溶けてしまうから。」二人は飛んだ。農作業中の人々や羊飼いたちが二人の姿を見て、神々が空を飛んでいるのだと思った。イカロスは調子に乗ってしまった。父の忠告を忘れ、高く、高く飛んでしまった。太陽に近づくと、羽をとめた蝋(ろう)が溶けてしまった。イカロスは羽を失い、青海原に落ちてしまった。以後、その海はイカロスと名づけられた。『イカロスの海』 1998 油彩 F10
2013.01.06
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『あなたのその・・・』 1998 この頃から書を取り入れ、詩と絵の融合する作品を創り始めました。ニュージーランド・オークランド市での個展の展示作品です。来場の方の多くがfrottageと書道に関心があったようで、たくさんの質問をいただきました。『あなたのその・・・』 1998 frottage・墨
2013.01.06
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『夢』 1996 この作品もモデルはどん君・・・大活躍でした。ドン君が逝ってから1年半になりますが、ドン君の餌場だったダイニングの済には今でも遺影とお水が置かれています。カミさんは毎朝お水を交換しています。『夢』 1996 油彩 F3
2013.01.05
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『赤いネクタイ』 1997 この作品はニュージーランドの個展リストにはないので、銀座『あかね画廊』に展示したものだと思うのだが・・・。やはり、あらゆるものを記録しておく必要があったと、今更ながら思う・・・。こうして、記憶をたどりながらの投稿も、自分自身の足跡を確認するような作業なので、とても時間がかかる・・・。『赤いネクタイ』 1997 油彩 SM
2013.01.04
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毎年年の初めに、青春を駆け抜ける学生たちに勇気・元気をもらっています。昨日の『2013年 箱根駅伝 (往路)』ヒーローたちに隠れてしまいますが、惜しくも棄権してしまった2校・・・。過酷な山登りです、残念ですが青春のほろ苦い思い出にして欲しいと思います。それにしても・・・復路がオープン参加というのは気の毒、せめて個人記録は残してあげて欲しいと思うのですが・・・。『2013年 箱根駅伝 (往路)』 中央大学・城西大学 リタイアシーン
2013.01.03
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『情念』 1997 ニュージーランド・オークランド市での個展のために描いた作品です。『和』を表現しようと描いたのですが、最初は髷を結った髪型でしたが、現代の日本への誤解を避けるため、このような髪型になりました。個展では、来場者から多くの質問をいただいた作品です。『情念』 1997 油彩 F10
2013.01.03
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『しゃぼん玉』 1997 球体の立体感としゃぼん玉の透明感に挑戦した作品です。マチエールに注意して描いたことを思い出します。『しゃぼん玉』 1997 油彩 F3
2013.01.02
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~絆~『Folk Song Festival 伊豆』では、お客様も写真を撮ってくださいました。そんな中から、少しずつ紹介させていただきます。どなたからいただいたものなのか、失念しましたが・・・。大トリ『高石ともや』『フィナーレ』
2013.01.01
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『おっとっと・・・』 1997 明けましておめでとうございます。今年最初の作品紹介です。チョットおめでたい道化作品・・・。今年もよろしくお願い申し上げます。『おっとっと・・・』 1997 油彩 SM
2013.01.01
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