酔っ払いの溜まり場出張所

酔っ払いの溜まり場出張所

Dec 14, 2004
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 前もって書いておくが、僕は浅才である。じゃなくって繊細である。まずは犬のクセに猫舌だ。熱さを売り物にしている食べ物は苦手。口の中を火傷してしまうと食欲は一気に失せる。そしてそれを口実にやけ酒を飲むのがいつものパターンである。ついでに猫手でもあるので自販機では「あたたか~い」の方のものは滅多に買わない。理由は熱くて持てないからだ。このように繊細な体を持つ僕は、もちろん激辛な料理は苦手である。これはタイ料理に限らずメキシコ料理でも韓国料理でも激辛ラーメンでも一緒なのだが、特に苦手なのがタイ料理。これについては聞く人誰もが涙する悲しいトラウマがあるのである。

 僕が南の島に流刑に処されていたころの話。ある夏休みの日に父親が「タイに出張に行くから、お前も来るか?」と聞いてきた。こんな珍しい事はない。島から少しでも脱出出来るのならと、あまり深い考えもないまま「行く! 行く!」と答えた僕であった。そのころはまだ父親の人間性に一縷の望みを抱いていたのか、何も考えられないほど純真だったのか、今となっては確かめようもない。

 出張の目的はタイにあるナントカとかいう大学の先生に会いに行くのだとのこと。僕はその間街をうらうらしていようと思っていたのだが、小学生だった僕にいきなり個人行動が許されるはずもなく、やむなくそのナントカ大学についてゆくことになった。父親がなんで大学の先生なんかに会いに行くのか分からないが、早く罪を解いてもらって国に帰らせてもらえるよう頼みに行くのだろう、という事はうすうす分かる。大学へ向かう道すがら父親は、その大学は世界的にも有名な大学で、これから会うタイ人の先生はとても偉い人なのだ、だからくれぐれも失礼の無いように気をつけること、と少し恐い顔で言った(まあいつも恐い顔なのだが)。それを聞いて、早く国に帰るためには行儀良くしていないと! と僕は素早く緊張した。それ共に、あ~あ、面倒くさい事になっちゃったなぁ、こんなことなら島に留まってのんびり尻でもポリポリ掻きながらバナナでも食べてればよかった、と激しく後悔した。

 そんなこんなで大学に到着した。立派な建物である。裁判所みたいだ。僕の緊張感は一層高まった。逃げ出そうとも思ったが、バンコク市内から車で30分くらいかかる郊外で、周りは水田と水牛しかいないので、それも無理そうである。観念するしかない。広いキャンパス内を僕は目的の建物に向かってとぼとぼと歩いた。死刑台には13段しかないのが羨ましかったくらいだ。

 僕たち親子を出迎えてくれたのは、ニコニコ顔したタイ人の紳士であった。この人が目的の偉い先生だったらよいのに! 出迎えの人は大抵愛想が良いものだ、と思っていたら果たせるかなこの温厚そうな紳士がその偉い先生であるという。なんか人柄の良さが微笑みと共に口元からこぼれているようだ。出迎えてくれるだけでも充分なのに、父親と握手している。あまつさえ、子供である僕にまで笑顔で握手を求めてきた。偉い人なのになんて腰の低い人なんだろう。この人こそ本物の紳士だ! 全然恐くないじゃないか!! 緊張して損した!!!

 紳士先生は「ちょうどランチタイムだから、教職員用の食堂にでも行ってランチにしましょう。まだ、ランチを済ませてないでしょう?」という趣旨の事を言った(ようだ。タイ語はもちろん英語もわからんのだ。でも、あれはきっと英語だったのだと思う。すくなくともランチタイムのところは英語だったと思う)。「飯か!」と緊張感から解放された僕は紳士先生の後を足取りも軽くついてゆき、果たして教職員食堂らしきところの窓際のテーブルの席に腰を下ろした。外では常夏の陽光が降り注ぎ、椰子の葉が風に揺れ、ハイビスカスがまばゆく咲いている。

 すると、父親からメニューを見せられ「何が喰いたいんだ?」と聞かれた。メニューはタイ語と英語で書かれているので見てもサッパリ要領を得ない。聞くとタイ料理がメインだというので、父親に「あまり辛くないものを」と選んでもらう事にした。「じゃあ、これはどうだ? チャーハンみたいなものらしいぞ」と父親は一つのメニューを指さした。嫌な予感がした僕は確認のためそのメニューを指さしながら紳士先生に「NO HOT?」と聞いてみると「MILD MILD」とのお答え。そこで、僕は安心してそのチャーハンを頼むことにした。チャーハンは好きな料理の一つである。

 料理が来るまで、紳士先生と父親はなにか話をしていた。何を言っているのか分からないが(あれはきっと日本語ではなかったのだと思う)、二人の表情を見るとなんだか話は順調に進んでいる気配である。窓際の席に座っていた僕は、空調のきいた快適な室内から南国のエキゾティックな風景を眺めながら、「島の風景とあまり変わらんなぁ。話も訳がわからんし。早く飯がこないかなぁ」と早くも退屈しはじめた。そこで、ふとテーブルを見渡すとテーブルの隅の小さなお盆に載った調味料が目に入った。日本なら塩、コショー、醤油、酢、ソース、ラー油、爪楊枝なんてのが置いてあるあのスペースである。

退屈していた僕は、さっそくお盆の上のブツをチェックし始めた。塩、コショーはわかる。この調味料は以前香港に買い出しをしに行ったときに見たナンプラーとかいうやつだろう。てな調子でチェックし始めた僕に謎の物体が立ちはだかった。小さなガラス製の入れ物に金属製のふた。中身は無色透明の液体で、何かの油らしく入れ物の縁がヌラヌラ光っている。入れ物には、先が耳掻きくらいの大きさの匙が挿してあって、こんなもの日本でも島でも香港でも見たことがない。「なんじゃこりゃ?」と僕はハニ丸君困ったときバージョンのような表情になり、激しく困惑した。ふだんなら手の平に一滴たらして舐めてみて味見をするところだが、今日は無理だ。大切な席では行儀良くあらねばならない。国に帰れるかどうかの瀬戸際である。



 スプーンでワシワシとチャーハンをかき混ぜた僕は、おもむろにチャーハンを口にした。口にしたのはチャーハンのはずであった。イタイ。なにか食べ物ではないような物が口の中にあるという感覚である。生きたサソリを食べたらきっとあんな感じなのではと思う。この感覚は辛いんだな、と気づくまでかなりの時間がかかった。辛いより痛いのだ。頭皮の毛穴が一瞬にして全開となり、大量の汗がしたたり落ちはじめた。かなりやばい食べ物を食べている気がする。視野が狭くなってくるのが分かる。反射的にお冷やを一気に飲み干した。生水には気をつけるよう言われていたが、かまっていられない。あの調味料が原因だと気づいたときには後の祭り。父親のアドバイスなんて信じた僕が馬鹿だったのだ。

 しかし、ここは食べないわけにはいかない。紳士先生はタイ人で食べているのはタイ料理である。残したりしたら失礼だ。日本とタイの友好親善にヒビが入るかも知れないし、国に帰る日も遠ざかってしまうかも知れない。痛いという感覚以外、一切味のしないチャーハンを僕は笑顔で平らげた。水を頼むのも辛いと思っているのが悟られるのが恐くてはばかられ、コーラを飲んだのだが、炭酸がしみて涙が滲んだ。コーラを飲んで涙したのは生涯あれが一回キリになるであろう。はたから見たら真っ赤な顔をして汗ダクになりながら泣き笑顔でチャーハンをかき込んでいるガキである。自分でなければはたから見てみたかった。さぞかし面白い生き物だったであろう。

 ちょうど食べ終わったころ、紳士先生と父親も食べ終わり、話し合いも終わったようだった。早く解放されたかった。作り笑いで顔が筋肉痛になりそうなのだ。僕の様子を見て紳士先生も父親も笑顔であった。話し合いは上手くいったのだ。我慢してちゃんと食べて良かった。と、なにか報われたような気持ちになった。すると紳士先生が笑顔のままこういったのだ。僕にも分かるような簡単な表現で、ご丁寧に身振り手振りを添えて「さっきこれをたくさんかけてたでしょう。これはね、とっても辛いからタイの人でも辛いのが好きな人が2~3杯かけるだけなんだよ」。早く言ってくれよ~~~! あんた紳士じゃないじゃん! あの苦労は何だったのだ!! タイ人なんて信じられない。

 この出来事以来、タイ料理というとどこかで緊張してしまうのだ。それだけ尋常ではない辛さだった。翌朝のトイレでの体験は、とても書く気にはならない。





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Last updated  Dec 14, 2004 02:08:17 PM
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Dram Bheag @ Re:やれやれだな(01/25) 爺さんも死んだ。今度は父親とおいらの競…
Dram Bheag @ Re:やれやれだな(01/25) 爺さんが死んだ。大往生だな。山口県出身…
Dram Bheag @ Re:写真が嫌い(09/28)  怪我をしてしまって、ただでさえ乏しい…
Dram Bheag @ Re:写真が嫌い(09/28)  ごめんね。明日書く! 書けるかな? …
Dram Bheag @ Re:元犬(08/04) 今日の「正直さんぽ」でやってた。 https…

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