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2004.11.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 みなさんは西村久蔵なる人物をご存知だろうか。昭和の初期に札幌で「洋菓子のニシムラ」を創業した人物で、敬虔なクリスチャンです。それで、三浦綾子著「愛の鬼才」として伝記にもなった。没後50年を経てもなお人々に語り継がれる稀有な存在の人です。残念ながら彼が創業した洋菓子のニシムラ(ニシムラ食品工業株式会社)は昨年2月に破産しており、会社自体は存在しえないのだが、彼のスピリットには私も大きな影響を受けました。

 彼とこの本に描かれている彼の家族は皆、人に対してやさしく接しているということ。「困っている人はどんなことであろうと助ける」のが西村家の暗黙の了解だったようで、実に多くの人が常に西村家に出入りしていたそうである。そして、家庭の事情で学業が続けられずやむなく退学せざるをえない事が多々あったこの時代にあって、彼は決してそのような生徒を見過ごさなかったそうである。ある人は牛乳配達をしながら、ある人は洋菓子のニシムラで働きながら、学校を卒業していったそうであります。そして、苦学して学校を卒業したものは皆、ニシムラで働きたいと申し出たようです。これだけ人に影響を与え続けられる人も珍しいでしょう。
 彼らはまたアイデアマンであったとも思う。洋菓子のニシムラが創業するきっかけも家業が牛乳屋だったから。不況により大量に売れ残った牛乳をどう処分しようか困っていた折、不意に思いついたのがシュークリームを作る事。当時、洋菓子は高嶺の花。庶民の口にはなかなか入らぬ代物だったのだが、全ての札幌市民に食べさせたいとの意気込みではじめたのが洋菓子のニシムラだったようである。後の戦局悪化は平和産業であるこの洋菓子店を幾度と無くピンチに陥れるが、持ち前の柔軟さで見事に乗り切るのである。
 彼は昭和28年、多くの人々に惜しまれながら55歳の生涯を閉じる事になりましたが、以降も多くの人が彼の惜しみ、懐かしみ、その功績を称えているそうです。

 没後50年を経ても尚、語り継がれている素晴らしい偉人を紹介しました。





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最終更新日  2004.12.09 22:16:10


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