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蝉の声が、ある朝ふいに遠くなっている。昨日まであれほど高く、空の奥を突き破るように鳴いていたのに、今日は川向こうで、誰かが思い出したように一匹、また一匹と鳴くばかりだ。その声と声のあいだに、季節の底が見える。
花見川は水面をゆっくりと光らせていた。
川沿いの道には、まだ夏の名残があった。伸びすぎた草の先に、細かな露が残っている。昼間の熱を抱えた道からは、夜を越したあともかすかに土と油の匂いが立ちのぼっていた。自転車が一台、背後から近づき、私の横を音もなく通り過ぎていく。籠に入った買い物袋が、風のたびに白く揺れた。
橋の上に立つと、川は街の記憶を運ぶ細い帯のように見える。
上流へ向かえば、まだ朝の薄い霧が水面に沈んでいる。下流へ向かえば、マンション、鉄塔、遠くの高架をくぐりながら、やがて海へ続いていく。水は何も語らないまま、ただ同じ方向へ流れていた。けれど、その流れのなかには、何年も前にここで見た夕焼けや、誰かと交わした言葉や、名前を忘れてしまった人の横顔まで、薄く溶け込んでいるような気がした。
空には雲が多かった。
雲の切れ目からこぼれた光が、川の上を斜めに走る。その光のなかを、白い鳥が一羽、低く飛んでいった。羽ばたくたび、影が水面に砕けてはつながる。鳥は何かを探しているようにも、何かを置き忘れてきたようにも見えた。
夏は去っていく。
大きな音も立てず、誰にも別れを告げず、気がつけば背中だけを見せている。私たちはいつも、過ぎ去ったあとになって、それがそこにあった時間の重さを知る。
花見川の水面は、何も知らない顔で光っていた。
(文:Manusによる)
夏の終わりの花見川(写真1+Google)
夏の終わりの花見川(写真2+Google)
夏の終わりの花見川(写真3+Google)
夏の終わりの花見川(イラスト)
夏の終わりの花見川(写真1〜3) コラージュ
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