English Roses

English Roses

PR

×

コメント新着

人間辛抱 @ Re:イギリスの結婚式♪(08/08) どうもお久しぶりです。 新型コロナウイル…
ヴァポレット@ Re:ロビンス in ベニス(ゴンドラ編) 最近ヴェネチアの存在を知りました。 ゴン…
robbins2 @ Re[1]:イギリスの結婚式♪(08/08) hanaemibibiさん >私がへたってる間に新…
hanaemibibi @ Re:イギリスの結婚式♪(08/08) 私がへたってる間に新展開?! ベネツィ…
robbins2 @ Re[1]:イギリスの結婚式♪(08/08) u~huさん >出遅れた!私もワープ!!よ…

バックナンバー

2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2026年03月
2007年05月17日
XML
カテゴリ: This is my story

こちらの方も少しづつ書いて行きたいと思います。

あまり読まれて楽しい話でなく、とっても重いので……。

御覚悟の上でお願いします……。

大分、以前になりますが、母親の直腸がんが肺転移、更に脳転移という形で再発し

私達家族は絶望のどん底に……というところまでお話しました。

以前の分はフリーページの方に移してますので……。

さて、お話をすすめます……。

母親の脳転移が発見されたのは6月の中旬のことでした。

これは私にとって非常に都合の悪い時期でした。

当時、私は学習塾を経営しておりましたので、

夏休みに受験のための特訓講座を主宰しなければなりませんでした。

対象塾生はほとんどが中学生、わずかの小学生、更に、更にわずかの高校生。

教科書内容のマスターで地域のトップの公立高校に進学できましたので

毎年の夏期講習はかなりの評判を勝ち得ており、

他の塾に所属している方からの申し込みも多くあり、目玉行事の趣でした。

頭部手術のために頭髪を失い、眼球の動きもおかしくなった姿、

時にはおかしなことも口走る……

そんな姿他の方に見せたくないと個室を早急に依頼、

叔母の力もあり、すぐに希望はかなえられました。

手足の機能もおぼつかなくなった母、個室で目が行き届かなくって転倒しては大変と

家から着物の腰紐を持って来、母の手首と私の手首を結び、

少しでも動けば分かるようにして、最低限の仕事に自宅に帰る以外は

個室に泊り込む日でした。

この状況で夏季講習どうするか……。7月までに決めなくては……。

夏期講習を考え、入院当初は付き添いの方も依頼したのですが……。

6月のうちに適当な方が見つかれば仕事の方に注意を向けられると。

なかなかに適当な方が見つからず、結局自分でするほうが一番確かと……。

わずかの間に変わり果ててしまった母の寝姿を見ていると

尽きたはずの涙も毎日、毎日頬をぬらしました。

そんなことでは只事ではないとすぐに感づかれてしまうのに……

幸いだったのは脳をやられたことで、かなりの認知機能を失ったこと……。

私の涙の原因を、時折ふっと戻る意識の中で、急に母親に戻り、

「また、お父ちゃんとけんかしたの?」

と、心配する母でした。

このままこの状態の看病を続けたい、父と当時かなり不穏であった私は

父に素直に応援を頼むことができませんでした。

勿論父も病室にはつめていたのですが、

私達は直接会話を交わす事がなくなっていたのです。

父のすることを、私の邪魔ばかりすると、腹を立てる私。

そして親をないがしろする思い上がった娘、と私を非難する父。

その間に挟まれる母。でも原因の一部は母にもあり、

「主人は本当に頼りない人ですので……。

でも娘は本当にしっかりしていますので、娘に相談してくださるようにお願いします。」

と、母の言葉があったと主治医のドクターから真顔で告げられて、

我が事ながら一瞬言葉を失いました。

でもすべての責任を引き受けて立たねばならないのだと……

もう引き返すことはできない、問題は父にどれだけ告げるか……、

いろんなことがあった夫婦で喧嘩も激しかった人たちでしたし、

それを見て育った私でした。

当時若くて、男女の機微にも疎かった私は両親の夫婦仲を過少に評価し

両親の間に積極的に割って入る方法を選びました。

それは既に家庭において自分は孤立していると、

不満のあった父を更にさびしい立場に追いやることになりました。

叔母は父のある意味非常に難しい激しい性格を危惧し、

母の病状を正確に伝えるべきだと主張しました。

私は父の性格上このあまりに過酷な状況に耐えられないと判断、

両親の旧友の方にも相談したのですが、

その方も

「○○(父の名前)さんはね、無理じゃないかな。」

という意見にやはりそれしかないと、自分の覚悟を決めたのです。

先にお話をした母の頭から腸へのチューブを入れる手術についても

意識のない母の代わりに、私が一人で説明を聞き、

一人で承諾書にサインをしました。

そしてそれから母の死までの約八ヶ月……。

一人で秘密を抱えた日が続くわけで、それが私の健康影響をしないわけはなく

見る見るうちに体重は減少し、○○は止まり、鼻血が止まらず

簡単なことに出血斑が出、と関係のあるもの、

ないものいろいろの変化が起きてきました。

あまりにも大きな秘密を誰にも相談できずに抱え込んだために

頬の一部が不自然に痙攣するようになっていきました。

そして皮肉な事にその頬の痙攣に最初に気がついたのは母だったのです。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年05月17日 19時45分29秒 コメントを書く
[This is my story] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: