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ミラノへの目的は、仕事で、「ミラノ・サローネ」という世界中から建築・インテリア関係者が集まる国際家具見本市を観に行くことだった。この時期、ミラノ・サローネの為に、ミラノのホテルの宿泊代が3~5倍以上に跳ね上がると言われている。寸前に、予約をしようとしたら、手頃な値段のホテルは既に一杯で、一泊5~10万以上もするホテルしか空いていなかった。。。そこで、ミラノから電車で一時間ほど行った所に、ベルガモという音楽で有名な芸術都市があるのだが、今回はそこに宿泊した。東京で例えると、横浜とか埼玉のような場所。夜中の一時にホテルに着いたので、その日はすぐに就寝した。ホテルホテルのプール翌日は少し寝坊したので、お昼ぐらいにゆっくりミラノに向かい、ミラノ市内のサローネのエキシビションを少し見て、後は観光することにした。泊まったホテルは、駅まで少し距離があったので、バス停に向かって歩いていると、バスが目の前を通り過ぎて行ってしまった。。。田舎なので、次のバスまでかなり時間があり、仕方なくバス停でバスを待った。すると、一台の車が行き過ぎて、Uターンをしてこちらに近づいてきた。イタリア人で英語が話せない男性だったが、「駅まで行くの?」と聞いてきた。「そうです。」とイタリア語で答えると、「乗せて行ってあげるよ!」というようなゼスチャーをした。時間がもったいなかったので、駅まで乗せてもらうことにした。駅までの間、セナの持っていた、絵つきのイタリア語の本で会話をした。意外とどうにかなるものだ。。。それにしても、海外の人は優しい人が多い。今回の旅でも、色んな人に助けられたり、親切にしてもらった。ミラノ中央駅ミラノ中央駅から、地下鉄でドゥオモのある駅まで移動しドゥオモ、ガラリエなどを見て回った。ドゥオモガラリエその日は早めに観光を切り上げ、翌日のミラノ・サローネに備えた。翌朝、早くから起きて、地下の食堂でたっぷり朝食を食べた。地下の食堂ミラノ市内に向かい、ミラノ・サローネの会場へと向かった。実は、東京で開かれる「家具見本市」とたいして変わらないのでは・・・とあまり期待をしていなかったのだが、良い意味で想像は裏切られた。とても見応えがあり、結構面白かった。ミラノ・サローネ会場かなり歩き疲れたので、この日はベルガモのスーパーで食料とワインを買い込み、ホテルで晩御飯を食べた。ベルガモのスーパースーパーで安く購入したお惣菜屋チーズ、ワインはなかなか美味しかった♪つづく。。。(忙しくなったので、続くかどうか微妙になってきました。。。)
June 9, 2009

カフェに入ってカフェ・オレをオーダーし、カメラを無くしたことに気づいて落ち込んでいると、一人のフランス人男性が「何かあったの?」 と声を掛けてきた。余り人と話をする気分ではなかったのだが、一人で居ると益々落ち込みそうだったので、その男性に事情を話した。彼は、去年日本に三週間ほど旅行し、日本に興味があるうえ、余りにも私が落ち込んで見えたらしく、気になって話しかけてくれたようだった。「それは大変だったね。。。」 と同情してくれ、気を紛らわしてくれようと、日本に旅行した時の話など色々話してくれ、「ランチがまだだったら、一緒に食事に行かない?」 と誘ってくれた。余り食欲はなかったのだが、一人で居るとカメラとポーチのことばかり考えて落ち込みそうだったので、一緒にランチを食べに行くことにした。彼はロウと言う名前で、後から分かったことだが、偶然私と同じ年齢だった。ランチを食べながら、いろんな話をした。旅行や犬の話、映画の話で盛り上がった。他愛のない話だったが、私の気分を紛らわすには十分だった。結局、彼がランチをご馳走してくれ、その後、一緒に色んな話をしながら、サンジェルマン周辺を散歩した。「この教会、見覚えない?」と彼が、ある教会を指さして聞いてきた。何処かで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。。。「“ダ・ヴィンチ・コード”に出てきた教会だよ。それまで全く有名ではなかったのに、映画に出てから、 すっかり観光名所になってしまったよ。」 と彼が教えてくれた。ダ・ヴィンチ・コードに出てきた教会サンジェルマンの裏通りデモにも遭遇。「まだ時間ある?時間があるなら、マレ地区に行かない? 多分、君が知っているマレ地区とは、全く変わっていて、面白いと思うよ。」と言うので、連れて行ってもらうことにした。私が最後にパリに来てから、10年近く経っていた。確かに、マレ地区は様変わりし、全く違う場所になっていた。たくさんのオシャレな洋服や小物のお店がずらりと並んでいて、ヴィンテージのお店もたくさんあった。話しながら歩いていると、あっという間に夕方になった。6時半にはホテルを出て、シャルル・ド・ゴール空港に向かわなければならなかった。ロウにお礼を言って帰ろうとすると、彼が「ホテルまで車で送るよ。」 と申し出てくれた。この日の午後は、初対面の彼にすっかりお世話になってしまった。「またパリに戻ったら連絡して。」 とメールアドレスと携帯の番号をくれた。「今夜でも、もし何か困ったことがあったら連絡してくれていいから。」 とも言ってくれた。顔は濃くてタイプではなかったのだが、とても面倒見がよく、紳士的で優しい男性だった。ホテルに戻って、荷物を引き取り、シャルル・ド・ゴール空港へ向かった。友人セナ(♀)と待ち合わせていたのだが、直ぐに会えるか心配していたが、何の問題もなく会え、時間があったのでカフェで夕食を食べた。定刻通り飛行機も飛び、無事、ミラノに出発した。初めて乗ったイージー・ジェット航空は、全てが簡素化されていて、余計なサービスは一切なかった。しかも、機内は自由席。飛行機の自由席は、それまで乗ったことがなかった。もちろん、飲食のサービスはなく、飲み物が飲みたい人は、機内にも関わらず、お金を払わなければならない。それでも、この安さなら誰も文句は言わないだろう。。。時間帯や曜日、時期にも寄るのだが、私たちが乗ったパリ―ミラノ間は片道1万円を切っていた!!!信じられるだろうか、、、国際線ですよ!!???日本国内でも、なかなかこの値段で飛行機に乗ることは難しいのに。。。無事、何の問題もなく、ミラノに着いた。時間は既に夜11時を回っていた。つづく。。。
June 1, 2009
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