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明日から春節だというのに、体調を崩し宿で休養。昨日からは、激しい爆竹の音があちこちから聞こえてくるようになった。 悪路のバスで首を痛めたのが10日前。そして風邪をひいたのも同じ頃。いずれも、まだ治らない。宿のベッドで休養の毎日。 3日前、手持ちの中国元が少なくなったので春節に入る前に、両替の為、無理をして臨滄に移動した。それがいけなかったのか、首も風邪も逆戻り。まずは風邪を治し、首の容体を見ることにしよう。 最悪の場合、帰国も考えねばならないか。
2006/01/28
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今日から春節の大移動が始まったようだ。春節とは中国の旧正月のこと。なにしろ中国の人口は約13億人。このうち漢民族が94%(と地図帳には書かれてあった)。ということは、殆ど全てがこの春節を祝うわけだ。 と、書いているところで停電になった。パソコンの画面が暗くなったがとりあえずは打てるので、続ける。 前回、春節期間のバス料金値上げについて触れたが(何もこんなに長期間でなくても良いではないかという話)、今日テレビをつけたら、各地の鉄道の駅の混雑ぶりについて報道していた。広州駅で何万人かの人民が駅で待っているとか(確かに広州駅前はやたら広かったなー)、河南省では豪雪の影響でダイヤに大幅な乱れが出ているとか・・・。 それにしても、春節(1月29日)の1週間以上も前から大移動が始まろうとは、私も知らなかった。おそらく、早めに移動しておかないとチケットが手に入らなくなるのだろう。また、中国は広いから、人によっては帰省するのに数日かかることもあるだろう。だから、こんなに早く料金の値上げが始まったのだ。 ということは、50%アップが続く2月の9日まではこんな状況というのだろうか?いやはや、中国はとんでもない国らしい。 ちなみに鉄道の料金値上げは今日からで、値上げ率も硬座15%、その他の席20%と、バスと比較してそれなりに人民への配慮がなされているようだ。
2006/01/21
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今朝、起きると首が痛い! 頚椎と脊髄の繋ぎ目の辺りだ。寝違えたのだろうか?あるいは昨日の悪路で首を痛めたのだろうか(確かに激しい揺れだった)? とりあえず少し様子を見ることにして、まずは定期市のチェックが優先。外に出て通りの様子を窺う。9時頃になっているというのに、あまり人が集まっていない。出店する方もまだ品物を並べたりして準備段階。どうも文東ワ族郷(WENDONG)の定期市は、珍しく始まるのが遅いようだ。 10時過ぎに再び外の様子を見に行くと、ようやく人が集まりだしていた。ワ族の人達の他に頭に黒いターバンのような布を巻いた老女が多い。プーラン族か?一応、確認のため声をかけて聞いてみると、やはり「そうだ」とのこと。モンハイ具(西双版納タイ族自治州)に住むプーラン族とは衣装がちょっと異なるところが興味深い。 定期市をざっと歩いてみたが民族衣装を着ている人は3、4人しか見かけない。無駄足だったかもしれない・・・、残念。 今日は首も痛いことだし、風邪気味なので、ここから山を下った上允鎮(SHANGYUN)という所で休養を取ることにする。乗合ワゴンで山を降りる際、悪路による揺れで、さらに首に痛みを感じた。これじゃ、とてもバスに乗るのは無理だ。たいしたことがなければ良いのだが・・・。
2006/01/20
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今日からバス代が値上げとなった。 バスターミナルの張り紙を見ると、春節期間(中国の旧正月)値上げするとのこと。詳しく読むと、今日(1月19日)から2月9日までが50%以内の値上げで、1月29、30日は通常料金、そして2月10日から14日までが20%以内の値上げということだ。 おいおい、約1ヶ月もの期間、料金値上げをするのか?しかも50%アップというのは酷過ぎるだろう。全く、中国政府は何を考えているのか!せめて、1週間くらいにして欲しいものだ。 宿も春節期間は値上げするのだろうか?春と秋のGWの時もしっかりと値上げしていたからな。しかも通常の倍くらいの料金に。政府も政府だが、中国人民もヒドイ。 今から、この期間をどこでどのようにやり過ごすのか予め考えておかねばならない。さて、どうしようか?
2006/01/19
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写真もなんとか孟連の定期市に間に合い、彼女達に渡すことが出来た。とりあえず約束は守れてホッとした。 それから、西盟ワ族自治具に移動。少数民族比率が98.2%と極めて高いところ。期待していたが、さしたる収穫なし。諦めて、明日定期市が開かれる瀾滄ラフ族自治具の文東ワ族郷へ移動。 この村は標高1700~1800m位あるとのこと。太陽が落ちるとぐんぐん冷え込む。最近、ようやく寒さにも体が慣れてきたが、こうも寒いと駄目だ。下は中国の市場で買ったスウットのような起毛股引を穿いて、その上に通常のズボンを穿く。上はTシャツの上に登山用長袖アンダーシャツ、そしてこれまた中国で買った偽物のノースフェイスウインドストッパー(フリースほど温かくない)。 どうも昨日から風邪気味。なんとなく体がだるい。部屋は寒いし、今晩は早めに寝ることにしよう。 午後10時過ぎ、部屋のドアをノックする音がした。夕食後に頼んだお湯を今頃持ってきたのだろうか?もうベッドの中で休んでいたので、無視してそのまま寝ていた。 それから、また5分ほどしてノックの音がした。 「変だな」と思いドアを開けると、暗がりに制服姿の公安が2人立っていた。 公安のうちの1人が「身分証を見せろ」と言って、部屋の中に入ってきた。パスポートを取り出し、大人しく手渡す。彼らは私のパスポートをあちこちめくっているが、中国語じゃないから分からないのだろう。きっと中国人以外の身分証明書を見たのは初めてに違いない。 それから「何しにここに来たのか?」との質問を受ける。 「定期市を見に来た」と答え、それを証明するため瀾滄具の工商局で貰った定期市開催一覧表の書類を見せた。ついでに、私が中国各地で撮った少数民族の「ミニアルバム」を見せて、「写真を撮りに来た」と付け加えた。彼らは、ぱらぱらとアルバムをめくる。 今度は「中国の何処へ行ったか?」との質問(いい加減ウンザリ)。 夜中、突然の尋問に腹を立てた私は、ろくに答えず、日記帳を渡し「それを見ろ」と言った。勿論彼らに日本語が読めるはずもない。おそらく、地名くらいしか分からないだろう。 しかし、それ以上の何を知る必要があるのか!なかなか部屋から出て行かない彼らに苛立ち、日本語で悪態をつく。 結局、30分ほど公安は私の部屋に居座り続け、最後に「パスポートを預かっていく」と言った。パスポートを取り上げられたら面倒なことになるので、それは断固拒否し、持っていたパスポートのコピーを渡すことでケリをつけた。 しかし、一体なんだったんだ、アイツラは! そりゃ、時々公安に身分証明書を見せろ言われることはあるさ。でも大抵は、パスポートを見せたらそれでOKだ。私が何か中国の法を犯したというのなら別だが、何もしていない訳だし(ただ部屋で寝ていた)、身分証明書の確認が済んだらそれでいいじゃないか! 全く、腹立たしい出来事だった。おかけで、それからしばらく興奮から覚めず、なかなか寝つくことが出来なかった。
2006/01/19
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夕方、市場付近を歩いていたら、蒸ピーナッツ売りのオバチャンに呼び止められた。 「なんだろう?」と振り返ると、昨日ピーナッツを買ったオバチャンだった。今日は場所がちょっと変わっていたので気付かなかったが、どうやら「今日も買ってくれ」と言っているようだ。 路上のピーナッツ売りは、バスターミナルや市場付近にいることが多い。直径50~60センチのザルの上にピーナッツを山盛りにして売っている。大体、日本のお茶碗1パイ分くらいで1元だ。売る人によってその量は微妙に違う。 ある者は空き缶を使っていたり、ある者はお椀を使っていたり、またある者は棒状の天秤を使ってちゃんと量り売りしている。カップ1杯1元なのだが、実際には1杯分をビニール袋に入れた後で、さらに手で軽く一掴み取って加えてくれる。いわゆる「おまけ」だ。 昨日、彼女からピーナツを買った時、その「おまけ」をしてくれなかったので、身振り手振りで「おまけを入れてよ!」と冗談半分で言ったのだった。すると彼女は笑いながら、一掴み加えてくれた。 そんなこともあり、彼女は私のことをしっかり覚えていたのだろう。私も、なにか彼女に対して親近感を感じ、今日もまたピーナッツを買ってあげることにした。今日は指摘しなくとも、ちゃんと笑いながら「おまけ」を加えてくれたことは言うまでもない。 そして、私に「何処から来たんだ?」と話しかけてきた。日本からだと言うと、椅子を差し出して「まあ、ここにちょっと座っていけ」と勧められた。まあ、私も暇なものだからちょっと話の相手をすることに。 話の内容は、「1人で旅行しているのか(うん、そうだ)」とか、「友達と旅行した方が楽しいだろう(いや1人でも楽しい)」とか、「日本からここまで来るのに幾らかかる(うーん、ラオスとかタイとかを廻って来たから良く分からない)」といったお決まりの質問だ。 何故だか分からぬが、中国人にとって旅行とは1人でするものではないらしい。友達と旅行した方が楽しいと考えているようだ。だから1人で旅行している私が、彼らにはちょっと不思議に見えるらしい。 それから彼女の横にいた旦那が「今晩、向こうで姑娘が多く集まるよ」と教えてくれた。姑娘とは女の子の意味だ。この男は何を言いたいのだろうか?ちょっと首をかしげた。 確認の為、さらに詳しく聞いてみると、「夜8時頃に人民政府広場でだ」という。「明日の晩もか?」と聞き返すと、「明日の晩はない。今晩だ」という。これらの数少ない情報から分析すると、今晩は何か特別な行事が人民政府広場で行われるらしい。そこに、どうやら姑娘が集まってくるようだ。 よく分からないが、「とにかく8時頃に行ってみるよ」と言って彼らと別れた。 そして午後8時、人民政府広場へと出かけた。まだ何も行われてはいないが、確かに人が多く集まっている。でも、姑娘はあんまり見かけないじゃないか。どうしたんだ?姑娘というより、オバチャンやオバアチャンといった人達が殆どだ。 男達も同じような中高年で、中には沖縄の三線(サンシン)のような楽器を持っている人がいる。「コレは何?」と聞くと「サンシン」と言うではないか。沖縄の三線のようにちゃんと蛇の皮が張ってある。そこでようやく気付いた。三線って、沖縄独自の楽器だと思っていたけれど、実は中国から伝わってきたんだと。 「ここで何をするの?」と「サンシン」を持ったオジサンに聞いたが、私の知らない単語で聞き取れない。紙に書いてもらうと「跳三脚歌」だった。これでも良く分からないが、どうやらラフ族の歌や踊りをするらしい。これはなかなか面白いことになりそうだ。 そのうち、ピーナッツ売りの夫婦が現われ、男達が「サンシン」を弾き、皆が輪になり歌いながらステップを踏み始めた。ピーナッツ売りの夫婦に手を引かれ、私もその踊りの輪に加わることになった。それは簡単なステップなのだが、リズムに鈍い私はどうも覚えられない。ちゃんと出来るまで何周かすることが必要だった。 それでも、このように皆で歌い踊ることは楽しいものだ。いつのまにか「姑娘」のことなど頭から消え、皆と同じステップを踏む楽しさに陶酔していったのだった。 P.S. この踊りは、瀾滄の人民政府広場で月・水・金・土の週4回行われているようです。 観光向けではない、素朴な、なんともいえぬ味わい。 P.S. 三線について辞書を引くと、「中国から沖縄に伝わり三線となり、それが本土に伝わり三味 線となった」と。 ちなみに、中国語では「三弦(SANXIAN)」と書くようです。
2006/01/16
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午後6時ちょっと前に再度写真館に行った。まだ出来ていない。 この町にはデジカメからプリント出来る写真館はあるが、彼らは画像データを受け付けるのみで、実際はもっと大きな町の写真館でプリントして運んでもらっているらしい。その元の写真館の機械が壊れ、修理中で使えないということらしい。 困ったことになった。 明日、孟連(MENGLIAN)の定期市で前回撮った写真を渡す約束をしていたのに・・・。もし、それが出来なかったら、また次の定期市まで待たねばならない。どうしよう? 「どうしよう?」と悩んでも、出来ないものは出来やしない。それに、今日孟連へ行く最終バスは出てしまった。今晩は、ここ瀾滄(LANCANG)に泊まり、明日の朝、もう一度写真館へ行くしかない。運がよければ、写真を受け取ることが出来、その足でまっすぐ孟連へ向かうことが出来る。 もしまたダメだったら、さらに5日待つことになる。やっぱり、約束は破れないものなー。 あれこれ考えても仕方ないので、まずは今晩の宿の確保が優先。昨晩泊まった宿に引き返すと、フルで空き部屋がないとのこと。部屋は比較的清潔だったし良かったんだけど・・・。 それから、宿を2、3軒あたり、15元にしては清潔なトイレ・シャワー共同のこじんまりとした部屋に決めた。部屋にトイレが付いていなくても、ちゃんとテレビが付いているというのが中国らしい。実際、見ることは少ないんだが・・・。 ここの宿、シャワー室がトイレと別にあるというのが気に入った。これは、かなり重要なことだ。便器をまたいで立たなくとも、シャワーが浴びれるわけだ。 中国の安宿の場合、右の画像のようにトイレとシャワー室が一緒になっていて(ユニットバスとはちょっと意味が違う)、大体の場合、便器(いわゆる和式便器)の真上にシャワーが付いている。そのため、便器をまたいで立つという姿勢でシャワーを浴びなければならない。 最初の頃、これはかなり抵抗があった。いや、今でもけっこう抵抗がある。それは、せっかくシャワーを浴びているのに、なんだかきれいになっている感じがしないのだ。おそらく、便器から足もとに水が跳ね返っているのは間違いなかろう。だから、最後には壁に張り付くように便器の右側か左側に立ってシャワーのヘッドを手で持ち、足を流さねばならない。 しかし今日は快適にシャワーを浴びることができ、写真を受け取れなかったものの「まあいいか」と自分を納得させることができた。 あとは事態が好転することを祈るのみだ。
2006/01/16
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今は午後3時半。バスターミナルの近くの安食堂でビールを飲んでいる。先ほど写真を受け取りに写真館へ行ったら、まだプリントできていないとのこと。「夕方の6時くらいまで待ってくれ」と言われた。 今日は写真を受け取り孟連の町まで引き返すこと以外、特にすることはない。ちょっと時間を持て余したので、とりあえず食堂に入りビールでも飲みながら待つことにしたのだ。まだ昼飯を食べていなかったので、店先に並んでいたオカズを3品ほど選んでつまむ。 ビールには、やはり「ピーナツの油炒め」がよく合う。皿に盛られたピーナツを一粒ずつ箸で口に運ぶ。小さなスプーンでもあったら食べやすいのになと思うが、まあ仕方ない。「大根の唐辛子和え」もツマミには悪くない。辛さも手伝い、ついつい、飲むペースが速まる。口直しといったところで「昆布と湯葉の和えもの」をつまむ。これは、ちょっと微妙な味わいだが、ショウガが入っているためそれが味を引き締めている。昆布の歯ごたえもよい。 「大根の唐辛子和え」や「昆布と湯葉の和えもの」といったオカズは、普通、食堂にはあまり置いていない。この手の事前に調理したオカズを何品も並べている食堂の場合、油で炒めたオカズが殆どだ。オカズの種類が多いとはいえ、結局具材が違うだけでオイリーな中華料理に変わりはない。たまには、このような油の少ない和風的オカズもいいもんだとしみじみ思う。 食堂の前の通りの角には、「公厠」と書かれた公衆トイレの看板が見える。下には小さく「毎次3角」と書いてある。トイレの入口には集金人がいて1回につき3角(0.3元、約5円)を徴収しているのだろう。中国の公衆トイレは、金を貰っても入りたくはないが、どうしても出そうなときは止むを得ず使っている。 今はまだ1本目のビールだが、2本飲んだらきっとトイレに行きたくなることだろう。この食堂にはトイレがあるだろうか?「あの公衆トイレに行け」と言われることも十分考えられるな。 そんなことを心配をしつつ、やはり2本目のビールを頼んでしまった。なにしろ6時までは、まだ1時間近くある。トイレの向こうには、「温泉沐浴」の看板が見える。公衆浴場のようなものだろう。この辺りの安宿にはシャワーが無いところもあったりする。勿論、民家にも無いところがあるだろうから、そういう人達が利用するのだろう。1回幾らくらいだろうか? まあ、暇なものだからそんなことを考えたりしてビールを飲んでいる。それにしても中国のビールは、なんというかビールを飲んでいる気がしないな。はっきり言って、水っぽい。アルコール度数も3~4%と低いし。まあ、安いから仕方ないか・・・。 P.S. 今日のこの御代、オカズ3品がそれぞれ5角、ビール2本が6元。 合計7.5元(約110円)なり。
2006/01/16
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孟連の後、モウマ(MENGMA)、公信(GONGXIN)、芒信(MANGXIN)の3地方の定期市を訪れた。いずれも5日に1回開かれる。 モウマはラフ族が多いと聞いていたが、ラフ族の女性の多くはかつてのような民族衣装を今では着ていなく、極稀に老女が着ているのを見るくらいだった。大体は、サロン(腰巻)に普通のシャツにスカーフといった格好。ラフ族のほかにタイ族と、ワ族が少々集まっていた。はっきり言って、期待外れで残念。 公信(GONGXIN)の定期市はワ族が多いとの事前情報。確かにワ族の人が多いが、特徴的なあの大きなピアスをしている女性は稀。ワ族の帽子とスカートはよく見かけるのだが・・・。定期市自体の規模も小さい。孟連に集まっていたワ族の女性とそう変わらないので、わざわざ訪れる必要は無いだろう。ちなみに、ワ族の他にラフ族が集まっていた。 芒信(MANGXIN)の定期市は訪れる価値あり。特にハニ・アカ族の民族衣装は、上から下までバッチリ決めている人を多く見かける。また、その数も多い。これだけハニ・アカ族が集まっている定期市は今回が初めて。ハニ・アカ族のほかには、ワ族、ラフ族、タイ族も見かけた。ワ族も比較的多い。 上記定期市の規模は、孟連がダントツで大きく、モウマ、芒信、公信の順。 開催日は、以下の順(それぞれ5日に1回)。 1 孟連(オススメ) 2 モウマ 3 公信、モウア 4 芒信(次にオススメ) 5 富岩 今回もまた写真が欲しいと言われたので、デジカメからプリントできる写真屋がある瀾滄(LANCANG)まで1時間半かけて戻った。そうしたら、ここでも週に1度の定期市の日(毎週日曜日)で、孟連の倍くらいの賑わいだった。少数民族の衣装を着た人達も多く目にしたが、その衣装はちょっと中途半端な感じ(下だけ民族衣装とか、帽子だけとか等)でイマイチの印象。 明日、写真が仕上がるので午後にまた孟連へ戻り、明後日の孟連の定期市の時に写真を渡す予定。彼女達が喜んでくれる顔を見るのが楽しみだ。 1枚目画像 雲海に浮かぶ公信の定期市(手前のかまぼこ型屋根が市場) 2枚目画像 芒信の定期市(ハニ・アカ族)
2006/01/15
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モンハイからは瀾滄(LANCANG)で1泊し、工商局へ行きマーケット情報を入手した。翌日、良さそうなマーケットが無かったので、ミャンマーと接する隣の孟連(MENGLIAN)へ移動した。 *入手したマーケット情報は、開催地、日程、規模が一覧となっていてとても分かりやすい。今後は、まず工商局をた訪ね情報収集するのが良いかも・・・。 瀾滄の常設農貿市場では、少数ながらハニ・アカ族(中国ではアイニ族、タイやラオスではアカ族と呼ばれる)やラフ族の民族衣装を着た女性を見かけた。これだけの規模の町(具級行政中心)で民族衣装を見られることはそう多くは無い。そんなことからも、「この辺りは良いな」という雰囲気が感じとれる。 孟連へは瀾滄からバスで約1時間半。30分に1本位の頻度で運行している。駅前の賓館(ホテル)に部屋をとる。ツインの広い清潔な部屋が30元と、この辺りの宿はリーズナブルなようだ。勿論、トイレ・ホットシャワーが部屋に付いている。洗面台もちゃんと付いているのが好ましい。 この町でも、まずは工商局へ行きマーケットの情報収集。瀾滄縣の工商局のように一覧表は無かったが、職員に聞きながら開催日を確認する。中国の役人はいかめしいような印象を受けるが、案外結構協力的だったりする。というか、地方の場合は皆ヒマにしており、相手が外国人なものだから好奇心も手伝い、受け入れてもらえるようだ。こういう時は、自分が外国人であることをしっかり利用させてもらう。 彼らから聞いたところでは、翌日この町でマーケットが開かれるという。ハニ・アカ族やラフ族、ワ族の民族衣装が容易に見られるという。「おお、なかなか良いではないか!」実際、その後町をぶらついていたら、見事な民族衣装を着たハニ・アカ族の人達を見かけた(酒屋に酒を買いに来ていた)。 そして、今日、朝起きてすぐに市場に出かけた。孟連の常設市場はかなり広く、それだけでも面白いが、今日は5日に1度の定期市の日。民族衣装を着た人達も結構いて大変興味深い。 特に、私が初めて会ったワ族には圧倒された。彼女達のするイアリングというか、ピアスがかなり大きいのだ。「えっ、こんなのを耳に通すの?」という感じ。また、服装も他の民族とは一味違う独特な雰囲気。 以前、彼女達ワ族の写真を見たことがあるが、「これは昔の話であって今はきっと違うんだろうな」と勝手に思っていた。しかしこの辺りでは、「写真のまま」とまでとは言わないが、まあ似たような雰囲気だったことについて、ある意味驚く。 ハニ・アカ族に「写真を撮っても良いか?」と確認すると大抵の場合はダメなんだけど、ここではそれほど断られなかった(勿論、事前にある程度コミュニケーションをとり、それからお願いする)。私の経験からすると、これは極めて珍しいこと。また、お互い同等の立場として、コミュニケーションをとることが出来たのも稀なことだ。 それは、「この地方の少数民族の立場が他の地域のように低くない」ということと関係があると推測する。手持ちの「雲南省地図冊」によると、この孟連タイ族ラフ族ワ族自治縣の少数民族比率は89.8%と極めて高い。このことは、彼らは少数民族ではなく、明らかに多数派なのだということを示している。 だから、彼ら自身が自分達の文化について卑下せずに、ある程度の誇りを持っているのではないだろうか。少なくとも他の地域に住む少数民族の人々と比較すると、そういう印象を受けた。 ミャンマーと接するこの地域は、漢文化の影響も他と比較して低く興味深い。しばらくこの周辺のマーケットめぐりをしようかと思っている。
2006/01/12
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雲南省の西双版納タイ族自治州のマーケット巡りは、モンハイ具のモンワン郷(MENGWANG)、モンアラフ族郷(MENGA)、それと格朗和ハニ族郷(GELANGHE)の3箇所を訪れた。 モンワンとモンアは特に見るべきものはなかったが、格朗和はマーケット規模が小さいながらも、ハニ・アカ族(中国ではアイニ族、タイやラオスではアカ族と呼ばれる)の民族衣装が印象的だった。 さすがに上から下までバッチリ決めている人は数少ないが、ハニ・アカ族族の特徴であるコイン等で飾った帽子はあちらこちらで見ることが出来、なかなか興味深い。ただ、残念なことに写真は嫌がるので殆ど撮ることが出来なかった。まあ、これも仕方ないこと。 ガイドブック等にも書かれているモンフンの日曜マーケットと、巴達プーラン族ハニ族郷(BADA)は以前訪れている為、今回はパス。私の印象では、モンフンのマーケット規模は大きいがいまひとつといった感じ。それよりも、格朗和ハニ族郷や巴達プーラン族ハニ族郷のマーケットの方が素朴で味わいがあり、民族衣装も結構見られ良いかと。 今回、訪れることが出来なかった西定ハニ族郷(XIDING)もハニ族の民族衣装が見られると聞いている。各マーケットの開催日程と行き方について、以下にまとめましたのでご参照ください。 モンフン 毎週日曜 タイ族、ハニ族、プーラン族等が集まる。 景洪(JINGHONG)からモンハイまでバスで1時間、モンハイで乗り換えさらに1時間強。 前の日にモンフンに入り泊まるのが望ましい 格朗和(GELANGHE) 毎週火曜、タイ族、ハニ族が集まる。 モンハイからバスで2時間弱(11:30と16:30発の1日2本)、要前泊(宿有15元)。 巴達(BADA) 毎週月曜、ハニ族、プーラン族等が集まる。 モンハイからバスで約3時間(14:30発の1日1本)、要前泊(宿有10元程度)。 帰りは午前8:00発の1本だけだが、マーケットに来た商人が午後にモンハイに帰る際、 トラックに同乗させてもらえる。運賃はバス代と同じ。 西定(XIDING) 毎木曜日、ハニ族、プーラン族等が集まる(未訪問)。 モンハイからバスで2時間弱(10:40と15:30発の1日2本)、要前泊(宿有10-15元程度)。
2006/01/10
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コレは何だか分かりますか? そう、コレは紛れもなく豆腐です。豆腐にカビを生えさせた臭豆腐(CHOUDOUFU)と呼ばれるもの。雲南省のモンハイの市場で見かけました。 しかし、ここまでカビが生育したものを見るのは私も初めてのこと。ちょっと写真を撮らせてもらいました。ちなみに1辺が4センチ位の立方体状で、1個2角(0.2元)とのこと。まあ、チーズもカビを生えさせて美味くなるのだから、豆腐だって美味いはず。 私が何度も食べている屋台の豆腐の串揚げ(雲南省に多い)は、確か、この豆腐を使っていると思います。実際のところ、揚げた後にまぶす唐辛子や山椒の味が強すぎて、この臭豆腐の味がイマイチわからないということがありますが・・・。揚げ物の他にも串焼きとしても食べられています。 次のコレも、豆腐です。「カビが美味しそうに生えていますねー」(中国人だったらこう思うのだろうか?) この豆腐の名前を聞くと版豆腐(BANDOUFU)と教えてくれましたが、それは形状からの呼び名でしょう。種類としては上の画像と同じ「臭豆腐(CHOUDOUFU)」だと思います、多分。 こちらはちょとサイズが大きいので、1個5角(0.5元)でした。 それにしても、カビの胞子が繁茂して豆腐がよく見えなくなってますねー。食べた時には、豆腐の表面にこんな菌糸がついてなかったので、調理する前にちゃんと落としたのでしょう。(だから、私も食べられた。) さすがに、この状態のものを食べる気にはなれないですから・・・。P.S. 1元は約15円。
2006/01/07
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今日の朝食は砂鍋米干を食べた。本当は包子(まんじゅう)を買って食べようと思っていたが、市場を歩き回ったりしているうちに食欲が湧き、麺屋台の茹でる湯気に誘われ注文してしまった。 米干とは、米の粉で作った少し幅のある薄い平たい麺で、まあフニャフニャうどんといった食感だ。広西チワン族自治区では米粉と呼んでいた。ちなみに、タイやラオスでは「クウェティヤオ」とか「センヤイ」とも呼ばれる。ラオス北部の「カオソイ」も同じ麺。 砂鍋米干とは、この麺を砂鍋、いわゆる一人用の小さな土鍋で1食ずつ作るのだ。日本の鍋焼きうどんと似ているが、もっと簡単で使う食材も少ない。 1.土鍋を火にかけスープを入れる。 このスープはちょっと白濁していたから、きっとダシ汁なのだろう(あるいは単なる麺の茹で汁?)。 2.挽肉、野菜を入れてちょっと煮込む。 3.麺を入れ、さっとほぐす(煮込んではダメ)。 4.最後に豆板醤のような味噌を上にのせ出来上がり。 客はこれに、調味料や、ネギ等の野菜をお好みでトッピングして食べるのだ。雲南南部といえども、この時期の朝晩はフリースを着込むくらい寒いので、見るからにアツアツのこの麺は美味そうに見えた。 実際、まずまずの味で、2元にしては満足! P.S. 2元は約30円。
2006/01/06
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昨年の11月、12月に旅行していた癒しの国、ラオス。ようやく、そのフォト通信をアップしました。この間ついつい怠けちゃって・・・。 現在はラオスからまた中国に入り、再び少数民族を訪ねる旅を続けます。今度は、皆さんにとっても少しは利用価値がある「民族衣装を楽しむ為のマーケット情報(雲南省編)」に取り組みたいと思います。 フォト通信はこちらからどうぞ。「民族衣装を楽しむ為のマーケット情報(広西チワン族自治区編)」はこちらからどうぞ。
2006/01/06
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今日は公安局で薦められた瑶区瑶族郷(YAOQU)へ行ってみることにする。バスは北バスターミナル(ラオスや景洪行きのバスがある方)から8時30分、10時30分、14時30分、16時30分の1日4本。所要時間は約1時間半で、料金は12元。10時半のバスに乗った。 公安局のお姉さんの話では「普通に民族衣装が見られますよ」とのことだったが、着いてみると単なる中国の田舎町(というか村)だった。村の入口に竹で作った大きなゲートがあり、そこに「瑶区瑶族郷」とそれらしく看板が掲げてあった。 村のメインストリートには、といってもこの道の両脇300mくらいに商店や政府関係の建物、学校が並んでいるだけだが、ヤオ族(ランテンヤオ族)の民族衣装を着た女性が数人、ハニ族の民族衣装を着た女性が1人いた。 これは期待外れだったなと思い、バスの運転手にモンラーへ戻る時間を確認すると午後4時発だという。今は12時過ぎだから、まだ4時間弱もある。この何も無いところで4時間も過ごすのはちょっと辛い。とりあえず、面条(ラーメンとうどんの中間のような麺でちょっと茹ですぎだった)を食べて、周辺の民家の方に行ってみることにする。 メインストリートをゲートの方まで戻り、ゲート手前の道を右に入って間もなく、藍染の布を干している家があった。ちょっと覗いてみると、ランテンヤオ族の民族衣装を着た中年の女性が庭で縫い物をしていた。「ニーハオ」と声をかけると、椅子を差し出されここに座れと快く迎えてくれた。 自分が日本人で中国を旅行していること、少数民族の民族衣装に興味があること等を説明する。そして例の私が撮った「民族衣装のミニアルバム」を見せると、かなり関心を持って見ている。彼女が見終えたところで、その民族衣装を褒めて写真を撮ってもよいか聞いてみると、OKの返事。心の中で「やった」と叫んでシャッターを押した。 その後も民族衣装の老女の姿を何度も見かけ、公安情報は正しかったことが証明された。やっぱり足は運んでみるものである。
2006/01/04
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昨日、バスターミナルでバスの運転手や職員に少数民族に関する聞き込みをしたが、さしたる情報は得られなかった。それでは今日は政府機関を当たろうと、まずは旅游局に行ってみることにする。 宿の主人から教えてもらった場所に行ったところ、そこは旅游局ではなく旅行会社だった。とりあえず少数民族の民族衣装が見たいことを伝え、どの地方が良いのか相談してみる。だが彼女はあまり知らないらしく、「民族衣装はお祭りの時以外は見られない」と言う。モンラー具は少数民族が多く住むラオス北部に接しているので、そんなことはあり得ないと思うのだが、知らない者に聞いても時間の無駄だ。 次は定期市の方面から情報を得ようと人民政府工商局へ行った。しかし場違いなほど立派な建物の入口は閉じられ、1月1日から3日までは休みとのこと。旧正月を盛大に祝う中国でも、新年は政府機関がちゃんと3日休むらしい。これは意外だった。 それでは最後の手ということで公安局へ行った。少し待たされた後、英語を話せる職員が対応してくれ、2箇所ほど教えてもらった。だが彼女もやはりあまり詳しくないらしく、周囲の職員に聞きながらの対応だった。 昨日と今日の情報から推測すると、どうやらモンラー具に住む少数民族(タイ族、ハニ族、ヤオ族、イ族、ミャオ族等)は既に民族衣装をあまり着なくなったようだ。それと民族衣装を見るのに最適な「定期市」がここでは存在しないらしい。かなり、がっかり・・・。
2006/01/03
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午前7時まだ朝もやに包まれる中、宿をチェックアウトし、バスターミナルへ向かう。中国のモンラー行きバスは午前7時半に発車予定。1日1本のみの運行だからこのバスを逃すわけにはいかない。 窓口でチケットを買い(45000キップ、約500円ほど)、座席を確保しザックをバスの屋根に積んでもらう。ひとまず安心して、バスターミナルのコーヒー屋台でコーヒーを注文しバケットを齧った。「ああ、これで当分はラオスのコーヒーともバケットともお別れだな」としみじみ思う。中国へ行ったら、どちらも入手困難。特に私が訪れる中国の地方の町や村では、まずお目にかかれないのだ。今後の中国での朝食は、包子(日本の肉まんやあんまんのようなもの)とか油条(小麦粉を油で揚げた棒状のパンのようなもの)になるのだろうな、多分。 予定時刻の30分遅れで発車したバスは、中国国境へと向けてくねくねとした山道を走っていく。途中の集落で何度も美しく着飾ったモン族の女の子を見かけた。ある所では男女が一列に向かい合って、ボールを投げ合っている。どうやら今日は、この辺りに住むモン族の新年のお祭りのようだ。今日がラオス出国の日でなかったら途中下車して私も見物するところなのだが、そうはいかない。全くもって残念。 国境までは道路工事中の箇所もあり、約3時間半かかった。バスから降りて、イミグレーションでラオス出国手続きをする。出国カードに記入しパスポートを添えて窓口の係官に渡すと、彼は私のパスポートを何度も見直している。なんか変だなと思っていたら、彼はパスポートのラオスの入国スタンプが押してあるページを指差し、「ビザは昨日で切れている。オーバーステイだ!」と告げた。 そんな馬鹿なと思いながらも確認すると、確かに滞在期限は昨日までとなっている。私は、てっきり今日までと勘違いしていたのだった。ラオスでは1日のオーバーステイにつき10ドルの罰金が科せられる。たかが10ドルだが、こちらでは1日に使う分くらいの金額なので馬鹿にならない。 とっさに、「昨日は頭が痛くてバスに乗れず出国できなかったのだ」という、みえみえと思えるウソをついた。係官はしばらく躊躇したものの何も言わずに出国のスタンプを押してパスポートを返してくれた。ラッキーなことに罰金は免れることが出来、思わずホッとする。 それにしても危なかったなあ。完全に私の注意不足だった。そういえば、以前ボリビアかペルーでもそんなことがあったように記憶する。悪意が無いとはいえ、オーバーステイはオーバーステイだ。 中国側の入国手続きはいたって簡単に済んだ(ただし鳥インフルエンザに関する質問カードに記入させられたが・・・)。そして、またバスに乗車して2時間ほどで雲南省のモンラーに到着。 また今日から中国の旅となるのだなー。のんびりとしたラオスから、「時には怒りを感じる中国」にまた戻ってきてしまったのだ。 怒りを感じる他にも面倒なことがある。これからは買い物をしてお釣りをもらう際には、忘れずに紙幣に不具合(破れ等)がないか点検しなければならない。でも、きっと知らないうちにババを引いてしまうことだろう、きっと。
2006/01/02
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ルアンプラバンでクリスマスを迎え、その後ポンサーリ県の小さな村ブンヌア、ブンタイと訪れ、大晦日にウドムサイに着いた。 今年もまた正月とは縁のない新年。でも、「今頃日本ではどうしているかなあ?」と久々に日本のことをじっくりと思う。 朝起きて、市場に行ってタマリンド(300グラムで3000キップ)を買い、市場の屋台でカオソイ(ラオス北部の「肉味噌うどん」といったところ)を食べ、ぶらつく。今日はゆっくりと休養の日。 市場周辺で初めて見る民族衣装を来た人達が数人いた。声をかけて何族か聞いてみたもののよく分からず。だが、写真を撮らせてくれたので、後日調べてみよう。 このほか、モン族の人々がきらびやかな民族衣装を着て町中を歩く姿を見かけた。どうやら、写真館に行って記念写真を撮っている様子。ついでに私もお願いして数枚撮らせてもらった。日本の正月気分はないが、新年という気がしないでもない。 明日でラオスのビザが切れるので、中国へ移動する。 P.S. 今年もよろしくお願いします。
2006/01/01
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