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昨夜私が作った書類をとりに朝はやく、社長が出社すると言っていたので8時前に出社したけれど社長はもう、ひと仕事してお客さんのところに出かけた後だった。はや!!ゆうべは、夜中に「忘年会、ひとつ終了ー!」と、電話を掛けてきて歌を歌ったり、ご機嫌だったので「たくさんお酒飲んだんですか?」と聞くと「いや、ある種のアルコール飲料を飲んだだけ。」と、応えていた社長。今朝はさぞ、起きるのが辛かったろうに。働き者だな。おっちゃんは。でも、よく考えたら私も社長の電話で夜中に起こされて朝は、5時に起きて朝ごはん作って息子を課外授業に送り出して来たんだから私も、働き者か?今年も、あと少しだしがんばろ~♪
2007/12/20
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娘が通っている草月流のいけばな教室にドイツからインターンシップで来ているマティアス君を連れて行った。エニシダとアイリスをまず、形どおりに生け、次に自分の思いどうりに生けてみるというやり方でマティアス君は、とってもかっこよく生けて皆に驚かれていた。センスなんだろうなあ~。生徒さんは、マティアスくんの他に先生の息子さんを含め男の子が3人と女の子が1人で男の子が多いことにマティアスが驚いていた。家でも生けられるように花器と剣山を借りて帰った。地下鉄まで一緒に歩きながら「どうだった?」と聞くと「楽しかった。」と応えたので「続ける?」とさらに聞くと「うん、続ける。」と言う答え。そっか、楽しかったんだな~♪よかった!よかった♪来年もなんだか楽しいことになりそうです♪
2007/12/19
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「あああ・・また、おこっちまった。これで、この保険会社にも行けなくなったな~~。」昨日の勢いとは打って変わってへこむ社長。大丈夫ですよ♪「こうして、どんどんいける会社が減るなあ・・」と、ぼやくので「社長の場合、だんだん世間が狭くなる・・と言うわけでもないところが不思議ですよね。」と、ちょっと持ち上げてみる。普通、癇癪を起こしてこんなことになった場合どんどん世間が狭くなるけれど社長の場合は、本人が気にしているほど叱られた当人は、恨みに思っていないような気がするのだ。実際、9月に転勤した前任者くんは転勤の挨拶に来て「社長には、いちばん勉強させてもらいました。ありがとうございました!」と、深々と頭を下げおっちゃんを泣かせた。「どんどん付き合いも広がっているし、世間が狭くなっているんだか、広くなっているんだか、わからんね。」と、私。「好き嫌いが、ハッキリしてるからな。」と社長。ほんとだねえ。まあ、元気出していきましょう!
2007/12/18
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本社の人間の答えをそのまま伝えるだけならお前なんぞいらんわっ!お前はサラリーマンで出世もあるかもしれんが本社と喧嘩せんか!喧嘩をっ!「こんな答えでは、代理店さんは納得しません!納得できる理由をキチンと示してください!!」と、何で喰らいつかんかー!ぶつかっていけよ!体を張れ!男を見せろ!男をっ!また、社長が担当さんに怒鳴っている。新しい担当さんに代わるたびに同じようなことをいっていて「オレも少々嫌になったよ。もう言わん。」と、先日言っていたのに。何も、どうしても出来んことまでしてくれ!と言っているわけじゃない。「これは、どうしても出来ません。」ならそれでもええんや!「これこれ、こういう理由で出来ません。」と言う答えが欲しいんや。本社の人間の答えを右から左に伝えるだけならお前の存在意味は、何もないじゃないか。お前の仕事は何だ?考えんか!この、ぼけっ!社長~、血圧あがりますよ~。
2007/12/17
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息子の学校の近くに介護老人ホームがあって今日は息子がそこへ「餅つき」のボランティア行った。生徒会の人たちばかり10人ほどだったらしい。男子の参加は2年の水球部の先輩息子の二人だけ。杵と臼で、ペッたんペッたんのお餅つきだったらしく当然男子が杵を使うことになったのだ。全部で30臼。息子はそのうち15臼ほどついたらしい。「寒いし、きついし、バアさんには叱られるし。」「何でバアさんに叱られたと?」「なんか、つき方が下手だって。」はっはっは!そりゃそうだろう。「餅が固くなるから、5分でつきあげろって言われて、超きつかった!」と息子。ふ~ん。なかなか厳しいね。「皆、寒いとか言って部屋に入っちゃうしさ。」そんなもんだよ!まあ、このひ弱な息子が15臼も餅をついたかと思うとちょっと嬉しい。帰ってきて、3時間ほど爆睡していたがまあ、当然かな~。お土産の、つきたて餅はとっても美味しかったです♪また、ボランティアがんばってくれい!
2007/12/16
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商店街で、友だちがF-エステートの女社長さんと話をしているのを発見!「何してるの~?」と近づいていくと社長さんが「今からオヤツを買いに行く」という。「いいな~!オヤツ!」というと「あら!あなた達も食べる?」と社長さん。「わ~い!わ~い!」と無邪気に喜ぶオバさん二名。「何がいいの?」「ケーキ!」厚かましいお願いにニコニコしながら、「わかった。」と社長さん。「コーヒー入れて待ってま~す♪」私たちっておねだり上手?それとも年取って、図々しくなったってことかな~?
2007/12/15
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娘がお花を習い始めた。草月流だという。いいんじゃないの?お母さんが池坊だからって池坊にする必要なないんだし。楽しければいい。実際、楽しそうに行っている。クリスマスのアレンジを作ってきたので事務所に飾ることにした。事務所は暖かいのでクリスマスまで持たないかもしれないがなかなか素敵なアレンジなのでいろんな人に見てもらうほうがいい。遊びに来た友人が「こういうアレンジって、こんな場所じゃないと映えないのよね。」と言ってくれた。雑然とした生活空間では、勿体ないと。そのとおりかも。今年のわが社のクリスマスはなかなか大人の雰囲気でいい感じです。
2007/12/14
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社長から、暗~い声で電話が。しかも朝っぱらから。「オレを叱ってくれー!」どうしたんでしょう?「なんで?」と聞くと「言いたくない。」と社長。「あ、そう。」と電話を切ろうとすると「おい!待て!話す!」要するに、朝早く元気に契約をもらいに行ったのに肝心の申込書を忘れたのだという?「わすれた~?どこに?」「家に。」「え~~!?」珍しいこともあるもんだ。「なにやってるんですか?」というと、「だからオレを叱ってくれ~!」と甘えたことを言うので「いっそ、ぶってあげましょうか?」というと「ぶつ?いやいかん!」と社長。「お前は、加減を知らんからな。ひどいことになる。」という。「そんなことはありませんよ。」というと「いや、そんなことある!」と、キッパリ。お前はお構いなしに、急所を突いてくるからな!はっ!と胸を突かれても死なんがお前は心臓を突いて来るからな!心臓突かれたら、死ぬからな!やべえ!やべえ!そんな・・・そうかな?
2007/12/13
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ある団体の研修旅行で神戸に行って来ました。異人館をめぐり夜はルミナリエを見て中華料理を食べてきました。「もう、異人館には何度も来た!」というような、セレブな奥様方と一緒だったので神戸初めて!元町でお買い物出来る身分でない!われわれ若手組(?)はコーヒーのにしむらでコーヒーを飲んだあと異人館めぐりへ。うろこの館やベンの家など共通チケットを買って筋肉痛を覚悟しながら集合時間に間に合うべく最後には小走りで坂道の街をウロウロしました。やっぱり、私たちまだ若いね!とか、自分で言いながら。「点灯式を見なければ、ルミナリエに来た価値がない!」という、セレブ奥様の指示で6時点灯という、一時間前に会場に着き点灯を待つ。正月の初詣のような混雑ぶりで早くきてよかったと思う。ルミナリエも、資金不足で今年は期間が短くなり来年以降の開催も危ぶまれているらしい。参加者への寄付を募っていた。100円の寄付を!と言うことだったので500円づつ募金箱にいれた。こんどまた、子供と再度来るまで続いてもらいたいなあ。阪神大震災の傷跡はすっかり癒えたように感じた。日本人って、頑張りやさんなんだね。と、友だちと話しながら南京町に中華を食べに行った。っが!予約していたお店は南京街ではなく三宮駅の先にあるという!さんざん歩き回って、疲れた足に鞭打って三宮駅のさきの本店まで、また歩いた。歩き回った旅行だったがその分食べたのでダイエットにはならなかったんですよねえ。でも、楽しい旅行でした。
2007/12/12
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「お母さん、お米が届いたよ。」家に帰ると、子供たちが待ち構えていた。宅急便の箱を開けてみると分厚いビニールの袋に入った米が二袋。「あれ?お米しか入ってない!」と息子。「当たり前やん。おじちゃんが送ったんバイ。」と娘。母がお米を送ってくる時はお菓子や缶詰やお小遣いやらぎゅうぎゅう詰めで来るのでコロンとお米だけ入っているダンボールに激しく違和感を感じたようだ。「お婆ちゃんみたいな宅急便やったら逆に気使うわ!」と私。「干した米じゃなさそうだよ。」早速、送ってきたお米でご飯を炊いてくれた娘が笑う。「言うてやんしゃんな!」と釘を刺し弟に、電話する。「ありがとね~!」「おお。着いたか~。」「早速食べよるよ~。」「そうか~。陽に干すなよ~!」「了解~!」これだけの会話でサッサと電話を切って着替えていると「お母さんの姉弟って変。」と娘が笑う。「どこが?」というと「なんか・・・変。」そうか?娘が炊くご飯はちょっと硬めで本当は少々好みではないのだけれど何もせずに食べられるご飯はありがたく美味しい。弟にも娘にも感謝だなあ。。
2007/12/11
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「バアさんがさあ、アンタに米送ってくれって言っとるんだけどさあ・・」と、弟が言うので「忙しいんだから、ついででいいよ。」というと「そうか、じゃあ今度な。」といったあと急に笑い出し「あのねえ、米に虫がついても陽に干したらあかんよ!」というので「あたりまえやん!乾燥して食べられんよ。」というと「うん!ものすごく不味いでねえ!」干したんかい!「だって、そんなこと知らんもん!」と弟。農家の長男に生まれて40過ぎになって、知らんかったんかい!ま、そんなもんかな・・。母に思いっきり笑われたらしい。「笑い事じゃねえくらい、不味いよ。」そりゃ、ご愁傷さま。「新しい米が来てから送るからな。」と弟。ありがとう。といって電話を切った。なんだか、弟からお米が届くのか・・!と思ったらそれはそれで、楽しみになった。
2007/12/10
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11月になって「お母さんどう?」と弟に電話すると「うん、ぼちぼちやな・・」と言う答え。「髪も抜けてないらしいやん。」というと「抜けたぞ!全部抜けてないだけや。」という。そうか・・心配かけんように、そう言ったんだな。「食いてえ!ってもんを、届けてるけどな。俺も忙しいし、毎日行ってるわけじゃねえぞ。」そりゃあ、仕方がないわ~。「婆さんがおらんでなあ、家が大変なことになっとるわ~」母が今までしてきたことの大きさを弟夫婦も、あらためて感じているらしい。「柿畑なんぞ、『どうぞ好きなだけ持っていってください!』状態じゃ!」う~ん・・・そうか。「全部はできん。」もっともだ。こうして、代替わりしていくんだな。
2007/12/09
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母の入院している病院では福祉大学の実習生を受け入れているらしく母にも、実習生に担当をさせてもらえないか?という依頼があったので快く引き受けたらしい。「それがええ子でねえ!」2週間ほどの実習期間中いろんな話をしたりお世話をしてもらったり病気のことを教えてもらったりものすごく楽しかったらしい。しかも、実習生を送り込んでいる大学の教授がご丁寧にも御礼に来られて話がはずみ、仲良くなったのだという。よかったよかった。「看護婦さんも先生も、生徒さんもみんな良くってねえ。」なんだか、とても楽しそうでウキウキした声で話すのを聞いてこちらも嬉しくなってきた。ガンで入院していてこんなに楽しそうに入院生活のことを話せるのは本当に有り難いことだ。いい病院にご縁があったとあらためて、紹介してくださった先生にも感謝する。伯母たちも毎週のようにやって来てはおしゃべりして帰るので病室では喋らないように注意されたという。ううう・・同室の患者さんすみません。ツライ治療には違いないだろうが病気を受け入れて、治療して、治って退院するんだという前向きな気持ちでいてくれるのが有り難い。何よりも、明るいのが有り難い。のんきな人だとは思っていたがこんなに明るい人だったのかと今更ながら、母の気持ちの素直さや強靭さに驚いた。伊達に年取ってねえ!
2007/12/08
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10月に入って治療もワンクールを終えたらしく一時帰宅していると母から電話があった。主治医から、「家に帰って、美味しいものを沢山食べてきてください。」と言われ、楽しみにしながら帰ってみるとお寿司にウナギにヤキトリにご馳走を山盛り用意して待っていてくれたらしい。「美味しくてねえ!沢山食べたのに、まだオニギリ作って食べようかと思うくらいやわ~!」と母。結構なことだ。忙しいのに、よくしてくれる弟の嫁さんにも感謝する。どうやら、首の腫瘍は随分小さくなってきたようで喋るのも苦しそうだった声が随分張りのある声になっている。かすれもなくなってきている。よかった。「先生が、『きれいに治るよ。』って。」と母。そうか~、よかったよかった。笑うjこと希望を持つことがん治療にはストレスを減らすことが大切だというのはこの仕事をしていて、知識としては知っていたがこうして笑いながら「よかったよかった。」と言い合えるには家族の助けが大きいのだと言うことをあらためて実感する。母は、寂しさを感じていない孤独な気持ちで病気に向き合っていない「寂しくない」ということは気持ちを前向きにコントロールするのにものすごく重要な事なんだと、あらためて実感した。ありがたいことだ。
2007/12/07
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娘が「いつ見舞いに行く?」と、聞いてきた。「お母さんだけ行ってきてもいいよ。」という。「もう、お母さんがいないと困る年でもないし。」それはそうだけどね。福岡から岐阜の病院までお見舞いということになれば日帰りというわけにも行かないし結果、弟夫婦に世話になることになるな・・と思い、母の様子を聞くのを兼ねて弟に電話をしてみた。食事がイケナイようだが治療は順調にすすんでいるという。「お見舞いだけどさ。」というと「あ~!こんでええよ!」と一言。「むしろ、来てもらったら迷惑。」「え・・・?」「アンタがきても役には立たんしねえ。」そりゃそうだ。「ほら、み~んな忙しいでさ~、来てもらっても困るんだわ~。」あ・・そうですか。思わず、笑ってしまった。弟らしい。一見、ぶっきらぼうでヒドイ言い方のようだがお金を使って、わざわざ見舞いに来なくていいようにこんな言い方をしたんだな・・と、、苦笑いしつつ、ありがたいと思う。「死にそうになったら、電話する。」というので「出来れば、もっと前に電話してくれ!」と、キッパリ言い置いて、電話を切った。
2007/12/06
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「悪性リンパ腫や。」と、弟から電話が入った。「そっか。」と私。とりあえず、他にガンがないかPET検査をして、それから治療に入るらしい。PET検査も万能ではないがリンパ節の腫瘍が転移したものであれば間違いなく映し出すだろうから片道2時間以上かかる病院に行くことになるがこの際、遠くまで出かけて検査する価値はある。伯母が道中寂しいだろうから一緒に行こうか?と電話してきたらしい。喉がふさがって喋るのも難儀なので丁重に断ったという。伯母は、気分的には保護者のようで心配で仕方がないらしい。PET検査の結果は「他にガンは見つからなかった。」というものだった。ひと安心する。翌日から早速入院の準備をして悪性リンパ腫の治療が始まった。
2007/12/05
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社長から「結果がでるまでそっちに居てもいいぞ。」と電話が入ったが娘の仕事もあるし息子の課外授業もあるしそういうわけにもいかない。羽島駅まで、送ってくれた弟が別れ際に「おい、金貯めとけよ。」と突然言い出した。「ババアの葬式になるかもしれんからな。」「・・・・・」ったく!縁起でもない言い草だが弟も、結構ショックであれこれ考えたんだな・・平然として見えたけどな・・と思う。「うん。」と応えて別れた。
2007/12/04
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まず弟に、診察の結果を話す。「考えられるのは、他の臓器からの転移か悪性リンパ腫。」というと「そうか~。」と一言。とにかく、2日後には福岡に帰る私に出来ることは何もない。「よろしく頼むね。」というと「うん、まあ心配するな。」という。だいたい普段から、気が強くてオッカナイ弟だがこんな時は頼りになる。伯母たちからは、電話が次々にかかっていて気を揉んでいる様子。何度も電話を掛けてきていたらしい一番上の伯母に電話をすると若いお嫁さんが出て「今、モチの木に登っています。」という。この暑いのに、なにしてんだ?どうやら、庭木の剪定をしているらしい。このくそ暑いのに!しかも90歳を過ぎているのに!と、呆れる。お昼ごはんの時間を見計らって再度かける。「悪性の可能性は大きいが、検査待ち。」と伝えると、「私、心配で心配で。」という。「まあ、ここで気を揉んどってもしょうがないでねえ・・」と、慰める。「こんなになるまで、なんで放っといたかねえ・・」と、不満も出る。「それを言っても仕方がないでねえ・・」と諌める。「そうやねえ・・」5月に叔父が肝臓ガンで亡くなって次に母が何らかのガンということになると姉妹の下から順番に病気を患うようで何となく不安になるという。「大丈夫。今はガンでも簡単には死なんから。」というと「そうやねえ。確かにねえ。」と、ちょっと明るい声になる。「この頃、いい薬が出来とるもんねえ。」「そうそう。治る病気になってきたもん。」「そうやねえ。また、結果を教えてね。」結果は必ず伝えると約束して、電話を切った。歳をとって、弟や妹から病気になるというのは、辛いことだろうな・・と、伯母の心配する気持ちを思う。母は、7回忌も終わってホッとしたのか体を休めることが多くなった。随分体もだるくて、きつかったろうに。すっかりやせ細った姿をみると心が痛んだ。つづく
2007/12/03
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いつもは、1人で来るので気持ちもしっかりしているけど今日は、私がついて来ているので何もかもまかせっきりになってしまって情けないわ・・と、母が言う。「病気の時ぐらいいいんじゃないの?」と答える。お盆の最中だったが結構患者さんも多くて母の知り合いの奥様(といってもお婆ちゃん)は自転車で転んだらしく近所の若い奥さんに、連れてきてもらっていた。「この人の目の前で転んだんよ。」とお婆さん。「ほ~んと、ビックリ!でも誰も居ないところで転ばんで良かったよねえ。」たしかに。加えて、それが優しい奥さんでよかった。母が、その奥さん方と話をしている間に私だけ先生に呼ばれた。「レントゲンにあやしい影はありませんでした。」と先生。ひと安心する。「おっぱいもシコリはないし。」黙って聞く。「ただ、リンパ節にあれだけ大きなシコリがあるって言うのは何らかの悪性のものがあると考えるのが普通でね。」「はい。」「あと考えられるのは、リンパ腫。」悪性リンパ腫か・・「検査の結果は何時ごろでしょう?」「一週間ぐらいやね。」「よろしくお願いします。」「あなたに連絡すればいいのかな?」「いえ、私は一緒に住んでいないので、できれば弟に。」「ああ、一緒に住んでないの。そうか~~。」今更ながら、遠くに嫁に行ったこと離婚して、尚且つ実家に戻らなかったことその他もろもろの親不孝を思う。母には、先生から説明をしてもらった。「悪性かどうかはわからないけど、とにかくちゃんと調べて治療せんとね。」という、先生の言葉に素直にうなづく。「はい、この頃物が飲み込みにくいし。」「うんうん。治療せなあかんね。」優しい先生でよかったと思う。とにかく、細胞診の結果を待って次ぎの病院を紹介してもらうことにしてとりあえず、家に帰った。つづく
2007/12/02
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8月以来、日記もかけないままそろそろ2007年も終わろうとしていてこのままではダメだな~と、気を取り直してPCに向かっています。いろんなことがたっぷりあった5ヶ月間でしたが一番大きな出来事は母の病気でした。父の7回忌で実家に帰ってみると母の首に大きな「しこり」が出来ていました。大粒の梅の実ぐらいのグリグリで首のリンパ節のあたり。「痛くない?」と聞くと「痛くないけど、この頃物が飲み込みにくくなった。」という。しこりが悪性と仮定してリンパ節に転移しているとするとまずは肺がんか乳がん・・夜、一緒にお風呂に入っておっぱいの様子を見ました。・・・が特別おっぱいにくぼみや引きつれはない。もっとも84歳のおっぱいだからよくわからない部分もあるけど特別変わったところはない。さすがに、触らせてくれ!とは言い出せず、すぐに病院に連れて行こうと決めお風呂をあがりました。「お父さんの7回忌までは。」となんだか1人でがんばっていた母もいよいよ物が飲み込みにくくなり伯母たちからも、すぐに病院に行くように薦められ法要の翌日、病院にいくことに。暑いから・・とか今日は休みかも・・とかなにかと病院に行くのを渋る母を朝から待ち構えて、病院に連れて行く。歩いて5分ほどのところにかかりつけの病院があるのでそこで見てもらうことに。ここでは、4月に健康診断をしていて胸部レントゲンに影がありしばらく通院していたところ。きれいな病院で先生も看護士さんも親切で安心する。「ああ・・グリグリ大きくなちゃったね。」と先生。「ちょっと、おっぱい触らせてね。」と胸の触診。「胸のレントゲン撮ろうか。」と胸部のレントゲン。「ちょっと、細胞をとって調べるからチクットするね。」とシコリの細胞診。とりあえず、この病院で出来ることは全部してもらった。つづく
2007/12/01
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