Eating Nemo イーティングニモ

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2005.02.09
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4年前の今日、どんなことが起きたか覚えていますか?

世の中、本当に色々な出来事が起こって
一時は衝撃的なショックを受けるものの・・・
しばらくするとまた日常生活に溶け込み、風化してしまう・・

しかし4年前のこの出来事は
Nemo一家の胸にずうっと残っているし
これからもずうっと残ると思います・・・

その出来事とは・・

ハワイ・ホノルル沖で起こった、えひめ丸とグリーンビルの衝突事故です




私がドクターにおめでたを告げられた直後のことでした

Hubbyとふたりで幸せな気持ちにどっぷり浸かっていたのもつかの間・・

Hubbyがハワイへ飛ぶことに・・・

米海軍潜水艦グリーンビルの副艦長の弁護人として、Court of Inquiry「査問会議」に出席したのでした

日本では連日トップニュースで報道され

「行方不明者」が「ほぼ死亡とみられる」という表現に変わり

結局、9人もの命が奪われたことになりました

3週間におよんだ査問会議・・・

犠牲者の家族はその理不尽さに怒り悲しみ

私は一人の日本人として、妻として、そしてお腹の中にひとつの命を宿した母として
そしてそして、米海軍の軍人の夫を持つ人間としても



Hubbyとは毎日国際電話で連絡を取り
こちらからは日本での報道の詳細を伝え
むこうからは現地での状況をおしえてもらいました


最初の方で、テレビで現地入りしている犠牲者の家族の方が
「米軍からは査問委員会の説明は何も無く、会議中も誰が誰だかわからなかった。

だが、すぐそこにいるのに、こちらを見ようともしない!」と憤慨しているのを見て、とてもショックを受けました

その日の電話で
「日本の犠牲者の家族は、愛する人を亡くしたという深い悲しみの中で、沢山の軍服を着たアメリカ人に囲まれ、わかりにくい査問会議に、これからどうなるのか不安な気持ちで出てるんだよ。あなたの依頼人には、血の通った態度をとらせるべきだよ!お悔やみの言葉は言っちゃいけないの?!」とHubbyに訴えました


そして翌日のニュースのトップで
グリーンビルの副艦長が犠牲者の家族に対し
"I'm sorry for your loss."とお悔やみの言葉を述べたことが伝えられました・・・

家族の一人が
「やっと人間味のある態度を見ることが出来た・・」と涙していました



本当に理不尽な事故でした
あってはならないことでした

査問会議の結果も、日本側から見ると、なんとも冷たい、腑に落ちないものとなりました

9人もの命が奪われたのですから、言い訳なんか通りません

でも、アメリカ側に立っていた者の中にも
日本という国を愛しながらそこに住み、日本人を愛し、日本人を想ってこの出来事に従事していた人間がいたということ・・
私は知っています


もうこんな悲しいことは起こりませんように・・
2国がお互いを尊重しながら進んでいくことができますように・・

そのような希望を託し
日本とアメリカ、両方の国の血が流れる我が子に
"HOPE・ホープ(希望)"というミドルネームを付けることにしたのです


クレピの誕生のことを語る度に、えひめ丸のことが出てきます

私達の心の中では、風化しない出来事・・いつも追悼の意を持っているのです




+_+_+_+_+_+_+_+_+_+_+_+_+_+




私達のクレピ・ホープは2001年9月8日に生まれました

その3日後
アメリカ同時多発テロが起こりました

"What kind of world did you come to...(なんて世の中に来ちまったんだ・・)"と
生まれたばかりの娘を抱いて呟いたHubbyを今でもはっきりと覚えています


どんなことがあっても、人間、希望を持って生きていかなくちゃいけません


クレピが生まれてから尚、強く思って生かされている私です















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Last updated  2005.02.10 14:00:26
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