Ｎｏｅｌの花見川・幕張日記

吉田真琴は毎週金曜日、この市場に足を運ぶのを習慣にしていた。六本木から麻布台へと続く坂道を上りきると、目の前に広がるのは現代建築と伝統が融合した空間。ガラスと鋼鉄の森の中に、温もりある木材と和紙の灯りが柔らかく浮かび上がる。

「いらっしゃいませ！今日の白子、絶品ですよ」

市場の入り口を入るなり、魚屋の親父の声が真琴を出迎える。彼の手には朝獲れの魚介が所狭しと並び、氷の上でキラキラと輝いていた。真琴が足を止めると、親父は得意の包丁さばきで刺身を一切れ、試食用に差し出した。口に含むと、海の香りが広がる。

「今日はどうします？お造りにしますか？それとも煮付け？」

真琴は頷き、旬の魚を二匹選んだ。買い物袋が一つ重くなる。

市場の中央には、世界各国の食材が揃うデリカテッセンが軒を連ねる。フランスから空輸されたチーズ、イタリアの生ハム、スペインのオリーブオイル。そして日本各地の厳選された調味料や乾物。真琴はいつも通り、ワインセラーで週末用のボトルを一本手に取った。

「吉田さん、これ試してみて」

ワイン店のソムリエ、中村が新着のオレゴン産ピノノワールを勧めてくる。彼とは顔なじみになり、真琴の好みを把握していた。試飲の一口で、森のベリーと微かなスパイスの香りが鼻腔をくすぐる。

「これください」

買い物袋が二つ目になる。

パン屋の前では、焼きたてのバゲットから立ち上る香ばしい香りに誘われ、足が自然と止まる。フランス人のパン職人アンドレが、真琴を見つけると笑顔で手を振った。彼の店のクロワッサンは東京一と言われている。

「今日は特別よ。新しいレシピのパンオショコラ、出来立てだ」

断る理由はない。買い物袋が三つ目になる。

八百屋では、農家から直送された旬の野菜が色鮮やかに並ぶ。触れば土の香りがする。都会にいながらにして、大地の恵みを肌で感じる贅沢。真琴は週末の料理のために、色とりどりの野菜を選んだ。

市場の奥には、季節の花々を扱う花屋がある。四季折々の花が水を含み、みずみずしく輝いている。真琴は桜の小枝と菜の花を束ねたブーケを選んだ。春の訪れを告げる色彩が、彼女のアパートメントに新しい命を吹き込むだろう。

真琴が最後に立ち寄ったのは、市場の隅にひっそりと佇む古書店だった。洋書と和書が入り混じり、時間を超えた知恵の宝庫。店主の老人は黙って頷くと、取り置きしていた一冊を差し出した。村上春樹の初版本。真琴のコレクションに加わる新たな一冊。

買い物を終え、市場を後にする頃には、夜の帳が東京を包み込み始めていた。高層ビルの灯りが星座のように輝き、遠くには東京タワーのオレンジ色の明かりが見える。

真琴はアザブダイヒルズの巨大な階段に腰を下ろした。買い物袋からクロワッサンを取り出し、小さく千切って口に入れる。サクサクとした食感と、バターの香りが口いっぱいに広がる。

目の前では、市場の灯りが夜の闇に溶け込みながらも、確かな存在感を放っていた。東京という巨大都市の中の、小さな宝石箱。真琴はこの瞬間が好きだった。都会の喧噪と孤独の中に見つけた、自分だけの安らぎの場所。

そして明日もまた、アザブダイヒルズマーケットは、様々な人生が交差する物語の舞台となるのだろう。

(文：Claudeによる)


AZABUDAI HILLS MARKET(BeautyPlusによる写真構成)